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しおりを挟む「お待たせして誠に申し訳ございません、アリステラ様」
「大丈夫、だよ。料理長」
アレを抜け出すのは中々大変だっただろうからな。
先程の感動の再会…と、なりそうな場面は、周りにいた群衆により不発に終わった。
冒険者の"将軍"は大人気らしく、次々と人々に話しかけられてその場を動けなくなってしまったのだ。
そしてドサクサに紛れて、というか、ある意味群衆のせいで、我を襲った輩を取り逃した。
我と料理長の視界が民衆によって阻まれた瞬間を狙って、恐らく仲間が回収していったと思われる。
まったく、とんでもないことをしてくれたものだ。
そして落ち着いて話が出来る場所、ということで我らは場所を移した。
「ところで、リィは返してもらえないの?」
「…この仔犬…、いえ、小型の魔獣の事ですか?」
『何でアタシが、こんな目に…』
リィは今、結界魔法をうまく利用したガラス玉に閉じ込められている。料理長流の躾のなっていないペットのお仕置き方である。
「アリステラ様に爪を立てるようなペットは要りません。何故この魔獣なのですか」
「リィは悪くない。リィがいるから嫌な記憶から抜け出せたの。かえして」
嫌な記憶という所で、料理長は何やら思い出したのか苦いものを噛み潰したような顔で、リィの入った結界玉を渡してくれた。
「あの時…アリステラ様が6歳の頃でしたね。あの継母…いえ、あの女から最初に暗殺者を送り込まれたのは」
それでは無いのだがまあいっか。リィ返してもらえたし。
「間一髪私が助けに入ったものの、初めての事でアリステラ様には深い衝撃を与えてしまいました。私の未熟さゆえに…」
……どうしよう。料理長が落ち込んでいるのだが。だがまあ、過ぎた事だ気にするなと声をかけてやれば、相変わらずお優しいと涙を堪えているようだった。あれ?逆効果?
『ご主人んん…』
「あ。すまないな、リィ」
結界を破ってガラス玉を消し去る。リィは無事、我の元に戻ってきた。我、満足。
「…料理長?」
「!は、はい。いえ、申し訳ありません。
アリステラ様は、魔力を扱えたのですね…!」
「うん…?」
まあ。我、元魔王だし。いつぞやの不審者共の情報だけ聞けば、現魔王と名乗れなくも無いけど。
「いえ、私が作った結界玉を解除できた人間を今のところ知らないもので。しかし、アリステラ様なら納得です」
…え。
「アリステラ様は魔導国の血を引いておられますから」
ん?
「伯爵家を蹴飛ばして出てきて正解でした。あの家にいる間に覚醒はしていなかったようですが、しばらく見ない間に立派になられて、嬉しく思います」
やはりあの家の環境が悪かったようですね。と非常に嬉しそうである。
んんん?
ちょっと待って。初情報多くて我混乱中。
え?何?魔導国って。そして伯爵家を蹴飛ばしただと?何をしたのだ?出てきた?何で!?
……いや待て落ち着け我。こういう時ほど冷静に情報の整理及びアニマルセラピーだ。手元にリィがいる。よし、撫で回して心のゆとりを取り戻そう。
『ふあぁ…!ご、ご主人、相変わらずの指遣い……!』
無心でリィを撫で回す。背中が凝ってるな、リィ。王都からエディンに戻る際には全力で駆け回って運動してもらうぞ。
「…まず、私、もう家を出たから、敬称はつけなくていいよ」
「却下します。そもそも私はあの家に仕えていたのではなく、アリステラ様の母君とアリステラ様個人へ忠誠を誓っているので」
そう言えば、料理長は確か我の母親の側にいるために唯一募集されていた料理人として伯爵家に入った人だったな。なるほど納得。だがしかし、
「……私について来ても、何もいい事無いと思う、けど」
「ご心配なく。私が勝手に世話を焼くだけですから」
…あーいえばこー言う。我、勝手気ままなひとり旅好きなんだが。リィがいるからふたり旅か。前世で常に誰かが張り付いていたせいかもな!まあ、我、構われないと寂しくて死にそうなのだが。
「…じゃあ、それは一旦置いといて…。
私に、魔導国ヴェルギアと何の関係が?」
「!よく、開国当時の名前をご存知でしたね…!その名前を知っているのは魔導国でも王家に近しい僅かな人間のみなのですが」
………。うん、だってその国かつて我が作らせたようなものだからな。話が長くなるので、その辺は何か機会があれば振り返ることとしよう。簡単に言えば、魔王が血を分け与えた魔人達によって作られた国だ。
「何かの本で読んだの」
料理長はそうですか。きちんと勉強しているのはいい事ですと笑顔。誤魔化せたか?ならよし!
そして何故我がアリスの身体にて目を覚ましたのか何となく、納得。馴染みやすかったんだろうな。魔導国のどこかしらには我の血が入っているし。…黒髪多いのも魔導国だし。
「…えっと、それで、私が何?」
「アリステラ様の母君は、魔導国の王家から分かれた伯爵家の出です。国内では魔力コントロールに長けた一族として有名でした。特に母君は」
ほう。成る程。つまりは出自的に我が魔法を手足のように扱っても、魔法もかなりの腕前らしい料理長の魔法を破っても、何ら不思議はないと言うことか。
……。じゃあ、もうあんまり使う魔法を制限しなくても…。
「少ない魔力量でも様々な魔法を行使できる稀有な方で、あの方が魔法で出来ないことといえば死者蘇生や大規模な攻撃魔法、あとは飛行魔法くらいでしたね」
……やっぱり制限は必要なようだ。今後も飛びたい時は地面すれすれを歩いているかのようにするか、もしくは地上から確認不可なほど高い所を飛ばねば。死者はなるべく出さないように、出たら迅速に気付かれる前に蘇生しよう。そして大規模な攻撃魔法は…もう使ってしまったな。どうしよう。
……うむ。面倒だし、我は魔力量も桁違いだから、攻撃魔法もその他諸々も行使出来るって言い張ろう。だってそもそも、アリステラの母が使えなかっただけであって、その魔法自体がないわけでは無いのだから。
よし、解決。次!
「伯爵家を出て来たというのは?」
「アリステラ様を蔑ろにしていた家に、アリステラ様が居ないのに仕える理由はありません」
う、うむ。大変キッパリしているが、自分で喜んで無職になったのと同じだろう、それ。あの家それなりに栄えているから給金良かっただろ。料理長がそれでいいなら良いが。
「私のつまらない話でよければ、聞かれた際には嘘偽りなくお答えしますよ」
料理長、にこり。
「さて、それでは今度はアリステラ様のお話を聞かせていただけますでしょうか?特に、お誕生日を迎えられたお嬢様の為に私が大物を仕留めに出た間に何があったのかを」
料理長、にこにこ。
「それから、最近冒険者になった黒髪赤目のアリスという少女が居るそうなのですが、……アリステラ様では無いですよね?」
…料理長、にっこにこ。
「私は嘘偽りなく答えました。ですのでアリステラ様も嘘偽りなく答えてくださいますよね?」
「う、うん…」
圧が…圧が強い…。まあ確かに、料理長にも嘘吐きには嘘で対応、本当に対しては本当で応えることが大事だと教えられて来たから、応えるつもりはあるのだが、…なのだが、とりあえず確認したい。
「…料理長、怒ってる…?」
「……………いいえ?」
料理長は、超絶笑顔で嘘ついた。
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