前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

文字の大きさ
54 / 136

54.

しおりを挟む



「アリス様、喉の保護の為に少しだけメト(*)を溶かしております。どうぞ召し上がってください」
「うん。ありがとう、料理長」

カラカラになった喉を潤す。ふう。良き一杯だな!
一仕事後の喉に染み渡る。

我は頑張った。頑張って時に寸劇まで交えて。超笑顔の料理長が、我の話を聞き、情報を知る度に笑顔の輝きを増していくのを必死に気づかないふりをして。

笑顔の裏で吹き荒れるブリザードに我は耐え切った。

呼称がアリス様になっているのは、我がアリスで冒険者登録をした事や、伯爵家とは縁を切った事を話したからだ。

「それにしても…、そうですか。まあ、アリス様が生計を立てる為に冒険者になったというところに対しては少々遺憾ではありますが、その魔獣といる為には仕方がなかったと納得しましょう。
私が散々探していて見つからなかったのも。私はアリス様が、使用人達に習ったマナーを活かして他国の貴族の使用人として過ごしていると勝手に思っていましたから」

未だに使用人のマナーを使う日は来ていないが、使用人に教えてもらった小銭と買い物の仕方、そして値切り方のタイミングについては大変役立っているぞ。

「……あの小うるさいペテン師、街から追い出すだけでは生温かったか。息の根くらい止めておけばよかった。エディンの冒険者の小僧達も。アリス様を見下ろした挙句手を出そうとしたなど、万死に値する」

まあ、あの時の件については既に決着もついているしと宥める。喜べエディンの冒険者共。危うく料理長に魚の餌にされそうな所を我が救ってやったぞ。

「…そういえば、アリス様は何故王都の冒険者ギルドに立ち入りを禁止されているのですか?」

料理長と会う前、冒険者ギルドに知り合いを訪ねていったら囲まれて、やり返したら偉そうな奴に1週間出禁を出されたからだがと簡潔に伝える。

「…アリス様は甘い物がお好きでしたね。
今仕入れてまいりますので、少々お待ちください」
「うん…?」

料理長が出ていった。扉が閉まった瞬間、扉の奥に消えた料理長の気配が消えた。流石だな!

『…ネェご主人。マズイんじゃナイ?』
「何がだ?」

黙り込んでいた仔犬通り越して掌サイズのリィが、我の手にじゃれつきながら言う。

「料理長は我のために甘味を仕入れに行ってくれただけだぞ?」
『………エエソウネ』

なーにっかなー。



リィと戯れて待つ事本当に僅か。料理長は帰ってきた。トレーに美しく飾られたケーキを乗せて。ケーキの乗る皿もまた可愛らしい。我にぴったり。

「お待たせ致しました。アリス様。丁度新鮮なベリーが手に入りましたので、ムースとスポンジ、そしてジュレの三層で仕上げてみましたが、いかがでしょうか?」
「料理長のケーキ!」
「嬉しそうで何よりです」

わーいと我が心の赴くままマイフォークを手にして一口目を堪能しようとしたその時、リィが吠えた。何で?

『いや、アンタ!料理長の顔見えてる!?顔の半分真っ赤ヨ!?』
「……料理長、リィが料理長の顔半分が赤い事が気になってるみたいなの。ソレはどうしたの?」
「失礼しました。急いで加工した為、ベリーが飛び散ったみたいですね」
「料理長ったらまた?急がなくて良いって言ってるのに…」
「いやあ、申し訳ありません。早くお嬢様の喜ぶ顔が見たかったもので」

という訳でいつもの事だ。だから我は驚かずにケーキまっしぐらだった。

他にも色々あったぞ。トマトジュースの時もあったし、食紅使ったチョコレートの時もあった。赤唐辛子と言われた時は流石に痛いだろうから、早く顔拭いてとタオルを差し出した記憶がある。

『…分かったワ。そうよ、そうよネ。絶対普通じゃナイケド、ご主人にとっては通常なのヨね。気にしないワ…!これ以上気にするようじゃ、ご主人に侍ってられナイワ…!』

リィが何か葛藤している。

「ベリーを入手した時に耳にしましたが、アリス様の王都ギルドへの立ち入り禁止は解除されましたよ」
「え。何で急に?」
「さあ?向こうの勝手な勘違いが発覚したからだとは思いますが。何せ、アリス様が問題を起こすはずがないですから。"何か"あって間違ってることに気付いたのではないでしょうか」
「ふーん…」

隣でリィがハイ確定!と何やらテンションがハイになってしまっている。楽しそうで何よりだ。

「さて、ではお茶請けも用意出来たことですし、アリス様の冒険のお話の続きをお聞かせ願えますか?」
「うん」

とはいうものの、他に話していない事といえば…王都に来てからのこととか…

「あ。光る木」
「木?」

やべ。収納したまま忘れてた。



*メト:蜂蜜のような何か
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

処理中です...