不器用課長とキャバ嬢愛ちゃん

あわい(間)

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第8話

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明け方、喉の乾きで目が覚める。カーテンの隙間から、薄い光が滲む。
(――頭が痛い。)
ぼんやりする意識の中で、昨夜の慶佑の冷たい視線と突き放すような声が現れては消える。
鼻の奥がつんと痛む。タクシーを降りてから自宅のベッドに沈み込み、何時間も泣きはらしたのに、枕はまだ湿っている。

ヒリヒリする目をぎゅっと閉じて暗闇に意識を投じた。
部屋を静寂が包み、不安な気持ちの輪郭を際立たせるようだ。
愛ちゃんあいは自分の心の持ちようがわからなくなり、震える肩を抱きしめた。


スマホの着信音が静寂を破る。
(……お母さん)
「……はい」
「あ、葵子あいこちゃん?!お父さんが、お父さんが倒れて……!」
電話越しの母の慌てた声に血の気が引く。
「……え?」

ーーーー

月曜朝の営業ミーティング。
田村営業部長が新しいプロジェクトについて淡々と説明する中、慶佑けいすけの心は上の空だった。
「杉山。1週間後には次のプロジェクトが動くから、落ち着いてる案件は田中と佐藤主導に切り替えてね」
「承知しました」


田村部長が退出した後は、慶佑が田中と佐藤に指示を出していく。
「田中、この案件とあとこの案件。大きな提案も終わったし、プロジェクト終了までは定例ミーティングだけだから、お前に任せたい」

慶佑がいくつか示した案件の中には、愛ちゃんの務める大手メーカーのものも含まれていた。田中の目がすぐにそれに気づく。
「それで佐藤の方は……」

「課長。」
田中は不服そうな目で慶佑を睨みつけた。
「愛ちゃんのこと避けてるのバレバレです。よくない!大人でしょ?!問題に蓋するのだめ、絶対!」
田中は腕で大きくバツ印を作った。

「……それに男だったらちゃんと確かめましょうよ。」
次の一言には田中なりの気持ちが込められていた。慶佑の肩が小さく下がる。田中の指摘は的確すぎて反論できない。
田中から事情をきいているであろう佐藤も黙って慶佑の様子を見ている。その瞳は静かだ。


慶佑は小さく息を吐いた。
「……田中。お前はできる奴だ。機転が利くし、意外に細かいところもちゃんと見てる」
「トラブルが起きそうなときは事前に相談してくれ」
「課長っ!」
慶佑はわめく田中を遮るように「頼んだぞ」と告げ、佐藤の方に向き直り指示を出していく。

田中の真剣な眼差しから背を向けてもう振り向かない。
(今更、どんな顔をして会えばいいと……)
慶佑の胸の内は嵐のように荒れていた。自分の卑怯さが嫌でたまらない。けれどどうすることもできない。

ーーーー

1週間後の朝、田中が血相を変えて慶佑のデスクに駆け寄った。
「課長!……ちょっと」
息を切らしながら、営業フロアから出て廊下のすみまで慶佑を引っ張る。
「あ、愛ちゃんが……!愛ちゃんが会社にもClub Aubeクラブオーブにも来てなくて」
慶佑の目が見開く。

「最初は最近愛ちゃん見かけないな……って思って、ママに聞いたらしばらくお休みするって。」
「それで会社の受付でも見かけないから、永瀬ながせさんにも聞いたら、長期休暇を取って実家に戻ってるって。」
「…それと」
一瞬田中の目が泳ぐ。

「……なんだ?」
「……結婚するために佐賀に戻ったらしいって噂もあって。あの時のイケメンの彼と」
田中の言葉に、慶佑の顔から血の気が引いた。しばらく動けずにいる。
「課長……これ、やばくないですか?」

田中の心配そうな声が、慶佑の耳に遠く響いた。
現実を受け入れたくない気持ちと、もう手遅れかもしれないという絶望感が胸を締め付けた。


ーーーー

会社から歩いて5分ほどの行きつけの定食屋は、昼時の慌ただしさが過ぎ去り、静かな午後の空気に包まれていた。年季の入った木のテーブルに、生姜焼き定食とサバの塩焼き定食が並んでいる。
慶佑は箸を持ったまま、ぼんやりと窓の外を眺めていた。普段から寝不足気味の重いまぶたは、今日は特に深い隈が刻まれ、顔色も悪い。茶碗の中のご飯はほとんど減っていない。
 
