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20.今の二人の距離感②
しおりを挟む準備を終えるとドキドキしながら部屋を出た。
今の私の格好を見たら、アレクシスはどのような表情を見せるのだろう。
こんな可愛らしい服を着てしまったが、変ではないだろうか。
そんなことばかり考えていて、下を向いたまま歩いていると突然何かにぶつかった。
衝撃を感じて慌てるように顔を上げる。
「リリア、ちゃんと前を向いて歩かないと危ないよ」
「……っ、アレクシス様」
至近距離にアレクシスの顔があり、一気に体温が上昇する。
驚いて離れようとしたのだが、何故かアレクシスの腕が私の腰に巻き付いていて動けない。
逃げようとすると更に引き寄せられる。
「昨日はよく眠れた? 顔色は悪くはなさそうだね」
アレクシスは開いている片手でクイッと私の顎を持ち上げると、再び距離が近くなる。
真っ直ぐに見つめてくる碧い瞳に囚われると、視線を逸らすことが出来なくなっていた。
「心なしか顔が赤いように見えるな。風邪を引いてしまったか?」
私は小さく首を横に振った。
距離が近すぎて、緊張から言葉が出てこない。
「そう? 一応熱があるか確かめてみようか」
アレクシスは口角を上げて悪戯に笑う。
私の前髪を横にかき分けると、アレクシスは「失礼するよ」と言って額同士をくっつけた。
その瞬間、私の心拍数は激しいほどにバクバクと鳴り始め、沸騰したかのように顔の奥に熱が篭もる。
(な、なにをっ……!)
「少し、熱いような気がするね。鼓動も先程よりも大分早くなっているようだ。やはり風邪を引いてしまったのかな」
「こ、これはっ……っ!?」
私が言い返そうとすると、突然ぎゅっと抱きしめられた。
展開が急すぎて、何が起こっているのか理解が追いつかない。
アレクシスはそんな動揺しきっている私の耳元に唇を寄せる。
僅かにアレクシスの吐息が耳にかかるだけで、ぴくっと体を震わせてしまう。
「耳弱いの? 可愛いな」
「……っ、ち、ちがっ!」
「違うの? だったらこんなことをされても平気かな?」
「ひぁっ!」
アレクシスの意地悪な声が聞こえた直後、フーッと息を吹きかけられ、思わず変な声が漏れてしまう。
「は、離してくださいっ」
「寒くない?」
「寒くないです」
「でも体は震えているように見えるよ」
「こっ、これはアレクシス様が意地悪するから」
「ふふっ、気付いていた?」
アレクシスは愉しそうに答えると、漸く腰に巻き付いている手を解放してくれた。
再び捕まる前に少し距離を取った。
(び、びっくりした)
「そんなに離れなくてもいいのに。取って食べたりなんてしないよ。味見はさせてもらうかもしれないけど」
「……っ」
クスクスと満足そうに話す姿を見て、私はムッとした顔を向けてしまう。
こんな風にアレクシスにからかわれることは珍しくはないが、今日のは少し度が過ぎているような気がする。
今の私には婚約者もいないし、貴族でもないので誰かに咎められることもない。
だけどアレクシスはどうなのだろう。
「その服、やっぱり似合っているね。サイズもぴったりだ」
「あ……、ありがとう、ございます」
不意を突くように服のことを褒められて、私は恥ずかしそうにもじもじしながら答えた。
アレクシスはじっくりと私の姿を眺めている。
そんな風にじっと見つめられると照れてしまうし、どこに視線を向けていいのか分からなくなる。
「照れてる姿も愛らしいな。そうさせているのが私なのだと思うと、更に嬉しいものだね」
「もう、あまりからかわないでください」
「別に、からかってなどいないよ。これからもリリアの色々な表情を私だけに見せて」
「その言い方、語弊があると思います」
「どうしてそう思うの?」
「だって……」
私が戸惑ったように呟くと、アレクシスは口端を上げて「だって?」と復唱してきた。
私は困ったように眉を下げた。
もし口に出してしまえば、自惚れてるのだと自分で言うことになる。
それに相手が相手なので、そんなこと言えるわけがない。
私が口を噤んでいるとアレクシスは明るい口調で「続きは?」と催促し始めた。
こんなに意地悪な男だっただろうか。
間違いなくアレクシスは、私が言いたかったことを分かった上で聞いているのだろう。
そんな顔に見える。
