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第三章
【2月】ベッドで。
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ここ最近の僕はとても優秀で、人の悲しみを連れ帰っていない。
大学での人間関係が落ち着き、周りが知り合いばかりになったことと、僕の防衛が上手くなったことが理由だ。
そらから、正月に盗み聞きしてしまった、一彦兄さんと吉野の行為の衝撃……。
あれ以来、吉野に触ってもらうハードルが上がり、意図的に回避しようとしているせいもある。
「郁三さま、頼み事があります」
吉野が僕を頼ってくれるなんて、初めてかもしれない。
「なになに、なんでも言って!」
「以前、ここにも遊びに来たことのある丸井くんとは、今でも交流がありますか?」
「丸井くん?うん、共通で選択している講義があるから、週に一度は顔を合わせるよ」
「彼を紹介してもらえますか?ちょっと話を聞きたいのです」
理由が全く予想できず戸惑ったが、二日後に大学近くのカフェで会えるようセッティングしてあげた。
---
丸井くんと吉野が会った日、僕はソワソワと過ごした。
以前、丸井くんと話をした後、酷く落ち込んでしまった経験があるから。
「やぁ、郁三くん」
講義が終わり、帰り支度をして大学を出たところで、声をかけられる。
「あっ、丸井くん!今日は雪矢さんに会ってくれてありがとう。もう話しは終わったんだね」
「うん、さっきカフェで別れたよ。郁三くんは、雪矢さんが僕にどんな話しを聞きに来たか、知ってる?」
「さぁ、僕は何も聞いてないよ」
「あのさ、ちょっと時間いい?郁三くんには話しておいたほうがいいと思うんだ」
外は寒かったから、さっきまで吉野と丸井くんが会っていたカフェに入った。
「それで、どんな話だったの?」
「雪矢さん、俺の性質を見抜いてて、よければ取材させてほしいって言うんだ」
「性質?」
「知ってるでしょ?俺が、人の幸せを吸い取る性質だってこと」
そのことは以前、河津くんの部屋で、吉野が教えてくれて知った。
吉野の取材に了承した丸井くんは、訊かれるままに、話したという。
子どもの頃の話、性質を自覚したきっかけなどなど。
「郁三くんにもさ、悲しみを吸い取る性質があるよね?」
「えっ、雪矢さんが言ったの?」
「違うよ。僕自身が郁三くんを見ていて、気が付いたんだ」
吉野以外の他人にも気づかれているとは、思いもしなかった。
「僕は自分がこんなだからさ、他にも色々な性質の人がいるって前提で人間を見てる。だから色々と気がつくよ」
「そっか」
「それでね、雪矢さんは物書きみたいな仕事をしてるでしょ?」
「そうなの?全然詳しいことは知らなくて」
「イトコなのに?」
「いや、うん」
「まぁいいや。雪矢さん、郁三くんのことを取材対象として見てるんじゃないかと心配になって。イトコっていうもの嘘だよね?」
「え?」
「だって全然そういう雰囲気じゃないもの。ねぇ、何か騙されてるんじゃない?秘密を握られているとか?根掘り葉掘り聞き出されて、本にされたりしないよう気をつけたほうがいいよ」
吉野が執事としてよくしてくれる理由に「僕を取材対象としてみている」というのは考えもしなかった。
「普段、雪矢さんとはどんな風に過ごしているの?親切にしてくれる?結構冷たい人なんじゃない?」
反論しようとした。
吉野は僕を大切にしてくれて、困っていたらすぐに助けてくれる。
僕は吉野と暮らせて幸せだと、そう口にしようとした時、丸井くんがニヤリと笑った気がした。
慌てて、彼の前でそれを言ってはダメだ、と気がつく。
