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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
07 勘違いしてはいけない
しおりを挟む――それから結局、俺はスープを二杯もお代わりしてしまった。
元気になった俺の食欲を見て、ヴァンさんは「良かったと」言って笑ってくれたけれど恥ずかしい。いやでも本当に美味しかったんだから、しかたがないよ。
「このスープ、ヴァンさんが作ったんですか?」
「そうだよ、と言えたならいいが、実は僕の友人の奥方が作ったものだ。滋養になるだろうと持って来てくれたんだよ」
友人というのは、さっき俺の様子を見に来ていた人かな。
本当に親しい人みたいだ。けど、奥方……っていうことは妻がいるってこだよね? ヴァンさんの友人が既婚者……ということは……。
「あの、ヴァンさんも……ご結婚を?」
「僕はまだ。難しい性格でね、嫌われてばかりだよ」
そう言って苦笑いする。聞いちゃいけないことだったかな。
ヴァンさんってカッコイイし、すごい優しいのに意外だ。絶対女の人は放って置かない、モテそうなタイプなのに。この世界はモテの基準が違うのかな。
ま……でも、既婚者なら俺の相手をして、何日も添い寝したりしないか。
「じゃあ、ここで……一人で暮らしているんですか?」
「そう。幾つかある中で、ここが一番気に入っているかな。地下迷宮にも近いしね」
すごい……幾つも家があるんだ。もしかしてお金持ちなのかな。
ブランケットとか家具は質の良いものを使っているようだけれど、正直、部屋は雑然としていてあんまりお金持ちっていう感じはしない。
「あの日――」
ヴァンさんが少し視線を落として、静かな声で言う。
「地下道でいつにない違和感を覚えてね、魔法石の収集がてら調査をしていたんだよ。明かりを消して歩いていた方が異変を感じやすいからね。僕の側からは光が近づいてきていると気づいていたのに、避けきれなかった」
そして改めて「すまなかった」と謝罪する。
俺の側からヴァンさんが見えなかったのは、そういう理由だったのか。
「謝らないでください。その……俺、帰り道が分からなくなって、半分パニックになりながら地下道を走っていたから。俺の方が不注意だったというか……」
ヴァンさんじゃなくても壁に激突とか、普通にやらかしていた可能性がある。それで頭だ何だ打ち付けていたら、今頃この程度の怪我じゃすまなかっただろう。
ぶつかったのがヴァンさんで良かったというのも変な話だけど、誰にも遭遇しなかったら今頃俺はどうなっていたのか想像もつかない。
「君は、どうして……いや、どのようにこの世界に迷い込んだか分かるかい?」
首を横に振って答える。
「廃屋になったビル……えぇっと、建物の中でカバンを探していて、いつの間にかって感じで。だからどこをどう通って来たかも全然分からなくて……」
「カバンを、探して?」
「……同じ学校に通ってた人に、取られて捨てられたというか……」
崩れかけて立ち入り禁止になっていたビルだった。
その建物に投げ捨てられて、探さないわけにもいかなかった。
「ひどいな……」
ヴァンさんの表情が険しくなる。本気で怒っているような顔だ。
この程度のこと、「ちょっと友達がふざけただけだから、君も大袈裟に騒がないように」とか、言われそうな話なのに。
「それでカバンは見つかったのかい?」
「いいえ。暗くて、俺もてきとうに歩いていたから」
今、改めて考えても無謀だった。
俺はスマホも時計も持っていないから、廃ビルに入ってからどのぐらいの時間が過ぎたのか正確なところは分からない。もしこの世界と時間の進み方が同じなら、そろそろ行方不明になったと、問題になり始めている頃だと思う。
母親は警察に連絡なんかしない。けれど、学校から児童相談所の職員に連絡が行くのは想像できる。クラスの奴らにも事情を聞いているかもしれない。
高校受験の大切な時期にいじめでクラスメイトが行方不明になれば、大事になる。
正直、ざまぁみろ……という気持ちが無いわけでもない。
あいつらが俺の心配をするとは思えないが、内申書に響きそうな問題は困るはずだ。自分たちのやらかしたことに気がついて、慌てればいいんだって気持ちも湧いてくる。
それともただの家出でかたづけられるだろうか。
親が探さなければ、中学生の失踪なんて大して大事にはならないかも。
なんか、俺も……サイテーなヤツだ……。
「リク……」
険しい表情でうつむいた俺を見てか、ヴァンさんが声をかけてた。
「リクがこの世界に迷い込んでしまった原因は、おそらく、こちらの側にある」
「えっ……?」
ヴァンさんが真剣な表情で説明する。
「異世界と空間が繋がる現象は完全に解明されたものではないが、放置された魔法石が干渉しあうことで、このようなできごとが稀に観測されている」
「放置された……魔法石?」
「そう、空間を歪ませるほどの魔法石は多く無い。だが、君がこうして迷い込んできた以上、迷宮や地下道が危険な状態にあるということだ。そしてこの現象は長くは続かない。おそらく一ヶ月か二ヶ月。それが過ぎて干渉の具合が変れば、もう元の世界と繋がることは二度とない」
二度とない。
そう、言ったヴァンさんの言葉が、俺の中で繰り返される。
「できるだけ早く、リクの世界と繋がっている場所を見つけ出さなければ、戻ることができなくなる……ということだよ」
静かな声に、俺は息を飲んだ。
最低で最悪な俺の生まれた世界。
優しい人がいなかったわけじゃないが、俺一人が居なくなったからといってどうということもない世界だ。――そこに、俺は帰りたいのだろうか。
「たくさん、残してきた物があるだろう?」
ヴァンさんが俺にたずねる。
「やり残したことも」
「やり残したこと……」
卒業の為に頑張ってきた。一人で生きていくために、出来ることはないかと探して、努力してきた。母親や俺を蔑んできた奴らを、見返してやりたかった。
それら全てを中途半端に放り投げる形で、俺はここに来た。
自分で選んで捨てて、ここに来たのならいい。
でも、今のこの状態は俺の意思じゃない。運命に振り回されてきた。それがたまらなく悔しいと、感じている自分がいる。
それに何より、俺がこのままここににいたら、ヴァンさんの迷惑になってしまう。きっと小さな子供の俺に怪我をさせたと、罪滅ぼしの気持ちで優しくしてくれているのだろう。
ヴァンさんの優しさを勘違いしてはいけない。
これ以上、負担になっては……いけない。
「帰らなければ、ならないだろう?」
俺は……ヴァンさんの言葉に、頷いていた。
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