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第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
12 もふもふも常備しています
しおりを挟む首から肩、背中へと、ヴァンさんが優しく身体を洗っていく。
裸を見られるだけでもあんなに恥ずかしかったはずのに、お湯やヴァンさんの手の温かさに負けて、いつの間にかされるがままになっていた。
ヴァンさんは、痛いことも怖いこともせず、俺を労わってくれる。
ただそれが、嬉しすぎて胸が痛くなる。
淡い明かりの中の、湯気にかすむバスルーム。
こんな風に心地良くて落ち着く場所があると聞いてはいても、俺には関係の無い世界だと思っていた。だから望みすらしていなかったのに不思議だ。
「ふぅ……」
吐息が漏れる。
水の音とかすかな息遣いにうとうとし始めた時、耳元でヴァンさんが囁いた。
「これ以上浸かっていたら、のぼせてしまう。そろそろ上がろうか……」
「あ……」
「眠りかけていた?」
「きもちよくて……」
「そう」
微笑みながら答えるヴァンさんが、抱えあげるようにして俺を立ち上がらせた。俺は眠たい目をこすりながら、今更ながらヴァンさんの服を濡らしてしまっていたことに気付く。
「服が……」
「僕もこの後入るからかまわないよ」
そう言って、バスタブの中に立つ俺の身体にきれいなお湯をかけていく。
そうか、なるほど、お湯に浸かりながら石鹸で洗ってしまっていいんだ。けど……。
「ヴァンさんがこの後……入るのなら、お湯、取り換えないと」
バスタブから出て柔らかな布で拭かれながら、ぼんやりした頭と声で呟いた。ヴァンさんは俺をやさしく拭きながら、「そうだね……」と声を返す。
「……今夜は、このまま入ってしまおうかな」
「えっ……」
驚いて見上げる。
「それじゃあ、ヴァンさんが汚れてしまう」
「君は汚れていないよ」
そう言って、瞼の上に軽く口づけした。
汚れていない……じゃなくて、汚れていなかった、の聞き間違いかな? たしかに日本式でも湯船の湯は使い回す。けれどそれはあくまで、身体を洗ってからなのに……。
それともここではこれが普通? なのかな。
「冗談だよ」
からかったのか、悪戯っぽく笑って見せた。
「子供の頃は兄弟三人、まとめてバスタブに入って一緒に洗いあったりして遊んでいたからね。湯の中を泡だらけにして辺りにも飛び散らせ、よく怒られたものだ」
「兄弟がいるんですか?」
「兄が二人。だから、このぐらいは慣れている。それに僕はあまり長く湯に浸かる習慣が無いから、身体を洗ったら後始末をしてすぐに上がるよ。リクは先に休んでいて」
そう言ってもう一度、今度は額に口づけた。
あまりに自然な動きで、顔が熱くなる。
キス……慣れない、よぉ……。
でも……ここは従うしかない。
ヴァンさんはここの家主なんだし、主の言うことならと、俺は頷いてシャツをはおってからバスルームを出た。
ヴァンさんって家事能力値低め改め、ただのめんどくさがり屋だったんだ。やれば出来る子。そうだよね、ちゃんと自分で働いて、これだけの家を維持しているんだから。
「はぁぁあ……きもちよかったぁ」
俺、さっきから同じ言葉ばかり言ってる。
こんなにゆっくりお湯に浸かったことなんてないから、身体の芯までほかほかしている。
「そう言えば……二階のキッチンに、食べたお皿出しっぱなしだ……洗わないと」
魔法石は使えなくても、洗い物くらいはできる。
そう思うのに、身体はふわふわしていてベッドに吸い寄せられてしまった。そのまま、ぼふんと倒れ込む。
あぁ……柔らかくて、シーツがきもちいい。借りたシャツの肌触りも。滑らかな素肌で撫でられてるみたいに、しっとりしている。
「シルク……なのかな……」
サテン織りには見えない。
それともこれも、この世界独特の素材でできているのかな。
シャツ一枚しか着ていないというのが、かなり……恥ずかしくて少し落ち着かないけど……。大きなシャツだから、裾が膝まであるとはいえ。
こういうの、何て言うんだけ? 彼シャツ?
「うわぁあ‼ 女の子なら可愛いになるけど、俺じゃダメじゃん!」
ベッドの上で身悶えする。
いやでも、裸で寝てしまう外国人だっているんだ。そういう異文化を経験しているのだと思うことにしよう。うん。
「ん……?」
ふと、視界のすみに動くものがあった。
小さくてふわふわしたもの。前にヴァンさんが言っていた、ウィセル、っていう生き物だ。一匹……いや、二匹いるかな?
俺が起き上がると、さっと隠れてしまう。
だからゆっくりベッドに寝ころび直して、息を潜める。静かにしていると、また小さな生き物が「キキッ」と鳴いて顔をのぞかせた。
「来るかな……じっとしていたら、怖がらないかな」
現れては隠れを繰り返しながら、少しずつ俺の方に近づいてくる。
昔から動物には好かれる質だった。それで以前、公園で鳩に囲まれて、怖い思いをしたことがある。
野良猫もなぜか寄って来ることが多くて。でも俺のアパートじゃ動物は飼えないし、自分の食事もままならないのに餌なんてあげられなかったから、近づいてきても何もできなかったな……なんて、思い出す。
来い、来い、と心の中で念じつつ……視線だけ向けて待つ。
顔は、ほっぺたに餌を入れたハムスターみたいだ。全体的に淡いクリーム色でヴァンさんの髪の色に似てる。そして胴と尻尾が長い。見た感じ、胴は十センチとか十五センチとかそのぐらい。更にふわふわの尻尾も同じくらいある。
うん、尻尾はリスみたいだ。そして動きが速い。
最初にイタチかな……と思った。
目と鼻の先まで近づいて来て、俺の匂いを嗅ごうとしている。長いひげが鼻先に触れてくすぐったい。
そっと手を動かして指を出すと、一瞬警戒しながらも興味深げに近づいてくる。そのまま、指先で首の辺りを撫でてやると、気持ちよさそうに目を閉じた。
うわぁぁぁ……もふもふだ、可愛い。
小さな手が俺の指を掴んで離して、頭や背中を擦りつけてくる。そんな仕草は少し猫っぽい。癒されるなぁ……。
「ふふっ」
小さな生き物が懐いてくれるのって、なんだかいいよね。
何でもしてあげたくなる。
「あ……」
ふと、ヴァンさんが俺に優しくしてくれるのって、そういう感覚なのかな。俺はもふもふしていないけど、こう、迷子になった小動物を保護するような。
「それってますます、捨て猫みたいじゃないか」
微妙に落ち込むと、ウィセルが慰めるように俺のほっぺたをぺしぺしと叩いた。
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