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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.
第31話 火をつけようとする者たち
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帝国直轄都市からバッコス王国王都アリアドネへと向かう特急列車。貸切られた一等車両の豪華客室にシャルレスとイルマタル、そしてジェーンがいた。彼らはテーブル越しに向かい合わせに座って広げた新聞紙や空中に投影したステータスウィンドウの各種データを見比べている。
「というわけでですね。ジョゼーファはエヴェルトンに監禁されてしまったようです。すみませんけどシャルたちには予定を変更して、ジョゼーファの救出を行ってほしいんですよ。このまま彼女がアルレネの下へ連れて行かれるのは非常にまずいので」
「それはわかるけど…これは…なかなか難易度高いなぁ。というか僕は政治家じゃなくて歴史学者なんだけど…畑違いすぎる…」
シャルレスは腕を組んで唸っていた。列車でのイルマタルとの二人旅は当初のんびりとした癒しの旅だった。なのに各地の駅に着くたびにバッコス王国から届く不穏なニュースに一喜一憂し、とうとうまさかのジョゼーファ拘束のニュースが飛び込んできた。
「いくらなんでもこんなことになるだなんて聖下も思わなかったはずだ。ジェーン。エヴェルトン・アイガイオンはなぜジョゼーファ様を拘束して、アルレネに引き渡そうとしているんだ?」
イルマタルもまた難しい顔をしてデータと睨めっこしている。
「エヴェルトンは金枝と女神に関わる全てにうんざりしたからこそジョゼーファを連れて聖都を離れて故郷に帰りました。ジョゼーファを守るためにはそれしかなかった。だけどこの段階に及んで、ジョゼーファと金枝とのリンクが復活してしまった以上は接触は避けられない。ならばより安全な方策を取れそうな人物の手に委ねるのが確実でしょうしね。アルレネは金枝の詳細を把握しています。そこへ至る道も。私の愚妹ジャンヌもついています。どの勢力にまかせるよりもマシでしょうね」
「だがそれは正規の手順ではない。金枝の暴発を引き起こしかねない危険な方法かもしれない。ならいっそのこと聖下に委ねるのは駄目だったのか?金枝についてなら聖下のやり方が一番安全で何よりも正しいはずだ。そう。あれが正しいはずなんだ…」
眉根を何処か痛々し気に歪めながらイルマタルは言った。それを聞いたシャルレスは首を振って答える。シャルレスはバッコス王国に旅立つ前に金枝の全てを斎后から聞かされていた。その上で彼は旅立つことを決めたのだ。
「僕は反対だ。それは斎后聖下の本当の願いではないよ。あの人の手にジョゼーファさんを任せるのは、本当に全部の手段が駄目になってしまった時だけだよ。イルマ。君だって本当は嫌だろう?斎后聖下だってあんな残酷な運命を誰かに押し付けたくないからこそ、僕たちを旅に出したんだ。大丈夫。イルマ。大丈夫だよ。君は一人じゃないよ。僕もいる。ジェーンもいる。だから僕たちならできるさ。一緒に斎后聖下を助けよう」
朗らかな笑顔を浮かべたシャルレスはイルマの震えた手をぎゅっと握る。イルマは微かに頷いて、シャルレスの手を握り返した。
「うん。…ありがとうシャル君」
それをジェーンは優し気な顔で見つめていた。同時に彼女はほんの一瞬だったが、恨めし気な目で自分の手を見つめた。そして首を降った後に誰が見てもうざいって思うくらいの明るい笑顔を浮かべて言った。
「ではではそんな頼りになるシャルに、ずばりこの状況を打開するための方法をお聞きしたいんですけど!もちろんあるんですよね!」
ジェーンのARアバターはわざわざテーブルの上に飛び乗ってきた。そしてジェーンはシャルの顔に今にキスできそうなくらい彼女の顔を近づけてくる。
「ちょっと近いって!顔近すぎだよ!喋りづらい!」
「おやー!?もしかした私にチューされそうとか思っちゃいました?!思っちゃった!?ざんねーん!私はARでーす!あなたとチューできませーん!ちゅー!」
わざとらしくキス顔を作って煽ってくるジェーンにシャルは苦笑いを浮かべて。
