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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
06 憧れる人
しおりを挟むヴァンさんの話によると、俺は二日ほど眠り続けていたらしい。
ベッドに横になっていた時は感じなかったけど、ずっと寝ていたせいか、身体の節々がきしんだ。膝は……みごとな青たんになっている。まだ痛みはあるけど、どうにか動かせるみたいだ。良かった。
「眠っている時に診てもらってね、骨は問題なさそうだと」
「すみません。何から、何まで……」
温かな飲み物をもらいながら頭を下げた。
さっき来ていた人の話からすると、俺のせいで店も休ませてしまったみたいだし、きっといろいろ手間をかけさせたんだと思う。
それに……部屋のようすから見て他にベッドはなさそうだ。きっと俺が占領してしまったのだと思う。
「俺が……寝る場所、とっちゃいましたよね。ヴァンさんは……」
「んん? 大丈夫。君は小さくて抱き心地もよかったからね」
軽い声で笑う。
それは、抱き枕……ということかな?
起きて改めて見るとベッドは思ったより広かった。
うん、確かに俺チビだし、これなら二人ぐらいで寝ても落ちたりしないかな。さすがに家主をソファに追いやって、俺だけ占領していたなんていったら申し訳なさすぎる。
同性同士だし、一緒に眠るぐらいどうということない。
けど、だからか。
少し怖い夢も見ていたような気がするのに、目を覚ました時、不安な気持ちは消えていた。きっと何度もあんなふうに、頭を撫でたり抱きしめてくれたのだと思う。
なんか……小さな子供みたいで、かなり……恥ずかしい。
「お腹が空いただろう。何か食べるかい?」
「あ……」
正直あまり空腹を感じていない。でも、何も食べないというわけにもいかないよね、きっと。心配もかけてしまうし、せっかくの厚意を断るのも悪い。
「はい……軽いものを、少しなら」
「わかった、待っていなさい」
頷いて、壁際にある階段を下りて行った。
そのまま階下から物音が聞こえてくる。下の階は、あのキッチンのあるリビングなのだろう。だとしたら同じ建物の三階部分、かな?
ゆっくりと立ち上がり部屋の中を歩いてみる。膝は……痛いけれど、大丈夫だ。今はまだ走るのはきついけど、家の中を歩く分には支障ない。
部屋は知らない文字の本や、いろいろな小物や石で溢れていた。
もともと石とか興味があったわけじゃないけど、綺麗な物や物珍しい物が並んでいるのは単純に面白い。その中の一つを手に取ろうとしてひっこめた。
これ、店に出す物なら下手に触って壊したら大変だ。
「歩けるようだね」
いつの間にか深皿を手に戻って来ていたヴァンさんが、安心したように声をかけた。
「はい、もう平気です」
「あぁ……ゆっくり。無理しないで」
テーブルにボウルを置く。ヴァンさんの方へ戻ろうとすると、自然な動きで手が伸びて来た。支えられて丁寧に座らされる。そこまで大袈裟にしなくても大丈夫なのに。
今までこんな扱いをされたことは無かったから、何だかひとつひとつが落ち着かない。
「体調とか怪我とか、ゆっくり治せばいい」
「あの……」
「ん?」
「どうして……こんなに親切にしてくれるんですか?」
素朴な木のイスに座り、俺は戸惑いながらきいた。ただ偶然出会っただけの他人に、ここまでしなきゃいけない理由はないはずだ。
けれど俺の言葉にヴァンさんは、不思議そうな顔で返した。
「行き場を無くした子供を追い出すほど、非情な人間ではないつもりだよ」
「でも……警察とか、その」
ヴァンさんが首を傾げる。
異世界。
そうだ、ヴァンさんは俺のことを「迷い込んだ来た異世界人」だと言っていた。ここに警察のようなものは無いのだろうか。あったとしても、そんな場所に突き出されたら困るのは俺だ。
うつむくと、湯気の立つ野菜のスープがあった。
ヴァンさんが、微笑みながら「どうぞ」と勧める。
手を合わせ、スプーンで一口すくって飲むと、じわぁ……と身体の全体にしみわたるほど温かい。
美味しい。
どんなダシを使っているのか分からないけれど、こんなに美味しいものを食べたのはいつ以来だろう。
「君の方こそ、ご両親が心配しているだろう」
「それは無いです」
ふぅふぅと、すくったスープを冷ましながら、俺は答えた。
「俺には父親がいなくて。母親もあっちこっちの男の所に泊り回っているからめったに帰って来ないし。俺がどこで何をしているかなんて、まったく気にしていないというか……」
「ご兄弟は?」
「いません。一人です」
「じゃあ、食事やら普段の生活はどうしていたんだい?」
ヤバイ。思わず食べることに夢中になるところだった。あまりに美味しくてがっつき過ぎたかな。
「食事は……その、学校の給食があったから」
「キュウショク……食事を与えてくれる所があったと」
正確には勉強をする所だけれど。
小学生の頃は同じ団地の知り合いに、時々食事を分けてもらっていた。最近は近くの倉庫で人手が足りない時、手伝いをしてお金をもらっていた。一日三食食べられることは少なくても、どうにか食いつないできた。
そう笑って答えたのに、ヴァンさんの表情は曇ったままだった。
「それでは身体がもたないだろう。正直、君はかなり痩せている」
うん、しっかりとした体格のヴァンさんに比べたら、俺はガリガリだと思う。身長が伸びないのもそのせいだろうな……という気はしている。
けど、こればかりはしょうがない。今は死なない程度に食べられれば十分だ。
「中学……あ、通っている学校を卒業してもっと働けるようになれば、今よりはマシになると思う。まだ十五だから、身体だってこれから――」
「十五⁉」
ヴァンさんが驚いたように声を出した。
えっ……俺、何かまずいことでも言ったかな。
「すまない。十歳ぐらいだと思っていた」
「うっ……」
いくらなんでも十歳は……ひどい。たしかに俺は同年代の平均と比べて背も低いし体重も軽い。東洋系の顔立ちは幼く見えると聞くし。
けど、なんか納得した。
ヴァンさんは俺のこと、本当に小さな子供だと思っていたんだ。
「だとしても、やはり一人で身を立てるには若いな」
「ここ……この世界の成人って、幾つなんですか?」
日本でも江戸時代なら十五で元服――大人の仲間入りをしていた。確か伊達政宗は十一歳で元服していたはずだから、時代や地域によってずいぶん差があるのだと思う。
「そうだね……誕生より十八の年を経た生まれ月の満日。祝いとしてお披露目をするのが習わしとなり、伴侶を選ぶ。まぁ……十八歳、だね」
「へぇぇ……」
「身分によっては社交界という公の場に出るんだよ」
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お披露目なんてあるんだ。成人式みたいなものかな。
「それまで子供は大切にあつかうものだ。孤独な思いなどさせてはならない」
大人として、これは義務であり責任なのだと宣言するみたいに、ヴァンさんは真剣なまなざしで俺を見つめた。
責任感の強い人なんだ。
俺もヴァンさんみたい自信のある大人になれたらいいな……なんて思う。
「さぁ……冷めないうちに食べなさい。もっと食べられるようならお代わりもあるよ」
瞳を細めて、ヴァンさんは優しく微笑んだ。
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