9 / 12
第三章
【12月】友だちの部屋で。
しおりを挟む
冬らしい、気温の低い日が多くなってきた頃。
河津くんが友達を三人連れて、遊びに来た。
そのうち一人は、今までゆっくり話したこともない、丸井くんという髪の長い男子だった。
丸井くんは一浪していて一つ年上。
いつも明るく幸せそうで、笑顔が絶えない。
僕とは正反対なタイプだ。
この日も河津くんは、うちに着くなりよく喋り、ムードメーカーとしての役割をこなしていた。
けれど途中から急に無口になってしまい、体調が優れないのではないかと、心配になる。
ただ、河津くんの代わりとでもいうように、丸井くんがよく喋り、皆を楽しませてくれたから、それなりに場は盛り上がった。
夜。
皆でピザを食べていると、吉野がコーヒーを淹れにリビングへ出てきた。
「雪矢さんもピザ食べます?」
無口だった河津くんが、いつものように吉野に声をかけたから、調子が戻ってきたのかと安心する。
「ありがとう。でも、いらないよ」
吉野は、河津くんを適当にあしらったくせに、丸井くんに話しかけた。
「君、うちに来たの初めてだよね?」
「はい、噂の雪矢さんにお会いでき嬉しいです」
彼は、笑顔で受け答えをする。
「丸井くんさ、いいことでもあったの?」
「え?何でですか?俺は普通ですけど。いいことがあったのは河津くんですね。好きな子に告られたんですって」
「やめてー。俺、さっき君らにその話してから、急にすごく不安になってしまって。やっぱ俺なんか、あんな可愛い子と釣り合わないかもって……。あぁダメだわー」
マンションに来るなり告白された自慢をし「付き合うかも」と嬉しそうだった河津くん。
彼が急にトーンダウンしたのは、不安に駆られたからだったのか……。
でも急になぜ?
「大丈夫だよ、自信持てよ」
みんなで励ましたが、河津くんは元気がないままで、その晩はいつもより早い時間にお開きとなった。
みんなが帰った後、吉野が言う。
「丸井くんでしたか?あの髪の長い子。郁三さま、あの彼には充分に気をつけて。あの子は自分の力を自覚してわざとやっています」
「え?どういう意味?」
「言葉通りの意味です」
それ以上のことは、教えてくれなかった。
結局、河津くんに恋人はできなかった。
---
半月後、忘年会と称して、僕達はまた集まり、河津くんのアパートへ遊びに行った。
メンバーは僕を入れて五人で、中には丸井くんもいた。
河津くん自慢のインテリアにこだわったワンルームで、ゲームに興じる。
「なぁ、今度ソファを買おうと思うんだけど、このカタログの中だったら、どれがいいと思う?」
カタログを見れば結構な値段で、河津くんが最近になってバイトを増やした理由が、判明した。
僕たちは好き勝手に「コレがいい」「コッチがいい」と指をさす。
「はぁ。オマエらに相談しても無駄だったわ。雪矢さんの意見が聞きたいなー」
「カタログ借りて帰って、聞いてこようか?」
「いや、違うんだよ。この部屋の狭さとかベッドとの兼ね合いとか、見てもらいたいじゃん」
ゲームの後は皆でコンビニへ買い出しに行った。
丸井くんともう一人、二十才を超えている人は、発泡酒を何本か買う。
僕はコーラで、河津くんはカフェオレだった。
アルコールの入った彼らは、誰かの恋話を聞き出そうとしたが、もうそんな会話は尽きている面子だ。
そんな中、突然丸井くんが僕に話を振ってきた。
「僕は郁三くんの話が聞きたいな。何かないの?些細なことでもいいんだよ?」
僕は「ないよ」と答えればよかったのに、吉野のことが少し頭をよぎってしまった。
だからつい「好きとか分からないけど、僕に良くしてくれる人はいる」と話してしまった。
「その人といると安心するんだ」
「え?なにそれ。初めて聞いた」
「言う程のことでもないんだって。ただ今の関係が長く続くといいなって」
「キスはしたの?」
「いや、まぁ、その、うん」
「セックスは?」
「そ、それは、してないよ!」