向かいに座る井藤いとうは、慶佑の様子を見ながら、器用に魚の骨を取り除いていた。
「で、何やらかしたんだよ?」
視線をテーブルに戻した慶佑は、しばらく黙って言葉を探しているようだった。
古い時計の音が間を刻む。
 
 やがて、ため息と一緒に言葉を落とした。
「……あの子の幼なじみに嫉妬して八つ当たりした」
井藤の眉がぴくりと動く。
「はは、課長様もやるな~。」
井藤が小さく笑うが、いつもの軽薄そうな笑みの奥に、友人への心配が見え隠れしている。
 慶佑の表情は暗いままだった。
「そのとき……あの子の仕事まで否定するようなことを言っちまった」
 
声に出した途端、慶佑の胃が重くなった。あの夜、彼女の涙ぐんだ顔が、脳裏に蘇る。 
――『そんなこと言うなんて、ひどいです』
 震える声がまだ耳に残っていた。


「それで…どうやら実家に戻っているらしくて……」
「……へぇ?」
「しかも近々結婚するらしい」
「マジか」
井藤が眉をひそめる。少し頭を冷やすために距離を置いたのかと思いきや、結婚というパワーワードに驚きを隠せない。
「もう、俺とは縁がなかったのかなって…」
案の定、慶佑の声が小さくなっていく。そのまま消えて無くなるのではないかというほどの弱気な様子に井藤も表情を改める。


「なるほどな。」
少し間を置いて、井藤の表情が真剣になる。
「なあ慶佑。お前をこんなに悩ませるあの子、すげーな。」
慶佑は俯いたまま答えられずにいる。井藤の声がさらに低くなった。
「そんな子を手放すとか、本気で馬鹿だろ?」
井藤の言葉に、慶佑の頭には殴られたような衝撃が走った。

確かに、これまでこんなに一人の女性のことで頭がいっぱいになったことはなかった。

「恋愛だって人間関係。仕事でも友達でも、本気で誤解されたくない相手には、なりふり構わず行くだろ?」
そう言いながら井藤は片眉を上げる。
「グズグズしてりゃ、"本気じゃなかった"って証拠になるだけだぜ」
わざとらしく肩をすくめた。彼は遊び人だが、人間関係については案外鋭い洞察力を持っている。
その言葉は的確に慶佑の心を射抜いた。

やっと顔を上げ、小さく呟く。
「……離れ、たくない」
「だろ?」
井藤が満足そうに頷いた。
「でも、どうすれば——」
言いかけた時、井藤がグラスを音を立てて置いた。その音が慶佑の迷いを断ち切るように響く。
「行動あるのみ。それ以外に道はない」


愛ちゃんの涙を拭う横顔、タクシーに乗り込む儚い後ろ姿。そして、実家に帰ってしまったという現実。
全部、自分が引き起こしたことだった。
定食屋の店内には、古いエアコンが唸る音が響く。
(……これは、この想いは俺から言わなきゃいけない)
心の奥で、確かな声が響き慶佑の胸に熱が宿る。


「ちなみに俺今、永瀬さんにアタック中」
井藤は急にニヤッと笑った。慶佑の思考が一瞬止まる。
「は? うそだろ……」

慶佑は呆れ顔で額を押さえた。永瀬は愛ちゃんと同じ受付にいるあの背の高い美人だ。
井藤らしいといえば井藤らしいが、このタイミングでその話かと半ば呆れる。

不思議と少しだけ力が抜けていた。井藤の軽さが、重苦しい気分を和らげてくれた。
「お前はいつもそうだな」
「当たり前だろ。だから俺の方が、だんぜん人生楽しんでるんだよ」
井藤がけらけらと笑う。

(謝らなくちゃいけないし、ちゃんと話さなくちゃいけない。あの子が実家にいるなら、そこまで行ってでも)