「そうだな。チューできなくて残念だよ。でもドキドキしちゃって心臓に悪いから普通に座ってくれないかな?僕の隣が空いてるけど、どうかな?」
優し気に微笑んだシャルレスは隣の席をポンポンと叩いた。
「え…はい。お邪魔しますね」
ジェーンはしおらしくシャルレスの隣に座った。日差しのせいなのかやや頬が赤く染まっているようにシャルレスからは見えた。
「大人しいね。いつもならこういう時ぎゃーすかぎゃーすか騒ぐんじゃないの?」
「…この間…僕の隣で…わ…らえ…って言った…から…」
ジェーンは俯いてぼそぼそと呟く。それはシャルレスの耳には断片的にしか聞こえず、意味がよくわからなかった。
「ごめん。上手く聞き取れないんだけど。なんて?」
「なんでもないですー。で、悪ふざけの間に何か思いつきました?」
イルマタルとジェーンはシャルレスに期待の目を向けた。そして2人の視線を浴びながらシャルレスはドヤ顔を浮かべて言った。
「僕思ったんだけど、偉い人が何処かへ視察に行くとさ、そこの業務ってどうなるかわかる?」
「貴人を迎えるときはそれに集中するから他の業務が疎かになるな。でもシャル君、それがいったいどうしたんだい?何か使えるのか?」
「つまりさ。僕がカドメイアにレガトゥス卿の権威でもって遊びに行けば、エヴェルトン・アイガイオンは応対せざるを得ないよね?で僕が噂の綺麗なお姫様のジョゼーファさんとぜひお会いしたいって言えばどう?」
「!なるほど!そうすればすぐにはアルレネの下へと引き渡せなくなるということか!流石だなシャル君!聖下が見込んだだけはある!すばらしいずる賢さだ!」
イルマタルは手を叩いて喜んだ。そしてジェーンもまた楽しそうな笑みを浮かべる。
「すごい!流石ですよシャル!腐った神殿上層部を騙くらかしただけのことはありますね!童貞とは思えない狡猾なダーティさですね!なんでそれが女の子相手に発揮できないのかなぁーもったいねぇーなー」
「うるせぇんだよ!!褒めるか貶すかどっちかにしろよ!!まあいい。とりあえずこれである程度時間は稼げるはずだよ。その間に…そうだね…!いっそのことアドニス君を煽ろうか!」
さらにドヤ顔で思いついたアイディアを披露するシャルレス。だがジェーンはそれに対して難色を示した。
「アドニスをですか?あれを動かすのはおすすめしませんよ。あいつはいつの時代も状況をしっちゃかめっちゃかにしていくんです。絶対に操れません。危険だと思います」
「操るなんてとんでもない!僕にはわかるんだ。あれは女の子の為に命を張れる男だ。ジョゼーファさんの状況を知れば絶対に助けに動くはずだよ。僕たちは何もしなくていい。情報だけ流せば勝手に動き出すはずだ。龍から助けたんだ。今度は塔から助けてもらおうじゃないか。くくく」
まるで陰謀に酔う策士の様に笑い始めるシャルレス。ジェーンとイルマタルはそれを見て若干の苦笑いを浮かべた。
王都の中央駅のカフェにてヴァンデルレイは新聞を読みながら時間を潰していた。今日は聖都からレガトゥスの名を持つ超高位神官が来る予定だった。その取材の為にマスコミの多くがここらへんで列車の到着を待っていた。
「失礼。相席よろしいかしら?」
綺麗な女の声が聞こえてヴァンデルレイは、新聞から目を離して、その声の主を見上げた。そこには白い髪に青い瞳の美人がいた。
「すまないけど遠慮してくれ。他の席も空いてる」
ヴァンデルレイはすげなく美女の申し出を断った。彼も一瞬だが美人に相席を誘われて嬉しかったのだ。だがまずその恰好に引いた。その女はステータスプレートの顔写真で表示されるのと同じ服を着ていた。ステータスプレートの顔写真は何故か誰もが同じ青いブレザー型の軍服のようなものを着ている状態で表示される。この服は世間では女神の制服と言われており、神聖視されている。一般には遊びであっても同じデザインの服を着ることは憚れるのだ。だが目の前の女はその制服を独自に着崩して身に纏っていた。
胸元はネクタイではなくリボンタイ。袖口にはフリルがあしらわれている。そして膝丈くらいのフレアスカートには優雅な刺繍とフリルが施されていて、どことなく派手に見えた。
「まあそうおっしゃらずに。さあ、このあたくしめのために椅子を引いてくださらない?」
「だから他所へ行けって。俺は今取材の待機時間なんだよ。誰かと話す気はないんだ」