「へー、郁三、いつも自分のこと話さないから、知らなかった。どんな人?同い年?」
「年上、かな」
僕は調子に乗っていた。
皆の前で自分のことを話すという、あまり経験の無い行為に。
丸井くんが「それでそれで」と相づちを打つのが上手かったせいもある。
自分にとって吉野の話を他者にすることが、こんなにも甘美だとは思いもしなかった。
「あー、もうこんな時間。河津は深夜バイト何時からだっけ?」
「えーと。あと一時間は大丈夫」
なのにその話題が終わる頃には、僕の中の甘美さは、全て失われていた。
吉野はただの執事だ。
仕事として僕に触ってくれるだけなのだ。
そもそも吉野は何故うちにいるのか。
もしかして、僕は騙されているのかもしれない。
楽しかった気持ちは、全て萎んで消えてしまった……。
今日も機嫌良くニコニコしている丸井くんが、落ち込んでいる僕に気がつき、声をかけてくれる。
「郁三くんどうしたの?」
そして「飲んでみる?」と発泡酒をグラスに注いでくれた。
「ダメだよ、郁三。雪矢さんに怒られるぞ」
河津くんは心配してくれたけれど、吉野の名が出たことに僕は反発したくなる。
勧められるままグラスを空にしてしまった。
「なんだ呑めるじゃん」
丸井くんに何度か注いでもらえば、僕はいとも簡単に酔いつぶれた。
頭の中がグワングワンとする向こうで、河津くんが吉野に電話するように言っている。
「いやだ、いやだ」
僕は首を振って拒むが、河津くんの顔が真剣だったからしぶしぶ電話をかける。
呼び出し音が鳴ったところで、河津くんが僕からスマホを取り上げた。
「雪矢さん?郁三の友達の河津です。……はい、そうです。……今、郁三うちに来てるんですけど……はい、酔い潰れてしまって。……いや、そんな量は飲んでないです……はい。けど俺、これから深夜清掃のバイトで……」
あぁ、吉野に怒られる。
そうと思ったから、河津くんが掛けてくれた布団を頭から被って、彼のベッドの上で丸まった。
「皆はもう帰ったので、郁三は今夜うちに泊まればいいと思うんです。……はい、そうです。……だけど、酔い潰れた経験無いみたいですから、一人の時に吐いたりしたら可哀そうだと思って。……あっ、そうですか。では、そうしてもらえると安心です」
吉野は迎えに来ると言ったのだろうか?
「あのー、うちに来てくれるんなら、ちょっと相談したいことがあって。ちょっと、厚かましいお願いなんですけど……」
布団の中は温かく、強い睡魔が襲ってくる。
ウトウトし続ける僕に、河津くんが声をかけてきた。
「郁三。置いてけぼりにしてごめんな。もう少ししたら雪矢さん来てくれるから。鍵の置き場所伝えてあるから、郁三が寝ていても入ってきてくれるって」
河津くんにも迷惑を掛けてしまった。
「それでこれ、インテリアのパンフ。ここ置くから雪矢さんに見せておいて。図々しく相談に乗ってもらう約束取り付けちゃったんだ。だから、俺にしたらむしろラッキー。迷惑なんかじゃないから、そんな顔しないで寝るといいよ」
河津くんは、本当に優しい。
「朝六時にバイト終わったら、パン屋で焼き立てパン買ってくるから、な?雪矢さんと待ってて」
見送りもせず、僕は拗ねた子どものように丸まったまま、小さく手だけ振った。
「郁三さま、郁三さま」
私服姿の吉野に揺さぶられ、目が覚める。
河津くんのベッドの上で身体を起こせば、頭の芯が痛かった。
「友達の家で飲酒し、酔いつぶれるとはどういうことですか?」
静かに諭すように、そう言われる。
「なんで来たの?吉野……。僕のことなんて、放って置けばいいのに」
まだ消えぬ不安な気持ちが、僕に卑屈なことを言わせた。
吉野は深くため息をつく。
「どうせ、どうせ。僕なんてすぐ具合悪くなって、みんなに迷惑ばかりかけて……」
僕は自分の気持ちがよく分からない状態のままで、グスグスとマイナスな言葉を繰り返す。
それでも吉野は、怒らなかった。
それどころかベッドに腰掛け、ギュッと僕を抱きしめ、優しく背中をさすってくれた。
