ミリアーナの恋人

maruko

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 雨音が激しくなる。
 ソファで瞑想していたミリアーナは、その音で集中出来なくなった。
 一旦気が散ってしまうと、外から聞こえる窓を打つ雨の音よりも、室内のイライラと歩き回るユノの足捌きのほうが大きく聞こえてきた。
 ミリアーナは思わず声を荒げた。

「いい加減にしてくれないかしら」

 部屋の厚手の絨毯を、ザッザッと音がするほど引き摺るように歩き回っていた足音がミリアーナの声でピタリと止まった。
 そしてあろうことかその音のヌシは自身が仕えるあるじに食って掛かるという愚行に出た。

「はっ!お気楽なお嬢様はよろしゅうございますね、なぁんにも悩みなどないご様子で。貴方の愚行でが、前侯爵夫人に叱責を受けているのですよ。落ち着いてなどいられるわけがない!」

 ん?っとミリアーナは思った。
 ユノが何を言っているのか理解するまでに少しの時間を擁してしまった、だから反撃に半歩ほど遅れを取った。ユノは言葉を返さず固まるミリアーナに、侮蔑な視線を投げかけながら尚も続けた。

「貴方を見てると本当にイライラするわ!どうして礼儀も何もなっちゃいないに私が付かなきゃいけないの?この私が!私よりも貴方が優れている所があるなら教えてよ!しかも!ルーカス様と何度も会っていたなんて!本当に平民って節操がないのね!」

 ユノは興奮して段々声が大きくなっていたのだが、本人は全く気づかない。
 ミリアーナは益々ユノが何を言ってるのか意味を考えあぐねていた。

 シャルウィットと会う時はユノを同行していない。シャルウィット本人から丁重な言葉で噛み砕くように手紙に認められていたのだが、要約すると二度とユノを自分の視界に入れてほしくないとの嘆願であったから、アリーラが同行させなかったのだ。

 それにも関わらずシャルウィットと会ったその後のを何故ユノが知っているのだろうか?そして仮にもこの屋敷で使用人として働く彼女が、屋敷の主の孫であるミリアーナに、そんな言葉をと思えているのだろうか?

 ミリアーナは貴族として学んできた事が、根底から覆りそうなユノの態度に、疑問符とともに頭が全く付いていけなかった、ただただ困惑して最初にユノに放った言葉の勢いも失ってしまっていた。

 その時、ノックの音が雨音よりもユノの怒声よりも大きく激しく響いた。

「誰?」
「お嬢様、入ります」

 ミリアーナの声に間髪入れず返して来て、返事も待たずに入ってきたのはサラだった。そしてその彼女の後ろには、見覚えのない少し恰幅の良い紳士と、この家の執事が続いて入ってきた。

「お嬢様、ご無礼をお許しくださいませ」

 ミリアーナの側に来るとサラは恭しく頭を下げて謝罪をして、その後ろにいた紳士を紹介しようとしたからミリアーナはソファから立ち上がった。

「お嬢様こちらはリーガン子爵です」
「⋯⋯ヒッ」

 執事の声に挨拶をしようとしたミリアーナよりも先に、背後から息をのんだのか息を吐いたのか、どちらか分からないような引き攣った声が聞こえた。
 訝しく思い振り返るとそこには顔面蒼白なユノの姿があった。先程までいや、たった今までの勢いはどこに行ったのかという程にユノは狼狽えていた。

 そんなユノの狼狽えよりもミリアーナが驚いたのは、いつの間にかリーガン子爵がユノの前に立ちその右手を振り上げて、それを勢い良く彼女の左頬に打ち付けた事だった。

 恰幅の良いリーガン子爵だからなのか、ユノが華奢な体付きだからなのか、物凄い勢いでユノは壁に打ち付けられそのまま気を失ってしまった。

 立ったままその光景を目にしたミリアーナはあまりの事に「ヒッ!」と小さな声を出し、それを隠すように両手で口元を押さえた。

 そのミリアーナにリーガン子爵は深々と頭を下げた。ミリアーナはまだ自分が自己紹介してない事には気づいていたが、このタイミングでしてもいいのだろうかと迷っていた。
 気を失ったユノを気遣う言葉は少しも浮かばなかった。

「ミリアーナ様、この度は不肖の娘が愚行と暴言を重ねてしまいまして、誠に申し訳ございません。この娘は直ぐに連れて帰ります、本人からのお詫びは後日にて。本日はこのまま失礼させて頂きます」

 そう捲し立ててユノを縦抱きに抱えて部屋を出て行った。
 嵐のように罵られ、嵐のように入室され、嵐のように去っていった父娘をミリアーナは呆然と見送った。
 だが、それよりもさらに驚愕したのは彼らが退出したあとのサラと執事の言葉だった。

「ご自分で指示を出していたのに歩が悪くなると娘のせいですか、全く恥知らずな男だ」

「本当に、あの男に育てられたらまぁああなりますわね」

 ミリアーナは益々混乱するのだった。




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