だから「そんな訳ないよ」と笑ってその場をやり過ごすことができた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰宅をすると、いつもと変わらないタキシード姿の吉野が出迎えてくれ、僕は安堵する。
夕食どき、吉野が作ってくれたおでんを食べながら、話しをした。
「あのね、丸井くんが吉野に取材されたって言ってた」
「あぁ、お会いになったのですね。えぇ、取材しました。私のワイフワークなんです」
「本を出すの?」
「いえ、そんな予定は全くないですけど。誰がそんなことを?」
「丸井くんが言ってた。吉野は僕のことも、取材対象だと見ているんじゃないかって」
吉野が呆れたように、薄く笑う。
「あの子は、自分の周りにわざと波風を立てるのが趣味みたいですね。やはりあまり関わらないほうがいい」
「取材をしたのは、何故?」
「郁三さまのように、何らかの性質も持っている人は一定数いるのです。学校で言ったら学年に一人くらいの割合ですね。自覚している人もいるし、していない人もいる」
「そうなんだ。知らなかった」
「何故か私には、幼い頃から気の流れが見えるんです。線香の煙が漂うように、動いたり淀んだり、人から人に移動したりするのが目で見える。性質のある人の周りでは気の流れが渦を巻くので、子どもの頃はそれが怖かった」
怖く思うのも無理はない。
子どもの言語力では、誰かに言っても理解してもらうことは難しいだろう。
「けれど高校生の頃、知らないから怖いのだ、知れば怖くなくなるはずと気づきましました。それから、積極的に話を聞いて歩くようになって。取材をしては自分の記録として文書に纏めています。誰かに見せる予定は、全くありません」
僕は吉野のことを、何も知らないのだと改めて思った。
「僕には、取材をしないの?」
「してほしいですか?」
ブルブルと首を横に振る。
「私が今まで得た知識から、郁三さまの不調は吐精すれば回復できる、と分かりました。だから貴方にそれを適用した。ちゃんと効果がありお役に立てたことは、嬉しかった。私としてもこのライフワークの意味が見出せたのです」
取材対象ではなく、実験台だったのかと、一瞬、表情を硬くしてしまった。
吉野はすかさず、それに気づき笑う。
「私は今、この生活を気に入ってますよ」
吉野はフフフと美しく笑って席を立ち、僕の頬にキスをしてくれた。
そしてそのまま夕食の片付けを始めてしまう。
「僕ね、最近は悲恋の話を聞かないよう、ちゃんと回避しているよ。今日も丸井くんの性質に飲み込まれそうになるのを、避けられたし」
偉いですね、と褒めて欲しかったのに、吉野は少しだけ残念そうに目を細め、皿を洗い始めた。
---
小雪が舞うほど寒い日が続いた。
あまりに寒いと、人恋しくなるのだろうか。
ここ数日眠りにつく時、一彦兄さんと吉野の行為を思い出しては、身体の奥が疼いてしまう……。
悲しい気を引きずっていないのだから、吐精する必要はないのに。
自慰にも挑んではみたけれど、やはり上手くはできない。
しかし理由もない吐精を、吉野に手伝ってもらう訳にもいかない。
そんな眠れぬ日々を過ごしていると、僕が寝不足気味だと、吉野が気がついてくれた。
「どうかされました?」
「なんでもない」
そんな返事しかできない。
吉野の箸を持つ長く綺麗な指を見て、うどんを啜る唇を見て、不埒なことを考えてしまうなんて、口にはできない。
そして、僕なりに考え悩んだ結果、河津くんに誘われた合コンへ行くことを決めた。
「郁三が来てくれるなんて、珍しい!今夜は可愛い子いっぱい来るから」
大学の最寄り駅近くにある居酒屋には、思ったよりたくさんの人が集まっていた。
僕は知らない人たちに囲まれ、皆の話を聞きながら烏龍茶を飲んでいる。
