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再会と初雪
分離
しおりを挟む青い空に透明な半月が浮かぶ、良く晴れた冬の日だった。
楽しいところに行こう、と母が言った。
普段は乗らないバスや電車に乗る、それだけでも実央の心は弾んだ。
電車の外を流れていく景色を飽きずにずっと見て、知らない街の綺麗なタイル張りの道を歩くのが楽しかった。
連れてこられたのは家族連れで賑わうショッピングモール。
母はモールの中をゆっくり歩き実央はその後をついていく。母がゲームコーナーの前で足を止めた。
そこには子供がたくさんいて、雑多な音や色に溢れていた。
楽しいところ?
実央が聞くと母は頷いた。
なんだゲームセンターか、実央は少しがっかりする。ゲームなら家の近くの商店街にもあってよく遊んでいた。
母が実央の手に数枚の千円札を握らせて言った。
「お母さんちょっと買い物してくるから、これで遊んでて」
うん、と実央は頷いた。
商店街のゲームセンターではいつもそうだった。
少し遊んでいると、買い物を終えた母があとで迎えにきた。
だから、その日もなんの心配もなかったし早くゲームで遊びたかった。
実央は千円札を持って両替機へと走った。
だから母がいついなくなったのか気付かなかった。
両替機の口から出てきた小銭を集め持つと、カードゲーム機の前に座った。
小銭を入れてゲームで遊ぶと最後にキラキラした綺麗なカードが一枚出てくる、実央はそれを何十枚も持っていた。
小銭が全部無くなると、また両替機へ走って千円札を入れた。
じゃらじゃらと派手な音で落ちてくる硬貨を落とさないよう両手を重ね握りしめる。
そしてまたゲーム機の前に座った。
それを何回か繰り返した頃、気づくとまわりで遊んでいた実央と同じくらいの小さい子供はいなくなり、高校生や大人ばかりになっていた。
「君、お母さんは?」
店の制服を着た見知らぬおばさんに突然声をかけられた。
人見知りだった実央は恐怖で固まりただその知らない人の口だけを見た。
「お父さんと一緒に来たの?」
違う、実央は首を横に振る。
「お母さんはどこに行ったの?」
わからない、という意味で首を振る。
「お名前は? 何歳?」
みひろくん、ろくさい、首は振らなかったが、答えもしなかった。
「困ったわね、一緒にお母さんを待ちましょうか」
実央は知らない人に手を引かれ、ゲームセンターの裏にある事務所のような部屋へと連れていかれた。
あそこで待っていないとお母さんが迎えに来たときに分からない、そう伝えたくても言えなかった。
実央は事務所のソファに座らされ不安で小さく縮こまっていた。
知らない人が紙パックのりんごジュースと飴を渡してくれたが、飲んだり食べたりする気にはならず汗ばむ手で握りしめる。
早く戻りたい、あそこで待ってなきゃならないのに、ずっとそう思っていながら言葉にすることが出来ない。
しばらくすると、警備員の制服を着た人がやってきた。
「お母さんすぐ来ると思うけど、ここはもう閉めなきゃいけないから、下の警備員室に行こうね」
知らない人が、白いレジ袋に実央が持っていたジュースと飴とカードを入れて持たせてくれた。
「大丈夫、お母さんがすぐお迎えに来るから」
それを聞いて初めて、実央は母が迎えに来ないかも知れない、という可能性について気づいた。
警備室から近くの派出所へ移され、児童養護施設の「鈴の家」へ移されても、母は迎えに来てはくれなかった。
母が迎えに来たのは『鈴の家』が火事になり、実央が重症を負って入院していたときだった。
「ごめんね、実央」
母は何度も謝り、実央の手を握りしめ泣いた。
「お母さん、僕ちゃんと待ってたんだけど、知らないおばさんに連れていかれたの」
「うん」
「迎えに来てくれたよね? でも僕がいなかったから、僕が悪かったんだと思う」
「うん……」
「お母さん『鈴の家』、もうないんだって。どこで待ってればいい? 今度はお母さんの知っているところでちゃんと待つから」
「……ごめんね」
「平気だよ……待つのは。ただ待っていればいいんだから」
「もっと早く迎えに来れば良かった」
母が実央の包帯で巻かれた腕をそっと擦った。
「これ、これは全然痛くないよ、平気。だから泣かないで」
重度の火傷は夜も眠れないほど痛かった。
薬で眠り、悪夢と痛みで目覚める。
そんな夢とも現実とも定かでない昼夜を何日過ごしたかわからない。
「もう待たなくていい、一緒に暮らすから」
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