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第三章

友だちの部屋で。

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 秋も深まった頃。河津くんが友達を連れ遊びに来た。そのうち一人はゆっくり話したこともない丸井くんという髪の長い男子だった。丸井くんは一浪していて一つ年上。いつも明るく幸せそうで笑顔が絶えない。僕とは正反対なタイプだ。
 この日も河津くんは、うちに着くなりよく喋り、ムードメーカーとしての役割をこなしていた。けれど途中から急に無口になり、体調が優れないのではないかと心配になったが、代わりに丸井くんがよく喋った。夜、皆でピザを食べていると吉野がコーヒーを淹れにリビングに出てきた。
 無口だった河津くんが「雪矢さんもピザ食べます?」といつものように声をかけたから、調子が戻ってきたのかと安心する。
 吉野は「いらないよ」と河津くんを適当にあしらったくせに、丸井くんに話しかけた。
「君、うちに来たの初めてだよね?」
「はい、噂の雪矢さんにお会いでき嬉しいです」と笑顔で受け答えをしている。
「丸井くんさ、いいことでもあったの?」
「え?何でですか?俺は普通ですけど。いいことがあったのは河津くんですね。好きな子に告られたんですって」
「やめてー。俺、さっき君らにその話してから急に不安になってしまったんよ。やっぱ俺なんか、あんな可愛ええ子と釣り合わんわ。せやから断った方がええんちゃうか思うて。はぁダメやわー」
 マンションに来るなり告白された自慢をし「付き合うかも」と嬉しそうだった河津くんが急にトーンダウンしたのは、不安に駆られたからだったのか。でも急に何故?
「大丈夫だよ、自信持てよ」
 皆で励ましたが、河津くんは元気がないままで、その晩はいつもより早い時間にお開きとなった。皆が帰った後、吉野が言う。
「丸井くんでしたか?あの髪の長い子。郁三さま、あの彼には充分に気をつけて。あの子は自分の力を自覚してわざとやっています」
「え?どういう意味?」と聞き返したが「言葉通りの意味です」としか言ってくれなかった。結局、河津くんに恋人はできなかった。

 半月後、僕達はまた集まって河津くんのアパートへ遊びに行った。メンバーの中には丸井くんもいた。河津くん自慢のインテリアにこだわったワンルームで、ゲームに興じる。
「なぁ、今度ソファを買おうと思うんやけど、このカタログの中やったら、どれがええと思う?」
 カタログを見れば、結構な値段で河津くんが最近になってバイトを増やした理由が判明した。僕たちは好き勝手に「コレがいい」「コッチがいい」と指をさす。
「はぁ。オマエらに相談しても無駄やった。雪矢さんに意見聞きたいわー」
「カタログ借りて帰って、聞いてこようか?」
「いや、違うねん。この部屋の狭さとかベッドとの兼ね合いとか見てもらいたいやん」
 ゲームの後は皆でコンビニに買い出しに行った。丸井くんが何本か発泡酒を買ったから、皆もつられて珍しくアルコールを買った。僕は吉野に口うるさく「未成年は飲酒禁止」と言われているからコーラにしたし、河津くんも深夜バイトがあるからとカフェオレだった。
 アルコールの入った彼らが誰かの恋話を聞き出そうとしたが、もうそんな会話は尽きている面子だ。突然丸井くんが僕に話を振る。
「僕は郁三くんの話が聞きたいな。些細なことでもいいんだよ?」
 僕は「ないよ」と答えればよかったのに、吉野のことが少し頭をよぎってしまった。だからつい「好きとか分からないけど、僕に良くしてくれる人はいる」と話してしまった。
「その人といると安心するんだ」
「え?なにそれ。初めて聞いた」
「言う程のことでもないんだって。ただ今の関係が長く続くといいなって」
「キスはしたの?」
「いや、まぁ、その、うん」
「セックスは?」
「そ、それは、してないよ!」
「へー、郁三、いつも自分のこと話さへんから、知らんかったわ。どんな人?同い年?」
「年上、かな」