皆、アルコールが入るとより饒舌になる。
当然の流れで、隣の席の知らない女の子が僕を相手に、彼氏に振られた話を始めた。
「郁三くんに聞いてもらったら、凄くスッキリした!ありがとね」
「私の話も聞いて」
「私も」
「俺も」
望んでいたような状況に陥り、僕の体調は急降下していく。
「二次会行くだろ?」
河津くんの問いかけにも「もう帰る」と、予定通り答えた。
「あぁ、そうだな。今日、雪矢さんの誕生日だもんな」
「え?」
「前にソファのことでメッセージのやり取りさせてもらった時、誕生日聞いたら教えてくれたんだけど。あれ?今日じゃなかったっけ?」
「とにかくもう帰るね。ごめん」
僕は一人、駅へ向かった。
電車に揺られ、マンション最寄駅で降りることはできたものの、身体がだるくしんどい。
久しぶりの体調不良が堪え、ホームでうずくまり動けなくなってしまった。
親切な人が駅員を呼んでくれ、救護室から僕のスマホを使って吉野が呼び出される。
目が覚めた時、僕は吉野の背中におぶられ、もうすぐマンションに着くという所まで来ていた。
「ごめんなさい、吉野……」
小さな声で謝る。
「よかった、目が覚めましたか?」
優しい声で返事をくれた。
慌てて駅まで迎えに来てくれたのだろう。
ダウンコートも羽織っておらず、タキシードのままだった。
「背中、温かい」
甘えて吉野の肩に頬を寄せると、フフフっと笑ってくれた。
玄関で背中から下される。
「風呂が湧いていますから、お入りください」
玄関でしてくれたことも、風呂場でしてくれたこともあったのに、そういう雰囲気ではない。
素直に従い、湯に浸かって身体を温めた。
わざと体調不良を引き起こし、吉野に性的なことをしてもらおうとした自分が、情けなくなってくる。
パジャマに着替え、リビングへ行く。
「続けて私も入ってしまいますね」
吉野は僕のことを碌に見ず、風呂場へと消えてしまった。
とぼとぼと自室へ戻り、照明を消してベッドに入る。
ウトウトし始めた頃、「郁三さま」と吉野の声がした。
目を開ければ、ラフな服装をした吉野が、僕のベッドを見下ろしている。
「お正月のこと、気にしていますか?まじないで忘れさせてあげる、とお伝えしたでしょう?」
吉野の言う「まじない」がどんな内容なのか、想像もつかない。
それでも、一彦兄さんと吉野のことは忘れてしまいたくて「うん」と頷く。
「では」
吉野がするりとベッドに入り込んでくる。
長い腕で僕を引き寄せ、ギュっと抱きしめてくれた。
風呂から出たばかりの吉野は温かく、僕と同じシャンプーなのに、とてもいい匂いがする。
「ねぇ、吉野」
名を呼ぶと、唇を重ねてくれた。
それが口内に入ってくれば、僕はすぐに夢中になって、与えられたキスに応え、舌を絡めた。
「郁三。脱いで、全部」
僕にそう言い、吉野も全てを脱ぎ捨てる。
素肌と素肌が触れ合うように抱き合えば、その感触に心臓がドクンドクンと高鳴っていく。
そこからは、今まで吉野がしてくれたことを、総ざらいするようだった。
熱い唇が耳、首筋、鎖骨を這う。
胸の右の突起が口に含まれれば、左を指で転がされる。
「やっ」
「胸、好きでしょ?」
答えなんて持ち合わせていないけれど、催促するように身体を捩らせてしまった。
いつの間にか下へと伸びた吉野の手は、股間へと届く。
早くも大きくなり始めている僕の中心を握られ、指でしごかれれば、急速にそれが育つ。
吉野は僕を見て「可愛い」と笑ったあと、下腹部へ顔を埋めてくれた。
滲んだ先走りを舌で舐め取られ、口に含まれ、音を立てて吸いつかれる。
僕は、吉野の洗い晒しの髪にしがみついた。
「待って、待って、あっ、ダメ」
喘いで、喘いで、吉野の腕にしがみついても、止めてはくれない。
