前世魔王の伯爵令嬢はお暇させていただきました。

猫側縁

文字の大きさ
135 / 136

129.

しおりを挟む



突然こんな事を言い出すのは元魔王としてはどうかと思う。だが、今現在、我はちょっと魔法が使えすぎて毒と呪いの類の効かないだけの女の子なので、口を大にして叫んだとて問題ないと思って敢えて言葉にしよう。
……美味しくないものよりも苦手なのは、実は可愛いものなのだ。

疑問を浮かべたものも多いはずだが、まずは我の話を聞いてもらいたい。天敵っているだろう?どうしても対処しきれない相性悪い相手の事だ。

可愛いものと美味しいものを盾にされてしまうと、我、ちょっと手も足も出ない。…例えば、

「「「「「お願いしますッ!」」」」」

人型にしただけで元々はサソリ娘だと分かっていても美少女達に涙目で見上げられたり、

「ありすさま、…ゔぃーが近くにいるの、いやメェ?」

擬態しているだけで元々は半虫族の成人男性だと知っていても、見た目可愛い羊の人形が、しょんぼりと分かりやすく落ち込んで見せてきたら、我、嫌も駄目も言えない!そのくらい、我の中では可愛いものと美味しいものは正義である。自分の欲に素直な自分が憎い。
例え元配下がチョロいと我のことを思っていたとしても!

「……ッ…!…………分かった…!」

恐らくこれがアリスになってから我が初めて自覚ありで折れた瞬間だった。

「…アリス様、甘過ぎです(ドヴィアデズのわがままは素直に聞くんですか効くんですね。知ってましたけど。小動物とかに弱い事もしってますけど。それにしても押し負けるの早くないですか?)」

ラギアの目が冷たいっ!視線でつらつら語るな!雄弁な視線に、我はそろそろ屈しそう。配下ごとに対応違い過ぎだと!?……ごめんて!!

我は今、美少女達と愛らしい人形に囲まれながら、虚な目で我を見続けるラギアから目を逸らし続けていた。どうしてこうなったのか?
では、我がドヴィアデズの使者達に触れ、転移をしたところまで遡ろうではないか。



ドヴィアデズの住処は案の定、地中にあった。地中というか、…恐らく迷宮の中に。アリスとしての人生で2回目の迷宮だな!うむ。……何もない。
我の部屋から転移魔法で着いた空間には、ただただどこまでも続いている砂の大地と同じく真っ青な大空がひろがるだけだ。建物も無いし、植物も勿論無い。

…我の配下が手を加えた迷宮って何で"何もない"がお決まりなのだろうか。我はそんな迷宮の作り方を教えた事はないぞ!ひたすら勇者を追い詰め嫌がらせをしまくる仕掛けばかりの楽しい迷宮の作り方は教えたが!

しかし、この程度の事で動揺する我では無い。以前もやったように魔力を眼に集中させてこの迷宮の実態を見れば…!…み、れば…。……。

「帰る…」
「「「「「早っ!」」」」」

魔眼状態のこの眼に見えたのは、廃墟でも人の慣れの果てでもない。ついでに金銀財宝なんかでもない。まあ、ここに住み着いている相手が相手。そこから推測出来るものが転がっていたと言っておこうか。

…せめて豚肉なら焼いて食べる気になったのだが。

「帰らないでくださいっ!」
「やだ!」
「私たちがアレらと同じ状態になってもいいんですか!?」

……我が帰ろうとしている理由に心当たりがあるということは、これを見たことがあるのか。…いや、見せられたのか。我を連れてこれなければこうなるぞという意味を込めて。うーむ…。

「…それもそうだな。人型だと良心が痛むから元の姿に戻しておこう」
「人型じゃなければいいんですか!?」

縋り付いてきた長女(いつも最初に口を開くから長女でいいだろう)が、ひとでなしと叫ぶ。いや、別にその程度言われ慣れているから罪悪感も何も感じないのだが…。

「…我がお前達を木っ端微塵にしようとしてた事を忘れてるだろう」
「……同類みたいにバラバラにされた上、綺麗に部位ごと並べて残して、標本の一部にされるよりはそっちの方がまだマシです…!」

…我、折角言わないでおいたのに。

残りの4人娘も身を寄せ合ってガタガタ震えている。ドヴィアデズによる使者教育は、余程精神に突き刺さったらしい。それもそうか。彼奴なら従わせる為だけに目の前で何の感情も無く同胞を解体するだろうし。
それにしても、まさか迷宮を標本代わりにするか。既成概念にとらわれないあたりが流石我の元配下だ。

料理長も言っていた。紙とペンが無いのなら、その辺の煉瓦や石に水魔法の応用で文字を刻んで、あとはそれらを収納してしまえばいいのだと。つまり、ドヴィアデズは迷宮をノート代わりにしたのだろう。資源を無駄にしない。素晴らしい活用法だな!

「あの悲痛な声が頭の中から離れないんですよぉおおおお!」
「痛い…!ぜったいいたい…!無理…!」
「怖い!失神も出来ないぃ…!」

うむ。どのくらい悲痛だったのかは、この娘達の必至具合から推察出来る。ドヴィアデズがあまり変わっていないことだけは分かった。

「酷い言い草メェ。優しくしたメェ。ちゃんと麻酔を使ってやったメェ。効果が切れる頃には叫べる状態じゃ無いから静かだったメェ」

そっかー。麻酔を使ったのかー。

それは確かに優しくなったものだ。
前同族の奴らを潰した時は麻酔無しで、今この迷宮内で起きている事と同じ事をしてたものだから、奴の領地の方角から吹く風は様々な悲鳴を届けてくれていたし。
そう考えれば可愛らしくなったな。ついでに可愛らしい声が聞こえたな。…足元から。

同世代と比べても小さい我が下を向けば、我の膝丈くらいの羊の人形が、2足で立って我を見上げてメェと鳴いた。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

魔力0の貴族次男に転生しましたが、気功スキルで補った魔力で強い魔法を使い無双します

burazu
ファンタジー
事故で命を落とした青年はジュン・ラオールという貴族の次男として生まれ変わるが魔力0という鑑定を受け次男であるにもかかわらず継承権最下位へと降格してしまう。事実上継承権を失ったジュンは騎士団長メイルより剣の指導を受け、剣に気を込める気功スキルを学ぶ。 その気功スキルの才能が開花し、自然界より魔力を吸収し強力な魔法のような力を次から次へと使用し父達を驚愕させる。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

処理中です...