慶佑は静かに箸を置き、深呼吸をした。
「……わかった」
立ち上がった慶佑の表情には、迷いが消えていた。
「お?やっと動く気になったか」
井藤がにんまりと笑う。

「でも井藤、永瀬さんのことは諦めろ。あの人のタイプ、きっとお前じゃない」
「なんでだよ!俺のどこがダメだって言うんだ」
「全部」
慶佑の即答に、井藤が大げさに胸を押さえる。
「ひどいなあ、親友なのに」
だが、その表情は嬉しそうだった。慶佑が元の調子を取り戻しつつあることが、何より嬉しいのだろう。

「慶佑、頑張れよ」
店を出て井藤が肩を軽く叩く。そのまま慶佑を追い越していく。
「井藤、本当にありがとう」
井藤がひらひらと手を振りながら、先に歩いて行く。
その後ろ姿を見送りながら、慶佑は心に決意を固めていた。

ーーーー

木曜日の昼下がり、新幹線の車内には静かな時間が流れていた。
木金の2日間、有給をとって九州へ。この決断に迷いはなかった。
スーツ姿のビジネスマンや老夫婦がまばらに座る中、慶佑は窓際の席で田んぼと山並みが流れる景色を眺めていた。
(逃げない。伝える。今度こそ、誤魔化さずに)
車窓に映る自分の顔を見つめながら、慶佑は深く息を吸った。今度こそ、心の内を全て伝える時だ。

 
降り立った街は、山々に囲まれた静かな田舎町だった。古い建物が立ち並ぶ昔ながらの風景が残っている。
古い木の看板に「中桜酒造」と書かれた建物の前で、慶佑は一瞬足を止めた。伝統的な造りの蔵は重厚な雰囲気を醸し出している。引き戸に手をかけると、ひんやりとした空気と共に日本酒の香りが漂ってくる。

「すみません……」
店内には一升瓶がずらりと並び、静寂が支配していた。
「いらっしゃい」
奥から杖をついた壮年の男性が現れる。
足には包帯を巻き、眉間には深い皺が刻まれていた。たれ目がちな瞳に、彼女の面影があった。
眉間の深い皺が近寄りがたい雰囲気を増長させている。

「どがん酒を探しよっと?」
「……あ、いや、その……」
「基本は辛口ばってん、調整してあるものもあるけん。好みは?」
鋭い視線に追い詰められるように、慶佑の額に汗が滲む。
「あの……酒はあまり得意じゃなくて」
その瞬間、男の表情が険しくなった。
「……なんね。酒も知らんとが、蔵まで買いに来るな」
低い一喝に、慶佑は慌てて頭を下げた。
「す、!すみません!」

その時、奥からパタパタと足音が響いた。

「お父さん!声大きかよ!店には出んでよかって言ったでしょ!」
小走りで現れたのは愛ちゃんだった。
エプロン姿で、髪を下ろしたナチュラルな姿。東京で見る彼女とはまた違った肩の力の抜けた表情が印象的だった。
「え……杉山さん?」
「愛ちゃん……」
二人の視線がぶつかった瞬間、胸がいっぱいになって言葉が出ない。
慶佑は思わず手を伸ばしかけて、ギュッと拳を握る。愛ちゃんも息を呑んで、ただ彼を見つめていた。


しばらくの沈黙の後、慶佑が口を開く。
「あ、の……あの日は嫉妬して、君に八つ当たりした。」
愛ちゃんから目をそらさずに伝える。誤解を解きたい。その一心だ。父親の存在も忘れ、慶佑の意識は完全に彼女だけに向いていた。

君が大事にしている仕事の向き合い方まで否定してしまった。本当に申し訳ない」
慶佑は愛ちゃんに向かって深々と頭を下げる。
真っ直ぐな謝罪の言葉に息を呑む。慶佑の背中がわずかに震えているのが目に入り、彼女の心臓も跳ねる。
「杉山さん……」
「でも……あれを最後にしたくない。俺は——」
慶佑は決心したように顔を上げる。