「あらあらまあまあ!そんなくだらないことよりもこのあたくしとのティータイムを楽しめる方が百倍価値がありましてよ。ねぇ個体識別ID:85727017451324213084 個体愛称:ヴァンデルレイ・ヒンダルフィアル?」
「ちょっと待て?!お前今、俺のステータスプレートのIDを口にしたのか?!どうして知ってるんだ?!」
ステータスプレートに表示される自分自身のID番号をこの世界の人間たちは皆自然と暗記している。そしてそれは他人が決して知りえない番号のはずなのだ。なのにこの女はそれを知っていた。その薄気味の悪い事実にヴァンデルレイは戦慄した。
「あたくしとお茶したくなりませんか?どうです?あたくしってとてもとてもスリリングな女じゃありません事?」
「そうだな。色んな意味で震えそうだよ。いいぜ。座れよ。話は聞こうじゃないか」
「では椅子を引いてくださいませんか?レディは自分で椅子をひかず、殿方に引っ張ってもらうものだと承知しています。引いてください」
「やなこった。自分で引け」
ヴァンデルレイは憮然とそう言い放った。すると白髪の女は品のある笑みを浮かべて、ヴァンデルレイの方へ手を伸ばす。その手はヴァンデルレイの頬を優し気に撫でた。
「いきなりなんだよ…てか…え?なんで何も感じないんだ?あれ?」
その手からは何の感触も伝わってこなかった。それどころか彼女はその手を頬に押し込んできて、そのままヴァンの顔を透けて行ったのだ。
「?!?なんだ!?いまのはいったい!?幻?!それともそういう魔法か?!」
「いいえ、これは魔法ではありませんわ。あなたはカメラが好きですよね?写真がこれから先ずっとずっとずっと進化していくと、あたくしの手の様に空中に投影できるようになるんですのよ。ヴァンデルレイ?御願いですから椅子を引いてくださる?この幽霊のような手では椅子を引けませんからね」
ヴァンデルレイは青い顔で立ち上がり、目の前の椅子を引いた。そしてそこへ白い髪の女はちょこんと座った。ヴァンデルレイも自席に戻って二人は向かい合う。
「あんたはいったい何者だ?いったい何しに来たんだ?」
「あたくしの名はフアナ・ドゥ。女神を弑し奉りたいと臨んだ罪人の一柱。運命の共犯者たる古き神々の遣わしたもう天使。今日はあなたに頼みがあって参りました」
「頼み?」
「ええ、エヴェルトン・アイガイオンに囚われた金枝の姫君、ジョゼーファの救出への御助力をあなたにお頼み申し上げますわ!」
フアナ・ドゥは不敵な笑みを浮かべてそう言った。ヴァンデルレイはこの先に起こりそうな騒動に戸惑いを隠せなかった。
「というわけでですね。ジョゼーファはエヴェルトンに監禁されてしまったようです。すみませんけどシャルたちには予定を変更して、ジョゼーファの救出を行ってほしいんですよ。このまま彼女がアルレネの下へ連れて行かれるのは非常にまずいので」
「それはわかるけど…これは…なかなか難易度高いなぁ。というか僕は政治家じゃなくて歴史学者なんだけど…畑違いすぎる…」
シャルレスは腕を組んで唸っていた。列車でのイルマタルとの二人旅は当初のんびりとした癒しの旅だった。なのに各地の駅に着くたびにバッコス王国から届く不穏なニュースに一喜一憂し、とうとうまさかのジョゼーファ拘束のニュースが飛び込んできた。
「いくらなんでもこんなことになるだなんて聖下も思わなかったはずだ。ジェーン。エヴェルトン・アイガイオンはなぜジョゼーファ様を拘束して、アルレネに引き渡そうとしているんだ?」
イルマタルもまた難しい顔をしてデータと睨めっこしている。
「エヴェルトンは金枝と女神に関わる全てにうんざりしたからこそジョゼーファを連れて聖都を離れて故郷に帰りました。ジョゼーファを守るためにはそれしかなかった。だけどこの段階に及んで、ジョゼーファと金枝とのリンクが復活してしまった以上は接触は避けられない。ならばより安全な方策を取れそうな人物の手に委ねるのが確実でしょうしね。アルレネは金枝の詳細を把握しています。そこへ至る道も。私の愚妹ジャンヌもついています。どの勢力にまかせるよりもマシでしょうね」
「だがそれは正規の手順ではない。金枝の暴発を引き起こしかねない危険な方法かもしれない。ならいっそのこと聖下に委ねるのは駄目だったのか?金枝についてなら聖下のやり方が一番安全で何よりも正しいはずだ。そう。あれが正しいはずなんだ…」
