【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

文字の大きさ
6 / 202
第1章 廃ビルの向こうは異世界でした

05 ベッドの中

しおりを挟む
 


 夢を見ていた。

 廃墟になったビルの中を、一人きりで、あても無くさまよい歩いている。
 何か大切なものを探しているという感覚はあるのに、それが物なのか、人なのかも思い出せない。
 ただ早く見つけなければという、あせりばかりが胸を苦しめる。
 無くなってしまうからか。それとも、このまま一生見つからないで終わってしまうかもしれないという、不安か……。

 どこかで見落として来たのかもしれない。
 そう思って振り向いた、そこには、真っ暗な穴が大きな口を開けていた。




 目を覚ますとベッドの中にいた。
 淡いベージュのような、少しくすんだ色のシーツ。いい匂いがする。肌触りもいい、洗いさらしたガーゼみたいな感じだ。ものすごく柔らかなマットレスが、身体を包み込んでいる。
 肩に見覚えのある、落ち着いた色合いの布がかかっていた。
 アーヴァイン――ヴァンさんがかけてくれた、ブランケットだ。

 そうだ。
 廃ビルに投げ捨てられたカバンを探していて、どういう理由か異世界に迷い込んだ。暗いトンネルをめちゃくちゃに探し回って人とぶつかった。情けないことにひざを思いっきり打ち付けて、歩けなくなったんだ。
 だからあわれに思ったお兄さんが、俺を運んで、ここに連れて来てくれた。

 知らない街。
 知らない部屋。
 これからどうすればいいのか、帰る方法も分からない。

 不安や混乱から息が苦しくなって……パニック症状を起こして抱きかかえられた。

「ヴァン……さん、に」

 もぞり、と横を向いて膝を抱える。
 ひたいを押し付けた肩の、しっかりとした骨の感触。背中をさする大きく温かな手の感覚。匂い。全部覚えている。
 そして、そこで記憶は、途絶えている。

 ちら、と視線を上に向けた。
 古い木でできている高い天井。カントリーハウス、という具合の落ち着いた色合い。ごちゃごちゃと、本やら小さな機械や石やら……色々な物にあふれている壁際。テーブル。イス。
 それらが窓からの鈍い明かりに、浮かび上がっている。

 今が何時なのかは見当もつかない。晴れた日というよりは、雨でも降っていそうな鈍い明かりで、午前とも午後ともつかない。それこそ……夜明けか夕暮れ時かも分からない。
 記憶にある店舗やリビングと部屋のようすが違うから、ここは別の、寝室、なのだろう。

 静かな部屋。人の気配はない。
 ブランケットと、上に少し厚手の毛布がかかっている。それを肩の上まで引き上げて、顔の半分までかぶって瞼を閉じた。

 温かい。
 静かで、心地いい。

「大丈夫……」

 ヴァンさんが言ってくれていた言葉を呟く。
 うとうとしながら、ただ肌に触れる感覚を味わい記憶をなぞる。

 何度も何度も、同じ言葉で俺を落ち着かせようとしてくれた。
 「大丈夫」「もう怖いことは無い」「ここは安心できる場所だと」と。呪文のようにヴァンさんの言葉が俺の中にみ込んでいる。

 呼吸は苦しくない。
 震えも無い。
 ここに居る限り、俺は、何も不安に思う必要はない。
 そう言い聞かせて深呼吸をする。

 心の隅では、いつまでもここにいるわけにはいかないのだと、理解している。……それでも今は、今だけは、このぬくもりの中にいたい。

 ふと、下の方で音がした。
 人の気配だ。階段を上る足音が、ゆっくりと近づいて来る。それも二つ。俺は思わず瞼をぎゅっと閉じて、眠っているフリをした。

「――それじゃあ、まだしばらく店は休むのか?」

 ヴァンさんの声じゃない。
 もう少し高くてかすれたような声だ。なんとなく、ヴァンさんと近い年齢の人なんじゃないかな……という気がする。

「ふん……」

 面倒くさそうな声で、ヴァンさんは答えた。

「四、五日くらい、どうということじゃない」
「そりゃあ、ヴァンは平気だろうけどよ。街の人が困るんだよ。俺の方まで苦情がきているんだ」
「どうしてジャスパーに苦情がいくんだ」
「お前のところの魔法石いしは質がいいし、鑑定も精度が高いからだろ。それに美形は定期的に拝みたいんじゃないのか?」
「魔石屋は他にもある」

 めんどくさそうな声が返る。
 ブランケットを頭の方までかぶっているから顔は見えないけれど、あの優しそうなヴァンさんがこんなふうに言うこともあるんだ。いや、人間だからいつでもニコニコ、まったく怒りません、という方が不自然だけど。
 正直あまりイメージがわかない。

「まだ寝てるみたいだな、残念。せっかくの黒曜石オブシディアンを拝めると思ったのに」
「見世物じゃないぞ」
「分かってるって」

 ジャスパーと呼ばれた方の声が笑っているように聞こえる。軽口を言い合っているみたいだ。親しい間柄なのだろう。……それはそうと、オブシディアンって何だ?

「ま、今日は退散するわ。これが痛み止めと沈静の効果の……な」
「助かる」
「目を覚ましてまだかなり悪そうなら、日が沈んでいても連れて来いよ」

 部屋の端の方に気配が動いて、一人分の足音が階段を下りていった。ヴァンさんは下の階まで見送らないみたいだ。俺はそっと息をついた。
 なんだか、目を覚ましたと伝えるタイミングを逃したみたいで、どうすればいいだろう……。

 ゆっくりと足音が近づいてくる。
 ギシ……と横になっているベッドがきしんで、背中の辺りのマットレスがわずかに沈んだ。
 俺の様子を見ているのだろうか。何故か自分の心臓がうるさく感じる。

「リク……」

 ふ、と……頭に温かなものが触れた。
 ヴァンさんの手だ。そのまま優しく二度、三度と撫でる。
 もう一度、ギシ、と枕の方のスプリングがきしんで、気配が近くなった。背を向けている、頭のすぐ後ろだ。ヴァンさんの吐息を感じる。
 頬……というか、口もとを近づけているのだろう。
 そのまま毛布越しに、ヴァンさんの腕が胸の方へと回ってきた。横になったまま抱きかかえられる……添い寝されているような感覚に、俺は戸惑う。

 恥ずかしような。でも、背中のすぐ後ろに温かな気配があるという、守られているような感覚が、すごく、落ち着く。

 そのままヴァンさんは、時々頭を撫でるだけでじっとしていた。
 俺を起こさないように気遣っているのかもしれない。

 身体の力を抜く。
 ずっとこんな時間が続けばいいのに。
 どんなことがあっても、自分一人でどうにかしていかなきゃいけないと思っていたし、今もその考えを変える気はない。それでも今だけは、こうして背中を預けている感覚を、味わっていたい。

「……リク?」

 もぞり、と動いてしまった気配で気づかれたらしい。
 ゆっくりと顔を上に向けると、少し驚いたような顔がこちらを見ていた。寝たフリをしていたのか、とでも言われるだろうか。

「あ……の……」
「よかった」

 そのまま額に唇が触れた。
 え……。
 あ、こ……これって、キスなんじゃ……いや、挨拶、か?

「もう目を覚まさないかと思った」

 緑の瞳が細くなる。そこには記憶にあった通りの、優しい笑顔があった。





しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~

液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿 【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】  アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。  巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。  かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──  やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。  主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ ⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌ ⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。 ⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる

彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。 国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。 王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。 (誤字脱字報告は不要)

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

あなたの隣で初めての恋を知る

彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

異世界で高級男娼になりました

BL
ある日突然異世界に落ちてしまった高野暁斗が、その容姿と豪運(?)を活かして高級男娼として生きる毎日の記録です。 露骨な性描写ばかりなのでご注意ください。

処理中です...