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6.背中を押してくれる人

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「そんなことが……。たしかに、フィリーネ様は無防備すぎますね」
「うっ……」

 ロゼの鋭い突っ込みに、私は苦笑いを浮かべる。
 昨日の兄の態度は普段とは違かった。
 昼間の時点でそれを感じていたのだから、夜部屋に通すのは間違いだったのかもしれない。

「だけど、フィリーネ様は、ルシエル様のことが大好きですものね。断れないですよね」
「……っ」

 鏡の中でにっこりと微笑むロゼの姿に私は再び苦笑する。
 彼女は腹黒いところがあるが、私に対しあまり気を遣わずに発言してくれるところは感謝しているくらいだ。
 だからこそ、ロゼには何でも話すことが出来て、普段から相談に乗ってもらっている。

「それで、フィリーネ様はどうされたいのですか?」
「どうって?」

「勿論、今後のルシエル様との関係ですよ。他に何がありますか?」
「私は今まで通り、お兄様とは良い関係を続けていきたい」

 私は表情を僅かに曇らせ、困ったように笑いながら答えた。
 そんな私の表情を鏡を通じて見ていたロゼは、盛大にため息を漏らす。

「フィリーネ様、それは本心ではありませんよね? 私の前では偽らなくても大丈夫ですよ」
「……っ」

 優しく微笑むロゼの表情に、私は困った顔を浮かべると「そうね」と弱弱しく笑って答えた。
 彼女の前でさえも自分の心を偽ろうとするのは、やっぱり『いけないこと』をしている自覚があるからなのかもしれない。

(やっぱり、こんな気持ち持ってはだめなのかな……)

 そんなことを考えて私が表情を暗くしていると、ロゼは「全て話してください。私はフィリーネ様の味方ですよ」と優しい言葉をかけてくれた。
 彼女の言葉に胸を打たれ、じわりと心の中が熱くなる。

「ありがとう、ロゼ。そうよね、今までロゼには全て話していたんだし、嘘を付いてもお見通しよね」
「十年以上、フィリーネ様の傍についていますからね」

 ロゼは『当然です』と言いたげな口調で答え、私はクスクスと笑いながら納得していた。
 そこで私は観念して、本当の気持ちを彼女に話すことに決める。

 ルシエルに迫られた時は驚いてしまったけど、心の底では両想いになれて嬉しかったこと。
 だけど、両親のことを思うと、この気持ちは私の心の中だけに留めておいたほうがいいと思ったなど、胸の内を全て洗いざらい話した。

「フィリーネ様は自分の気持ちを押し殺して、これから過ごしていくおつもりですか?」
「うん……。それが一番良いと思う」

「何故、一番良いと断定出来るのですか?」
「え……?」

 意外な言葉が返ってきて、私は顔を上げた。

「少なくともフィリーネ様にとっては自分の気持ちを偽るのですから、良いことではないですよね」
「……っ、だったら、他にどうすればいいの?」

 彼女のもっともな言葉に私は思わず反論してしまう。
 私だって、出来ることなら本当の気持ちをルシエルに伝えたい。
 それが出来ないからこんなにも悩んでいるのに。
 そんな不満から、ムスッとした顔を浮かべてしまう。

「そもそも、素直な表情しか出せないフィリーネ様には無理な話だと思います。自分の気持ちを押し殺して無理をしていると分かれば、ますますルシエル様の行為はエスカレートするのではないでしょうか?」
「……それは困るわ!」

「ルシエル様自身が諦めない限り、フィリーネ様がしようとしていることは全て裏目にしか出ないと思います。それだったら、最初から気持ちを偽らず流されてみる、というのも悪くはないのでは?」
「でも、私達は兄妹です」

 私が表情を曇らせながら答えると、ロゼは「血は繋がっていませんよね」と続けた。

「それはそうだけど……、でもこんなことが公になったら、この家に迷惑をかけてしまうかも」
「またそれですか。フィリーネ様は自分が養子であることを気にしすぎです。あなたはこのデーメル公爵家の令嬢なのですから、もっと自信を持ってください。それに、フィリーネ様にも幸せになる権利はありますよ」

「……っ、そうね」

『幸せになる権利』という言葉に私はハッとした。
 私にとっての幸せとは何なのだろう。
 父が選んだ婚約者と結婚して、私は幸せになることが出来るのだろうか。
 そんな漠然とした疑問を考えると少し不安になる。
 
「フィリーネ様、僭越ながらこれだけは言わせて頂きます。我慢ばかりしていると、そのうち心が壊れてしまいますよ。私はそんな姿のフィリーネ様を見たくありません。たまには、悪い子になっても良いんじゃありませんか?」

 鏡越しに映るロゼの表情からは不安の色が感じとれた。
 きっと私のことを心配して、そう言ってくれたのだろうと直ぐに気付く。
 私のことをここまで心配してくれる彼女に対して、嬉しさと申し訳なさが同時に溢れてきた。

「話している間に準備が出来ましたよ。後はフィリーネ様が笑顔を見せてくれたら完璧です」
「ロゼ……」

 彼女の表情はいつの間にか戻っていた。
 ロゼと話したことで、心の奥底にあった罪悪感という名のもやが少しだけ晴れた気がした。

(私、自分の気持ちに素直になっていいのかな。ロゼ、私の背中を押してくれてありがとう……)

 心も軽くなり、私の表情も明るくなっていく。
 その姿を見て、ロゼも安堵した表情を浮かべていた。

「ロゼ、いつも綺麗にしてくれてありがとう」
「これは私の役割なので当然です。さあ、早く行ってください。遅れてしまいますよ」

「そうね。行って来るわ!」

 ロゼと話したことで、元気になれて勇気までもらえた気がする。
 私は自分の心を偽らず、とりあえず今まで通りにすることを決めた。
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