「郁三さま。実は私には気の流れが見えるんです。今、貴方に悲しい気は溜まっていませんよ。だから大丈夫。安心して」
「でもなんだか不安なんだよ、吉野」
少しずつ気持ちが落ち着いてくれば、素直な言葉を吐いてしまう。
「今日は丸井くんも、この部屋に来ていたのですか?」
コクリとうなずく。
何故このタイミングで、丸井くんの話なのだろう。
「彼に何か話しました?」
首を横に振る。
「郁三さまが幸せだと思ってることを、少しでも話しませんでしたか?」
皆に、吉野の話をしたではないか。
「……ほんの少しだけ」
「やはりそうでしたか」
吉野によると、おそらく丸井くんは、僕と反対の性質を持っているという。
僕は悲恋の話を聞くと、その悲しみを吸い取ることができる。
だから話をした人は楽になる。
丸井くんは、幸せな恋の話を聞くと、その幸福を全て吸い取り、話した人は不安に襲われる。
実体験がなければ、にわかには信じられない話だ。
「郁三さまの幸せがどんな話だったのかは知りません。でも私が執事として今してあげられることをしましょう」
吉野の目は優しかった。
じっと見つめながら顔を近づけてきて、吉野は唇を重ねてくれた。
熱く甘い舌を、僕の口の中にねじ込み、舌を絡めてくれた。
ねっとりと湿度のある、愛がこもっていると錯覚するようなキスだった。
「服を全て脱いで。私も全て脱ぎますから。河津くんには悪いけど勝手にバスタオルを一枚借りましょう。これをベッドの上に敷いて、この上で、ね?郁三さま」
部屋は河津くん自慢の間接照明でほどよく明るく、吉野の穏やかな表情がよく見えた。
「ほら」
吉野は僕より先に、裸になってみせてくれる。
そして僕がトレーナーを脱ぐのを、手伝ってくれた。
「ここに座って」
裸になった僕に、自分の膝上へ向かい合って座るよう指示をした。
誘導する吉野の手つきは、柔らかい。
躊躇いながらも彼の膝の上に座ると、撫でるように肌を触ってくれる。
それは、いつもの吐精を目的とした行為とは、明らかに違っていた。
「よ、よしの?」
「丸井くんに吸い取られてしまった愛を、郁三さまが保持していた幸せな気持ちを、私が補ってさしあげますよ。私では役不足でしょうけど、執事として頑張りますから」
そんな言葉に「違う。吉野だからいいんだ」と言いたかったが、僕にそんな余裕はなかった。
「んっ」
胸を撫でるように擦られ、甘い声しか出せない。
「可愛い、郁三」
耳元で、まさかの呼び捨てをされる。
それだけで胸が高鳴って、僕の中心は恥ずかしげもなく勃ち上がり始める。
指で胸の突起を押し潰すように触りながら、唇を合わせてくれた。
「ふぁっ」
溢れてしまう僕の声を吸い取るように、吉野の舌が僕の口の中を舐め回す。
息継ぎをするためか、唇が離れてしまうから、今度は僕から合わせにいく。
「気持ちがいいの?」
吉野がクスクス笑いながら、聞いてくれた。
「いい、きもち、いい」
「まだキスして胸触っただけなのに?」
「うん……もう、きもちいい」
吉野の舌が、僕の耳を舐める。
その舌は首筋へ降り、鎖骨、そして胸を這う。
僕はどんどんと欲深くなっていき、間接的な快楽よりも早く股間を触ってほしいと、腰を揺らす。
乳首を甘噛みされ、指先までビリビリとした痺れが伝わってきた。
「よ、よしの、もう、下、触って」
口に出して懇願してしまった。
吉野は顔を上げて微笑む。
「仰せのままに」
彼は僕を膝から下ろし、ベッドに寝かせる。
そして硬くなったモノを、パクリと咥えてくれた。
「あっ、んぁっ」
吉野の熱い粘膜に包まれれば、すぐにでもイってしまいそうだった。
僕はシーツを掴み、快楽をまだ手放さないように、必死に耐える。
もう放ってしまおうかという時、吉野の口が離れていってしまう。
「や、やめないで……」
縋るように、彼を見た。
「やめないよ。郁三、四つん這いになって」
吐息が混じったような声で、今度はそう指示される。
「え?」
