軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第13話 見え隠れする世界の悪意

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 海賊共との戦いが終わった次の日。一応の警戒のために軍はエンリケス市に滞在を続けていた。私とラファティはエレイン州で半端に終わった分の休暇をこの街のビーチで消化していた。私たちは綺麗な青い海を背景に海の幸で楽しんでいた。

「良いんですか?アイネイアスに戻らなくても?」

「今日は待機します。海賊がカドメイア沿岸を襲うことはしばらくはないでしょう。ですがそれを住民に理解させることは難しい。とりあえず今日一日はここにわたくしが居座ることで住民に安心感を与えます。そしてある程度の兵力を残して明日朝一で帰ります」

「なるほどなー。確かに偉い人がいるってだけでも安心できますよね」

 どうしても敵をぶん殴って終わりというわけにはいかない。ここで敵を倒してとっとと帰ると、あとでここの住民たちが私相手に不満を募らせかねない。それでなにかトラブルが起きるのはごめんだ。少なくとも原作のジョゼーファはデメテル郡の不満感情によって滅んだわけだしね。私は統治対象の人民を舐めたりしない。可能な限り丁寧に接する。

「ですがそれゆえに王太子の術中にハマっているわけです。歯がゆい…」

「あの海賊は王太子が煽ったんですよね?捕虜の海賊たちはそう言ってましたけど。でも撃退したし、王太子の戦術は潰したんじゃないんですか?」

「王太子の戦略的狙いはわたくしをニュルソス川にいる父上から遠ざけることです。こうして海賊退治にやってきた結果、父上とわたくしはカドメイア州の端と端で離れ離れになってしまったわけです。わたくしは父上のところに合流することはもう不可能です」

「あれ?ってことは王太子は辺境伯閣下の軍に何か仕掛ける気ってことですか?」

「でしょうね。どうやるかはわかりませんが、彼は狡猾な人でもありました。何か算段があるはずです」

 多分今頃父の軍に何かをしかけているんだろうと思う。だけどカドメイア州の端から端では通信にラグがあり過ぎる。個人的には最悪を想定する。父上の戦死。それを考えると悲しい気持ちになる。何かと衝突が多い私たちだけど、それでも父なのだ。向こうだって何かわだかまりを私に抱えてはいても、愛がないとまでは言い切れないと信じたい。

「もし父上が戦死した場合。これは軍閥としてみたわたくしとしてはとても有利な状況になります。わたくしは父上の敵討ちと言う大義名分を手に入れ、空っぽになったカドメイア州の玉座をかすめ取ることができます」

「でもお嬢様、そうなって欲しくないって思ってますよね?」

 ラファティが優し気に微笑む。彼女は私の気持ちをわかってくれている。それはとても心地の良いことだった。

「そうですね。覚悟は決めておきます。ですがそうなって欲しくはありません。ですがおそらく王太子は父上を殺さないと思います。生け捕りを狙うはずです。父上が生きていれば、我々は交渉せざるを得ないので」

 この可能性が軍閥としての私に一番きつい状況を齎す。ムルキベルの割譲なんかを要求されると非常にまずい。絶対に渡せないが、それで父上を見捨てると私の面子に傷がつく。かなりきついアンビバレンツを強いられるだろう。一応その時は父上を見捨てる選択肢を取らざるを得ない。だからどっちにしてもきつい。果たして状況はどう動くのか。

「…!お嬢様!私の後ろに下がって!衛兵!すぐに出てきなさい!誰かが海から近づいてくる!」

 ラファティは剣を抜いて、海の方へ構えた。兵士たちもラファティの号令で続々集まってくる。

「おーい!おーい!ジョゼーファ様ぁ!」

 海の方から白い旗を掲げた一隻のボートが近づいてくる。樹液型のエンジンを積んだ最新型だ。ボートは座礁しないギリギリのところで止まった。そして船から一人の男が下りてきて私たちの方へ歩いてくる。その男は水着の上にアロハシャツを羽織っていた。暗めの茶髪にブルーの瞳の爽やかなイケメン。良く知っている男だった。彼はバシャバシャと水しぶきを立てながらこちらへ走ってきた。

「お久しぶりっす、ジョゼーファ様」

「あら、お久しぶりですね6月の頭に王宮でお会いした以来ですかね?」

「そうっすね。王妃様主宰のパーティ以来ですね。本当ならエレイン湖でお会いできるはずだったんですけどね」

 男は兵士たちに囲まれながらも明るく私にあいさつした。

「お嬢様。この人とは知り合いなんですか?」

「ええ、王太子殿下の侍従武官の一人。名前はセヴェリーノ・セルカーク。それでセヴェリーノ。あなたはなんでここに?」

 王太子付きのこの男がここにいるのは別に不思議ではない。この海賊の襲撃は王太子の仕業だ。ならその部下がここにいるのは至極当然のことだ。

「昨日ここに海賊来ましたよね?あの策は俺が王国海兵隊に伝えたものです。海兵隊は海賊と裏の交渉チャンネルを持っています。それを使って彼らをここに誘導しました」

「わざわざそれを話すんですね。それは王太子の指示ですか?」

 目立ちたがりなところがあるから、おれが全部仕組んだんだぜって自慢しに来ても別に不思議とは思われない。

「いえ。殿下の指示ではありません。俺の意志でここに来ました。…婚約破棄の話は聞きました。あいつそれやらかす前に俺に伝令命じて、エレインから追い出したんです。傍にいたら殴って止めたのに…。本当にうちの馬鹿が申し訳ありません」

