66 / 80
第三章 葛藤
66
しおりを挟む
ユリアーナはベンチから二人の様子をぼんやり見つめていた。シモンが何かを言ってファライナが頽れる。
その様子で、シモンから告げられた言葉でファライナが彼の言葉にちゃんと反応して傷付いたのだと分かった。
少し冷たい風が流れているけれど、はっきりと言葉を運んでくれたのはファライナの婚約解消という言葉だけだった。
後は声が小さいからなのかユリアーナには分からなかった。
しばらくするとシモンが頽れたファライナの肩を、目線も合わさず立ったまま優しく叩くのが見えた。
そうしてぼんやりと顔を上げたファライナはきっと自然と目の端に捉えたのだろう、ユリアーナの居るベンチへと目を向けて目を見開いた。
「イヤーーーーー」
その叫びは風に乗せられなくともユリアーナにしっかりと届く、叫んだファライナはそのまま倒れてしまった。
彼女は忘れたのだろうか?
ユリアーナをこの場に連れてきて彼女にベンチで待つように言ったのはファライナ自身だったのに。
シモンはファライナが叫ぶ前にユリアーナに気付いた、ファライナの視線の先を目で追ったからだ。彼もそこに居るはずのないユリアーナを見て驚いていた、だが途端にファライナの叫び声が耳を劈き彼女が倒れるのを慌てて支えた。
そのまま大きく嘆息してファライナを抱き上げる、シモンはゆっくりとユリアーナの居るベンチへと近づいて来た。
「どうして?」
「ファライナ様に一緒に来るように言われました」
「はぁ、そうか。彼女はやはり自分の都合のいいように記憶を改竄する癖があるようだね」
「それを確かめたかったのですか?」
「いや、ここで会うのは急にファライナから呼び出されたからだよ、呼び出された時点で彼女が記憶を改竄しているのだと既に分かっていた。今後は兄が追究する予定だから連れ帰らないと」
「そうですか」
「ユリアーナ嬢、申し訳ないが送ることは出来ないが馬車の手配をしよう」
そう言ってシモンが斜め後ろを振り返ると鐘が置かれたガゼボの近くから3人の騎士が飛び出てこちらへと走ってきた。
彼らにいくつかの指示を出し、一人の騎士にファライナを預けた。
「ユリアーナ嬢、馬車までエスコートさせて欲しい」
シモンの言葉にユリアーナは驚きながらもうなずいて彼の腕にそっと手を添えた。
時計台の丘は少し高台にあるから二人で歩く距離は短くはない、その短くない道程を二人は交わす言葉がお互い見つけられず終始無言のまま馬車まで歩いた。
「アトルスの滞在期間はいつまで?」
「明日には立ちます」
「そうか⋯気を付けて」
馬車に乗り込む寸前に交わした言葉には何の約束も含まれることはなかった。
馬車に乗ったユリアーナは見送るシモンを窓越しに見つめて、言えぬ言葉の代わりに唇を噛んだ。
馬車はゆっくりと公爵邸に向かって出発した。
◇◇◇
ゲートラン公爵家の応接室では来月公爵を継承予定のセルシオとショーズ侯爵が向かい合っていた。
2時間前に公爵家の騎士が倒れたファライナを運び込んできて、それと同時にゲートラン小公爵に呼び出されたのだった。
「この度は娘がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
まだ継承前のセルシオは侯爵よりも身分は下だった、その格下相手に頭を下げ謝罪する行為は本来なら侯爵にとっては屈辱である筈だが、そんな事を構っていられるほど今の状況は安易に捉えられない。
彼は未来の公爵で、そしてその家に対してショーズ侯爵家は不快と思われる行為をしていたのだから。
シモンとの婚約の継続を願った、その事が2つめのショーズ侯爵の間違いだった。
