8 / 12
8 君の顔を見るのが苦しい
しおりを挟む
マイクは生まれて初めて恋をした。
23歳にもなって初恋もまだだったマイクが、胸を焦がすほど欲したのはハッシュだった。好きになったきっかけはよくわからない、気づいたらいつも隣にいるハッシュの存在が、マイクの心の中で大きくなっていったのだ。
ハッシュ・モルトは辺境伯の弟の娘だった。平民のマイクとは身分の差がある。
だが幸いな事に領主と違い弟の方は騎士爵なので、平民との結婚も許される。
その日思い切ってマイクはハッシュをデートに誘った。
「ハッシュ、今度港の近くに新しくカフェが出来たらしい。良かったら行かないか?」
「えっ!行きたい!いつ?」
ハッシュからは手応えのある返事をもらえた、だが次の休みというと途端にシュンと俯いてしまった。
「次の休みは駄目だわ、人と会うの」
「そっか、先約があったならしょうがないよな。じゃあ次の次の休みなんかどうかな?」
「うん、いいよ。マイク誘ってくれてありがとう。私楽しみにしてるから」
そう言ってハッシュは手を振って帰って行った。
その週の休みの日、いつものように来週の授業の段取りを付けてから階下に降りると母親に使いを頼まれた。
キッチンのランプが到頭壊れてしまったという、付きが悪いのは暫く前から分かっていたが限界まで使おうと母は頑なに買い換えなかった。それが今朝芯が切れたらしい。
「マイクのお友達が言ってたライトって言うのを買ってきてよ」
隣国で開発されたライトというのは、ランプと違い油を必要としない。マイクの勤める学校では早々に辺境伯が全ての教室に設置してくれたのだが、一般的にはまだあまり普及されていない。
一番のネックが値段の高さだった。半永久的に使えるなら皆無理して買うかもしれないが、何年かに一度は買い替えも必要になると聞けば、やはり躊躇してしまう。
だがお試し的な物をマイクの友人が安くで買わないかと先日話を持ちかけてくれていたのだ。
母に頼まれたマイクは行きは急ぎで友人宅でライトを購入して、帰りは散歩がてらゆっくり歩道を歩いていた。
すると友人宅の近くの食堂に見知った顔を見かけた、窓際に座り笑い会う二人の男女。
女の人の方はハッシュだった。
呆然と暫く見ているとハッシュは向かいに座る男の前髪を気安くかき揚げて笑っている。男の方はハッシュに何かを言ってその後ハッシュの手を握った。
ハッシュの手を握った、握った、握った。
ハッシュはそれを跳ね除けようともしない。
二人の親密さは外から見ているだけのマイクでさえひしひしと伝わった。
マイクはもう見てられなくて走って家に帰った。
家に帰り母親にライトの使い方を一通り説明する、その間も堪えた。
何とか母が使えるようになってからは部屋に駆け込み鍵をかける。
ベットにうつ伏せでダイブして男泣きに泣いた。
きっと一生分の涙を流したかもしれない。
初恋と自覚してからの即失恋、きっとハッシュがマイクの誘いを受けたのは、ただ単純にカフェに行ってみたかっただけなのだろう。それなのに俺って浮かれてとまたもや涙。
本当はカフェの帰り道海岸線を散歩しながら交際を申し込もうと思っていた、でも申し込む前にあんなハッシュを見てしまったから⋯。
落ち込むマイクはその日の夕食は喉を通らなかった。購入したライトが、これでもかというほど食卓を明るく照らしてくれたのに。
さて敏い皆様ならお気づきでしょう。
ハッシュといっしょにいたのはサッシュです!
彼の話はまた後ほど。
勘違いしたまま週が始まった。
教員室でも隣通しのふたり、だがマイクはとてもじゃないがハッシュの顔をまともに見る事ができない。終始俯いてハッシュが話しかけても全て生返事で返していた。
様子の可怪しいマイクにハッシュは訝しむが、一応無視することなく受け答えはしてくれていたので、何か悩みでも抱えているのだろうか?
