前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

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人払された離宮の広間で、我らは対峙した。


「やあ。初めまして、と言った方がいいかな?
来てくれてありがとう。アリステラ・アトリシエ嬢。君のご機嫌を損ねたようだけど、招待に応じてくれて光栄だよ」

印象は、限りなく"普通"だった。

王子としては"普通に"整った顔立ちで、

王子としては"普通の"風格を持ち、

王子としては"普通な"人好きの良い笑みを浮かべていた。


………我への殺意に満ち溢れ、武器を構えた側近たちを横に付けたまま。

うむ。マトモとは言い難いが、まあ"普通"の事だろう。何とも言い難いふてぶてしさも。これはアレだろう?彼方からすると、国内最高の戦力による脅しをかけて来ているわけだろう?コイツらと戦いたく無いなら提示した選択肢の中から選べと。

…舐め腐りやがって。

こっちはこっちで、ブチ切れてるんだぞ。

にこり、と我は笑ってみせた。

「初めまして。…では無い気がするなあ。以前どこかで会っておるだろう。(魔力は)覚えがある。
それと、我は冒険者アリス。アリステラ・アトリシエは既に書類上死に、更に伯爵家が血族としての縁を切った令嬢の名であり、もう貴族でも無い。色々頑張ったようだが、…無駄骨だったな?」

元父親の同意を得た正式な絶縁状の写しは貴族院にも提出済み、もちろん本物も我がしっかり保管している。
例え"特別な"力を持っていようが、血筋が確かだろうが平民の小娘を上位貴族ましてや王子と婚姻させるなどありえん。……ん?よく御伽噺ではある?てんぷれ?美味しいさくさくの料理の名前か?…違う?じゃあ知るかそんなん。だから御伽噺なのだろう。

「我、金や名声、権力、階級に物を言わせて、頭を下げて乞うこともなく、上から見下ろして全部手に入れられると思っている愚か者に嫁いだり、手を貸したりするほど安くないぞ」

だからせめて、売られた喧嘩は買ってやろうとも。殴りまくって人格矯正フルコースをお見舞いしてやりたいほど、我の心中は穏やかではないが、我は優しいからな。

手始めに、我の挑発に激昂して仕掛けてきた彼方の火の騎士と水の魔術師から、指折るように潰してゆこう。



……時は、少々遡る事数日前。

我は日々ラギアにより拘りの家具が追加され、快適に整えられていく我の部屋で、搬入されたばかりのふわふわさらさらラグに寝そべっていた。

「一応確認だが、何故そのリビルドとやらは、我を欲するのだ?」
「そんなの魔王になりたいからに決まってるじゃないのよん」

まあ、予想通りの返答だな。

我とリィとでゴロゴロしているのを、硬い床に伏せてだらしない顔で見ていたマルシュヴェリアルに、質問したところ当然の事のようにそう答えた。

「"魔王"、なぁ…?その名に固執する程価値があるのか?」
「最強で、最高の支配者。ある意味自由の象徴。その名を聞くだけで人を、世界を震撼させ、凡ゆる者が恐れをなす。……魔導国の子達って、そういう思想教育されてるから、当然だと思うのよん」

思想教育と書いて【せんのう】と読んだりしないか?それ?

「……教育過程に誰が組み込んだ?」
「んー…強いて言うなら、ヴァレインとアタシかしらん?」
「……ヴァレインが?」

まさかそこでその名前を聞くとは思わなかった。あいつ、人間寄りだろうから、我が居なくなった後、徹底的に魔王という存在を消していき、物語の中の空想の人物に落とし込んだ側だと思っていたぞ。

「マリアンちゃんが魔導国に着いた時には、もうヴァレインは居なかったんだけどねん?復興を始めていたこの国の政治・教育についてはしっかり形を作ってたみたいなのよん」

でなければ、魔導国は今頃、もっと前世の我まみれになっていただろうとのこと。うーむ。それはそれで嫌。良い仕事をしてくれたなヴァレイン。

「ヴァレインはかくれんぼ得意だから、多分どこかに隠れてるんでしょうけど、数百年以上見つけられないってことはもしかしたら、もうどこにもいないのかもねん?」

確かにかくれんぼ得意だったな。我が鬼だと魔力感知ですぐ見つかるから、姿だけでなく気配や魔力まで偽り、1日とは言わずとも半日この我から逃げた実績がある。見つからなすぎて地味に腹立った。当時ラギアは名前を呼んだら即座に出てきたのに。

……まあ、今はとりあえずよかろう。それよりも、

「魔王に固執するなら勝手に名乗ればよいものを…」

その場合ラギアの琴線に触れて、加護発動してようが国ごと吹っ飛ぶ可能性大だが、ぶっちゃけどうでもいい。我には関係なーい。

「……まあ、そうよねん。アルちゃんは、別に魔王になろうとしてた訳じゃないものねん」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもないわよん。それよりアリスちゃん、アタシはアタシでリビちゃんを利用してたわけだけど、一応それなりに愛着はあるのよん」
「まあそうだろうな。お前が自分で手を貸していたのだから」

マルシュヴェリアルは自分のストライクゾーンから外れた容姿や年齢の人間に好んで手を貸すような奴じゃない。だからそれなりの情はあるのだろう。恩には礼をと一応配下たちにはしっかり教育してあるので、事情はともあれ、利用した礼として何か返したいのだと理解しよう。

「それでねん?ちょーっと、お願いなんだけど…。あの子がすっぱりキッパリ、"魔王"を諦められるようにぶっ飛ばしてほしいの」

とんでもねえお返しだった。

「いいじゃない。元々リビちゃんをぶっ飛ばす予定で来たんでしょん?」
「元義姉の回収と婚約断りに来ただけであって、殴り飛ばす予定ではなかった。成り行きで恐らく武力行使もやむを得ないという話だ」

……まあいいか。やる事は変わらんしな。あのクソガキ殿下よりは数段上のマトモな王子のようだし、もしかしたら舌戦で勝負をつけられる可能性もあるしな。

「お願いよん…。じゃないとあの子、戴冠式で……魔導国の全国民を、あ、全員ではないかもしれないけど、とにかく鏖殺すると思うから」

………マトモな王子だなんて誰が言った?我は知らん。

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