軍閥令嬢は純潔を捧げない

万和彁了

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第二章 簒奪篇 Fräulein Warlord shall not forgive a virgin road.

第51話 さあ嗤え!我らが愛したお姫様はもういないのだから!

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 仮にこのままラフォルグ中尉に押し切られたとします。わたくしの隣を宝剣を持ったラフォルグ中尉が歩くのは、はっきり言って気に入りません。中尉は美人ですからちゃんと着飾れば見栄えはしますが、わたくしにとっては不愉快極まりない人です。

「あなたはなんでそんなにこのパーティーで輝きたいのですか?このパーティーはわたくしが主役なので、どちらにせよあなたの出番なんてないんですが」

「好きな人が来るんです。彼に一番綺麗な私を見せつけたい。私に夢中になって欲しい。ただそれだけです」

 好きな人に綺麗な姿を見せたい。それ自体は同じ女としては理解できる感情です。この階段降りのミニパレードなら確かに人々の羨望を集めるでしょう。実際参加する侍女の選抜試験は大量の志願者が集まってかなり盛り上がりました。女の子はなんだかんだと言ってパーティーのこう言ったイベントへの参加が好きなのでしょう。ラフォルグ中尉にもそういう人としての心があることに、何処か安心感を覚えなくもありません。

「そんなとんでもなくくだらない理由でわたくしの役割を奪う気だったのですか?!お姉さま!絶対にこの女にわたくしの役割を譲らないでくださいね!」

 パトリシアが怒りで体をプルプルと震わせています。ですが中尉相手に押し切られない自信がわたくしにはありません。ですがその時です。ふっと思いついたことがあります。…ニチャアア。

「太刀持ちは譲れません。さすがにパトリシアが可哀そうです。なので別の役割なら用意してもいいですよ。わたくしの隣を歩くとても目立つ素敵な役です」

「本当ですか?!ありがとうございますジョゼーファ殿下!」

「ええ、あなたにはわたくしの銃剣を持つ名誉ある役割を与えましょう」

「ん?銃剣…?ですがあれは陛下が没収しましたよね。陛下はあれを姫殿下が持つことに不快感をお持ちのようですが」

 そう父上はわたくしがあのライフルを持つことを嫌って、没収しました。まあ以前父上に向かってあれをぶっ放しているので、不快感を持つのは当たり前と言えば当たり前ですが。

「中尉。たかがライフル一丁をここに持ってくるだけで、あなたはパレードに参加できます。よくよく考えてください。どうせ父上もパレードしたあとにライフルを持ち出したことをいちいち叱ったりできませんし、問題にも出来ないでしょう。たかがライフル一丁に怒り狂った様を人々に見せれば王の威信は傷つくのです。どうせ叱られないし、問題になどできないのですから、持ってきてください」

「確かにそうですね。陛下は怒るでしょうが、問題になどならないなら構いませんよね。わかりました。すぐに持ってきます。その代わりちゃんと約束は守ってくださいね」

「ええ、わたくしは約束は守りますよ。なんならあなたに似合うドレスやお化粧も用意してあげましょう」

「そこまでしていただけるんですか?!重ね重ねありがとうございます!では取ってまいります!」

 ラフォルグ中尉はライフルを取りに一目散に部屋を出ていきました。

「お姉さま…?いいんですか?あんな女を隣に侍らせても?というか本当にドン引きしましよ今のやり取り…。普通の人間は国王のご機嫌を損ねるのを恐れるはずなのに、バレても問題に出来ないなら構わないって思考ができるって頭おかしすぎだと思うんですが…」

 パトリシアは怒りを通り越して、顔を青くしています。周りの侍女たちも同様です。ラフォルグ中尉は自分自身の損得勘定にのみ忠実です。ですから他人の感情に無頓着なのです。だからこれから罠に嵌るのです。

「ええ、いいんですよ。最高の自分を見せたい。その気持ち大変よくわかります。叶えてあげたくなりました。ええ。中尉を最高に目立つ舞台に立たせてあげましょう。パトリシア。人を突き堕とす・・・・・なら、最高に上げてからするべきです。そう思いませんか?」

 わたくしは隣に座るパトリシアに向かってニヤリと笑います。

「お姉さま…?どうしたんですの?お顔がとても…」

 おかしいですね。わたくしはちゃんと笑っているのに、周りの皆さんは何故か震えています。

「パトリシア。笑え・・。中尉が戻って来た時、あなたが笑っていなかったら、怪しまれます。だから笑え・・

「でもお姉さまのお顔は…笑ってるのに…怖くて…それで…ひっ…!」

 可哀そうに。パトリシアはきっとパレードに緊張してるのでしょう。だから笑顔を作ってあげる手伝いをしてあげましょう。わたくしはパトリシアの頬を指で押して、笑顔を作ってあげました。

笑え・・。可愛らしく笑え・・。わたくしのために笑え・・。王女であるあなたは王様の為に笑え・・

「ひっ…ああっ……これでよろしいでしょうか…お姉さま…?あは…はは」

 パトリシアは頬を震わせながら笑っています。でも少し硬い。それではラフォルグ中尉を騙しきれない。

「…お姉さま・・・・?わたくしはお姉さま・・・・ですか?違うんじゃないですか?」

「許してください王様!どうですか?!わたくしの笑顔は素敵ですか?!王様の隣に立っても大丈夫ですよね?!王様!王様ぁ!許して!ちゃんと笑うから!だから許して!お願い!お願いだから!」

 体を震わせながらもパトリシアはとても素敵な笑顔を浮かべて、わたくしを王様と呼んでいます。少し気が早いと思います。まだこの瞬間のわたくしはお姫様でしかないのです。なのに早とちりしてる。わたくしのことを王様だなんて呼んでしまってる。なんてかわいい妹なんでしょう。

「さあ皆さま。笑いなさい。今宵のパーティーの為に笑いなさい。今日のパーティーは女王のお披露目ではなく、王の帰還を祝うものです。さあ嗤い・・なさい可愛い姫の死を!さあ笑いなさい!麗しい王の復活を!人民であるならば王の為に笑え!笑いなさい!」

 周りの侍女の皆様もわたくしの御願いを聞いて、笑ってくれました。ああ、みんなわたくしの為に笑ってくれる。わたくしはなんて幸せなお姫様なんだろう。

「あは…あははは…あははははははははは!」

 パトリシアが嗤っています。きっと愉しいのでしょう。たった今みんなに愛されたお姫様が死んだことに。

『『『『あは…は…ははは…あはははははははははは!!!!』』』』

 侍女の皆さんが笑っています。きっと嬉しいのでしょう。王が帰ってくるこの気配に。

「そうです!さあ嗤いましょう!お姫様の為に!さあ笑いましょう!王様の為に!おーほほほほ!おーほほほほ!あは!あははははは!あはははははははははははははははは!」

 わたくしはありったけ笑い続けます。きっともうすぐわたくしの傍に帰ってくる、こののために。
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