自分で役に立てるなら力になりたい、そう思っていた。
だから昼休憩のときに声をかけた。
「あっマイク!ねぇ今日一緒に食べない?」
ランチ用に持ってきたサンドイッチの包をマイクに見せて揺らしながら誘ったが彼は
「今日はあまり体調が良くなくてね、食欲ないから」
と我体のいいマイクが、簡単に風邪なんか引きそうにもないマイクが、そんなことを言うのをハッシュは初めて聞いた。
そして気づいた、初めてマイクから昼食の誘いを断られた事に。
それでもマイクの体調が心配なハッシュ「救護室に行こう」と彼を引っ張って行こうとしたが、それもあっさり断られる。
そしてマイクは「ちょっとごめん」そう言ってハッシュの前から居なくなった。
ハッシュは呆然と教員室で立ち尽くしていた。
一方マイクは自分が不自然な事をしている事には気づいていた。
だが本当にハッシュを見ているだけで昨日の光景が蘇り胸が張り裂けそうになるのだ。食事なんて喉を通るわけがない。喩えハッシュと一緒に食べたとしても。いや今はハッシュと食べると考えただけで苦しい。
ハッシュの顔を見るのが辛い⋯。
マイクはその日からハッシュを避けるようになった。
23歳にもなって初恋もまだだったマイクが、胸を焦がすほど欲したのはハッシュだった。好きになったきっかけはよくわからない、気づいたらいつも隣にいるハッシュの存在が、マイクの心の中で大きくなっていったのだ。
ハッシュ・モルトは辺境伯の弟の娘だった。平民のマイクとは身分の差がある。
だが幸いな事に領主と違い弟の方は騎士爵なので、平民との結婚も許される。
その日思い切ってマイクはハッシュをデートに誘った。
「ハッシュ、今度港の近くに新しくカフェが出来たらしい。良かったら行かないか?」
「えっ!行きたい!いつ?」
ハッシュからは手応えのある返事をもらえた、だが次の休みというと途端にシュンと俯いてしまった。
「次の休みは駄目だわ、人と会うの」
「そっか、先約があったならしょうがないよな。じゃあ次の次の休みなんかどうかな?」
「うん、いいよ。マイク誘ってくれてありがとう。私楽しみにしてるから」
そう言ってハッシュは手を振って帰って行った。
その週の休みの日、いつものように来週の授業の段取りを付けてから階下に降りると母親に使いを頼まれた。
キッチンのランプが到頭壊れてしまったという、付きが悪いのは暫く前から分かっていたが限界まで使おうと母は頑なに買い換えなかった。それが今朝芯が切れたらしい。
「マイクのお友達が言ってたライトって言うのを買ってきてよ」
隣国で開発されたライトというのは、ランプと違い油を必要としない。マイクの勤める学校では早々に辺境伯が全ての教室に設置してくれたのだが、一般的にはまだあまり普及されていない。
一番のネックが値段の高さだった。半永久的に使えるなら皆無理して買うかもしれないが、何年かに一度は買い替えも必要になると聞けば、やはり躊躇してしまう。
だがお試し的な物をマイクの友人が安くで買わないかと先日話を持ちかけてくれていたのだ。
母に頼まれたマイクは行きは急ぎで友人宅でライトを購入して、帰りは散歩がてらゆっくり歩道を歩いていた。
すると友人宅の近くの食堂に見知った顔を見かけた、窓際に座り笑い会う二人の男女。
女の人の方はハッシュだった。
呆然と暫く見ているとハッシュは向かいに座る男の前髪を気安くかき揚げて笑っている。男の方はハッシュに何かを言ってその後ハッシュの手を握った。
ハッシュの手を握った、握った、握った。
ハッシュはそれを跳ね除けようともしない。
二人の親密さは外から見ているだけのマイクでさえひしひしと伝わった。
マイクはもう見てられなくて走って家に帰った。
家に帰り母親にライトの使い方を一通り説明する、その間も堪えた。
何とか母が使えるようになってからは部屋に駆け込み鍵をかける。
ベットにうつ伏せでダイブして男泣きに泣いた。
きっと一生分の涙を流したかもしれない。
初恋と自覚してからの即失恋、きっとハッシュがマイクの誘いを受けたのは、ただ単純にカフェに行ってみたかっただけなのだろう。それなのに俺って浮かれてとまたもや涙。
本当はカフェの帰り道海岸線を散歩しながら交際を申し込もうと思っていた、でも申し込む前にあんなハッシュを見てしまったから⋯。
落ち込むマイクはその日の夕食は喉を通らなかった。購入したライトが、これでもかというほど食卓を明るく照らしてくれたのに。
さて敏い皆様ならお気づきでしょう。
ハッシュといっしょにいたのはサッシュです!