吉野も裸だから、彼も昂っているのが一目で分かった。
凝視してしまった自分が恥ずかしく、言われたように彼に尻を向け、犬のように四つん這いになる。
「そう。太腿をギュッと閉じて」
僕が腿を閉じれば、吉野はまるでセックスするように、股の間に硬くなった彼自身を充てる。
「え?な、なにするの?」
彼は硬く大きなモノを、腿の間に押し込んできた。
そしてそれを、抜き挿しする。
「あっ、やっ、やっ」
僕の頭は自分が何をされているのか処理できない。
ただただ、性的な箇所が擦れ気持ちがいい。
まるでセックスしているような擬似的な姿勢に、興奮が増してゆく。
「き、きもちいい、あっ、よしの、よしの」
その時。
突然、ガチャっとくぐもった音が聞こえ、吉野の動きが一瞬止まった。
どうやら隣人が帰宅したようだ。
僕の住むマンションでは隣の音を気にしたことは無かったが、アパートはこんなにも生活音が筒抜けなのか。
ここが河津くんの部屋だと思い出し、慌てて手のひらを自分の口に当て声を殺す。
それでも昂まった気持ちは止まらない。
再び動きはじめた吉野の動きは性急で、僕の股に激しく腰を打ちつけてくる。
「んっ、んっ」
口を押さえていても、声が漏れてしまう。
「いくみ、いい、すごく」
抑えた声でも、吉野の快楽が伝わってくる。
「よ、よしの」
「あっ、もう、イ、イクよ」
「や、で、でちゃう」
ブルブルっと震え、河津くんのバスタオルに、二人分の白濁が飛び散った。
再びウトウトし、一時間程眠っただろうか。
「郁三さま」
また吉野に、揺さぶられ起こされる。
恥ずかしいことに、僕はまだ全裸だったが、頭はすっかりクリアになっている。
さっきの行為を思い出し、友達の部屋でなんということをしてしまったのだ、と頭を抱えてしまった。
吉野は帰り支度を済ませていて、僕を置いて始発前に帰るようだ。
「河津くんに、しっかり詫びてから帰ってきてください。バスタオルは持ち帰ります。吐きそうになったから借りた、洗って返すと伝えてくださいね」
テーブルの上には、河津くんが置いていったインテリアのカタログがあった。
吉野が赤ペンで丸をつけたり、オススメ順位を書き込んだりしてくれたようだ。
似たような家具を、もっと安価で販売しているブランドの紹介まで書いてあった。
河津くんの中で吉野の株は、また上がるだろう。
河津くんが友達を三人連れて、遊びに来た。
そのうち一人は、今までゆっくり話したこともない、丸井くんという髪の長い男子だった。
丸井くんは一浪していて一つ年上。
いつも明るく幸せそうで、笑顔が絶えない。
僕とは正反対なタイプだ。
この日も河津くんは、うちに着くなりよく喋り、ムードメーカーとしての役割をこなしていた。
けれど途中から急に無口になってしまい、体調が優れないのではないかと、心配になる。
ただ、河津くんの代わりとでもいうように、丸井くんがよく喋り、皆を楽しませてくれたから、それなりに場は盛り上がった。
夜。
皆でピザを食べていると、吉野がコーヒーを淹れにリビングへ出てきた。
「雪矢さんもピザ食べます?」
無口だった河津くんが、いつものように吉野に声をかけたから、調子が戻ってきたのかと安心する。
「ありがとう。でも、いらないよ」
吉野は、河津くんを適当にあしらったくせに、丸井くんに話しかけた。
「君、うちに来たの初めてだよね?」
「はい、噂の雪矢さんにお会いでき嬉しいです」
彼は、笑顔で受け答えをする。
「丸井くんさ、いいことでもあったの?」
「え?何でですか?俺は普通ですけど。いいことがあったのは河津くんですね。好きな子に告られたんですって」
「やめてー。俺、さっき君らにその話してから、急にすごく不安になってしまって。やっぱ俺なんか、あんな可愛い子と釣り合わないかもって……。あぁダメだわー」
マンションに来るなり告白された自慢をし「付き合うかも」と嬉しそうだった河津くん。
彼が急にトーンダウンしたのは、不安に駆られたからだったのか……。
でも急になぜ?