「俺は、君が好きだ!……愛してる」
空気が止まる。
「なっ!?」
父が絶句する。
「え……!」
愛ちゃんの頬が真っ赤に染まり、口元を覆って目を白黒させている。
「知っての通り、女性の心は全然わかっていないし……また嫌な思いをさせてしまうかもしれない。でも……愛ちゃん、君のそばにいたい。」
「うそ……」
もう会えないと思っていた彼からの真摯な言葉。彼からしか欲しくない大切な言葉。愛ちゃんの瞳がじわりと滲む。
「信じてほしい」


彼女の肩は震えて、大粒の涙が溢れた。
「私も……、杉山さんが、好きです」
「はっ!?」
父の目がさらに見開く。

愛ちゃんが駆け寄る。慶佑も愛ちゃんを腕の中に受け止めて、二人だけの世界が完成した。
慶佑はその勢いのまま、父親の方に向き直って深く頭を下げた。
「娘さんをください、一生かけて大切にします!」
「えええっ!?杉山さん、やりすぎです!」
愛ちゃんが慌てて両手を振る。
それまで黙って見ていた父がとうとう目をひん剥き、怒鳴る。
「人の目の前で何ばしよっと!!それに、どこのどいつが"娘さん"や!葵子ば呼べ、最後までちゃんと言わんか!」
「……えっ」
愛ちゃんの本名——葵子——が口にされ、慶佑も固まる。
「葵子!お前もはよ離れんか!!!」
「は、はい!!」
愛ちゃんは耳まで真っ赤になって俯いた。



その時、奥から穏やかな声が聞こえてきた。
「なんね? どちら様? なんか、よかこと起きとる?」
母の柔らかい声が、場の温度を下げる。愛ちゃんに似た優しい目元をしている。

「えっと…、こちら、杉山慶佑さん。得意先の営業課長さんで、」
愛ちゃんが慌てて説明すると、母親が嬉しそうに微笑む。
「葵子ちゃんの大事な人ね?」
「…!」
慶佑が驚く。葵子が真っ赤になってコクリと頷く。
慶佑はペコリとお辞儀をする。
「はじめまして、葵子の母です。東京からいらしたとでしょ?わざわざありがとう」

母親の穏やかな笑顔に、慶佑は少し安心する。
「せっかくやけん、その件は晩御飯のときにゆっくり話したら?葵子ちゃんも、今日はお家のことはよかけん杉山さんと出かけてらっしゃい」
「おい、お前!」
「まぁ、まぁ、あなた」
母親は夫を軽く制して、にこにこと二人を見守っていた。

ーーーー

二人でぎこちなく酒蔵を出たあと、愛ちゃんが小さな声で話しかける。
「海……でもいきましょうか」

愛ちゃんの運転は慣れたもので、故郷の道を難なく進んでいく。1時間ほどドライブして海の近くの観光地が見えてきた。助手席から見るその横顔は、さっきの告白を思い出しているのかほんのり赤い。
窓の向こうに青い海が広がってくる。午後の日差しを受けてキラキラと光る海面が美しい。

砂浜には流石に泳ぐ人はいないが、足を海につけて楽しむ人や散歩する人たちの姿が見える。
潮風が頬を撫で、波の音がリズミカルに響いている。
慶佑は葵子の少し後ろを歩き、どこか遠慮がちな距離を保っていた。

愛ちゃんがポツリと呟く。
「嫉妬…してくれたって本当ですか?」
慶佑の足が止まる。
「う…。そうだ。情けないけど、いい歳して我を忘れた。ごめん」
振り向き慶佑を甘く見つめる。海風で髪が揺れている。
「あれは、なんでも一生懸命に、誰にでもちゃんと向き合える君がまぶしくて」
 慶佑は砂を見つめながら続ける。
「つまりは拗ねてた。…はぁ、俺って本当、心が狭い。……ごめん。」

愛ちゃんは小さく微笑んで、慶佑の前に歩いてくる。
「心が狭いって…そんなことないです。杉山さんが嫉妬してくれるなんて、すごく嬉しい」
「嬉しい?」
「だって、それだけ私のことを想ってくれてるってことでしょ?……私、今まで誰かにそんな風に想われたことなかったから…」
愛ちゃんの頬がほんのり染まる。