彼の話はまた後ほど。
勘違いしたまま週が始まった。
教員室でも隣通しのふたり、だがマイクはとてもじゃないがハッシュの顔をまともに見る事ができない。終始俯いてハッシュが話しかけても全て生返事で返していた。
様子の可怪しいマイクにハッシュは訝しむが、一応無視することなく受け答えはしてくれていたので、何か悩みでも抱えているのだろうか?
自分で役に立てるなら力になりたい、そう思っていた。
だから昼休憩のときに声をかけた。
「あっマイク!ねぇ今日一緒に食べない?」
ランチ用に持ってきたサンドイッチの包をマイクに見せて揺らしながら誘ったが彼は
「今日はあまり体調が良くなくてね、食欲ないから」
と我体のいいマイクが、簡単に風邪なんか引きそうにもないマイクが、そんなことを言うのをハッシュは初めて聞いた。
そして気づいた、初めてマイクから昼食の誘いを断られた事に。
それでもマイクの体調が心配なハッシュ「救護室に行こう」と彼を引っ張って行こうとしたが、それもあっさり断られる。
そしてマイクは「ちょっとごめん」そう言ってハッシュの前から居なくなった。
ハッシュは呆然と教員室で立ち尽くしていた。
一方マイクは自分が不自然な事をしている事には気づいていた。
だが本当にハッシュを見ているだけで昨日の光景が蘇り胸が張り裂けそうになるのだ。食事なんて喉を通るわけがない。喩えハッシュと一緒に食べたとしても。いや今はハッシュと食べると考えただけで苦しい。
ハッシュの顔を見るのが辛い⋯。
マイクはその日からハッシュを避けるようになった。
47
あなたにおすすめの小説
これで、私も自由になれます
たくわん
恋愛
社交界で「地味で会話がつまらない」と評判のエリザベート・フォン・リヒテンシュタイン。婚約者である公爵家の長男アレクサンダーから、舞踏会の場で突然婚約破棄を告げられる。理由は「華やかで魅力的な」子爵令嬢ソフィアとの恋。エリザベートは静かに受け入れ、社交界の噂話の的になる。
『龍の生け贄婚』令嬢、夫に溺愛されながら、自分を捨てた家族にざまぁします
卯月八花
恋愛
公爵令嬢ルディーナは、親戚に家を乗っ取られ虐げられていた。
ある日、妹に魔物を統べる龍の皇帝グラルシオから結婚が申し込まれる。
泣いて嫌がる妹の身代わりとして、ルディーナはグラルシオに嫁ぐことになるが――。
「だからお前なのだ、ルディーナ。俺はお前が欲しかった」
グラルシオは実はルディーナの曾祖父が書いたミステリー小説の熱狂的なファンであり、直系の子孫でありながら虐げられる彼女を救い出すために、結婚という名目で呼び寄せたのだ。
敬愛する作家のひ孫に眼を輝かせるグラルシオ。
二人は、強欲な親戚に奪われたフォーコン公爵家を取り戻すため、奇妙な共犯関係を結んで反撃を開始する。
これは不遇な令嬢が最強の龍皇帝に溺愛され、捨てた家族に復讐を果たす大逆転サクセスストーリーです。
(ハッピーエンド確約/ざまぁ要素あり/他サイト様にも掲載中)
もし面白いと思っていただけましたら、お気に入り登録・いいねなどしていただけましたら、作者の大変なモチベーション向上になりますので、ぜひお願いします!
