『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

夢見中

文字の大きさ
11 / 50
【疾風・戦神編】

宇治川の物理学、そして朝日が沈む時

しおりを挟む
轟音を立てて流れる宇治川の水面が、二つの影によって切り裂かれた。
「一番乗りは、この佐々木四郎高綱なるぞ!」
「いや、この梶原源太景季である!」
 俺が囮(デコイ)として放った二騎が、派手な水飛沫を上げて川へ飛び込む。
 対岸の木曾軍は、この分かりやすい挑発に即座に反応した。
「射殺せ! 川の中で藻屑にしてやれ!」
 数千の矢が、二騎を目掛けて降り注ぐ。
 敵の注意(アテンション)が一点に集中した。視線誘導は完璧だ。
「……今だ」
 俺は愛馬・太夫黒の手綱を絞った。
 俺が選んだ渡河ポイントは、二人が飛び込んだ場所から三百メートル下流。一見すると急流に見えるが、事前の測量データによれば、川底に岩盤が隆起しており、馬の腹が浸かる程度の深度しかない「見えない道」だ。
「全軍、横列陣形(ライン・フォーメーション)! 馬の横腹を水流に当てるな、斜め四十五度に入水しろ!」
 俺の号令と共に、精鋭騎兵たちが音もなく川へ滑り込んだ。
 当時の常識では、川を渡るときは「気合いで泳ぐ」か「浅瀬を奪い合う」しかなかった。だが、俺たちは違う。流体力学を知っている。
 水流のベクトルに対して抵抗を最小限にする角度。
 そして、隣の馬とロープで身体を結び合い、互いがアンカー(錨)となることで流されるのを防ぐシステム。
 個の力で川に挑むのではなく、一つの巨大な筏(いかだ)となって川を制圧する。
「な、なんだアレは!?」
 対岸の木曾兵が、亡霊でも見るような悲鳴を上げた。
 彼らの目には、源氏の騎馬隊が、まるで川の上を歩いているかのように見えたはずだ。
「上陸! 槍隊、展開! 制圧射撃(サプレッション・ファイア)開始!」
 岸に上がった瞬間、濡れた馬体を振るう暇もなく、佐藤継信率いる弓騎兵部隊が矢の雨を降らせた。
 狙いをつける必要はない。敵の頭上を覆うように面で制圧し、動きを止める。
 その隙に、佐藤忠信率いる重装歩兵が「亀甲陣(テストゥド)」のように盾を隙間なく並べ、敵陣へと突き刺さる。
 勝負にならなかった。
 飢えと寒さで士気の落ちた木曾軍に対し、十分なカロリーを摂取し、システム化された俺の軍隊は、まるで熱したナイフでバターを切るように敵陣を蹂躙していく。
 ***
 戦場は宇治川から、近江の粟津(あわづ)へと移った。
 敗走を続ける木曾義仲を追い詰め、ついに捕捉したのだ。
 冬の枯れ野。
 夕日が、血のように赤く大地を染めている。
 かつて数万を誇った「朝日将軍」の軍勢は、いまや数騎にまで減っていた。
「……見事だ、九郎義経」
 木曾義仲が、荒い息を吐きながら馬を進み出させた。
 鎧はボロボロで、矢傷だらけだ。だが、その瞳だけはまだ死んでいない。野生の虎のような、強烈な光を宿している。
「俺は平家を倒したくて戦ってきた。だが、お前の戦には……情も、名誉もねえな。あるのは恐ろしいほどの『理(ことわり)』だけだ」
 俺は静かに太刀・薄緑を抜いた。
「義仲殿。時代が変わったのです。個人の武勇で世界を変えられる時代は終わりました」
「けっ、しゃらくせえ!」
 義仲が吠えた。
「俺は木曾の山猿よ! 理屈なんざ知らねえ! だがな、武士(もののふ)の意地ってやつを、そのすました顔に刻んでやる!」
 義仲が突っ込んでくる。
 速い。
 死を覚悟した人間だけが出せる、リミッターを外した加速。
 護衛の弁慶が動こうとするのを、俺は手で制した。
(最後くらい、敬意を払おう)
 俺は馬上で重心を落とした。
 現代剣道と、古流剣術を融合させたカウンターの構え。
 義仲の大太刀が振り下ろされる。その軌道が、スローモーションのように見える。筋肉の収縮、重心の移動、風切り音。すべての情報が脳内で処理され、「解」が弾き出される。