カインがファライナの前から姿を消した時に、公爵家から申し出が合ったその時が最後のチャンスだったのだ。
そうすれば相手に真摯に謝罪をする機会も与えられたのかもしれない。
だがもう遅い。
そしてファライナは自分に都合のいいように脳内で変換していく事を漸くショーズ侯爵は目の当たりにして絶望する。
今までは聞かされても他人事の様に捉えていた、侯爵にそこまで不都合がなかったからだ。
それに娘は妻と同じで仕事だけは出来た。それも自身の目を曇らせてしまった要因でもあった。
「漸く理解してもらえたかな?彼女は上手に自分の都合のいいように記憶を改竄する。実害がなければそれも個性として捉えられないこともない。だが実際に被害にあっているものがいる」
「はい」
「それは私達が彼女を理解していたからではない、我々も気付いていなかっただけだ。カインが彼女達を見つけていなければ今も分かっていなかったな。それは侯爵にとっては災難だったか?」
「⋯⋯⋯いえ」
「そうだろうな、そこは理解してもらえて良かった。そうでなければ時間が経って私の目の届かないカインに完全になっていたら彼に殺されていただろう。今も正直ギリギリなんだよ。止めるのも苦労する、カインにはまだ婚約解消は告げていない。告げればゲートランに迷惑がかからないと思って犯行に及びそうだ。それはこちらとしても本意ではない。カインを犯罪者にしてたまるか!」
セルシオは侯爵に投げつける様に言葉を吐いた。侯爵は黙って俯いたままその言葉達を受け止めていた。
「で、ファライナ嬢の処遇は今後どうするつもりなんだ?既に少なくとも二人に薬を使っている」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「片方は目が見えない、片方は耳が聞こえなくなった。周辺は調べたのかい?命までは奪っていないようだったが」
「⋯⋯⋯」
侯爵は迷っていた、娘の所業を詳しく調べて行くうちにあと3人確認できた。これをセルシオに伝えれば娘の罪は大きくなる。二人だけなら修道院に入るくらいで手を打てるかもしれない。
だがそれ以上となると王家にも報告が行く、いくら相手が平民でもショーズ侯爵家の存続まで危ぶまれる。
「侯爵、貴方は相手が平民だから何をしても許されると思っているのか?だが少なくとも一人は貴族だっただろう?君が娘の犯行を知らずに没落させたんだからね。犯行時まだルーシーは男爵家の籍に入っていたんだよ。彼女は平民ではなかった、その事も都合よく貴方まで忘れてしまったのかな?ルーシーはファライナのせいで耳が聞こえなくなったんだよ」
貴族から貴族への犯罪。
いくらルーシーが男爵家の令嬢であってもゲートラン公爵家が一時は庇護しようとしていた相手だ。
ショーズ侯爵は隠す事は出来ないと悟り残り3人の事も含め全てをセルシオに話した。
その様子で、シモンから告げられた言葉でファライナが彼の言葉にちゃんと反応して傷付いたのだと分かった。
少し冷たい風が流れているけれど、はっきりと言葉を運んでくれたのはファライナの婚約解消という言葉だけだった。
後は声が小さいからなのかユリアーナには分からなかった。
しばらくするとシモンが頽れたファライナの肩を、目線も合わさず立ったまま優しく叩くのが見えた。
そうしてぼんやりと顔を上げたファライナはきっと自然と目の端に捉えたのだろう、ユリアーナの居るベンチへと目を向けて目を見開いた。
「イヤーーーーー」
その叫びは風に乗せられなくともユリアーナにしっかりと届く、叫んだファライナはそのまま倒れてしまった。
彼女は忘れたのだろうか?
