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第三章 葛藤
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sideショーズ侯爵
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「紫の髪色の娘が産まれたら気を付けるんだ、絶対に」
それは妻との結婚式で義兄に言われた忠告だった。
その言葉を思い出せたのは妻の臨終の時だった。
最愛の人と婚姻できた幸せに私は浮かれて、義兄の忠告をすっかり忘れていた。
妻と出会ったのは私が18の時だった。
ショーズ侯爵家の主な生業は織物だった。領地にいた他国の移民が伝えてくれた技法で織る織物は見事な品で、王家にも覚えが目出たかった。長い年月その技術はショーズ侯爵家の専売特許で侯爵家を潤し続けてきてくれた。
だがある時その技法が他領へと流れた、私の祖父の時代だった。
そしてその恩恵に胡座をかいていた我が家の先祖は誰一人と思い至らなかった、数十年前に特許の申請制度の法律がアトルスで確立されていた事を。侯爵家の技法によもや誰も手出しなど出来ない等と、根拠のない自信から特許を取る事を怠った。
そうして長い年月我が侯爵家のみが扱うことの出来た織物の技法が、一夜にして二度と使う事のできない物になった。
そうして我がショーズ侯爵家は徐々に衰退していった。
父の代までは何とかそれまでの蓄えでどうにかなる予定でも私の代では?
そんな危機感から私は我が領地で他に栄える物はないかを模索した。その為の見聞を広げる為に他国へもよく出かけるようになった。
アトルス王国は3つの国と隣接している。
北にライレーン、南にソドワ、西にカルスト。
どの国にも行ったが私はカルストで光明を得た、それが製紙業との出会いだった。
カルストで見た紙を製造する植物が我が領地にもある事を知り、私は教えを乞うた。
その家では手作りでも紙を作っていたが、機械も開発していた。それに目を付けた私だったが、やはりおいそれとは教えてもらえなかった。だが私は必死だった。自分の代で、ただ領地が何の手立てもないままに廃れていく未来が見える。だから何度も何度も食い下がった。そして私の熱意に折れた当主に出された妥協案が、自身の娘との婚姻で両家が結びつくなら如何かと提案された、そして見合わされたのが後の妻だった。
私はその美しさに一瞬で魅了された。
彼女は私よりも3歳も年上で、何故こんなにも綺麗な人が婚期を逃しているのか不思議だったが、調べると4年ほど前に婚約者と婚約破棄をしたばかりに疵物と呼ばれ縁遠くなっていたらしい。
私は直ぐ様アトルスに帰り長年婚約していた家との婚約解消を父に願った。
最初は渋った父上だったが、私の今後を案じてもくれていたから、やはり製紙業に興味を示し妻との婚姻も認めてくれた。
結婚式は先にカルストで行い、初夜もその日に済ませた。
その時はまだ義兄の忠告は覚えていた。
だが二人で新婚旅行も兼ねてアトルスに帰る道すがらでスッカリと忘れてしまった。
妻は製紙業に詳しく我が領地を見事に立て直してくれた、私の両親にも感謝されショーズ侯爵家も安泰だと言わしめた。製紙業は王家にも影響を与えた。陛下から私にもお言葉を貰えたりもして私も浮かれていた。
妻に少しの違和感を覚えたのはファライナを産んだ後だった。
ファライナは見事な紫の髪色で黒い瞳の赤子の時から美しい娘だった。
娘を産んだ途端妻が異常に私に執着するようになった、ファライナを少しでも可愛がると急に塞ぎ込んで食事もしない生活を送るようになる。2日間食事をしなかったと聞いた時に、私は妻が心配で彼女に訊ねた。すると娘に私の愛情を取られるのが嫌だと泣き始めた。
自分で産んだ子だから愛情がないのかと思えば、そうでもないと乳母が言った。
私の前ではしなかったが、居ないところでは娘を抱き上げて可愛がったりもするそうだ。よく子守唄など歌ったりもしていると聞いた。
だが私がファライナに同じ事をしようとすると途端に不機嫌になり食事をしなくなる。
私は妻と子を天秤にかけざるを得なかった。
そして妻を優先した。
成長するに連れ、娘は試し行動を起こしているのは分かっていた、だが私はそれを放置した。
その頃の妻は何故か日に日に窶れて行くようになっていたからだ。反対に娘はドンドン溢れかえる力を持て余し、男の子のように屋敷を走り回るようになっていった。
親子3人の関係が歪になるのも当然だったが、その頃の私には妻がファライナよりも大事だった。
妻が亡くなる少し前に妻の侍女が言った言葉に憤慨した、妻を案じるあまりの暴言かもしれなかったが許す事はできなかった。だが今思えばそうだったのかもしれないと思えてきた。
侍女は呟いた。
「お嬢様は奥様の生気を糧にしているようですね」
今際の際で最愛の妻を抱き上げた時、暫く寝たきりだった妻は体がかなり細くなり私は涙に暮れた。
その時に気付いた、偶々見えた項その生え際の髪は紫だった。
そして思い出した。
義兄の言葉
『紫の髪色の娘が産まれたら気を付けるんだ、絶対に』
妻は長い生活の中で私にも気付かせなかった、自分が紫の髪色だった事を。
もしかしたら本当にあの言葉には重要な意味が合ったのではないだろうか?
ベッドの上で膝を抱えて座り込む目の前の娘は、顔を上げ何かを求める様に視線を彷徨わせている。
現実逃避をしている娘の罪を聞かされたが、私の罪と共に娘も裁かれるのだろうか?
