【本編完結】婚約を解消いたしましょう

maruko

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第二章 アトルス王国にて

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 その時計台は王都の端の小高い丘に設置されている。朝昼夕には大きな鐘の音を響かせて王都民に時を告げるのが仕事だった。王都民達はその荘厳な響きに振り向くと、高く遠くに見える時計台が見守っているように感じていた。

 設置されてかなりの年月“時計”は只管に仕事を熟していたが、中にある時を刻む機械と支える土台の老朽化が進んでしまって、そろそろ引退を迎えるのだとユリアーナは教えてもらった。

 来月この時計台は一度取り壊される。そして新しい時計台を建立するのだと、新しい時の刻みが始まるのだと、そう聞いた時、ユリアーナは何だかとってもロマンティックだと感じた。

 その新しい時の為に、先立って大きな鐘だけが外されて低い位置に移動していた。鐘だけを置く為に作られた建物は通常よりも少し大きめなガゼボを思わせた。

 ガゼボの中はその鐘のみ、来月から始まる工事の邪魔にならないようにと時計台の場所から離れた位置にあるからか、ポツンという表現がぴったりの様相だ。

 ユリアーナはそこよりも少し離れた位置にあるベンチで待つように言われた。
 そこでユリアーナは一人で反省会をしていた。
 心の反省会だ。

 一年前、ユリアーナはオスカーから婚約の解消を願われた。幼い淡い初恋だったオスカーは再会してユリアーナの心に強い思いを3年もの間刻んでしまい、最後は苦い思い出に変わった。
 でもそれもこの一年でまた綺麗な思い出に戻ってくれた。
 それが他の人の思いを踏み躙った結果だったのかもしれないと、一年前のマリアンナの気持ちがこうだったのかな、とユリアーナは確かめようのない気持ちで只反省し願っていた。

 (お願い、言ってはだめよ)

 通常よりも大きなガゼボの近くには男女が一組向かい合っている。その邪魔をしないようにと離れたベンチに座るユリアーナは、ポツンという表現を今は鐘から奪ってしまっていた。

「婚約を解消いたしましょう」

 小高い丘に吹く風は、静かに優しく、一人ベンチに座るユリアーナの頬を撫でながら、その言葉までもさらっと届けて、ユリアーナの願いは届かなかった事を知らせてくれた。


 ◇◇◇


 汽車を降りた時、ユリアーナは思わずキョロキョロと辺りを見回していた。到着の時間は手紙で連絡済みだったから、てっきりホームに迎えが来ていると期待していた。

 だが喧騒に包まれたホームでユリアーナ達に声を掛けてくれる人は居なかった。
 義母とアイコンタクトで頷いて動こうとした時に、漸く声がかけられたが、それはユリアーナの期待の声ではなかった。

「落としましたよ」

「えっ?」

 振り向くとユリアーナと同じか少し年下に見える女性が、ハンカチを手に立っていた。
 手にしたハンカチを見てユリアーナは自分の旅行鞄を見た。鞄の取手部分に結んでいたハンカチが結び目が解けて外れたようだった。

「ありがとうございます」

「いえ」

 紫色のストレートヘアーに黒い瞳の女性は、着ている服は庶民に見えるが、その所作は洗練して見えて貴族の子女だとユリアーナは観察した。

「お礼を」

「いえ見かけて拾っただけですからお気になさらずに」

 ユリアーナ達のやり取りを見て義母が女性にお礼を申し出たが、丁寧に頭を下げられ辞退された。
 そうしてもう一度ペコリと礼をして、ユリアーナ達のいたホームよりも、後ろの車輌部分へと歩いて行った。

「綺麗な人だったわね、それに貴族の方ね」

「そうですわね」

「お義姉様、これでよろしいですか?」

 見るとマリアンナは、ユリアーナの手からいつの間にかハンカチを取って、同じ位置に結んでくれていた。

「マリアンナありがとう」

「しっかり結びました」

 ユリアーナのお礼が照れ臭かったのか、少し俯いているマリアンナの耳は赤く染まっていた。

「ふふ、お迎えは外かもしれないわね。行きましょう」

 ユリアーナの声に義母とマリアンナも頷いて三人で改札を抜けた。
 するとやはり外で待っていたようで、幼い頃から何度も額縁を撫でて涙した絵姿のままの母が、ユリアーナに飛びついてきた。

「ユリアーナ!会いたかった!」

 抱きついた母はユリアーナより少し背が高くて、父ユリシーズと並ぶとお似合いな二人だったのだなと容易く想像できた。

 でも抱きついた体を離した今の顔は泣き顔で、それは自分を鏡で見ているような不思議な気分になった。

「初めまして」

 物心付いて会ったことのなかった母に会えた事で、呆けていたユリアーナがなかなか紹介しないのに痺れを切らした母が、いつの間にか義母に挨拶し始めていた。

「あっ初めましてエリーヌと申します、こちらは娘のマリアンナです」

「初めまして、マリアンナ・ロッ、です」

「初めまして、私もエリーヌです。ふふロッサルトと仰ってよろしいのよ。そんなに気を使わないで」

 どうやらマリアンナは姓を言うのを憚れると思ったらしい。だがまだマリアンナはロッサルト公爵家の娘だ、躊躇いなく名乗ってもいいのに、とユリアーナはマリアンナらしいなと思った。

「イザベラがお世話になっています、前回アトルスこちらに来た時は、ご不在でしたので挨拶が遅くなり申し訳ありません」

「それも気にしないで、あの時は外交でこの国に居なかったのですもの。奥様に言うのも何ですけどロッサルト公爵に頼まれたからには、イザベラの矯正はしっかりとやらせてもらいました、今後もお任せください。こういうのは他人の方がよろしいのよ、きっと。親には子も甘えてしまいますものね」
 
「お嬢様」

 改札近くでやり取りをしている女4人に、スッキリとした紺色のスーツの男性が声をかけた。

「あらっ何時までもこんな所に立たせてしまったわ、ごめんなさいね。どうぞ馬車にお乗りになって」

 先程声をかけたのはどうやら母の実家の執事だったようだ。
 馬車に乗る際に手を貸してくれた時、ユリアーナを優しい目で見つめてくれた。

 それが懐かしいと何故かユリアーナは感じるのだった。





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