眉根を何処か痛々し気に歪めながらイルマタルは言った。それを聞いたシャルレスは首を振って答える。シャルレスはバッコス王国に旅立つ前に金枝の全てを斎后から聞かされていた。その上で彼は旅立つことを決めたのだ。
「僕は反対だ。それは斎后聖下の本当の願いではないよ。あの人の手にジョゼーファさんを任せるのは、本当に全部の手段が駄目になってしまった時だけだよ。イルマ。君だって本当は嫌だろう?斎后聖下だってあんな残酷な運命を誰かに押し付けたくないからこそ、僕たちを旅に出したんだ。大丈夫。イルマ。大丈夫だよ。君は一人じゃないよ。僕もいる。ジェーンもいる。だから僕たちならできるさ。一緒に斎后聖下を助けよう」
朗らかな笑顔を浮かべたシャルレスはイルマの震えた手をぎゅっと握る。イルマは微かに頷いて、シャルレスの手を握り返した。
「うん。…ありがとうシャル君」
それをジェーンは優し気な顔で見つめていた。同時に彼女はほんの一瞬だったが、恨めし気な目で自分の手を見つめた。そして首を降った後に誰が見てもうざいって思うくらいの明るい笑顔を浮かべて言った。
「ではではそんな頼りになるシャルに、ずばりこの状況を打開するための方法をお聞きしたいんですけど!もちろんあるんですよね!」
ジェーンのARアバターはわざわざテーブルの上に飛び乗ってきた。そしてジェーンはシャルの顔に今にキスできそうなくらい彼女の顔を近づけてくる。
「ちょっと近いって!顔近すぎだよ!喋りづらい!」
「おやー!?もしかした私にチューされそうとか思っちゃいました?!思っちゃった!?ざんねーん!私はARでーす!あなたとチューできませーん!ちゅー!」
わざとらしくキス顔を作って煽ってくるジェーンにシャルは苦笑いを浮かべて。
「そうだな。チューできなくて残念だよ。でもドキドキしちゃって心臓に悪いから普通に座ってくれないかな?僕の隣が空いてるけど、どうかな?」
優し気に微笑んだシャルレスは隣の席をポンポンと叩いた。
「え…はい。お邪魔しますね」
ジェーンはしおらしくシャルレスの隣に座った。日差しのせいなのかやや頬が赤く染まっているようにシャルレスからは見えた。
「大人しいね。いつもならこういう時ぎゃーすかぎゃーすか騒ぐんじゃないの?」
「…この間…僕の隣で…わ…らえ…って言った…から…」
ジェーンは俯いてぼそぼそと呟く。それはシャルレスの耳には断片的にしか聞こえず、意味がよくわからなかった。
「ごめん。上手く聞き取れないんだけど。なんて?」
「なんでもないですー。で、悪ふざけの間に何か思いつきました?」
イルマタルとジェーンはシャルレスに期待の目を向けた。そして2人の視線を浴びながらシャルレスはドヤ顔を浮かべて言った。
「僕思ったんだけど、偉い人が何処かへ視察に行くとさ、そこの業務ってどうなるかわかる?」
「貴人を迎えるときはそれに集中するから他の業務が疎かになるな。でもシャル君、それがいったいどうしたんだい?何か使えるのか?」
「つまりさ。僕がカドメイアにレガトゥス卿の権威でもって遊びに行けば、エヴェルトン・アイガイオンは応対せざるを得ないよね?で僕が噂の綺麗なお姫様のジョゼーファさんとぜひお会いしたいって言えばどう?」
「!なるほど!そうすればすぐにはアルレネの下へと引き渡せなくなるということか!流石だなシャル君!聖下が見込んだだけはある!すばらしいずる賢さだ!」
イルマタルは手を叩いて喜んだ。そしてジェーンもまた楽しそうな笑みを浮かべる。
「すごい!流石ですよシャル!腐った神殿上層部を騙くらかしただけのことはありますね!童貞とは思えない狡猾なダーティさですね!なんでそれが女の子相手に発揮できないのかなぁーもったいねぇーなー」
「うるせぇんだよ!!褒めるか貶すかどっちかにしろよ!!まあいい。とりあえずこれである程度時間は稼げるはずだよ。その間に…そうだね…!いっそのことアドニス君を煽ろうか!」
さらにドヤ顔で思いついたアイディアを披露するシャルレス。だがジェーンはそれに対して難色を示した。
「アドニスをですか?あれを動かすのはおすすめしませんよ。あいつはいつの時代も状況をしっちゃかめっちゃかにしていくんです。絶対に操れません。危険だと思います」