 ――ここだ。
 キンッ!!
 金属音が一つだけ響いた。
 交差した一瞬。
 俺の刃は、義仲の籠手(こて)の隙間を正確に貫き、動脈を断っていた。
 義仲の身体が、ゆっくりと馬から崩れ落ちる。
 ドサリ、と乾いた音がした。
「……あぁ、巴(ともえ)……」
 最期に愛した女武者の名を呼び、朝日将軍は動かなくなった。
 俺は血振るいをして、刀を納めた。
 勝利の雄叫びはない。兵たちも静まり返っている。
 これが同族殺しだ。
 俺は今、同じ源氏の英雄を、歴史のゴミ箱へ掃き捨てたのだ。
「……首を、取れ」
 俺は短く命じた。声が少し震えたのを、悟られないように。
「丁重に扱えよ。彼は野蛮だったが、誰よりも純粋な武人だった」
 ***
 翌日。
 源義経率いる軍勢は、京の都へ入城した。
 都の大路は、死のような静寂に包まれていた。
 市民たちは家の戸を固く閉ざし、隙間から怯えた目で見ている。
 『また新しい野盗が来た』
 『どうせまた略奪が始まるんだ』
 そんな諦めの空気が充満していた。
 だが。
「隊列を乱すな! 市民に恐怖を与えるな!」
「ゴミ一つ落とすな! 略奪した者は即刻斬首する!」
 俺の軍隊は、石像のように整然と行進した。
 誰一人として隊列を崩さず、民家を覗き込むことすらない。
 吉次が手配した炊き出し部隊が、逆に飢えた市民たちに握り飯を配って歩く。
「……え?」
「おい、何も盗らないぞ」
「飯をくれた……」
 戸の隙間が少しずつ開いていく。
 恐怖が驚愕へ、そして驚愕が安堵と歓声へと変わっていくのに、時間はかからなかった。
 俺はその光景を、馬上で冷ややかに眺めていた。
 これはパレードではない。
 **「統治能力のプレゼンテーション」**だ。
 俺たちには武力だけでなく、秩序(オーダー)を維持する力があることを、朝廷と民衆に刻み込む。
 その行列の先。
 御所の奥深くで、日本最大の黒幕(フィクサー)が俺を待っている。
 後白河法皇(ごしらかわほうおう)。
 頼朝が「日本一の大天狗」と恐れた、権謀術数の化身。
(来るなら来い、大天狗)
 俺は御所を見上げた。
 物理戦の次は、政治戦(情報戦)だ。
 現代の契約社会を生き抜いた俺の交渉術が、平安の妖怪にどこまで通用するか。
 俺は深く息を吸い込み、都の空気を肺に入れた。
 血の匂いは消え、代わりに抹香と、腐りかけた権威の甘い匂いが漂っていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する

オカさん
ファンタジー
たった一人で敵軍を殲滅し、『死神』と恐れられた男は人生に絶望して自ら命を絶つ。 しかし目を覚ますと500年後の世界に転生していた。 前世と違う生き方を求めた彼は人の為、世の為に生きようと心を入れ替えて第二の人生を歩み始める。 家族の温かさに触れ、学園で友人を作り、世界に仇成す悪の組織に立ち向かって――――慌ただしくも、充実した日々を送っていた。 しかし逃れられたと思っていたはずの過去は長い時を経て再び彼を絶望の淵に追いやった。 だが今度こそは『己の過去』と向き合い、答えを導き出さなければならない。 後悔を糧に死神の新たな人生が幕を開ける!

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ラスボス王子はヒロインたちと悪役令嬢にざまぁしたいと思います~

陸奥 霧風
ファンタジー
仕事に疲れたサラリーマンがバスの事故で大人気乙女ゲーム『プリンセス ストーリー』の世界へ転生してしまった。しかも攻略不可能と噂されるラスボス的存在『アレク・ガルラ・フラスター王子』だった。 アレク王子はヒロインたちの前に立ちはだかることが出来るのか?

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

処理中です...