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しおりを挟むおうさつ、おーさつ……オサツ…。
「おなか減った」
「アリス様、オサツではなくおうさつです。つまり皆殺しという意味です」
知っとるわ。
通り道にいたマルシュヴェリアルの上を通って我に飲み物を持ってきたラギアに返事しながら起き上がる。いい音がしたな。しかし見なくても無事なのはわかる。
鼻は高いままだし、本人は痛みに愉悦を浮かべて悶えてるのが絶妙に気持ち悪い。
「おやつに料理長がオサツを使った焼き菓子を作るそうですよ」
「なんと!素晴らしい。流石料理長だ」
「……左様でございますね」
ラギアのご機嫌パラメータが下がった。まったく、すぐに拗ねる。いい加減料理で勝とうとするのは諦めてもいい頃だと思うのだが。
「ちょっと、現実逃避しないでよん」
「現実逃避もしたくなるだろう。何で我に寄ってくるやつネジの2本も3本も抜けとるんだおかしいだろ」
『ご主人も抜けてるシ、仕方ないと思うワ』
リィ、そこは我を援護して!
「魔導国自体はどうでもいいんだけど、せっかく作った私のブランドが焼け炭になるのはやなのよん」
ちくしょう!欲と自分の都合に忠実!流石我の配下!
「アリス様、先程アリス様を名指しで貶める発言をした令嬢が来たので、外れの森に吊るしましたが、何分割にしますか?」
そうかそうか、我を馬鹿にした奴に対してだが性別を考慮しての対処!我の言う事を守るあたりが流石我の配……
「分割するな。そしてそれを早く言え」
「アリス様の喉を潤す方が優先です」
…ほんと、流石我の配下…。
マルシュヴェリアルを見れば何か思い出したようだ。ちょっと待っててと言って部屋を出ていく。…一旦話は中断だな。お腹もすいたし。
「ラギア。そろそろ料理長が来るから茶のセット」
「かしこまりました」
「……今日は、外の客室にな」
正確に言えば、亜空間の外。マルシュヴェリアルの屋敷の中で我が渡された客室に。
「………………かしこまりました」
リィには一応この部屋で待機をしてもらう。何故って?
客人が怯えたら、かわいそうだろう?
マルシュヴェリアルの屋敷は、ラギアの屋敷同様、守りの結界が張られている。それ故、事前に申請された客と屋敷の者と認められている者以外は、庭園と屋敷を取り囲む小規模な森の中で迷子になる。
しかし、例外はある。
マルシュヴェリアルの作った物を身に付けている場合だ。奴の作った物は奴の魔力を帯びる。その為眷属のような形で屋敷に認められるらしい。
「だから、マリアンちゃんは王族とか、自分より身分が上のヒトにしか衣装を作らないのよん。自分の手ではねん?……そうそう、今回は珍しく、リビちゃんから依頼されたからマリアンちゃんが作ってた服があるのよん。完成品はアリスちゃんに届けるまではマリアンちゃんの仕事場に飾ってたんだけどねん?
…………デザインも、素材も、ぜーんぶ、全く同じドレスをどうしてこのちんちくりんな子が着てるのかな」
マルシュヴェリアルが暗い目で見下ろしているのは、とりあえず大人しく椅子に座る令嬢。しかしこれはマルシュヴェリアルに言われたからというだけで、吊るされた状態から解放してやった上、ここまで招いてやった我に対して掴みかかってきた本性からすると、今すぐにでも我を八つ裂きにしてやりたい思いなのだろうな。
我、何もしてないけどね?
令嬢は悪びれもせずに(ついでに何分割にしてやろうか考えているマルシュヴェリアルの視線にも気付かずに)、我に殺意を向けているではないか!すぐにでも噛み付いてきそう!!
歳は我と同じくらいか。ストロベリーブロンドの巻毛に、アイスブルーの瞳。少々眼付きのキツい顔立ちだが可愛らしいといえよう。隅々まで手入れされていると思われる肌は指先まで整えられている。我には負けるが確かに、令嬢というに差し支えのない見た目だ。…その絶望的なまでに似合っていない服装を改めれば、だが。
じっと見ていたら、ない胸を張って何故か満足気かつ小馬鹿にしたように我を鼻で笑った。あ。一応離れておくよう指示しておいたラギアが手元の陶器を砕き割った。ルーに片付けさせよう。
「…で?今回はどういった用事で?」
さっさと話すだけ話して然るべき対処をとりたい。我、疲れてるの。
「平民が馴れ馴れしく話しかけないでくださる?それにこの私に名前も名乗らないだなんて、どんな教育を受けてきたのかしら!」
「………。」
伯爵家にいた時もろくに教育受けてないが、この令嬢が貴族としても人間としてもアレな振る舞いをしているのはわかるぞ。…まあ、どんなに失礼なクソガキだろうが、レディーに変わりはない。寛大な我はこのくらいじゃ怒らんぞ。
今にも前に踏み出してきそうなラギアに視線を送れば大変不満そうにその場で姿勢を正した。うむ。よし。
さて、話しかけるなと言われればしかたあるまい。出来ることないし、観察でもしよう。
令嬢は、黒を基調として、全体的に黒のレースや黒や赤いリボンを使った可愛らしい服を着ていた。そう。可愛らしい服なのだ。着用者とのミスマッチのせいでその可愛さが半減どころか台無しになりつつあるが。ぶっちゃけ似合ってない。あー…。
服がかわいそう。マルシュヴェリアルが怒るのも無理もない話だ。
「何ですって!?このど平民が!マルシュヴェリアル様の作った、殿下が私の為に作らせたドレスが似合わないわけないでしょ!?顔もイマイチなのにセンスも目も悪いのね!!」
「頭と耳のおかしな盗難疑惑有りの令嬢に言われる筋合いないぞ」
どうやらどこかしらから我は口を滑らせていたらしいので、遠慮なくさらに口を割ることにした。火に油を注ぐと言っても過言ではない。しかし我は一切悪くないと思う。
「リビちゃんはアリスちゃんのために作らせたのであって話を聞かない勘違い小娘に渡すドレスでは間違ってもないわよん」
「アリス様のこの溢れんばかりの可愛らしさが分からない貴様の方が目もセンスも最悪だ。そんな眼球は要らないだろうな」
我の後ろ、遠くの方に控えさせていた筈の2人は既に我のそばまで来ている。こらこら。ラギアはその手の中で軋んだ音を立てている杖をしまえ。折れる前に。マルシュヴェリアルは鞭を構えるな。色々何かに抵触する恐れがある!!
「2人ともステイ。壁際まで戻れ」
「!?ちょっと!貴女平民の癖にマルシュヴェリアル様に馴れ馴れしく命令「「御意」」…して、…な…!?」
マルシュヴェリアルもラギアも表情を殺して壁際に整列した。顔の下では怒り狂ってるがな。どれだけ冷静さを欠いていようが我の一言には絶対に忠実。流石我の配下。
どこぞのご令嬢はこの程度のことで随分驚いたようだ。
「…どこぞの何某か知らんが、我平民だから貴族のルールとかそんなん知らんし、知ってようがどうでもいい。既に幾つものルールを無視している令嬢を名乗るには烏滸がましい子供に対し、我がこれ以上気を遣ってやる必要は無いと思うがどうだろうか?」
「気遣いですって!?」
そうとも。
「都合のいい言葉しか聞かないその耳切り落としたいがとりあえず、形だけでも招いた我の良心を察して用件だけを話せ。
ここに唯一ルールがあるとするなら、弱肉強食。強者に従え、弱者を淘汰。野蛮というならそれはそれ。この屋敷の中にのこのこ入ってきた以上、貴様にそれを拒否する権利はない。我という強者が弱者にもう一度だけ、機会を与える。
簡潔に話をするか、死ぬか選べ?」
ちゃんと気を遣って、多少イラついても殺気は出さずにいてやった。死だって大したことはない。ちゃんと蘇生すること前提だとも。まあ、貴族社会的には死んだも同然になるだろうがな?しかし、ここまで来ても選択肢を提示してやる所は我だからこそだ。ラギア達も止めたしな?
「我、超絶優しかろう?」
僅かに漏らした魔力に当てられて、顔面蒼白どころではない令嬢にそう問いかけたが、勿論返答はなかった。
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