「困った顔をするリリアも可愛いね。ああ、全てが可愛すぎだ。……失敗したな」
「……?」
アレクシスは目を細めて悔いるように呟く。
「いや、なんでもない。こっちの話だ。朝食の準備は出来ているようだから行こうか」
「はい」
私が答えるとアレクシスは私の前に手を差し出してきた。
この手は一体何なのだろう、なんて一瞬考えてしまった。
アレクシスはその一瞬の間に私の手を取った。
「……っ!?」
「リリアは一々反応しすぎ。分かりやすいほど素直で可愛い」
アレクシスは動揺している私に視線を流しながら、サラリと呟く。
そしてゆっくりと歩き出した。
「手を繋いで頂かなくても歩けます」
私は恥ずかしさから逃れるように、咄嗟に答えた。
すると隣から小さなため息が聞こえてくる。
「もう忘れたの? さっき、前を見ずに私にぶつかってきたのは誰だったかな?」
「……っ!! あ、あれは、考え事をしていて」
アレクシスの鋭い返答に、思わず言葉を詰まらせた。
「リリアは真面目そうに見えて、抜けているところがあるからね。だけど、こうしてすぐ傍に私がいれば安心だろう。考え事をしていたとしても、私が守ってあげられる」
どうして先程から、意味ありげな言い方ばかりしてくるのだろう。
これではいつまで経っても鼓動は早いままだし、落ち着けなくなってしまう。
「――だけど、私以外のことを考えているのだとしたら。妬けるな」
「……は?」
「私は意外と嫉妬深い人間のようだ。まあ、そうさせる相手は一人しかいないのだけど」
「何の話ですか?」
「リリアを独り占めしたいという話だよ」
「……は、い?」
何の脈略も無く、突然そんなことを言われて私は唖然としていた。
「漸く君はフリーになったのだから、私が狙ったとしても何ら問題はないよね」
(いきなり何を言い出すの? もしかして冗談?)
もしそうだとしたら、質の悪い冗談だ。
冗談だと分かっていても、立場ある人間に言われたら返答に困ってしまう。
「当分の間、リリアと一緒に過ごせるように話を付けてきたから、これからはずっと一緒だ」
「あ、あの……、すみません」
「どうしたの?」
「話の意図が分からないんですが……」
「ごめんね。リリアの傍でずっと一緒に過ごせるのだと思ったら嬉しくて、先走って色々と話してしまったようだ」
「えっと、私は護身術を教えて貰うために、ここに来たんですよね?」
確認するように問いかけると、アレクシスは僅かに目を細めて「あれは君を連れ込む為の口実だったんだけどな」と小さく呟いた。
私は思わず眉を顰める。
「だけど、そうだね。護身術は教えるよ。約束したしね。リリアのことは私が守るつもりでいるけど、身につけておいて損はないからね」
アレクシスは言い終わった後に、口角を上げて不適に笑った。
その表情を見て、背筋がぞわっとした。
本能が危険信号を発している様な、嫌な感じだ。
「リリアのために、特別レッスンをしてあげるよ」
「私、本当に何も出来ないですよ」
今の私は引き攣った顔をしているのかもしれない。
アレクシスのことを怖いと思ってしまうなんて……。
「分かっているよ。それに、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。私はリリアには甘いからね」
気付けばいつものアレクシスに戻っていた。
先程の歪んだ顔は私の見間違えだったのだろうか。
「そういえば、あの部屋は気に入ってくれた?」
「はい。昨日は直ぐ寝ちゃったから、まだちゃんと部屋を見れていませんが。すごく素敵なお部屋です! 昔憧れていた絵本の世界のような」
「その話を参考にして作らせたからね。気に入って貰えたのなら私も嬉しいよ。他にも昔リリアが話してくれたことを参考にしてつくったものがあるんだ」
「なんですか?」
「それは後で実際に見てみたらいい」
アレクシスは本当に私の為に作ってくれたようだ。
あの部屋も、今私が着ている服も、全て私のために用意してくれた。
先程言っていたあの言葉は本心だったのだろうか。
本当に私のことが……。
(信じられない……)
確かにアレクシスとは仲は良いが、ずっと傍にいたわけではない。
言葉を鵜呑みにする程、簡単に信じることは出来なかった。
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