「操るなんてとんでもない!僕にはわかるんだ。あれは女の子の為に命を張れる男だ。ジョゼーファさんの状況を知れば絶対に助けに動くはずだよ。僕たちは何もしなくていい。情報だけ流せば勝手に動き出すはずだ。龍から助けたんだ。今度は塔から助けてもらおうじゃないか。くくく」
まるで陰謀に酔う策士の様に笑い始めるシャルレス。ジェーンとイルマタルはそれを見て若干の苦笑いを浮かべた。
王都の中央駅のカフェにてヴァンデルレイは新聞を読みながら時間を潰していた。今日は聖都からレガトゥスの名を持つ超高位神官が来る予定だった。その取材の為にマスコミの多くがここらへんで列車の到着を待っていた。
「失礼。相席よろしいかしら?」
綺麗な女の声が聞こえてヴァンデルレイは、新聞から目を離して、その声の主を見上げた。そこには白い髪に青い瞳の美人がいた。
「すまないけど遠慮してくれ。他の席も空いてる」
ヴァンデルレイはすげなく美女の申し出を断った。彼も一瞬だが美人に相席を誘われて嬉しかったのだ。だがまずその恰好に引いた。その女はステータスプレートの顔写真で表示されるのと同じ服を着ていた。ステータスプレートの顔写真は何故か誰もが同じ青いブレザー型の軍服のようなものを着ている状態で表示される。この服は世間では女神の制服と言われており、神聖視されている。一般には遊びであっても同じデザインの服を着ることは憚れるのだ。だが目の前の女はその制服を独自に着崩して身に纏っていた。
胸元はネクタイではなくリボンタイ。袖口にはフリルがあしらわれている。そして膝丈くらいのフレアスカートには優雅な刺繍とフリルが施されていて、どことなく派手に見えた。
「まあそうおっしゃらずに。さあ、このあたくしめのために椅子を引いてくださらない?」
「だから他所へ行けって。俺は今取材の待機時間なんだよ。誰かと話す気はないんだ」
「あらあらまあまあ!そんなくだらないことよりもこのあたくしとのティータイムを楽しめる方が百倍価値がありましてよ。ねぇ個体識別ID:85727017451324213084 個体愛称:ヴァンデルレイ・ヒンダルフィアル?」
「ちょっと待て?!お前今、俺のステータスプレートのIDを口にしたのか?!どうして知ってるんだ?!」
ステータスプレートに表示される自分自身のID番号をこの世界の人間たちは皆自然と暗記している。そしてそれは他人が決して知りえない番号のはずなのだ。なのにこの女はそれを知っていた。その薄気味の悪い事実にヴァンデルレイは戦慄した。
「あたくしとお茶したくなりませんか?どうです?あたくしってとてもとてもスリリングな女じゃありません事?」
「そうだな。色んな意味で震えそうだよ。いいぜ。座れよ。話は聞こうじゃないか」
「では椅子を引いてくださいませんか?レディは自分で椅子をひかず、殿方に引っ張ってもらうものだと承知しています。引いてください」
「やなこった。自分で引け」
ヴァンデルレイは憮然とそう言い放った。すると白髪の女は品のある笑みを浮かべて、ヴァンデルレイの方へ手を伸ばす。その手はヴァンデルレイの頬を優し気に撫でた。
「いきなりなんだよ…てか…え?なんで何も感じないんだ?あれ?」
その手からは何の感触も伝わってこなかった。それどころか彼女はその手を頬に押し込んできて、そのままヴァンの顔を透けて行ったのだ。
「?!?なんだ!?いまのはいったい!?幻?!それともそういう魔法か?!」
「いいえ、これは魔法ではありませんわ。あなたはカメラが好きですよね?写真がこれから先ずっとずっとずっと進化していくと、あたくしの手の様に空中に投影できるようになるんですのよ。ヴァンデルレイ?御願いですから椅子を引いてくださる?この幽霊のような手では椅子を引けませんからね」
ヴァンデルレイは青い顔で立ち上がり、目の前の椅子を引いた。そしてそこへ白い髪の女はちょこんと座った。ヴァンデルレイも自席に戻って二人は向かい合う。
「あんたはいったい何者だ?いったい何しに来たんだ?」
「あたくしの名はフアナ・ドゥ。女神を弑し奉りたいと臨んだ罪人の一柱。運命の共犯者たる古き神々の遣わしたもう天使。今日はあなたに頼みがあって参りました」
「頼み?」
「ええ、エヴェルトン・アイガイオンに囚われた金枝の姫君、ジョゼーファの救出への御助力をあなたにお頼み申し上げますわ!」
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