「大丈夫だよ、自信持てよ」
みんなで励ましたが、河津くんは元気がないままで、その晩はいつもより早い時間にお開きとなった。
みんなが帰った後、吉野が言う。
「丸井くんでしたか?あの髪の長い子。郁三さま、あの彼には充分に気をつけて。あの子は自分の力を自覚してわざとやっています」
「え?どういう意味?」
「言葉通りの意味です」
それ以上のことは、教えてくれなかった。
結局、河津くんに恋人はできなかった。
---
半月後、忘年会と称して、僕達はまた集まり、河津くんのアパートへ遊びに行った。
メンバーは僕を入れて五人で、中には丸井くんもいた。
河津くん自慢のインテリアにこだわったワンルームで、ゲームに興じる。
「なぁ、今度ソファを買おうと思うんだけど、このカタログの中だったら、どれがいいと思う?」
カタログを見れば結構な値段で、河津くんが最近になってバイトを増やした理由が、判明した。
僕たちは好き勝手に「コレがいい」「コッチがいい」と指をさす。
「はぁ。オマエらに相談しても無駄だったわ。雪矢さんの意見が聞きたいなー」
「カタログ借りて帰って、聞いてこようか?」
「いや、違うんだよ。この部屋の狭さとかベッドとの兼ね合いとか、見てもらいたいじゃん」
ゲームの後は皆でコンビニへ買い出しに行った。
丸井くんともう一人、二十才を超えている人は、発泡酒を何本か買う。
僕はコーラで、河津くんはカフェオレだった。
アルコールの入った彼らは、誰かの恋話を聞き出そうとしたが、もうそんな会話は尽きている面子だ。
そんな中、突然丸井くんが僕に話を振ってきた。
「僕は郁三くんの話が聞きたいな。何かないの?些細なことでもいいんだよ?」
僕は「ないよ」と答えればよかったのに、吉野のことが少し頭をよぎってしまった。
だからつい「好きとか分からないけど、僕に良くしてくれる人はいる」と話してしまった。
「その人といると安心するんだ」
「え?なにそれ。初めて聞いた」
「言う程のことでもないんだって。ただ今の関係が長く続くといいなって」
「キスはしたの?」
「いや、まぁ、その、うん」
「セックスは?」
「そ、それは、してないよ!」
「へー、郁三、いつも自分のこと話さないから、知らなかった。どんな人?同い年?」
「年上、かな」
僕は調子に乗っていた。
皆の前で自分のことを話すという、あまり経験の無い行為に。
丸井くんが「それでそれで」と相づちを打つのが上手かったせいもある。
自分にとって吉野の話を他者にすることが、こんなにも甘美だとは思いもしなかった。
「あー、もうこんな時間。河津は深夜バイト何時からだっけ?」
「えーと。あと一時間は大丈夫」
なのにその話題が終わる頃には、僕の中の甘美さは、全て失われていた。
吉野はただの執事だ。
仕事として僕に触ってくれるだけなのだ。
そもそも吉野は何故うちにいるのか。
もしかして、僕は騙されているのかもしれない。
楽しかった気持ちは、全て萎んで消えてしまった……。
今日も機嫌良くニコニコしている丸井くんが、落ち込んでいる僕に気がつき、声をかけてくれる。
「郁三くんどうしたの?」
そして「飲んでみる?」と発泡酒をグラスに注いでくれた。
「ダメだよ、郁三。雪矢さんに怒られるぞ」
河津くんは心配してくれたけれど、吉野の名が出たことに僕は反発したくなる。
勧められるままグラスを空にしてしまった。
「なんだ呑めるじゃん」
丸井くんに何度か注いでもらえば、僕はいとも簡単に酔いつぶれた。
頭の中がグワングワンとする向こうで、河津くんが吉野に電話するように言っている。
「いやだ、いやだ」
僕は首を振って拒むが、河津くんの顔が真剣だったからしぶしぶ電話をかける。
呼び出し音が鳴ったところで、河津くんが僕からスマホを取り上げた。
「雪矢さん?郁三の友達の河津です。……はい、そうです。……今、郁三うちに来てるんですけど……はい、酔い潰れてしまって。……いや、そんな量は飲んでないです……はい。けど俺、これから深夜清掃のバイトで……」
あぁ、吉野に怒られる。
そうと思ったから、河津くんが掛けてくれた布団を頭から被って、彼のベッドの上で丸まった。
「皆はもう帰ったので、郁三は今夜うちに泊まればいいと思うんです。……はい、そうです。……だけど、酔い潰れた経験無いみたいですから、一人の時に吐いたりしたら可哀そうだと思って。……あっ、そうですか。では、そうしてもらえると安心です」
吉野は迎えに来ると言ったのだろうか?
