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【覇道・新国家編】
黒き炎の谷、あるいは指導者の資格
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雪原に、黒い帯のような轍(わだち)が伸びていた。
第一防衛線を突破したモンゴル軍四万が、雪崩のように内陸部へ侵攻しているのだ。
彼らの進行方向にあるのは、両側を切り立った崖に挟まれた狭い谷――通称**「鬼の咽喉(のんど)」**。
ここを抜ければ、北海国の主要都市へ続く平野が広がっている。
「……罠だとは思わないのか、ボロクル」
モンゴル軍本陣。副官が懸念を示すが、総大将のボロクルは鼻で笑った。
「見ろ、あの無様な逃げっぷりを。奴らは恐怖に支配されている。それに、たとえ伏兵がいようと、この『肉の壁』がある限り、奴らは手出しできん」
ボロクルは、行軍の最前列を指差した。
数千人の捕虜たち。彼らは裸足で雪の上を歩かされ、泣き叫ぶ気力すらなく、ただ死んだような目で前進させられている。
絶対的な盾。
これがある限り、敵の強力な火器も沈黙せざるを得ない。
だが、ボロクルは知らなかった。
彼が相手にしているのは、かつて一ノ谷で馬ごと崖を降り、屋島で嵐の海を渡った、常識外れの戦術家であることを。
***
谷を見下ろす崖の上。
白い雪に同化する迷彩服を着て、俺たちは息を潜めていた。
「……来ました」
安(安徳)が囁く。
眼下の谷底を、黒い大河のような軍勢が埋め尽くしていく。
先頭には捕虜たち。その後ろに、ボロクル率いる騎馬軍団。
俺の隣で、北条泰時が双眼鏡を握りしめ、ガタガタと震えていた。
寒さのせいではない。これから自分が下さなければならない命令の重さに、魂が拒絶反応を起こしているのだ。
「泰時」
俺は静かに声をかけた。
「お前がやれ」
「……私が、ですか」
「そうだ。お前はいずれ鎌倉の頂点に立つ男だ。ならば知っておけ。国を守るとは、誰かに『死んでくれ』と命じることだ」
泰時は、双眼鏡越しに捕虜たちの顔を見た。
母親に抱かれた赤子がいる。足を引きずる老人がいる。
彼らを救う道はない。彼らごと敵を焼かなければ、後ろにいる何万人もの北海と鎌倉の民が死ぬ。
究極のトロッコ問題。
モンゴル軍の主力、およそ二万が谷の中央に差し掛かった。
今だ。
俺は無言で泰時の肩を叩いた。
泰時は目を閉じ、涙を一筋流した。
そして、カッと目を見開き、無線代わりの伝声管に向かって叫んだ。
「……地獄の門を、開けッ!!」
号令と共に、崖の上に配置された工兵たちが、巨大なレバーを一斉に倒した。
ドォォォン!!
谷底の雪の下に埋設されていた導管が爆破された。
噴き出したのは、黒くドロドロとした液体。
北海国(新潟周辺の油田地帯から輸入し、精製した)特産の**「臭水(くそうず・原油)」**だ。
大量の油が、瞬く間に谷底を黒い沼へと変える。
「なんだ!? 黒い水……?」
モンゴル兵が足を取られ、異臭に鼻を覆った、次の瞬間。
ヒュルルルル……
崖の上から、火のついた矢が無数に降り注いだ。
ボォォォォォォォッ!!