ユリアーナをこの場に連れてきて彼女にベンチで待つように言ったのはファライナ自身だったのに。
シモンはファライナが叫ぶ前にユリアーナに気付いた、ファライナの視線の先を目で追ったからだ。彼もそこに居るはずのないユリアーナを見て驚いていた、だが途端にファライナの叫び声が耳を劈き彼女が倒れるのを慌てて支えた。
そのまま大きく嘆息してファライナを抱き上げる、シモンはゆっくりとユリアーナの居るベンチへと近づいて来た。
「どうして?」
「ファライナ様に一緒に来るように言われました」
「はぁ、そうか。彼女はやはり自分の都合のいいように記憶を改竄する癖があるようだね」
「それを確かめたかったのですか?」
「いや、ここで会うのは急にファライナから呼び出されたからだよ、呼び出された時点で彼女が記憶を改竄しているのだと既に分かっていた。今後は兄が追究する予定だから連れ帰らないと」
「そうですか」
「ユリアーナ嬢、申し訳ないが送ることは出来ないが馬車の手配をしよう」
そう言ってシモンが斜め後ろを振り返ると鐘が置かれたガゼボの近くから3人の騎士が飛び出てこちらへと走ってきた。
彼らにいくつかの指示を出し、一人の騎士にファライナを預けた。
「ユリアーナ嬢、馬車までエスコートさせて欲しい」
シモンの言葉にユリアーナは驚きながらもうなずいて彼の腕にそっと手を添えた。
時計台の丘は少し高台にあるから二人で歩く距離は短くはない、その短くない道程を二人は交わす言葉がお互い見つけられず終始無言のまま馬車まで歩いた。
「アトルスの滞在期間はいつまで?」
「明日には立ちます」
「そうか⋯気を付けて」
馬車に乗り込む寸前に交わした言葉には何の約束も含まれることはなかった。
馬車に乗ったユリアーナは見送るシモンを窓越しに見つめて、言えぬ言葉の代わりに唇を噛んだ。
馬車はゆっくりと公爵邸に向かって出発した。
◇◇◇
ゲートラン公爵家の応接室では来月公爵を継承予定のセルシオとショーズ侯爵が向かい合っていた。
2時間前に公爵家の騎士が倒れたファライナを運び込んできて、それと同時にゲートラン小公爵に呼び出されたのだった。
「この度は娘がご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
まだ継承前のセルシオは侯爵よりも身分は下だった、その格下相手に頭を下げ謝罪する行為は本来なら侯爵にとっては屈辱である筈だが、そんな事を構っていられるほど今の状況は安易に捉えられない。
彼は未来の公爵で、そしてその家に対してショーズ侯爵家は不快と思われる行為をしていたのだから。
シモンとの婚約の継続を願った、その事が2つめのショーズ侯爵の間違いだった。
カインがファライナの前から姿を消した時に、公爵家から申し出が合ったその時が最後のチャンスだったのだ。
そうすれば相手に真摯に謝罪をする機会も与えられたのかもしれない。
だがもう遅い。
そしてファライナは自分に都合のいいように脳内で変換していく事を漸くショーズ侯爵は目の当たりにして絶望する。
今までは聞かされても他人事の様に捉えていた、侯爵にそこまで不都合がなかったからだ。
それに娘は妻と同じで仕事だけは出来た。それも自身の目を曇らせてしまった要因でもあった。
「漸く理解してもらえたかな?彼女は上手に自分の都合のいいように記憶を改竄する。実害がなければそれも個性として捉えられないこともない。だが実際に被害にあっているものがいる」
「はい」
「それは私達が彼女を理解していたからではない、我々も気付いていなかっただけだ。カインが彼女達を見つけていなければ今も分かっていなかったな。それは侯爵にとっては災難だったか?」
「⋯⋯⋯いえ」
「そうだろうな、そこは理解してもらえて良かった。そうでなければ時間が経って私の目の届かないカインに完全になっていたら彼に殺されていただろう。今も正直ギリギリなんだよ。止めるのも苦労する、カインにはまだ婚約解消は告げていない。告げればゲートランに迷惑がかからないと思って犯行に及びそうだ。それはこちらとしても本意ではない。カインを犯罪者にしてたまるか!」
セルシオは侯爵に投げつける様に言葉を吐いた。侯爵は黙って俯いたままその言葉達を受け止めていた。
「で、ファライナ嬢の処遇は今後どうするつもりなんだ?既に少なくとも二人に薬を使っている」
「⋯⋯⋯⋯はい」
「片方は目が見えない、片方は耳が聞こえなくなった。周辺は調べたのかい?命までは奪っていないようだったが」
「⋯⋯⋯」
侯爵は迷っていた、娘の所業を詳しく調べて行くうちにあと3人確認できた。これをセルシオに伝えれば娘の罪は大きくなる。二人だけなら修道院に入るくらいで手を打てるかもしれない。
だがそれ以上となると王家にも報告が行く、いくら相手が平民でもショーズ侯爵家の存続まで危ぶまれる。
「侯爵、貴方は相手が平民だから何をしても許されると思っているのか?だが少なくとも一人は貴族だっただろう?君が娘の犯行を知らずに没落させたんだからね。犯行時まだルーシーは男爵家の籍に入っていたんだよ。彼女は平民ではなかった、その事も都合よく貴方まで忘れてしまったのかな?ルーシーはファライナのせいで耳が聞こえなくなったんだよ」
貴族から貴族への犯罪。
いくらルーシーが男爵家の令嬢であってもゲートラン公爵家が一時は庇護しようとしていた相手だ。
ショーズ侯爵は隠す事は出来ないと悟り残り3人の事も含め全てをセルシオに話した。
798
あなたにおすすめの小説
ご安心を、2度とその手を求める事はありません
ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・
それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望
【完結】あなた方は信用できません
玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。
第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?
婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした
ふわふわ
恋愛
婚約破棄――
それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。
けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。
「……では、私は日常に戻ります」
派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。
彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。
王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。
誰かが声高に称えられることもなく、
誰かが悪役として裁かれることもない。
それでも――
混乱は起きず、争いは減り、
人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。
選ばない勇気。
変えない決断。
名を残さず、英雄にならない覚悟。
これは、
婚約破棄をきっかけに
静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、
その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。
派手ではない。
けれど、確かに強い。
――それでも、日常は続く。
悪役令嬢として、愛し合う二人の邪魔をしてきた報いは受けましょう──ですが、少々しつこすぎやしませんか。
ふまさ
恋愛
「──いい加減、ぼくにつきまとうのはやめろ!」
ぱんっ。
愛する人にはじめて頬を打たれたマイナの心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
甘やかされて育ってきたマイナにとって、それはとてつもない衝撃だったのだろう。そのショックからか。前世のものであろう記憶が、マイナの頭の中を一気にぐるぐると駆け巡った。
──え?
打たれた衝撃で横を向いていた顔を、真正面に向ける。王立学園の廊下には大勢の生徒が集まり、その中心には、三つの人影があった。一人は、マイナ。目の前には、この国の第一王子──ローランドがいて、その隣では、ローランドの愛する婚約者、伯爵令嬢のリリアンが怒りで目を吊り上げていた。
さよなら 大好きな人
小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。
政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。
彼にふさわしい女性になるために努力するほど。
しかし、アーリアのそんな気持ちは、
ある日、第2王子によって踏み躙られることになる……
※本編は悲恋です。
※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。
※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
【完結済】後悔していると言われても、ねぇ。私はもう……。
木嶋うめ香
恋愛
五歳で婚約したシオン殿下は、ある日先触れもなしに我が家にやってきました。
「君と婚約を解消したい、私はスィートピーを愛してるんだ」
シオン殿下は、私の妹スィートピーを隣に座らせ、馬鹿なことを言い始めたのです。
妹はとても愛らしいですから、殿下が思っても仕方がありません。
でも、それなら側妃でいいのではありませんか?
どうしても私と婚約解消したいのですか、本当に後悔はございませんか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる