『再誕・源義経 ~現代知識と英雄の本能で、二度目の歴史を塗り替える~』

夢見中

文字の大きさ
12 / 50
【疾風・戦神編】

魔王の甘い罠と、崖の上の狂気

しおりを挟む
京の御所は、墓場のように静まり返っていた。
 だが、そこには死臭ではなく、千年かけて煮詰められたような濃密な香の匂いが漂っている。
 御簾(みす)の奥。
 そこに、日本国を裏から操る怪物が座っていた。
 後白河法皇。
 平清盛すらも手玉に取り、源頼朝が「日本一の大天狗」と恐れた男。
「……面を上げよ、九郎」
 しわがれた、しかし奇妙に艶のある声だった。
 俺はゆっくりと顔を上げた。
 老人の瞳は濁っているようでいて、その奥には底なしの沼が広がっている。俺の中の「現代人」の警報機が、けたたましく鳴り響いた。
 (こいつはヤバい。頼朝兄上とは違うベクトルで、話が通じない)
「木曾の猿を追い払ったこと、大義であった。都の民も安堵しておる」
「はっ。武士(もののふ)の本分を尽くしたまでにございます」
「殊勝なことよ。……褒美に、官位を取らせよう。検非違使(けびいし)の判官などがよいか?」
 来た。
 毒入りの果実だ。
 検非違使は、都の治安を守る警察権力のトップ。名誉ある職だが、これを受け取れば俺は「朝廷の直臣」となり、鎌倉の兄・頼朝の指揮下から外れることになる。
 つまり、源氏の兄弟を仲違いさせるための、露骨な離間工作だ。
 俺の心臓が早鐘を打つ。
 喉から手が出るほど欲しい。かつての俺(義経)は、この官位欲しさに飛びつき、兄に疎まれて破滅した。その記憶が、甘い痺れと共に脳髄を駆け巡る。
 だが、俺は奥歯を噛み締め、その衝動をねじ伏せた。
「……勿体なきお言葉。されど、辞退いたします」
「ほう?」
 法皇の目が怪しく光った。
「なぜじゃ。兄への遠慮か?」
「いいえ。組織の序列(ルール)だからです」
 俺は冷徹に言い放った。
「私は鎌倉殿の代官として参った身。頭越しに官位を頂けば、指揮命令系統にバグが生じます。恩賞は、まず兄・頼朝へ。私への評価は、兄を通して頂きたく存じます」
 法皇が、驚いたように口を半開きにした。
 欲に溺れる猪武者だと思っていた若造が、まるで老練な官僚のような口を利いたからだ。
 沈黙。
 やがて、法皇は喉の奥でクックッと笑った。
「……可愛げのない稚児よ。清盛も頼朝も、権力という餌にはもっと正直じゃったぞ」
「私は餌ではなく、勝利を食らう獣ですので」
 俺は一礼し、逃げるように御所を辞した。
 背中が汗でびっしょりと濡れていた。戦場で矢を浴びるほうが、まだ幾分かマシだ。
 ***
 寿永三年二月。
 政治の腐った匂いを振り払うように、俺は再び戦場へ出た。
 目指すは、平家が拠点を構える難攻不落の要塞――一ノ谷。
 だがその前に、邪魔な障害がある。
 平家の先遣部隊が布陣する、播磨国・三草山(みくさやま)だ。
 夜。
 月明かりもない漆黒の闇の中、俺たちは山中を蛇のように進んでいた。
 吐く息は白く凍りつき、鎧の金属片が触れ合う音すら、極限まで殺している。
「殿」
 隣を歩く弁慶が、耳打ちした。
「この寒さです。敵は油断しています。まさか夜討ちをかけてくるとは思っていないでしょう」
「ああ。当時の……いや、今の武士にとって、夜襲は卑怯な振る舞いだからな」
 俺は薄ら笑いを浮かべた。
 平家の貴公子たちは、戦争を「儀式」だと思っている。名乗りを上げ、矢合わせをし、正々堂々と戦うのが作法だと。
 馬鹿げている。戦争は殺し合いだ。相手が寝ていようがクソをしていようが、首を掻き切った方が勝ちなのだ。
「土肥実平(どひさねひら)、田代信綱(たしろのぶつな)。火種は持ったな?」
「応!」
 屈強な坂東武者たちが、獣のような目で頷く。
「……やるぞ。眠れる森の美女たちを、炎で叩き起こしてやれ」
 俺が手を振り下ろした瞬間、静寂は破られた。
「火を放てぇッ!!」
 松明(たいまつ)が一斉に投げ込まれる。
 冬の乾燥した下草に火が燃え移り、瞬く間に三草山の平家陣地は紅蓮の炎に包まれた。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「源氏だ! 闇討ちだぞ!」
 寝間着姿で飛び出してきた平家の兵たち。
 そこへ、俺たちが襲いかかる。
 「殺せぇッ!!」
 俺は太刀『薄緑』を抜き、先頭を切って突っ込んだ。
 目の前に、慌てて弓を取ろうとした若武者がいた。
 俺は速度を落とさず、すれ違いざまにその首筋を斬り裂いた。
 
 ズヌッ。
 骨を断つ硬い手応えと、生温かい血飛沫が顔にかかる。
 鉄の味。
 悲鳴。怒号。肉が焼ける匂い。
 御所での陰湿な腹の探り合いとは違う、剥き出しの「生」と「死」の交錯。
「あは、あはははは!」
 俺の口から、乾いた笑いが漏れる。
 怖いか? いや、違う。
 歓喜だ。
 現代人の俺は震えている。だが、義経としての身体は、水を得た魚のように躍動している。
 この地獄こそが、俺の居場所なのだと細胞が叫んでいる。
「逃げるな! 背中を見せた奴から斬るぞ!」
 佐藤忠信が鬼のような形相で薙刀を振るう。
 敵の胴体が両断され、内臓をぶちまけて地面に転がる。それを踏みつけ、俺たちは進む。
 一方的な虐殺だった。
 三草山の平家軍三千は、夜明けを待たずに壊滅した。
 ***
 戦いの後。
 燻る陣跡に立ち、俺は西の空を見つめていた。
 この勝利は、単なる前座に過ぎない。
 本番はここからだ。
 一ノ谷。
 北は険しい山岳、南は海。
 正面から攻めれば、数万の平家軍が待ち構える死のキルゾーン。
 まともに戦えば、源氏軍の死体の山が築かれるだけだ。
 数日後。
 俺たちは、一ノ谷の北側に位置する断崖絶壁――鵯越(ひよどりごえ)の上に立っていた。
 ヒュゥゥゥ……。
 寒風が吹き荒れる崖の上から下を覗き込む。
 遥か下方に、平家の陣営が豆粒のように見えた。
 その高低差、数百メートル。
 猿ですら足を滑らせるような、垂直に近い急斜面だ。
「……正気ですか、大将」
 歴戦の猛者である畠山重忠(はたけやましげただ)が、顔を引きつらせて俺を見た。
「ここを馬で降りるなど、狂気の沙汰だ。自殺志願者の行列を作るつもりですか」
 兵たちも青ざめている。
 無理もない。常識的に考えれば不可能だ。
 だが、俺の目には見えていた。
 岩の配置。砂利の傾斜。馬の蹄がかかる僅かな足場。
 現代の物理演算と、野生の勘が融合し、脳内で一本の「正解ルート(ライン)」が光って見えた。
「畠山。鹿はここを通るか?」
「は? ……ええ、猟師の話では、鹿は通るそうですが」
「鹿が通れるなら、馬も通れる」
 俺は言い放った。
 それは屁理屈だ。だが、この極限状況において、兵士たちが求めているのは「論理」ではない。
 死地へ飛び込むための「狂信」だ。
 俺は愛馬・太夫黒の首を撫で、兵士たちの方を向いた。
 全員の目に、恐怖が宿っている。
 その恐怖を、興奮に変えなければならない。
「皆、よく聞け」
 俺は声を張り上げた。
「正面には五万の平家軍がいる。行けば死ぬ。だが、ここを降りれば、敵は無防備な背中を晒して寝ている」
 俺は崖下を指差した。
「死ぬのが怖いか? 俺も怖い。だがな、俺たちは歴史を変えに来たんだろう! 誰もが不可能だと笑うこの崖を駆け下り、奇跡という名の暴力を、平家の頭上に叩きつけてやろうじゃないか!」
 俺はニヤリと笑った。
 狂気と理性が混じり合った、魔性の笑み。
「一番乗りは、この源九郎義経だ。遅れるなよ!」
 言うが早いか、俺は手綱を引いた。
 太夫黒がいななき、虚空へと身を躍らせる。
「う、うわぁぁぁッ!?」
「大将が飛んだぞ!」
「ええい、ままよ!続けぇッ!」
 悲鳴は、すぐに雄叫びへと変わった。
 一騎、また一騎と、鉄の塊が雪崩のように崖を落ちていく。
 それは戦術ではない。
 物理法則への挑戦であり、集団狂気そのものだった。
 一ノ谷の逆落とし。
 日本戦史における最大のサプライズが、今、幕を開ける。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。 それは、最強の魔道具だった。 魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく! すべては、憧れのスローライフのために! エブリスタにも掲載しています。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

死神と恐れられた俺、転生したら平和な時代だったので自由気ままな人生を享受する

オカさん
ファンタジー
たった一人で敵軍を殲滅し、『死神』と恐れられた男は人生に絶望して自ら命を絶つ。 しかし目を覚ますと500年後の世界に転生していた。 前世と違う生き方を求めた彼は人の為、世の為に生きようと心を入れ替えて第二の人生を歩み始める。 家族の温かさに触れ、学園で友人を作り、世界に仇成す悪の組織に立ち向かって――――慌ただしくも、充実した日々を送っていた。 しかし逃れられたと思っていたはずの過去は長い時を経て再び彼を絶望の淵に追いやった。 だが今度こそは『己の過去』と向き合い、答えを導き出さなければならない。 後悔を糧に死神の新たな人生が幕を開ける!

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ラスボス王子はヒロインたちと悪役令嬢にざまぁしたいと思います~

陸奥 霧風
ファンタジー
仕事に疲れたサラリーマンがバスの事故で大人気乙女ゲーム『プリンセス ストーリー』の世界へ転生してしまった。しかも攻略不可能と噂されるラスボス的存在『アレク・ガルラ・フラスター王子』だった。 アレク王子はヒロインたちの前に立ちはだかることが出来るのか?

趣味で人助けをしていたギルマス、気付いたら愛の重い最強メンバーに囲まれていた

歩く魚
ファンタジー
働きたくない元社畜、異世界で見つけた最適解は――「助成金で生きる」ことだった。 剣と魔法の世界に転生したシンは、冒険者として下積みを積み、ついに夢を叶える。 それは、国家公認の助成金付き制度――ギルド経営によって、働かずに暮らすこと。 そして、その傍で自らの歪んだ性癖を満たすため、誰に頼まれたわけでもない人助けを続けていたがーー 「ご命令と解釈しました、シン様」 「……あなたの命、私に預けてくれるんでしょ?」 次第にギルドには、主人公に執着するメンバーたちが集まり始め、気がつけばギルドは、愛の重い最強集団になっていた。

処理中です...