爆燃。
谷底が一瞬にして、紅蓮の焼却炉と化した。
油を含んだ炎は、雪の上だろうと消えない。むしろモンゴル兵が着ている羊毛のコートや、馬のたてがみに引火し、生きた松明(たいまつ)となって燃え広がる。
「ギャァァァァッ!!」
「熱い! 助けてくれェッ!」
断末魔の阿鼻叫喚。
そこには、敵も味方も、兵士も民間人もなかった。
すべての命が平等に、炭素へと還元されていく。
炎の壁に阻まれ、前にも後ろにも進めない。まさに「殺戮の箱庭」。
「……う、うぅ……」
泰時が、崖の縁で嘔吐した。
胃の中身をすべて吐き出し、それでも嗚咽が止まらない。
目の前の光景は、あまりに残酷すぎた。
「よくやった、泰時」
俺は泰時の背中をさすった。
「見ろ。敵の前衛二万が壊滅した。これで戦況は五分に戻った」
「……私は、鬼です……」
泰時は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、俺を見上げた。
「罪なき民を焼き殺した……。私はもう、武士ではありません……」
「ああ、そうだ。お前は鬼だ」
俺は泰時の顔を両手で挟み、無理やり顔を上げさせた。
「だが、その鬼が国を守ったんだ。……その涙を忘れるな。そして、その罪を一生背負って生きろ。それが『執権』になるということだ」
***
炎は三日三晩燃え続けた。
ボロクル率いるモンゴル軍は、半数を失い、這う這うの体(ほうほうのてい)で海岸線まで撤退した。
最強の騎馬軍団も、地面ごと焼かれてはどうしようもない。
撤退する敵を見送りながら、弁慶がポツリと言った。
「……殿。これで奴らは学習しますぞ。次は、ただ突っ込んでくるだけでは済まない」
「ああ。分かっている」
俺は黒い煙が立ち上る谷を見つめた。
この勝利の代償は大きい。
俺たちは「非人道的な悪魔」として、モンゴルの憎悪を一身に受けることになる。
「次は総力戦だ。ボロクルは恥を雪(すす)ぐために、残った全兵力を投入してくるだろう。……場所はここじゃない。もっと広い、彼らの得意な平原での決戦を挑んでくるはずだ」
俺は振り返り、憔悴しきった泰時と、覚悟を決めた安を見た。
「行くぞ。最後の仕上げだ。……モンゴルの不敗神話を、この北の大地で終わらせる」
雪が、黒い煤(すす)と混じって灰色に変わっていた。
第一次北海戦役は、クライマックスへ。
小細工なし。策略なし。
真正面からの、国家の存亡をかけた最終決戦が迫っていた。
第一防衛線を突破したモンゴル軍四万が、雪崩のように内陸部へ侵攻しているのだ。
彼らの進行方向にあるのは、両側を切り立った崖に挟まれた狭い谷――通称**「鬼の咽喉(のんど)」**。
ここを抜ければ、北海国の主要都市へ続く平野が広がっている。
「……罠だとは思わないのか、ボロクル」
モンゴル軍本陣。副官が懸念を示すが、総大将のボロクルは鼻で笑った。
「見ろ、あの無様な逃げっぷりを。奴らは恐怖に支配されている。それに、たとえ伏兵がいようと、この『肉の壁』がある限り、奴らは手出しできん」
ボロクルは、行軍の最前列を指差した。
数千人の捕虜たち。彼らは裸足で雪の上を歩かされ、泣き叫ぶ気力すらなく、ただ死んだような目で前進させられている。
絶対的な盾。
これがある限り、敵の強力な火器も沈黙せざるを得ない。
だが、ボロクルは知らなかった。
彼が相手にしているのは、かつて一ノ谷で馬ごと崖を降り、屋島で嵐の海を渡った、常識外れの戦術家であることを。
***
谷を見下ろす崖の上。
白い雪に同化する迷彩服を着て、俺たちは息を潜めていた。
「……来ました」
安(安徳)が囁く。
眼下の谷底を、黒い大河のような軍勢が埋め尽くしていく。
先頭には捕虜たち。その後ろに、ボロクル率いる騎馬軍団。
俺の隣で、北条泰時が双眼鏡を握りしめ、ガタガタと震えていた。
寒さのせいではない。これから自分が下さなければならない命令の重さに、魂が拒絶反応を起こしているのだ。
「泰時」
俺は静かに声をかけた。
「お前がやれ」
「……私が、ですか」
「そうだ。お前はいずれ鎌倉の頂点に立つ男だ。ならば知っておけ。国を守るとは、誰かに『死んでくれ』と命じることだ」
泰時は、双眼鏡越しに捕虜たちの顔を見た。
母親に抱かれた赤子がいる。足を引きずる老人がいる。
彼らを救う道はない。彼らごと敵を焼かなければ、後ろにいる何万人もの北海と鎌倉の民が死ぬ。
究極のトロッコ問題。
モンゴル軍の主力、およそ二万が谷の中央に差し掛かった。
今だ。
俺は無言で泰時の肩を叩いた。
泰時は目を閉じ、涙を一筋流した。
そして、カッと目を見開き、無線代わりの伝声管に向かって叫んだ。
「……地獄の門を、開けッ!!」
号令と共に、崖の上に配置された工兵たちが、巨大なレバーを一斉に倒した。
ドォォォン!!
