ミリアーナの恋人

maruko

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 その部屋には教会の面接室のような机と椅子ではなくてソファとテーブルが置かれていた。
 なんの部屋だろう?ミリナはそう思った。部屋は茶系の色で統一されていた。壁に飾られているのは教会の物よりも大きな絵、窓の端に纏められたカーテンは薄い茶色のカーテンとベージュのレースカーテンのようで、カーテンが2重という贅沢をしている事にミリナは目を丸くする。その窓からチラリと見える庭は花畑のようだった。あんなの見たことない!
 戸惑い乍らソファに座らせられた、しかもさっきの大奥様と呼ばれる人の隣に。
 何だか落ち着かなくて部屋の中を只管キョロキョロ見回してしまっている、その様子を大奥様が見ている事に気づいてミリナは恥ずかしくて真っ赤になった。

「本当にソフィアにそっくりね、吃驚したわ」

 またもや知らない名前が出てミリナは首を傾げた。その様子に大奥様はクスッと笑った。その笑いは馬鹿にした感じではなくて微笑ましいという感じでミリナは何だかホッとするのだった。

「ソフィアは貴方の母親の名前よ」

 大奥様はミリナに教えてくれた。思わずミリナは自分の口に両手を当てる、初めて聞く母の名前だ。母の事を一つ知った感激で胸が熱くなった。

「大奥様、お嬢様はミリナ様と名乗っておりました」

 控えていたサラが大奥様に告げると彼女は一瞬驚いていたが、溜息をつきながら再びミリナの方を見やる。

「貴方には本名を教えておくように言っていたのだけど。預ける人選を間違えたわね」

「左様に」

 大奥様とサラの掛け合いにミリナは意味もわからず流すように聞いていた。

「貴方の本当の名前はミリアーナと言うのよ」

「⋯ミリアーナ」

 ミリナは教えられてそのまま噛み砕くように呟く。

「そうよ、ミリアーナ・ルクオート・ファンデル。ファンデルはルクオートの持っていた爵位の一つで子爵家なの。そこにソフィアの兄の娘として届けられているわ」

 ただのミリナだったのに急に長い名前を聞かされて驚いたのもあるが、覚えられるかな?とミリナは率直にそう思った。

「私は貴方の祖母よ、今は義理の息子が跡を継いだから周りからは前ルクオート侯爵夫人と呼ばれているわ」

「お祖母さん?」

 ミリナもといミリアーナが聞き返すと嬉しそうに祖母は頭を撫でてくれた。

「事情があって貴方を側に置けなくてごめんなさい、きっと辛い事もあったのでしょう。あの男が引っ越して何処に行ったのか分からなくてね。でも元より訊ねることは出来なかったのだけど」

 ミリアーナの頭を撫で続けながら祖母がその事情を話してくれた。


 ◇◇◇


 今から21年前ソフィアが15歳の時、彼女は突然行方不明になった。
 近衛まで総動員して探したが彼女の行方は杳として知れずアリーラ(祖母)やルクオート侯爵は絶望に叩き落とされる。
 ソフィアはルクオート侯爵家の長女で王国の第二王子の婚約者だった。その事もあり近衛を動かせたのだが、ソフィアの行方はいつまで経っても分からなかった。
 それが突然見つかったと連絡が入り迎えに行くとソフィアは妊娠していた、そして記憶を失っていた。それが今から17年前の事だった。
 報せをくれたのはこの国の南側に位置する領の辺境伯だった。ソフィアは領内の港で倒れていたそうで、持ち物の中にブローチがありその家紋からルクオート侯爵家に知らせを入れたという経緯だった。

 空白の4年をソフィアに訊ねたが彼女は怯えてしまって何も話してはくれなかったし、自分が貴族の娘であることも認めなかった。ただ名前はソフィアで通じた。
 侯爵家に帰ってきて程なくして陣痛が始まってしまい子供を産んだのだが、難産で産んだあと3日間ソフィアは生死の境を彷徨った。
 なんとか回復したけれど目覚めたソフィアは記憶を取り戻していたが、記憶喪失だった時の記憶を失っていた。