「あのー、うちに来てくれるんなら、ちょっと相談したいことがあって。ちょっと、厚かましいお願いなんですけど……」
布団の中は温かく、強い睡魔が襲ってくる。
ウトウトし続ける僕に、河津くんが声をかけてきた。
「郁三。置いてけぼりにしてごめんな。もう少ししたら雪矢さん来てくれるから。鍵の置き場所伝えてあるから、郁三が寝ていても入ってきてくれるって」
河津くんにも迷惑を掛けてしまった。
「それでこれ、インテリアのパンフ。ここ置くから雪矢さんに見せておいて。図々しく相談に乗ってもらう約束取り付けちゃったんだ。だから、俺にしたらむしろラッキー。迷惑なんかじゃないから、そんな顔しないで寝るといいよ」
河津くんは、本当に優しい。
「朝六時にバイト終わったら、パン屋で焼き立てパン買ってくるから、な?雪矢さんと待ってて」
見送りもせず、僕は拗ねた子どものように丸まったまま、小さく手だけ振った。
「郁三さま、郁三さま」
私服姿の吉野に揺さぶられ、目が覚める。
河津くんのベッドの上で身体を起こせば、頭の芯が痛かった。
「友達の家で飲酒し、酔いつぶれるとはどういうことですか?」
静かに諭すように、そう言われる。
「なんで来たの?吉野……。僕のことなんて、放って置けばいいのに」
まだ消えぬ不安な気持ちが、僕に卑屈なことを言わせた。
吉野は深くため息をつく。
「どうせ、どうせ。僕なんてすぐ具合悪くなって、みんなに迷惑ばかりかけて……」
僕は自分の気持ちがよく分からない状態のままで、グスグスとマイナスな言葉を繰り返す。
それでも吉野は、怒らなかった。
それどころかベッドに腰掛け、ギュッと僕を抱きしめ、優しく背中をさすってくれた。
「郁三さま。実は私には気の流れが見えるんです。今、貴方に悲しい気は溜まっていませんよ。だから大丈夫。安心して」
「でもなんだか不安なんだよ、吉野」
少しずつ気持ちが落ち着いてくれば、素直な言葉を吐いてしまう。
「今日は丸井くんも、この部屋に来ていたのですか?」
コクリとうなずく。
何故このタイミングで、丸井くんの話なのだろう。
「彼に何か話しました?」
首を横に振る。
「郁三さまが幸せだと思ってることを、少しでも話しませんでしたか?」
皆に、吉野の話をしたではないか。
「……ほんの少しだけ」
「やはりそうでしたか」
吉野によると、おそらく丸井くんは、僕と反対の性質を持っているという。
僕は悲恋の話を聞くと、その悲しみを吸い取ることができる。
だから話をした人は楽になる。
丸井くんは、幸せな恋の話を聞くと、その幸福を全て吸い取り、話した人は不安に襲われる。
実体験がなければ、にわかには信じられない話だ。
「郁三さまの幸せがどんな話だったのかは知りません。でも私が執事として今してあげられることをしましょう」
吉野の目は優しかった。
じっと見つめながら顔を近づけてきて、吉野は唇を重ねてくれた。
熱く甘い舌を、僕の口の中にねじ込み、舌を絡めてくれた。
ねっとりと湿度のある、愛がこもっていると錯覚するようなキスだった。
「服を全て脱いで。私も全て脱ぎますから。河津くんには悪いけど勝手にバスタオルを一枚借りましょう。これをベッドの上に敷いて、この上で、ね?郁三さま」
部屋は河津くん自慢の間接照明でほどよく明るく、吉野の穏やかな表情がよく見えた。
「ほら」
吉野は僕より先に、裸になってみせてくれる。
そして僕がトレーナーを脱ぐのを、手伝ってくれた。
「ここに座って」
裸になった僕に、自分の膝上へ向かい合って座るよう指示をした。
誘導する吉野の手つきは、柔らかい。
躊躇いながらも彼の膝の上に座ると、撫でるように肌を触ってくれる。
それは、いつもの吐精を目的とした行為とは、明らかに違っていた。
「よ、よしの?」
「丸井くんに吸い取られてしまった愛を、郁三さまが保持していた幸せな気持ちを、私が補ってさしあげますよ。私では役不足でしょうけど、執事として頑張りますから」
そんな言葉に「違う。吉野だからいいんだ」と言いたかったが、僕にそんな余裕はなかった。
「んっ」
胸を撫でるように擦られ、甘い声しか出せない。
「可愛い、郁三」