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「紫の髪色の娘が産まれたら気を付けるんだ、絶対に」
それは妻との結婚式で義兄に言われた忠告だった。
その言葉を思い出せたのは妻の臨終の時だった。
最愛の人と婚姻できた幸せに私は浮かれて、義兄の忠告をすっかり忘れていた。
妻と出会ったのは私が18の時だった。
ショーズ侯爵家の主な生業は織物だった。領地にいた他国の移民が伝えてくれた技法で織る織物は見事な品で、王家にも覚えが目出たかった。長い年月その技術はショーズ侯爵家の専売特許で侯爵家を潤し続けてきてくれた。
だがある時その技法が他領へと流れた、私の祖父の時代だった。
そしてその恩恵に胡座をかいていた我が家の先祖は誰一人と思い至らなかった、数十年前に特許の申請制度の法律がアトルスで確立されていた事を。侯爵家の技法によもや誰も手出しなど出来ない等と、根拠のない自信から特許を取る事を怠った。
そうして長い年月我が侯爵家のみが扱うことの出来た織物の技法が、一夜にして二度と使う事のできない物になった。
そうして我がショーズ侯爵家は徐々に衰退していった。
父の代までは何とかそれまでの蓄えでどうにかなる予定でも私の代では?
そんな危機感から私は我が領地で他に栄える物はないかを模索した。その為の見聞を広げる為に他国へもよく出かけるようになった。
アトルス王国は3つの国と隣接している。
北にライレーン、南にソドワ、西にカルスト。
どの国にも行ったが私はカルストで光明を得た、それが製紙業との出会いだった。
カルストで見た紙を製造する植物が我が領地にもある事を知り、私は教えを乞うた。
その家では手作りでも紙を作っていたが、機械も開発していた。それに目を付けた私だったが、やはりおいそれとは教えてもらえなかった。だが私は必死だった。自分の代で、ただ領地が何の手立てもないままに廃れていく未来が見える。だから何度も何度も食い下がった。そして私の熱意に折れた当主に出された妥協案が、自身の娘との婚姻で両家が結びつくなら如何かと提案された、そして見合わされたのが後の妻だった。
私はその美しさに一瞬で魅了された。
彼女は私よりも3歳も年上で、何故こんなにも綺麗な人が婚期を逃しているのか不思議だったが、調べると4年ほど前に婚約者と婚約破棄をしたばかりに疵物と呼ばれ縁遠くなっていたらしい。
私は直ぐ様アトルスに帰り長年婚約していた家との婚約解消を父に願った。
最初は渋った父上だったが、私の今後を案じてもくれていたから、やはり製紙業に興味を示し妻との婚姻も認めてくれた。
結婚式は先にカルストで行い、初夜もその日に済ませた。
その時はまだ義兄の忠告は覚えていた。
だが二人で新婚旅行も兼ねてアトルスに帰る道すがらでスッカリと忘れてしまった。
妻は製紙業に詳しく我が領地を見事に立て直してくれた、私の両親にも感謝されショーズ侯爵家も安泰だと言わしめた。製紙業は王家にも影響を与えた。陛下から私にもお言葉を貰えたりもして私も浮かれていた。
妻に少しの違和感を覚えたのはファライナを産んだ後だった。
ファライナは見事な紫の髪色で黒い瞳の赤子の時から美しい娘だった。
娘を産んだ途端妻が異常に私に執着するようになった、ファライナを少しでも可愛がると急に塞ぎ込んで食事もしない生活を送るようになる。2日間食事をしなかったと聞いた時に、私は妻が心配で彼女に訊ねた。すると娘に私の愛情を取られるのが嫌だと泣き始めた。
自分で産んだ子だから愛情がないのかと思えば、そうでもないと乳母が言った。
私の前ではしなかったが、居ないところでは娘を抱き上げて可愛がったりもするそうだ。よく子守唄など歌ったりもしていると聞いた。
だが私がファライナに同じ事をしようとすると途端に不機嫌になり食事をしなくなる。
私は妻と子を天秤にかけざるを得なかった。
そして妻を優先した。
成長するに連れ、娘は試し行動を起こしているのは分かっていた、だが私はそれを放置した。
その頃の妻は何故か日に日に窶れて行くようになっていたからだ。反対に娘はドンドン溢れかえる力を持て余し、男の子のように屋敷を走り回るようになっていった。
親子3人の関係が歪になるのも当然だったが、その頃の私には妻がファライナよりも大事だった。
妻が亡くなる少し前に妻の侍女が言った言葉に憤慨した、妻を案じるあまりの暴言かもしれなかったが許す事はできなかった。だが今思えばそうだったのかもしれないと思えてきた。
侍女は呟いた。
「お嬢様は奥様の生気を糧にしているようですね」
今際の際で最愛の妻を抱き上げた時、暫く寝たきりだった妻は体がかなり細くなり私は涙に暮れた。
その時に気付いた、偶々見えた項その生え際の髪は紫だった。
そして思い出した。
義兄の言葉
『紫の髪色の娘が産まれたら気を付けるんだ、絶対に』
妻は長い生活の中で私にも気付かせなかった、自分が紫の髪色だった事を。
もしかしたら本当にあの言葉には重要な意味が合ったのではないだろうか?
ベッドの上で膝を抱えて座り込む目の前の娘は、顔を上げ何かを求める様に視線を彷徨わせている。
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