「貴方を妊娠していた事も産んだ事もソフィアは認めなかったの。自分は学園でアイリスと歩いていた時に急に何かで口を押さえられて真っ暗になって目覚めたら今だと言うのよ。あの子の中ではまだ自分が15歳のままだったの」

 アイリスというのは伯爵家の娘で、ソフィアの親友だと教えてくれた。その伯爵家はソフィアが見つかる2年前に没落していた。

 手がかりが何もない状態で産まれたばかりの赤ん坊を如何するか、アリーラと侯爵は悩んだ。このままソフィアに育てさせるのも彼女が拒否をしている以上無理だった。それにソフィアは行方不明の間、表向きは病気療養で領地にいる事になっていた。

「貴族ってね、体面が一番重要なの。本当の事を知ってる者はいるかもしれないけれど、侯爵家が表向きを取り繕えないというのは周りから侮られても仕方がないのよ。だからソフィアは行方不明というのは隠し通されたし、のではなく病気が治ったって事にしないといけなかったの」

 悲しそうにアリーラは呟いた。

「貴方の伯父であるライヤは子供の頃から体が弱くてね、ずっと寝たきりだったのよ。その時にねライヤが僕の子として届けようって言ってくれて⋯っ」

 そこからは祖母のアリーラは涙が堪えきれなくて話せなくなった。その後はサラがミリアーナに説明してくれた。

「旦那様はミリアーナ様を孤児院へと仰ってました、ですがライヤ様と大奥様がそれを反対されて、かなり揉めたのです。でも到頭旦那様は折れて下さって、ただライヤ様は未婚でしたから私の娘と結婚したことにして、ルクオート侯爵家の従属爵位を継承されてミリアーナ様を二人の子として届けたのです」

「⋯⋯でも」

 では如何してミリアーナは平民として暮らしていたのだろうか?それに父は健康そうにみえた。

「あの男はライヤ様ではございません。私どもが用意した養い親です」

「⋯⋯⋯⋯っ」

 胸が痛かった、苦しい。ミリアーナは思わず胸を押さえる。父ではなかった、愛されない娘と分かったけれど愛されるわけがないのだ、赤の他人なのだから。そんなミリアーナを見てサラはハンカチを渡してくれた。いつの間にか涙が出ていたようだ。

「ライヤ様はミリアーナ様の4歳の時に持病の悪化で亡くなりました。その時に大奥様もお倒れになってしまって、お体が無理することが出来なくなってしまったのです」

「ライヤ様も居らず奥様も丈夫でない状態でした、ソフィア様も居なくなり旦那様は遠い親戚から養子を迎えて侯爵家の存続をお決めになったのです。そうしますればミリアーナ様の存在が侯爵家で異質になってしまわれます、何故ならライヤ様が子を成したことも結婚したことも侯爵家内だけで済ませておりまして親戚にも発表しておりません。養子が来れば誤魔化せなくなります。ですので旦那様がまたしても孤児院へと仰ってそれは止められませんでした」

「旦那様が孤児院へミリアーナ様を入れたあと密かに私どもが大奥様の命で引き取りまして、あの男に預ける事になりました。その時に大奥様はミリアーナ様にブローチを差し上げたのです」

「⋯⋯⋯あの時」

「ミリアーナ様は覚えておられるんですか?まだ5歳でしたが」

「なんとなく覚えていたの、その時に困った事があったり本当の事が知りたかったら訪ねてきてっ言われたのを」

「まぁ!」

 泣いていたアリーラは顔を上げて驚いていた。

「それは少しだけ違うけれど、よく覚えていたわね」

「えっ?違うんですか?」

「貴方を預けたのはセルヴィという男なのだけど」

「あの、お父さんっていうかお父さんと思ってた人はルースと言ってました」

 父はミリアーナに偽名を教えていたようだ。それもミリアーナには悲しかった。

「まぁルースだなんて!あの男不敬罪で捕まえようかしら」

 祖母が憤ってるのを見てミリアーナは言わなければ良かったなとほんのちょっぴりだけ思った。



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