婚約破棄された氷の令嬢 ~偽りの聖女を暴き、炎の公爵エクウスに溺愛される~
ふわふわ
恋愛
侯爵令嬢アイシス・ヴァレンティンは、王太子レグナムの婚約者として厳しい妃教育に耐えてきた。しかし、王宮パーティーで突然婚約破棄を宣告される。理由は、レグナムの幼馴染で「聖女」と称されるエマが「アイシスにいじめられた」という濡れ衣。実際はすべてエマの策略だった。
絶望の底で、アイシスは前世の記憶を思い出す――この世界は乙女ゲームで、自分は「悪役令嬢」として破滅する運命だった。覚醒した氷魔法の力と前世知識を武器に、辺境のフロスト領へ追放されたアイシスは、自立の道を選ぶ。そこで出会ったのは、冷徹で「炎の公爵」と恐れられるエクウス・ドラゴン。彼はアイシスの魔法に興味を持ち、政略結婚を提案するが、実は一目惚れで彼女を溺愛し始める。
アイシスは氷魔法で領地を繁栄させ、騎士ルークスと魔導師セナの忠誠を得ながら、逆ハーレム的な甘い日常を過ごす。一方、王都ではエマの偽聖女の力が暴かれ、レグナムは後悔の涙を流す。最終決戦で、アイシスとエクウスの「氷炎魔法」が王国軍を撃破。偽りの聖女は転落し、王国は変わる。
**氷の令嬢は、炎の公爵に溺愛され、運命を逆転させる**。
婚約破棄の屈辱から始まる、爽快ザマアと胸キュン溺愛の物語。
あなたの幸せを、心からお祈りしています【宮廷音楽家の娘の逆転劇】
たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」
宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。
傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。
「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」
革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。
才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。
一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。
完 さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
水鳥楓椛
恋愛
わたくし、エリザベート・ラ・ツェリーナは今日愛しの婚約者である王太子レオンハルト・フォン・アイゼンハーツに婚約破棄をされる。
なんでそんなことが分かるかって?
それはわたくしに前世の記憶があるから。
婚約破棄されるって分かっているならば逃げればいいって思うでしょう?
でも、わたくしは愛しの婚約者さまの役に立ちたい。
だから、どんなに惨めなめに遭うとしても、わたくしは彼の前に立つ。
さぁ、悪役令嬢のお役目の時間よ。
不謹慎なブス令嬢を演じてきましたが、もうその必要はありません。今日ばっかりはクズ王子にはっきりと言ってやります!
幌あきら
恋愛
【恋愛ファンタジー・クズ王子系・ざまぁ】
この王子との婚約ばっかりは拒否する理由がある――!
アレリア・カッチェス侯爵令嬢は、美麗クズ王子からの婚約打診が嫌で『不謹慎なブス令嬢』を装っている。
しかしそんな苦労も残念ながら王子はアレリアを諦める気配はない。
アレリアは王子が煩わしく領内の神殿に逃げるが、あきらめきれない王子はアレリアを探して神殿まで押しかける……!
王子がなぜアレリアに執着するのか、なぜアレリアはこんなに頑なに王子を拒否するのか?
その秘密はアレリアの弟の結婚にあった――?
クズ王子を書きたくて、こんな話になりました(笑)
いろいろゆるゆるかとは思いますが、よろしくお願いいたします!
他サイト様にも投稿しています。
婚約者と従妹に裏切られましたが、私の『呪われた耳』は全ての嘘をお見通しです
法華
恋愛
『音色の魔女』と蔑まれる伯爵令嬢リディア。婚約者であるアラン王子は、可憐でか弱い従妹のセリーナばかりを寵愛し、リディアを心無い言葉で傷つける日々を送っていた。
そんなある夜、リディアは信じていた婚約者と従妹が、自分を貶めるために共謀している事実を知ってしまう。彼らにとって自分は、家の利益のための道具でしかなかったのだ。
全てを失い絶望の淵に立たされた彼女だったが、その裏切りこそが、彼女を新たな出会いと覚醒へと導く序曲となる。
忌み嫌われた呪いの力で、嘘で塗り固められた偽りの旋律に終止符を打つ時、自分を裏切った者たちが耳にするのは、破滅へのレクイエム。
これは、不遇の令嬢が真実の音色を見つけ、本当の幸せを掴むまでの逆転の物語。
婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜
夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」
婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。
彼女は涙を見せず、静かに笑った。
──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。
「そなたに、我が祝福を授けよう」
神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。
だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。
──そして半年後。
隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、
ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。
「……この命、お前に捧げよう」
「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」
かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。
──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、
“氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる