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7.伯爵令嬢の決意③
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扉が開かれると、傍にいた若い執事が私達に気付き、こちらへとやってきた。
「お嬢様、随分と早いお帰りで。そちらの方は……?」
「え……っと」
執事はどうやらアレクシスの事を知らない様子だ。
だけどそれも当然と言われたらそうなのかもしれない。
アレクシスは騎士団に入ってからは、あまり公の場には現れていなかったし、二年間王都を離れていた。
私は困った顔でアレクシスの方に視線を向けた。
「私は騎士だ。リリア嬢の護衛を兼ねて屋敷までお送りさせて貰った」
「そう、だったのですね。ご足労頂き、ありがとうございます」
アレクシスは落ち着いた口調でスラスラと話していた。
騎士であることは間違いないし、嘘は付いていない。
何も知らない若い執事は丁寧に挨拶を返していた。
(アレクシス様が王太子だと分かったら、大騒ぎになりそうね)
「ねえ、お父様はいる?」
「はい。執務室の方にいらっしゃるかと思います」
「そう。アレクシス様、いきましょう」
「ああ」
「あ、あのっ! お待ちください」
私達が執務室に向かおうとすると、慌てた様子で執事に止められた。
「どうしたの?」
「……今は誰も部屋に通すなと言われてまして」
「誰か来客でも来ているの? 外にはそれらしき馬車は止まっていなかったようだけど」
「来客はありません。ですが……」
執事は説明に困り、歯切れの悪い返事ばかり繰り返していた。
明らかに様子がおかしいことには気付いていたが、父からそう伝えるように命令されているのであれば仕方が無い。
だけどアレクシスを待たせてしまっていいのか悩んでしまう。
なんたって彼は王族だ。
私は親しくさせて貰っているが、待たせることは無礼に当たるだろう。
ましてや私の為に協力してくれているのだから、尚更だ。
「リリア、今の話は聞かなかったことにしようか」
「え?」
アレクシスはにこっと微笑み、さらりとそんなことを呟いた。
「伯爵の命令を無視して執務室に乗り込むっていうのも、なかなか面白そうだね」
傍で聞いていた執事の顔がみるみるうちに青ざめていく。
父がどれ程厳しい人間か、分かっている者の態度だ。
「面白そうって……」
私が戸惑って弱々しい声で呟くと、アレクシスは執事に視線を寄せて目を細めた。
そして「いいことを思いついたよ」と口端を上げながら言った。
私は直感的に嫌な予感の察知した。
「今の話、リリアも聞いたよね」
「は、はい」
「彼の言葉を無視して執務室に乗り込もうか。そうすれば君の父上は大層ご立腹になるだろうね」
「なっ……!」
(いきなり何を言い出すの!?)
「理性を失った人間は正常な判断が出来なくなるものだよ。君の望んだ言葉を引き出すためには、丁度良いかもしれないね」
「そうかもしれませんが、で、でも……」
正直怖い。
アレクシスには分からないと思うが、私にとって父は怖い存在だ。
物理的な暴力を振るわれたことはないが、威圧的な態度や言葉での罵倒は何度もされた。
その度に私は怯んで、言いたいことを言えずに心の中に押し込めてきた。
「そんなに暗い顔をしないで。リリア、本来の目的を思い出して。これが終われば君は自由になれる。そうなることを望んだのは君自身だろう?」
「あ……」
恐怖心に支配され、私は本来の目的を忘れかけていた。
アレクシスの言葉を聞いて、自分のやるべき事を思い出すと少しだけ勇気が出てきた。
これが最後。
その言葉が胸の奥底で深く響いた。
今まで耐えてきたのだから、あと一度くらい我慢出来るはずだ。
私は意を決すると、ぎゅっと掌を握りしめた。
「情けないですよね。直前で狼狽えてしまうなんて」
「そんなことはないよ。戸惑った姿のリリアも可愛らしいよ。まあ、私にとっては、どんな姿の君も可愛くしか映らないんだけどね」
急にそんなこと言わないで欲しい。
ぼっと炎が宿ったように顔の奥が熱くなり、恥ずかしくて隠れたくなってしまう。
「ふふっ、照れているの? その可愛い姿は私だけのものだよ」
「……っ」
(こんな場所でからかわないで……)
この話は早く終わりにして欲しい。
これではアレクシスと目を合わせることすら出来なくなってしまう。
私が俯いている間、アレクシスは威嚇するように執事に鋭い視線を向けていた。
まるで私のことを見るなと言っているかのように。
「さて、リリアの緊張も少しは解けたようだし、この調子でサクッと終わらせてしまおうか」
「随分と軽いですね」
「その方が気が楽だと思わない」
「確かに」
いつまで悩んでいても先には進まないし、この流れに乗ってしまった方がいいのかもしれない。
私にはこんなにも力強い人間が味方に付いているのだから、上手くいくに決まっている。
(そう、だよね。きっと上手くいくわっ!)
「お待ちくださいっ!」
「悪いね。これは全て私達が勝手にしたことだと伝えてくれればいいよ」
「ごめんなさい」
執事は青ざめた様子で必死になって引き留めようとしてきたが、私達は聞き入れること無く父のいる執務室へと向かった。
「お嬢様、随分と早いお帰りで。そちらの方は……?」
「え……っと」
執事はどうやらアレクシスの事を知らない様子だ。
だけどそれも当然と言われたらそうなのかもしれない。
アレクシスは騎士団に入ってからは、あまり公の場には現れていなかったし、二年間王都を離れていた。
私は困った顔でアレクシスの方に視線を向けた。
「私は騎士だ。リリア嬢の護衛を兼ねて屋敷までお送りさせて貰った」
「そう、だったのですね。ご足労頂き、ありがとうございます」
アレクシスは落ち着いた口調でスラスラと話していた。
騎士であることは間違いないし、嘘は付いていない。
何も知らない若い執事は丁寧に挨拶を返していた。
(アレクシス様が王太子だと分かったら、大騒ぎになりそうね)
「ねえ、お父様はいる?」
「はい。執務室の方にいらっしゃるかと思います」
「そう。アレクシス様、いきましょう」
「ああ」
「あ、あのっ! お待ちください」
私達が執務室に向かおうとすると、慌てた様子で執事に止められた。
「どうしたの?」
「……今は誰も部屋に通すなと言われてまして」
「誰か来客でも来ているの? 外にはそれらしき馬車は止まっていなかったようだけど」
「来客はありません。ですが……」
執事は説明に困り、歯切れの悪い返事ばかり繰り返していた。
明らかに様子がおかしいことには気付いていたが、父からそう伝えるように命令されているのであれば仕方が無い。
だけどアレクシスを待たせてしまっていいのか悩んでしまう。
なんたって彼は王族だ。
私は親しくさせて貰っているが、待たせることは無礼に当たるだろう。
ましてや私の為に協力してくれているのだから、尚更だ。
「リリア、今の話は聞かなかったことにしようか」
「え?」
アレクシスはにこっと微笑み、さらりとそんなことを呟いた。
「伯爵の命令を無視して執務室に乗り込むっていうのも、なかなか面白そうだね」
傍で聞いていた執事の顔がみるみるうちに青ざめていく。
父がどれ程厳しい人間か、分かっている者の態度だ。
「面白そうって……」
私が戸惑って弱々しい声で呟くと、アレクシスは執事に視線を寄せて目を細めた。
そして「いいことを思いついたよ」と口端を上げながら言った。
私は直感的に嫌な予感の察知した。
「今の話、リリアも聞いたよね」
「は、はい」
「彼の言葉を無視して執務室に乗り込もうか。そうすれば君の父上は大層ご立腹になるだろうね」
「なっ……!」
(いきなり何を言い出すの!?)
「理性を失った人間は正常な判断が出来なくなるものだよ。君の望んだ言葉を引き出すためには、丁度良いかもしれないね」
「そうかもしれませんが、で、でも……」
正直怖い。
アレクシスには分からないと思うが、私にとって父は怖い存在だ。
物理的な暴力を振るわれたことはないが、威圧的な態度や言葉での罵倒は何度もされた。
その度に私は怯んで、言いたいことを言えずに心の中に押し込めてきた。
「そんなに暗い顔をしないで。リリア、本来の目的を思い出して。これが終われば君は自由になれる。そうなることを望んだのは君自身だろう?」
「あ……」
恐怖心に支配され、私は本来の目的を忘れかけていた。
アレクシスの言葉を聞いて、自分のやるべき事を思い出すと少しだけ勇気が出てきた。
これが最後。
その言葉が胸の奥底で深く響いた。
今まで耐えてきたのだから、あと一度くらい我慢出来るはずだ。
私は意を決すると、ぎゅっと掌を握りしめた。
「情けないですよね。直前で狼狽えてしまうなんて」
「そんなことはないよ。戸惑った姿のリリアも可愛らしいよ。まあ、私にとっては、どんな姿の君も可愛くしか映らないんだけどね」
急にそんなこと言わないで欲しい。
ぼっと炎が宿ったように顔の奥が熱くなり、恥ずかしくて隠れたくなってしまう。
「ふふっ、照れているの? その可愛い姿は私だけのものだよ」
「……っ」
(こんな場所でからかわないで……)
この話は早く終わりにして欲しい。
これではアレクシスと目を合わせることすら出来なくなってしまう。
私が俯いている間、アレクシスは威嚇するように執事に鋭い視線を向けていた。
まるで私のことを見るなと言っているかのように。
「さて、リリアの緊張も少しは解けたようだし、この調子でサクッと終わらせてしまおうか」
「随分と軽いですね」
「その方が気が楽だと思わない」
「確かに」
いつまで悩んでいても先には進まないし、この流れに乗ってしまった方がいいのかもしれない。
私にはこんなにも力強い人間が味方に付いているのだから、上手くいくに決まっている。
(そう、だよね。きっと上手くいくわっ!)
「お待ちくださいっ!」
「悪いね。これは全て私達が勝手にしたことだと伝えてくれればいいよ」
「ごめんなさい」
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