谷底の雪の下に埋設されていた導管が爆破された。
噴き出したのは、黒くドロドロとした液体。
北海国(新潟周辺の油田地帯から輸入し、精製した)特産の**「臭水(くそうず・原油)」**だ。
大量の油が、瞬く間に谷底を黒い沼へと変える。
「なんだ!? 黒い水……?」
モンゴル兵が足を取られ、異臭に鼻を覆った、次の瞬間。
ヒュルルルル……
崖の上から、火のついた矢が無数に降り注いだ。
ボォォォォォォォッ!!
爆燃。
谷底が一瞬にして、紅蓮の焼却炉と化した。
油を含んだ炎は、雪の上だろうと消えない。むしろモンゴル兵が着ている羊毛のコートや、馬のたてがみに引火し、生きた松明(たいまつ)となって燃え広がる。
「ギャァァァァッ!!」
「熱い! 助けてくれェッ!」
断末魔の阿鼻叫喚。
そこには、敵も味方も、兵士も民間人もなかった。
すべての命が平等に、炭素へと還元されていく。
炎の壁に阻まれ、前にも後ろにも進めない。まさに「殺戮の箱庭」。
「……う、うぅ……」
泰時が、崖の縁で嘔吐した。
胃の中身をすべて吐き出し、それでも嗚咽が止まらない。
目の前の光景は、あまりに残酷すぎた。
「よくやった、泰時」
俺は泰時の背中をさすった。
「見ろ。敵の前衛二万が壊滅した。これで戦況は五分に戻った」
「……私は、鬼です……」
泰時は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、俺を見上げた。
「罪なき民を焼き殺した……。私はもう、武士ではありません……」
「ああ、そうだ。お前は鬼だ」
俺は泰時の顔を両手で挟み、無理やり顔を上げさせた。
「だが、その鬼が国を守ったんだ。……その涙を忘れるな。そして、その罪を一生背負って生きろ。それが『執権』になるということだ」
***
炎は三日三晩燃え続けた。
ボロクル率いるモンゴル軍は、半数を失い、這う這うの体(ほうほうのてい)で海岸線まで撤退した。
最強の騎馬軍団も、地面ごと焼かれてはどうしようもない。
撤退する敵を見送りながら、弁慶がポツリと言った。
「……殿。これで奴らは学習しますぞ。次は、ただ突っ込んでくるだけでは済まない」
「ああ。分かっている」
俺は黒い煙が立ち上る谷を見つめた。
この勝利の代償は大きい。
俺たちは「非人道的な悪魔」として、モンゴルの憎悪を一身に受けることになる。
「次は総力戦だ。ボロクルは恥を雪(すす)ぐために、残った全兵力を投入してくるだろう。……場所はここじゃない。もっと広い、彼らの得意な平原での決戦を挑んでくるはずだ」
俺は振り返り、憔悴しきった泰時と、覚悟を決めた安を見た。
「行くぞ。最後の仕上げだ。……モンゴルの不敗神話を、この北の大地で終わらせる」
雪が、黒い煤(すす)と混じって灰色に変わっていた。
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