耳元で、まさかの呼び捨てをされる。
それだけで胸が高鳴って、僕の中心は恥ずかしげもなく勃ち上がり始める。
指で胸の突起を押し潰すように触りながら、唇を合わせてくれた。
「ふぁっ」
溢れてしまう僕の声を吸い取るように、吉野の舌が僕の口の中を舐め回す。
息継ぎをするためか、唇が離れてしまうから、今度は僕から合わせにいく。
「気持ちがいいの?」
吉野がクスクス笑いながら、聞いてくれた。
「いい、きもち、いい」
「まだキスして胸触っただけなのに?」
「うん……もう、きもちいい」
吉野の舌が、僕の耳を舐める。
その舌は首筋へ降り、鎖骨、そして胸を這う。
僕はどんどんと欲深くなっていき、間接的な快楽よりも早く股間を触ってほしいと、腰を揺らす。
乳首を甘噛みされ、指先までビリビリとした痺れが伝わってきた。
「よ、よしの、もう、下、触って」
口に出して懇願してしまった。
吉野は顔を上げて微笑む。
「仰せのままに」
彼は僕を膝から下ろし、ベッドに寝かせる。
そして硬くなったモノを、パクリと咥えてくれた。
「あっ、んぁっ」
吉野の熱い粘膜に包まれれば、すぐにでもイってしまいそうだった。
僕はシーツを掴み、快楽をまだ手放さないように、必死に耐える。
もう放ってしまおうかという時、吉野の口が離れていってしまう。
「や、やめないで……」
縋るように、彼を見た。
「やめないよ。郁三、四つん這いになって」
吐息が混じったような声で、今度はそう指示される。
「え?」
吉野も裸だから、彼も昂っているのが一目で分かった。
凝視してしまった自分が恥ずかしく、言われたように彼に尻を向け、犬のように四つん這いになる。
「そう。太腿をギュッと閉じて」
僕が腿を閉じれば、吉野はまるでセックスするように、股の間に硬くなった彼自身を充てる。
「え?な、なにするの?」
彼は硬く大きなモノを、腿の間に押し込んできた。
そしてそれを、抜き挿しする。
「あっ、やっ、やっ」
僕の頭は自分が何をされているのか処理できない。
ただただ、性的な箇所が擦れ気持ちがいい。
まるでセックスしているような擬似的な姿勢に、興奮が増してゆく。
「き、きもちいい、あっ、よしの、よしの」
その時。
突然、ガチャっとくぐもった音が聞こえ、吉野の動きが一瞬止まった。
どうやら隣人が帰宅したようだ。
僕の住むマンションでは隣の音を気にしたことは無かったが、アパートはこんなにも生活音が筒抜けなのか。
ここが河津くんの部屋だと思い出し、慌てて手のひらを自分の口に当て声を殺す。
それでも昂まった気持ちは止まらない。
再び動きはじめた吉野の動きは性急で、僕の股に激しく腰を打ちつけてくる。
「んっ、んっ」
口を押さえていても、声が漏れてしまう。
「いくみ、いい、すごく」
抑えた声でも、吉野の快楽が伝わってくる。
「よ、よしの」
「あっ、もう、イ、イクよ」
「や、で、でちゃう」
ブルブルっと震え、河津くんのバスタオルに、二人分の白濁が飛び散った。
再びウトウトし、一時間程眠っただろうか。
「郁三さま」
また吉野に、揺さぶられ起こされる。
恥ずかしいことに、僕はまだ全裸だったが、頭はすっかりクリアになっている。
さっきの行為を思い出し、友達の部屋でなんということをしてしまったのだ、と頭を抱えてしまった。
吉野は帰り支度を済ませていて、僕を置いて始発前に帰るようだ。
「河津くんに、しっかり詫びてから帰ってきてください。バスタオルは持ち帰ります。吐きそうになったから借りた、洗って返すと伝えてくださいね」
テーブルの上には、河津くんが置いていったインテリアのカタログがあった。
吉野が赤ペンで丸をつけたり、オススメ順位を書き込んだりしてくれたようだ。
似たような家具を、もっと安価で販売しているブランドの紹介まで書いてあった。
河津くんの中で吉野の株は、また上がるだろう。
0
あなたにおすすめの小説
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
僕の恋人は、超イケメン!!
刃
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる