屑の婚約者が嫌で家出したら幸せになりました

maruko

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8 君の顔を見るのが苦しい

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 マイクは生まれて初めて恋をした。
 23歳にもなって初恋もまだだったマイクが、胸を焦がすほど欲したのはハッシュだった。好きになったきっかけはよくわからない、気づいたらいつも隣にいるハッシュの存在が、マイクの心の中で大きくなっていったのだ。

 ハッシュ・モルトは辺境伯の弟の娘だった。平民のマイクとは身分の差がある。
 だが幸いな事に領主と違い弟の方は騎士爵なので、平民との結婚も許される。

 その日思い切ってマイクはハッシュをデートに誘った。

「ハッシュ、今度港の近くに新しくカフェが出来たらしい。良かったら行かないか?」

「えっ!行きたい!いつ?」

 ハッシュからは手応えのある返事をもらえた、だが次の休みというと途端にシュンと俯いてしまった。

「次の休みは駄目だわ、人と会うの」

「そっか、先約があったならしょうがないよな。じゃあ次の次の休みなんかどうかな?」

「うん、いいよ。マイク誘ってくれてありがとう。私楽しみにしてるから」

 そう言ってハッシュは手を振って帰って行った。
 その週の休みの日、いつものように来週の授業の段取りを付けてから階下に降りると母親に使いを頼まれた。
 キッチンのランプが到頭壊れてしまったという、付きが悪いのは暫く前から分かっていたが限界まで使おうと母は頑なに買い換えなかった。それが今朝芯が切れたらしい。

「マイクのお友達が言ってたライトって言うのを買ってきてよ」

 隣国で開発されたライトというのは、ランプと違い油を必要としない。マイクの勤める学校では早々に辺境伯が全ての教室に設置してくれたのだが、一般的にはまだあまり普及されていない。
 一番のネックが値段の高さだった。半永久的に使えるなら皆無理して買うかもしれないが、何年かに一度は買い替えも必要になると聞けば、やはり躊躇してしまう。
 だがお試し的な物をマイクの友人が安くで買わないかと先日話を持ちかけてくれていたのだ。

 母に頼まれたマイクは行きは急ぎで友人宅でライトを購入して、帰りは散歩がてらゆっくり歩道を歩いていた。

 すると友人宅の近くの食堂に見知った顔を見かけた、窓際に座り笑い会う二人の男女。
 女の人の方はハッシュだった。

 呆然と暫く見ているとハッシュは向かいに座る男の前髪を気安くかき揚げて笑っている。男の方はハッシュに何かを言ってその後ハッシュの手を握った。

 ハッシュの手を握った、握った、握った。
 ハッシュはそれを跳ね除けようともしない。
 二人の親密さは外から見ているだけのマイクでさえひしひしと伝わった。

 マイクはもう見てられなくて走って家に帰った。

 家に帰り母親にライトの使い方を一通り説明する、その間も堪えた。
 何とか母が使えるようになってからは部屋に駆け込み鍵をかける。
 ベットにうつ伏せでダイブして男泣きに泣いた。
 きっと一生分の涙を流したかもしれない。
 初恋と自覚してからの即失恋、きっとハッシュがマイクの誘いを受けたのは、ただ単純にカフェに行ってみたかっただけなのだろう。それなのに俺って浮かれてとまたもや涙。

 本当はカフェの帰り道海岸線を散歩しながら交際を申し込もうと思っていた、でも申し込む前にあんなハッシュを見てしまったから⋯。

 落ち込むマイクはその日の夕食は喉を通らなかった。購入したライトが、これでもかというほど食卓を明るく照らしてくれたのに。

 さて敏い皆様ならお気づきでしょう。
 ハッシュといっしょにいたのはサッシュです!
 彼の話はまた後ほど。

 勘違いしたまま週が始まった。
 教員室でも隣通しのふたり、だがマイクはとてもじゃないがハッシュの顔をまともに見る事ができない。終始俯いてハッシュが話しかけても全て生返事で返していた。

 様子の可怪しいマイクにハッシュは訝しむが、一応無視することなく受け答えはしてくれていたので、何か悩みでも抱えているのだろうか?
 自分で役に立てるなら力になりたい、そう思っていた。

 だから昼休憩のときに声をかけた。

「あっマイク!ねぇ今日一緒に食べない?」

 ランチ用に持ってきたサンドイッチの包をマイクに見せて揺らしながら誘ったが彼は

「今日はあまり体調が良くなくてね、食欲ないから」

 と我体のいいマイクが、簡単に風邪なんか引きそうにもないマイクが、そんなことを言うのをハッシュは初めて聞いた。
 そして気づいた、初めてマイクから昼食の誘いを断られた事に。
 それでもマイクの体調が心配なハッシュ「救護室に行こう」と彼を引っ張って行こうとしたが、それもあっさり断られる。
 そしてマイクは「ちょっとごめん」そう言ってハッシュの前から居なくなった。
 ハッシュは呆然と教員室で立ち尽くしていた。

 一方マイクは自分が不自然な事をしている事には気づいていた。
 だが本当にハッシュを見ているだけで昨日の光景が蘇り胸が張り裂けそうになるのだ。食事なんて喉を通るわけがない。喩えハッシュと一緒に食べたとしても。いや今はハッシュと食べると考えただけで苦しい。

 ハッシュの顔を見るのが辛い⋯。

 マイクはその日からハッシュを避けるようになった。





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