 僕は調子に乗っていた。自分ことを話すというあまり経験の無い行為に。丸井くんが「それでそれで」と相槌を打つのが上手かったせいもある。自分にとって吉野の話を他者にすることが、こんなにも甘美だとは思いもしなかった。なのにその話題が終わり「河津はバイト何時からだっけ?」と会話をする頃には、僕の中の甘美さは全て失われていた。吉野はただの執事だ。仕事として僕に触ってくれるだけなのだ。彼は兄と過去に何かあったから、僕にも良くしてくれている。そもそも吉野は何故うちにいるのか。もしかして、僕は騙されているのかも。楽しかった気持ちは全て萎んで消えてしまった……。
 今日も機嫌良くニコニコしている丸井くんが落ち込んでいる僕に気がつき「郁三くんどうしたの?」と声をかけてくれる。そして「飲んでみる?」と発泡酒をグラスに注いでくれた。河津くんは「雪矢さんに怒られるで」と心配してくれたが、吉野の名が出たことに反発したくなり、勧められるままにグラスを空にする。
「なんだ呑めるんじゃん」
 丸井くんに何度か注いでもらえば、僕はいとも簡単に酔い潰れた。
 頭の中がグワングワンとする向こうで、河津くんが吉野に電話するように言っている。僕は「いやだ、いやだ」と首を振って拒むが、河津くんの顔が真剣だったから渋々電話をかける。呼び出し音が鳴ったところで、河津くんが僕からスマホを取り上げた。
「雪矢さん?郁三の友達の河津です。……はい、そうです。……今、郁三うちに来てるんやけど……はい、酔い潰れてしもうて。……いや、そんな量は飲んでないです……はい。けど俺、これから深夜清掃のバイトで……」
 あぁ吉野に怒られる、と思ったから河津くんが掛けてくれた布団を頭から被って、彼のベッドの上で丸まった。
「皆はもう帰ったので、郁三は今夜うちに泊まればええと思うんです。……はい、そうです。……せやけど、酔い潰れた経験無いみたいやから、一人の時に吐いたりしたら可哀そうやと思って。……あっ、そうですか。ほな、そうしてもらえれば安心です」
 吉野は迎えに来ると言ったのだろうか?
「あのー、うちに来てくれるんなら、ちょっと相談したいことがあって。なんや、えらい厚かましいお願いなんですけどね……」
 布団の中は温かく強い睡魔が襲ってくる。ウトウトし続ける僕に、河津くんが声をかけてきた。
「郁三。置いてけぼりにして堪忍な。もう少ししたら雪矢さん来てくれるんやて。鍵置き場所伝えてあるから、郁三が寝てても入ってきてくれるで」
 河津くんにも迷惑を掛けてしまった。
「そんでな、これ、インテリアのパンフ。ここ置くから雪矢さんに見せといて。図々しく相談に乗ってもらう約束取り付けたんや。せやから、俺にしたらむしろラッキー。迷惑なんかやないから、そんな顔せんと寝とき。朝六時にバイト終わったら、パン屋で焼き立てパン買うてくるから、な?」
 見送りもせず、俺は拗ねた子どものように丸まったまま、小さく手だけ振った。

「郁三さま、郁三さま」
 吉野に揺さぶられ目が覚める。河津くんのベッドの上で身体を起こせば、頭の芯が痛かった。
「友達の家で飲酒し、酔いつぶれるとはどういうことですか?」
 静かに諭すように言われる。
「なんで来たの?吉野……。僕のことなんて、放って置いていいのに」
 まだ消えぬ不安な気持ちが僕に卑屈なことを言わせ、吉野は深く溜息をつく。僕は自分の気持ちがよく分からない状態で、グスグスと「どうせ、どうせ。僕なんて……」と繰り返す。それでも吉野は怒らなかった。それどころかベッドに腰掛け、ギュッと抱きしめ、優しく背中をさすってくれた。
「郁三さま。私には気の流れが見えるんです。今、貴方に悲しい気は溜まっていませんよ。だから大丈夫。安心して」
「でもなんだか不安なんだよ、吉野」
 少しずつ気持ちが落ち着いてきて、素直な言葉を吐いてしまう。
「今日は丸井くんも、この部屋に来ていたのですか?」
 コクリと頷く。何故このタイミングで丸井くんの話なのだろう。
「彼に何か話しました?」
 首を横に振る。
「郁三さまが幸せだと思ってることを、少しでも話しませんでしたか?」
 そういえば皆に、吉野の話を少しした。
「……ほんの少しだけ」
 吉野が言うには、おそらく丸井くんは僕と反対の性質を持っている。僕は悲恋の話を聞くと、その悲しみを吸い取る。だから話をした人は楽になる。丸井くんは、幸せな恋の話を聞くと、その幸福を全て吸い取り、話した人は不安に襲われる。
「郁三さまの幸せがどんな話だったのかは知りません。でも私が執事として今してあげられることをしましょう」
 そう言って吉野は唇を重ね、熱く甘い舌を僕の口の中にねじ込ませてきた。ねっとりと湿度のある、愛がこもっていると錯覚するようなキスだった。