「杉山さんは優しすぎるんです。いつも気遣ってくれて、私の話にもいつも真剣に向き合ってくれて。本当は苦しかったのに、それを表に出さないで…私の方こそごめんなさい」
愛ちゃんも静かに頭を下げた。波の音が二人の間に響く。
「愛ちゃん……」
慶佑が目を細める。

「私のために嫉妬してくれたなんて…」
顔を上げた後の愛ちゃんはもう一度確かめるように呟いて、恥ずかしそうに顔を覆う。
「すごく愛されてるんだなって、実感できました」
小さな声で続ける。

「一つ確認なんだけど……秀島くんは、その、君の婚約者なんだろ?……俺は、それを今から崩していく覚悟だ」
確認といいつつ瞳の奥に物騒な光を宿す慶佑に愛ちゃんがきょとんとした目を向ける。
「え?何の話ですか?」
「え?だから……」
慶佑と目があって愛ちゃんの脳裏にノリのいい母の顔が浮かんだ。
目をそらして、怒りをあらわにする

「もう……母ちゃんのせいじゃ」
ポツリとこぼす。
「え?」
「秀ちゃ、……秀島さんはただの幼馴染で。昔から家族ぐるみでつきあいがありますけど、大学を出てから私とは交流はなかったんです」

「母は少し強引なところもあるので、自分から連絡しない私を促すために彼を会社の方によこしたみたいで」

愛ちゃんはつま先で砂を蹴る。その様子を見ると心の中ではなにかモヤモヤした思いがあることが感じられる。
「昔から両親が勝手にそういう目で彼を可愛いがっていたような節はあるんですけど、私の意思とは関係ないです。」
「そう……か」
愛ちゃんは慶佑を見つめる。瞳が少し潤んでいる。次の瞬間ふっと目を逸らされた。
「ごめんなさ……っ私、杉山さんにそう思われるのは辛いです……」
愛ちゃんの目から透明な雫が流れる。

慶佑は胸が痛くなってすぐさま彼女を自分の腕で包み込む。
「ごめんっ。また泣かせて、俺は最低だな」
「……!」
愛ちゃんが慶佑のシャツをぎゅっと握り込む。
「……ずっと帰って来てほしいって言われてたんです。でも私は今の仕事が好きだし、ちゃんと自分の力も試したかった」

慶佑の脳裏に、愛ちゃんの部屋で見た付箋だらけの参考書が浮かぶ。努力を重ねる彼女の一生懸命さを思い出すと、胸が締め付けられるように痛んだ。
この人を絶対に守りたい。そんな強い思いが慶佑の中で燻る。

「俺に全部まかせてくれる?」
「え……?」
「大丈夫だから。……信じられそう?」
そこにはもう愛ちゃんのことを一番に考えてくれる頼りがいのある大人の男性がいた。

自信なさげだった慶佑の瞳には確かな決意が宿り、その表情は今まで見たことがないほど頼もしかった。
コクリと頷く愛ちゃん。

「あと、愛ちゃん………、葵子って、呼んでいい?」
すん、と可愛らしく鼻を鳴らしてもう一度コクリと頷く。

「じゃ、俺のことも名前で呼んで?」
「……慶佑さん」
口にすると熱に浮かされたように耳まで熱くなる。

それは慶佑も同じようで。
「葵子……、ほんとに好き。」
葵子を包む腕の力が強くなる。苦しくなって広い胸の中から見上げると甘い笑顔が葵子をじっと見ている。彼の長い指が葵子の頬にかかる髪をそっと耳にかける。
(あ、キスされる……――)

葵子がくすぐったい気持ちで瞼を閉じた瞬間
「ワン!!」と突然至近距離で犬が大きく吠えた。

「うわっ!!ごめ、俺、犬だめ……!!!」
慌てて葵子から離れる慶佑。ビックリして逃げるように数歩後ずさる。

甘い雰囲気も、やはりいつもの「ばっちり決まらない」男である。
頼もしい姿を見せたのも束の間、
犬一匹に慌てふためく慶佑の様子を葵子が微笑ましく見つめる。
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