 セヴェリーノは深々と私に頭を下げた。この男に責任はないのに、律義と言うか。

「いえ、別に。あなたが謝ることではありません。…どうしようもないことです」

 思い出しても心がグラグラする。

「あいつ、あの時様子がおかしかったんですよ。ジョゼーファ様が龍に襲われた時です。俺たちニューエレインにいたんですよ」

「いたんですか?!あの時、あそこに!?」

 私は思わず両手で口を覆ってしまうくらいには驚いた。あの時彼もあの町にいた。すれ違っていた?そんな…嘘でしょ…。

「ええ、あいつ、ジョゼーファ様と龍が戦闘してたの知ってます。それですぐに王妃様の陰謀だって気がついて、それであいつは裏で糸弾いてる王妃の部下を探しに街に飛び出して…」

「ちょっと失礼します。セルカーク卿。王太子殿下は婚約者が龍に襲われているのを知ってたんですよね。でも姿を見せたのは戦闘が終わった後。…どういうつもりですか?!なんですかそれ!?自分の婚約者が戦ってるときに、何処ほっつき歩いてるんですか?!王妃の部下を探してた?!馬鹿なの!?まじで馬鹿なの!!何考えてるの?!ほんとに!なにそれ!」

 ラファティはセヴェリーノの胸倉を掴んで怒鳴り散らす。

「ちょっとちょっと!落ち着いてラファティ!」

 今にもラファティはセヴェリーノに今にも斬りかかりそうってくらいに激高してた。私は必死に彼女を落ち着かせて、胸倉から手を離させた。

「ごめんなさい、セヴェリーノ。うちの部下が失礼を」

「いいえ、そちらのお嬢さんが言ってることが正しいっす。俺だってそう思いました。だけど、殿下もかなり深刻そうな様子でした。王妃殿下のジョゼーファ様への執着は王宮では有名な話です。あいつはここで王妃様の尻尾を掴んで将来の憂いを絶つって言ってました。実際王妃の部下と戦闘になったみたいです。言い訳ですけど、ジョゼーファ様の方へ行かなかったのは、護衛もしっかりしてたのもあります。出しゃばる気はないって言ってました」

「その考えがおかしいのよ!出しゃばれよ!出しゃばって命はって女の子助けろよ!だっさいんだよ!そういうのが一番!」

「ラファティ!やめて!今は黙ってて!セヴェリーノ。王太子殿下は王妃の部下と交戦した。その時何かあったのでしょうか?聞いてますか?」

「それについては特に。でもすごく凹んでました。あいつと王妃様は上手く行ってません。部下にも逃げられたみたいですしね。してやられたんでしょうね」

 それで婚約破棄したのか?王妃が私に執着してるから、その当てつけ?…彼は本当に私のことを見てないんだな。まだ傷つくネタがあったのか。はは。虚しい。

「そうですか…。あの王妃殿下はわたくしに執着してるそうですね。一つ聞きたいのですが、わたくしと王太子殿下の婚約はもしかして王妃様が言い出したんですか?」

「そうですよ。知らなかったんですか?」

「わたくしが聞いているのは父が王家に持ち込んだって話です。カドメイア州の樹液利権の安定化のためにって」

「たしかに皆そう思ってますよね。俺もそう思ってました。あいつだってそう思ってた。でも違います。王妃様が一度ポロッと漏らしました。辺境伯閣下を説得するのに骨が折れたと」

「…父は婚約に反対だったんですか?」

 これは意外な事実だ。父から見れば私の婚約はとても大きな政治的成果だ。多くの政治問題を解決できる魔法の一手と言える。

「辺境伯閣下と王妃様が言い争っているところを多くの人が目撃しています。あの二人もめちゃくちゃ仲が悪いんです」

「どんな内容で言い争ってたんですか?何かの政治問題でしょうか?」

「わかりません。あの二人は言い争う時にウィルビウス語を使うんです。だから周りの者にはチンプンカンプンでして」

「父上はウィルビウス語が理解できるのですか?!そんな…」

 ウィルビウス語。ステータスプレートに使われている言語。この世界では女神が使う言葉として尊ばれており、使えるのは聖都の高位聖職者だけと言われている。だけどそれはあくまで表向きの話だ。ウィルビウス語の正体は英語のことであり、ステータスプレートの表記言語でもある。英語が理解できれば、ステータスプレートを読むだけで、この世界の真の姿を理解できてしまう。だから一般人には世界の秘密を隠すために、英語のことを学ばせないようになっているのだ。なのにあの二人は英語が理解できる。父はこの世界の根幹について把握しているのか?

「ただ会話はわかりませんけど、俺が見た時はジョゼーファ様の名前を出していました。それ以外はわかりませんが。他の者もジョゼーファ様の名前を聞いているので、お二人の争いの理由はジョゼーファ様のことだと思います」

 なんだそれ…。意味がわからない。私が知る原作ではジョゼーファというキャラクターには重要な設定はないはずなのだ。…恐ろしさを感じる。底冷えするような恐ろしさ。自分の知らない何かが自分の因果に絡みついている。目を背けてはいられない段階がきてしまったんだろうか?私は自分自身をこの世界の外側にいる者と思っていた。あくまでも悪役令嬢と言う雑魚キャラでしかないと。エロゲーに良くいる脱ぐしか能ない雑なキャラクターに過ぎないって思ってた。私の傍にこの世界の悪意が迫ってきている。それがとてつもなく恐ろしい。
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