「服を全て脱いで。私も全て脱ぎますから。河津くんには悪いけど勝手にバスタオルを一枚借りましょう。これをベッドの上に敷いて、この上で、ね?郁三さま」
 部屋は河津くん自慢の間接照明でほどよく明るく、吉野の穏やかな表情がよく見えた。
 吉野は僕より先に裸になって「ほら」と言いながらTシャツを脱ぐのを手伝ってくれた。そして裸になった僕に「ここに座って」と、向かい合った自分の膝上に座るよう指示をした。誘導する吉野の手つきは柔らかく、座れば撫でるように肌を触ってくれる。それはいつもの吐精することを目的とした行為とは、明らかに違っていた。
「よ、よしの?」
「丸井くんに吸い取られてしまった愛を、郁三さまが保持していた幸せな気持ちを、私が補ってさしあげますよ。私では役不足でしょうけど、執事として頑張りますから」
 そんな言葉に「吉野だからいいんだ」と言いたかったが、乳首を撫でるように擦られれば「んっ」と甘い声しか出せない。
「可愛い、郁三」
 耳元でまさかの呼び捨てをされ、それだけで胸が高鳴って、僕の陰茎は恥ずかしげもなく勃ちあがり始める。
 指で乳首を潰すように触りながら、唇を合わせてくれた。「ふぁっ」と溢れてしまう僕の声を吸い取るように、吉野の舌が僕の口の中を舐め回す。息継ぎをするように唇が離れてしまえば、今度は僕から唇を合わせにいく。吉野はクスクス笑って「気持ちいい?」と聞いてくれた。
「いい、きもち、いい」
「まだキスして乳首触っただけなのに?」
「うん……もう、きもちいい」
 吉野の舌が僕の耳を舐める。その舌は首筋へ降り、鎖骨そして胸を這う。僕はどんどんと欲深くなってゆき、間接的な快楽よりも早く股間を触ってほしいと腰を揺らす。乳首を甘噛みされ、指先までビリビリとした痺れが伝わって「よ、よしの、もう、下、触って」と口に出して懇願してしまった。吉野は顔を上げて微笑み、今度は陰茎を咥えてくれた。
「あっ、んぁっ」
 吉野の熱い粘膜に包まれ、すぐにでもイってしまいそうで。僕は必死にシーツを掴み快楽をまだ手放さないように、耐える。
 もう放ってしまおうかという時、吉野の口が離れてしまう。「やめないで」と縋るように彼を見た。
「郁三、足を閉じて」
 吐息が混じったような声で、今度はそう言われる。
「え?」
 吉野も裸だから、彼も昂っているのが一目で分かる。
「太腿をギュッと閉じて」
 僕が腿を閉じれば、吉野はまるでセックスするように、股の間に硬くなった陰茎を押し込んできた。そしてそれを抜き挿しする。
「あっ、やっ、やっ」
 僕の頭は自分が何をされているのか処理できない。ただただ、陰嚢や裏筋が擦れ気持ちがいい。まるでセックスしているような擬似的な姿勢に気持ちは昂る。
「き、きもちいい、あっ、よしの、よしの」
 その時。突然、ガチャっとくぐもった音が聞こえ、吉野の動きが一瞬止まった。どうやら隣人が帰宅したようだ。僕の住むマンションでは隣の音を気にしたことは無かったが、アパートはこんなにも生活音が筒抜けなのか。ここが河津くんの部屋だと思い出し、慌てて手のひらを自分の口に当て声を殺す。それでも昂まった気持ちは止まらない。再び動きはじめた吉野の動きは性急で、僕の股に激しく腰を打ちつけてくる。
「んっ、んっ」
 口を押さえていても、声が漏れてしまう。
「郁三」
「んぁっ」
 河津くんのバスタオルに、二人分の白濁が飛び散った。
 再びウトウトし、一時間程眠っただろうか。「郁三さま」とまた吉野に揺さぶられ起こされる。恥ずかしいことに僕はまだ全裸だった。頭はすっかりクリアになっていて、さっきの行為を思い出しては、友達の部屋でなんということをしてしまったのだ、と頭を抱える。吉野は帰り支度を済ませていて、僕を置いて始発前に帰るようだ。
「河津くんに、しっかり詫びてから帰ってきてください。バスタオルは持ち帰ります。吐きそうになったから借りた、洗って返すと伝えてくださいね」
 河津くんが置いていったインテリアのカタログには、吉野が赤字で丸をつけたり、オススメ順位を書き込んだり、似たような家具をもっと安価で販売しているブランドの紹介まで書いてあった。河津くんの中で吉野の株は、また上がるだろう。
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