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27.家族への想い

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「私、お兄様に聞きたいことがあります」

 私はルシエルの瞳を真っ直ぐに見つめながら、はっきりとした口調で声に出す。
 真剣な表情を見せる私を見て、彼は穏やかないつもの口調で「僕に聞きたいこと? なにかな?」と言った。
 勢いで口に出してしまったが、緊張からどんなふうに尋ねたほうがいいのか分からなくなり、私は「それは……、その……」と表情を歪めた。

「そんなに焦らなくていいから。フィーの考えが纏まるまで待つよ」
「お兄様……」

 彼は私の動揺しきった姿を見て気を遣ってくれたのだろう。
 そして、私の手を重ねるように握ってくれた。
 手の甲が温かくなり、私は少しだけほっとすることが出来た。

「それと、二人きりの時は名前で呼ぶって約束、もう忘れちゃったの?」
「……っ」

 この場所には私と彼の二人しかいない。
 けれど、彼の名前を呼ぶということは、私たちは兄と妹ではなくそれ以上の関係だと示しているみたいで、少し恥ずかしくもあった。
 当然、嬉しいことでもあるが、慣れるまでにはまだ時間がかかりそうだ。

「ふふっ、また照れてる。可愛い。まあ、今は許してあげるよ」
「ありがとう、ございます……」

 私が僅かに頬を火照らせながら答えると、彼は小さく笑った。

「さて、早く考えを纏めてね。こんなに愛らしい姿を見せられたら、僕もいつまで理性が保てるか自信がないよ? 今すぐにでも押し倒して、フィーのことを食べてしまいたいと思っているからね」
「……っ!!」

 ルシエルは口端を上げて意地悪そうに言った。
 私がさらに焦った表情を見せると、彼はクスクスとおかしそうに笑っている。

「ふふっ、本当にフィーって簡単に騙されるね。冗談だよ」
「冗談……、ひ、酷いですっ!」

「ごめんね。でも、少し緊張は解けたみたいだね」
「あ……」

 普段のやり取りをしたせいで、いつの間にか強ばった頬の筋肉が少し緩んでいることに気づいた。
 彼は私の気持ちを楽にさせようとして、わざと冗談を言ってくれたのだろう。

「そもそも、僕相手に緊張する必要なんてあるの? フィーが浮気したなんて言わない限り、怒ったりしないから安心して」
「う、浮気なんてしませんっ!」

 私は慌てるように即答すると、彼はにっこりと笑みを浮かべ「その言葉、信じてるよ」言った。
 笑っているはずの彼の表情からは、それ以外の感情が見え隠れしていて全身に鳥肌が立つ。

(今はこんな話をしている場合じゃないわ……)

 私は嫌な気配を感じて話題をかえることにした。
 その頃には緊張が完全に解けていたようだ。

(大丈夫……だよね)

 私は大きく深呼吸をすると、今までずっと胸に秘めていた思いを語り始めた。

「お兄様もそうですが、お父様もお母様も、どうしてアイリーン様のことは何も私には話してくれないんですか?」

 私がアイリーンの名を口にすると、優しかった彼の表情が明らかに険しくなった。
 それを目の当たりにすると、一瞬言わなければ良かったかもしれないと後悔しそうになる。
 しかし、嫌な顔をされることは最初から分かっていたことだ。
 私は再び覚悟を決めると、さらに話を続けていく。

「家族を失うことがどれだけ辛いのか、私も知ってます。両親が急にいなくって、ひとりぼっちになってしまった時、私すごく心細くてたまらなかった。だけど、あの時お兄様が私に手を差し伸べてくれて、家族になってくれた。すごく幸せでした。感謝もしているし、今のこの家族が大好きです」

 あの時、ルシエルに出会わなければ、私は今頃どうなっていたのだろう。
 孤児として生きて、今のように幸せを感じることは出来たのだろうか。
 裕福な生活を望んでいたわけではないけど、今のように誰かから愛情を与えられ幸せに暮らすことが出来ていたのかはわからない。
 
(これ以上求めてしまうのは、ずるいことなのかな……)

 だけど、ルシエルを好きになって、気持ちが通じ合いと、私は欲張りになってしまった。
 隠しごとをされていることがすごく辛くて、不安になってしまう。
 私は本当に彼にとって特別な存在になっているのかと、つい考えてしまう時がある。

「私のことを家族だと思ってくれているのなら知りたい……。アイリーン様のこと」

 私が発言を終わった後も、彼は暫く黙ったままだった。
 やっぱりこんなこと口にしなければ良かったのかもしれない、と思い始めた頃、漸くルシエルは口を開いた。

「普通に考えれば気になるよな。ずっと黙っていてごめん。僕が言わなかったのは、嫌な過去だったから、思い出したくはなかった」
「悲しい過去ですし、当然です。私のほうこそ、嫌なことを思い出させてしまってごめんなさい」

 私は知りたいという欲求を満たすために、彼の心の傷口を抉ろうとしているのかもしれない。
 そう思うと罪悪感から胸の奥が苦しくなる。

「恐らくだけど、フィーは誤解していそうだね」
「え?」

「僕が言った嫌な過去というのは、妹が死んだことを言ってるわけじゃない」
「あの、それってどういう……」

 彼は大きくため息を漏らすと、静かに目を伏せた。
 私には彼の放った言葉の意味が良く分からない。
 それでは今までルシエルが頑なにアイリーンのことを口にしなかった理由は一体何なのだろうか。
 私には他の理由が全く浮かばず、戸惑った表情を顔に出してしまう。

「きっとフィーは、このことを僕に聞くのに相当覚悟したんだろうね。すごい緊張していたし……」
「……っ」

 ルシエルは先ほどの私の姿を思い出したのか、クスッと小さく笑う。
 私は急に恥ずかしく「あれは、忘れてくださいっ!」と慌てて言った。
 今の彼の表情からは険しさは消えているようだ。
 気づけばいつもの優しい表情に戻っており、私を責める気はないのだとはっきりと分かりどこかほっとした。

「ここまでされたら、話すしかないかな。だけど、フィーを怖がらせることになるかもしれない。それでも聞きたい?」
「え? 知りたいですっ!」

 私はどんなことであっても、知りたい。家族のこと。お兄様のこと……。
 その気持ちだけは変わらない。

「分かったよ。ちゃんと話す。それに今後のためにも、フィーは知っておくべきだとも思うからね。だけど、これだけは覚えておいて。何があっても僕はフィーの味方だ」

 彼はそんな前置きをすると、ゆっくりと過去を語り始めた。

「僕と妹は双子として生まれたんだ。それから、妹は病死したと聞いていると思うけど、実際は違う。あれは不幸な事故だった……。いや、それも違うかもしれない」

 あまりにも多くの衝撃的な情報を聞いて、私の頭はすでに混乱していた。
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