なのに。
達しそうになったところで、あからさまに力を抜かれ、イかせてはもらえない。
「はぁはぁ」
息を乱す僕にお構いなく、吉野の行為は、先へ先へと進んでゆく。
咥えるのはもう終わりなのか、今度はローションで充分に濡らされた指が、後ろの孔に入り込もうとする。
根元まで入り込んだ指に異物感を感じるのに、興奮は高まって、身体に力が入ってしまった。
「そんなに締め付けたら、動かせないでしょう」
吉野は僕の気を逸らすかのように、また胸の突起を触ってくれる。
それはムズムズと快楽を誘い、さっきまで咥えられていた中心は、先走りをこぼしている。
更に、後ろに指を入れられると、どんどんと余計なことが考えられなくなって。
「んっ、あっ……」
「気持ちいい?郁三」
コクリコクリと、頷くしかない。
指の数が増やされ、身体がビクンと震える箇所が重点的に擦られるから、甘く高い声が溢れる。
それでもまた、やはりイク寸前に指を抜かれてしまう。
「なんで?ねぇ?よしの……なんで?」
僕の目からよく分からない涙が、一筋流れた。
すると吉野は目尻に唇を寄せ、雫を舐め取ってくれる。
「もう、いちひことセックスすることは無いから。今、俺がしたいのは郁三だけ。ねぇ、挿れていい?」
「それが、まじない?」
「そう。俺と郁三を繋ぐまじない」
「じゃあ、挿れて」
僕にとって、とても勇気がいることだったけれど、引き返すこともできない。
四つん這いになるよう指示をされ素直に従えば、吉野が僕の後ろに滾った中心を当てた。
「力抜いて、郁三。そう、大丈夫。気持ちよくしてあげるから」
熱い塊りが徐々に僕を貫けば、痛みと、圧迫感で呼吸をするのも忘れてしまう。
「息、吐いて。大丈夫、だよ、いくみ」
吉野の声だって、いつもよりずっとずっと余裕が無さそうだ。
腹の中が吉野のモノでいっぱいになって、苦しくて、でも奥には甘い疼きが、確かにある。
「動くよ」
「んぁ、あっ、あーーー」
ゆっくり揺すられただけで、僕は早くもシーツに白濁を放ってしまった。
しかし達した余韻に浸る間もなく、吉野は大きく硬いものを、僕に打ち込んでくる。
「や、ダ、ダメ。あっ、あっ、あっ、んっ、やっ」
強すぎる快楽に、僕はシーツを握りしめ、嬌声をあげ続けた。
身体の奥の熱が、加速するように大きく膨らんでゆく。
「いい、いい、おく、いい……」
頭の中はこの行為のことでいっぱいで、ひたすらに快感に嬲られ、溺れる。
僕の奥深くが、今まで味わったことのないような、甘い痺れに到達した。
自分が中にいる吉野をきつくきつく搾り取るように、締め付けたのがわかる。
それに合わせ、吉野が「んっ」と呻き、僕の中へ吐精した。
指の先も、足の先も気持ちがよくて、僕はそのまま、意識を失うように眠ってしまった。
カーテンの向こうは朝日で明るく、布団の中は暖かい。
大きなベッドの隣を見ると、吉野が裸で眠っていた。
しばらくその美しい顔を眺めていたが、僕の視線を感じたのか、その目がゆっくりと開く。
「郁三さま、おはよう、ございます」
朝がくれば「さま」に戻るのかと可笑しくなって、クスクスと笑う。
「あっ、そうだ。吉野、昨日お誕生日だったの?お祝いもできなくて、ごめんなさい」
「いえ、昨晩は最高の誕生日でしたよ」
吉野の言う最高が何を指しているのか考えると恥ずかしく、目を伏せる。
「可愛い人だ」
布団から伸びてきた腕が僕の頬を撫でた。
「ねぇ、吉野、欲しい物はある?」
「そうですね……」
彼はまだ眠たそうな顔をしている。
「郁三さま、これからも執事としてここに住まわせていただく契約が欲しいです」
そう言って、温かい唇を重ねてくれた。
大学での人間関係が落ち着き、周りが知り合いばかりになったことと、僕の防衛が上手くなったことが理由だ。
そらから、正月に盗み聞きしてしまった、一彦兄さんと吉野の行為の衝撃……。
あれ以来、吉野に触ってもらうハードルが上がり、意図的に回避しようとしているせいもある。
「郁三さま、頼み事があります」
吉野が僕を頼ってくれるなんて、初めてかもしれない。
「なになに、なんでも言って!」
「以前、ここにも遊びに来たことのある丸井くんとは、今でも交流がありますか?」
「丸井くん?うん、共通で選択している講義があるから、週に一度は顔を合わせるよ」
「彼を紹介してもらえますか?ちょっと話を聞きたいのです」
理由が全く予想できず戸惑ったが、二日後に大学近くのカフェで会えるようセッティングしてあげた。
---
丸井くんと吉野が会った日、僕はソワソワと過ごした。
以前、丸井くんと話をした後、酷く落ち込んでしまった経験があるから。
「やぁ、郁三くん」
講義が終わり、帰り支度をして大学を出たところで、声をかけられる。
「あっ、丸井くん!今日は雪矢さんに会ってくれてありがとう。もう話しは終わったんだね」
「うん、さっきカフェで別れたよ。郁三くんは、雪矢さんが僕にどんな話しを聞きに来たか、知ってる?」
「さぁ、僕は何も聞いてないよ」
「あのさ、ちょっと時間いい?郁三くんには話しておいたほうがいいと思うんだ」
外は寒かったから、さっきまで吉野と丸井くんが会っていたカフェに入った。
「それで、どんな話だったの?」
「雪矢さん、俺の性質を見抜いてて、よければ取材させてほしいって言うんだ」
「性質?」
「知ってるでしょ?俺が、人の幸せを吸い取る性質だってこと」
そのことは以前、河津くんの部屋で、吉野が教えてくれて知った。
吉野の取材に了承した丸井くんは、訊かれるままに、話したという。
子どもの頃の話、性質を自覚したきっかけなどなど。
「郁三くんにもさ、悲しみを吸い取る性質があるよね?」
「えっ、雪矢さんが言ったの?」
「違うよ。僕自身が郁三くんを見ていて、気が付いたんだ」
吉野以外の他人にも気づかれているとは、思いもしなかった。
「僕は自分がこんなだからさ、他にも色々な性質の人がいるって前提で人間を見てる。だから色々と気がつくよ」
「そっか」
「それでね、雪矢さんは物書きみたいな仕事をしてるでしょ?」
「そうなの?全然詳しいことは知らなくて」
「イトコなのに?」
「いや、うん」
「まぁいいや。雪矢さん、郁三くんのことを取材対象として見てるんじゃないかと心配になって。イトコっていうもの嘘だよね?」
「え?」
「だって全然そういう雰囲気じゃないもの。ねぇ、何か騙されてるんじゃない?秘密を握られているとか?根掘り葉掘り聞き出されて、本にされたりしないよう気をつけたほうがいいよ」
吉野が執事としてよくしてくれる理由に「僕を取材対象としてみている」というのは考えもしなかった。
「普段、雪矢さんとはどんな風に過ごしているの?親切にしてくれる?結構冷たい人なんじゃない?」
反論しようとした。
吉野は僕を大切にしてくれて、困っていたらすぐに助けてくれる。
僕は吉野と暮らせて幸せだと、そう口にしようとした時、丸井くんがニヤリと笑った気がした。
慌てて、彼の前でそれを言ってはダメだ、と気がつく。
だから「そんな訳ないよ」と笑ってその場をやり過ごすことができた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰宅をすると、いつもと変わらないタキシード姿の吉野が出迎えてくれ、僕は安堵する。
夕食どき、吉野が作ってくれたおでんを食べながら、話しをした。
「あのね、丸井くんが吉野に取材されたって言ってた」
「あぁ、お会いになったのですね。えぇ、取材しました。私のワイフワークなんです」
「本を出すの?」
「いえ、そんな予定は全くないですけど。誰がそんなことを?」
「丸井くんが言ってた。吉野は僕のことも、取材対象だと見ているんじゃないかって」
吉野が呆れたように、薄く笑う。
「あの子は、自分の周りにわざと波風を立てるのが趣味みたいですね。やはりあまり関わらないほうがいい」
「取材をしたのは、何故?」
「郁三さまのように、何らかの性質も持っている人は一定数いるのです。学校で言ったら学年に一人くらいの割合ですね。自覚している人もいるし、していない人もいる」
「そうなんだ。知らなかった」
「何故か私には、幼い頃から気の流れが見えるんです。線香の煙が漂うように、動いたり淀んだり、人から人に移動したりするのが目で見える。性質のある人の周りでは気の流れが渦を巻くので、子どもの頃はそれが怖かった」
怖く思うのも無理はない。
子どもの言語力では、誰かに言っても理解してもらうことは難しいだろう。
「けれど高校生の頃、知らないから怖いのだ、知れば怖くなくなるはずと気づきましました。それから、積極的に話を聞いて歩くようになって。取材をしては自分の記録として文書に纏めています。誰かに見せる予定は、全くありません」
僕は吉野のことを、何も知らないのだと改めて思った。
「僕には、取材をしないの?」
「してほしいですか?」
ブルブルと首を横に振る。
「私が今まで得た知識から、郁三さまの不調は吐精すれば回復できる、と分かりました。だから貴方にそれを適用した。ちゃんと効果がありお役に立てたことは、嬉しかった。私としてもこのライフワークの意味が見出せたのです」
取材対象ではなく、実験台だったのかと、一瞬、表情を硬くしてしまった。
吉野はすかさず、それに気づき笑う。
「私は今、この生活を気に入ってますよ」
吉野はフフフと美しく笑って席を立ち、僕の頬にキスをしてくれた。
そしてそのまま夕食の片付けを始めてしまう。
「僕ね、最近は悲恋の話を聞かないよう、ちゃんと回避しているよ。今日も丸井くんの性質に飲み込まれそうになるのを、避けられたし」
偉いですね、と褒めて欲しかったのに、吉野は少しだけ残念そうに目を細め、皿を洗い始めた。
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小雪が舞うほど寒い日が続いた。
あまりに寒いと、人恋しくなるのだろうか。
ここ数日眠りにつく時、一彦兄さんと吉野の行為を思い出しては、身体の奥が疼いてしまう……。
悲しい気を引きずっていないのだから、吐精する必要はないのに。
自慰にも挑んではみたけれど、やはり上手くはできない。
しかし理由もない吐精を、吉野に手伝ってもらう訳にもいかない。
そんな眠れぬ日々を過ごしていると、僕が寝不足気味だと、吉野が気がついてくれた。
「どうかされました?」
「なんでもない」
そんな返事しかできない。
吉野の箸を持つ長く綺麗な指を見て、うどんを啜る唇を見て、不埒なことを考えてしまうなんて、口にはできない。
そして、僕なりに考え悩んだ結果、河津くんに誘われた合コンへ行くことを決めた。
「郁三が来てくれるなんて、珍しい!今夜は可愛い子いっぱい来るから」
大学の最寄り駅近くにある居酒屋には、思ったよりたくさんの人が集まっていた。
僕は知らない人たちに囲まれ、皆の話を聞きながら烏龍茶を飲んでいる。
皆、アルコールが入るとより饒舌になる。
当然の流れで、隣の席の知らない女の子が僕を相手に、彼氏に振られた話を始めた。
「郁三くんに聞いてもらったら、凄くスッキリした!ありがとね」
「私の話も聞いて」
「私も」
「俺も」
望んでいたような状況に陥り、僕の体調は急降下していく。
「二次会行くだろ?」
河津くんの問いかけにも「もう帰る」と、予定通り答えた。
「あぁ、そうだな。今日、雪矢さんの誕生日だもんな」
「え?」
「前にソファのことでメッセージのやり取りさせてもらった時、誕生日聞いたら教えてくれたんだけど。あれ?今日じゃなかったっけ?」
「とにかくもう帰るね。ごめん」
僕は一人、駅へ向かった。
電車に揺られ、マンション最寄駅で降りることはできたものの、身体がだるくしんどい。
久しぶりの体調不良が堪え、ホームでうずくまり動けなくなってしまった。
親切な人が駅員を呼んでくれ、救護室から僕のスマホを使って吉野が呼び出される。
目が覚めた時、僕は吉野の背中におぶられ、もうすぐマンションに着くという所まで来ていた。
「ごめんなさい、吉野……」
小さな声で謝る。
「よかった、目が覚めましたか?」
優しい声で返事をくれた。
慌てて駅まで迎えに来てくれたのだろう。
ダウンコートも羽織っておらず、タキシードのままだった。
「背中、温かい」
甘えて吉野の肩に頬を寄せると、フフフっと笑ってくれた。
玄関で背中から下される。
「風呂が湧いていますから、お入りください」
玄関でしてくれたことも、風呂場でしてくれたこともあったのに、そういう雰囲気ではない。
素直に従い、湯に浸かって身体を温めた。
わざと体調不良を引き起こし、吉野に性的なことをしてもらおうとした自分が、情けなくなってくる。
パジャマに着替え、リビングへ行く。
「続けて私も入ってしまいますね」
吉野は僕のことを碌に見ず、風呂場へと消えてしまった。
とぼとぼと自室へ戻り、照明を消してベッドに入る。
ウトウトし始めた頃、「郁三さま」と吉野の声がした。
目を開ければ、ラフな服装をした吉野が、僕のベッドを見下ろしている。
「お正月のこと、気にしていますか?まじないで忘れさせてあげる、とお伝えしたでしょう?」
吉野の言う「まじない」がどんな内容なのか、想像もつかない。
それでも、一彦兄さんと吉野のことは忘れてしまいたくて「うん」と頷く。
「では」
吉野がするりとベッドに入り込んでくる。
長い腕で僕を引き寄せ、ギュっと抱きしめてくれた。
風呂から出たばかりの吉野は温かく、僕と同じシャンプーなのに、とてもいい匂いがする。
「ねぇ、吉野」
名を呼ぶと、唇を重ねてくれた。
それが口内に入ってくれば、僕はすぐに夢中になって、与えられたキスに応え、舌を絡めた。
「郁三。脱いで、全部」
僕にそう言い、吉野も全てを脱ぎ捨てる。
素肌と素肌が触れ合うように抱き合えば、その感触に心臓がドクンドクンと高鳴っていく。
そこからは、今まで吉野がしてくれたことを、総ざらいするようだった。
熱い唇が耳、首筋、鎖骨を這う。
胸の右の突起が口に含まれれば、左を指で転がされる。
「やっ」
「胸、好きでしょ?」
答えなんて持ち合わせていないけれど、催促するように身体を捩らせてしまった。
いつの間にか下へと伸びた吉野の手は、股間へと届く。
早くも大きくなり始めている僕の中心を握られ、指でしごかれれば、急速にそれが育つ。
吉野は僕を見て「可愛い」と笑ったあと、下腹部へ顔を埋めてくれた。
滲んだ先走りを舌で舐め取られ、口に含まれ、音を立てて吸いつかれる。
僕は、吉野の洗い晒しの髪にしがみついた。
「待って、待って、あっ、ダメ」
喘いで、喘いで、吉野の腕にしがみついても、止めてはくれない。
なのに。
達しそうになったところで、あからさまに力を抜かれ、イかせてはもらえない。
「はぁはぁ」
息を乱す僕にお構いなく、吉野の行為は、先へ先へと進んでゆく。
咥えるのはもう終わりなのか、今度はローションで充分に濡らされた指が、後ろの孔に入り込もうとする。
根元まで入り込んだ指に異物感を感じるのに、興奮は高まって、身体に力が入ってしまった。
「そんなに締め付けたら、動かせないでしょう」
吉野は僕の気を逸らすかのように、また胸の突起を触ってくれる。
それはムズムズと快楽を誘い、さっきまで咥えられていた中心は、先走りをこぼしている。
更に、後ろに指を入れられると、どんどんと余計なことが考えられなくなって。
「んっ、あっ……」
「気持ちいい?郁三」
コクリコクリと、頷くしかない。
指の数が増やされ、身体がビクンと震える箇所が重点的に擦られるから、甘く高い声が溢れる。
それでもまた、やはりイク寸前に指を抜かれてしまう。
「なんで?ねぇ?よしの……なんで?」
僕の目からよく分からない涙が、一筋流れた。
すると吉野は目尻に唇を寄せ、雫を舐め取ってくれる。
「もう、いちひことセックスすることは無いから。今、俺がしたいのは郁三だけ。ねぇ、挿れていい?」
「それが、まじない?」
「そう。俺と郁三を繋ぐまじない」
「じゃあ、挿れて」
僕にとって、とても勇気がいることだったけれど、引き返すこともできない。
四つん這いになるよう指示をされ素直に従えば、吉野が僕の後ろに滾った中心を当てた。
「力抜いて、郁三。そう、大丈夫。気持ちよくしてあげるから」
熱い塊りが徐々に僕を貫けば、痛みと、圧迫感で呼吸をするのも忘れてしまう。
「息、吐いて。大丈夫、だよ、いくみ」
吉野の声だって、いつもよりずっとずっと余裕が無さそうだ。
腹の中が吉野のモノでいっぱいになって、苦しくて、でも奥には甘い疼きが、確かにある。
「動くよ」
「んぁ、あっ、あーーー」
ゆっくり揺すられただけで、僕は早くもシーツに白濁を放ってしまった。
しかし達した余韻に浸る間もなく、吉野は大きく硬いものを、僕に打ち込んでくる。
「や、ダ、ダメ。あっ、あっ、あっ、んっ、やっ」
強すぎる快楽に、僕はシーツを握りしめ、嬌声をあげ続けた。
身体の奥の熱が、加速するように大きく膨らんでゆく。
「いい、いい、おく、いい……」
頭の中はこの行為のことでいっぱいで、ひたすらに快感に嬲られ、溺れる。
僕の奥深くが、今まで味わったことのないような、甘い痺れに到達した。
自分が中にいる吉野をきつくきつく搾り取るように、締め付けたのがわかる。
それに合わせ、吉野が「んっ」と呻き、僕の中へ吐精した。
指の先も、足の先も気持ちがよくて、僕はそのまま、意識を失うように眠ってしまった。
カーテンの向こうは朝日で明るく、布団の中は暖かい。
大きなベッドの隣を見ると、吉野が裸で眠っていた。
しばらくその美しい顔を眺めていたが、僕の視線を感じたのか、その目がゆっくりと開く。
「郁三さま、おはよう、ございます」
朝がくれば「さま」に戻るのかと可笑しくなって、クスクスと笑う。
「あっ、そうだ。吉野、昨日お誕生日だったの?お祝いもできなくて、ごめんなさい」
「いえ、昨晩は最高の誕生日でしたよ」
吉野の言う最高が何を指しているのか考えると恥ずかしく、目を伏せる。
「可愛い人だ」
布団から伸びてきた腕が僕の頬を撫でた。
「ねぇ、吉野、欲しい物はある?」
「そうですね……」
彼はまだ眠たそうな顔をしている。
「郁三さま、これからも執事としてここに住まわせていただく契約が欲しいです」
そう言って、温かい唇を重ねてくれた。
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仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
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