26 / 202
第1章 廃ビルの向こうは異世界でした
25 信頼できる関係
しおりを挟むガブリエル・ジョー・ギャレット。愛称ゲイブと名乗った男の人は、この街、ベネルクの地下迷宮に湧く、魔物の討伐のギルド長であり、ヴァンさんの剣の師匠でもあるという。
「というかヴァンさん、魔法だけじゃなくて剣も扱えるの⁉」
「ええ、ホール侯爵の御子息にして、王国一の結界術師。怪物級の大魔法使い。とはいえ、常に魔法が使えるとは限らないから、最低限、自分の身は自分で守れるようにというのが家訓なのよ」
店の奥のカウンターを挟んだイスに座って、ゲイブさんはにっこりと笑った。
三十代のはじめぐらいだろうか。筋骨隆々のプロレスラーみたいな体格ながら、おネェ言葉のゲイブさんに、俺は何だか圧倒されている。
それによく知らなかった情報が一気に明かされて、俺の頭はいっぱいいっぱいだ。
「えぇっ……と、ベネルクは迷宮のうえに出来た街だって聞いたけど……モンスタークラスって何? 侯爵とか、御子息とか……ギルドって、会社みたいの?」
何となく、単語のひとつひとつはゲームとか、そういうもので聞き覚えが無くも無い。けどヴァンさんは、魔法の上手い街の雑貨屋さん、もしくは何かの学者とか研究者なのかな……ぐらいに思っていた。
いや、丁寧な物腰とか家具の質の高さや行く店の格式を見たら、わりとお金持ちだったりもするのかな……とも、思ったりしたけど。
「貴族とか……そういう……」
「あら、リクくんがいた世界にも身分があったの?」
「はぁ……まぁ……」
明確な身分制度は昔の話でも、暗黙の格差は歴然とある。その中で、俺は言わずと知れた階級以下だ。もしかして俺なんかが話しかけていいような人じゃ、なかったりしたのだろうか……。
隣に座るヴァンさんに顔を向けると、面白くないとでも言うような顔でそっぽを向いている。
「俺……」
「そういうのは関係無い」
ムッとした声で、俺の言葉をさえぎる。
いつも穏やかな笑顔でいるヴァンさんも、こんな態度を出すことがあるんだ。
「異世界から来た子に、身分など関係ないだろう」
「そうね、半ば勘当されている身だもの。でも、だったらきちんと話すべきじゃない? この世界で暮らすことになるのなら、知っておいた方がいい事柄でしょう? それともヴァン、説明したくなかった理由でもあったのかしら」
「そのうち話そうと思っていただけだよ。それに……」
俺は元の世界に戻る人間だから、必要ない情報は伝えなかった、というところかな。
ゲイブさんは「ふぅん」と訳知り顔で頷いて見せる。
「こう見えてヴァンはワガママで頑固な甘えっ子だから、手を焼いているでしょ?」
「えっ⁉ いえ、全然! 俺、お世話されてばかりで。そんな……」
「あらすごい」
にっこり笑って返す。
なんか……俺、ヴァンさんのこと何も知らない。
「ヴァンが地下で異世界人を見つけたって話は、あたしたちの間でも噂になっていてね、しかも手ずから保護を名乗り出るなんて、どんな子かと話題になっていたのよ」
「えっと……保護するとか、珍しいことなんですか?」
「基本的に、迷宮――地下道で捕獲した異世界の生物は、魔法院に引き渡すものだから。もちろん人もね」
「まほういん……」
警察みたいなところだろうか。
「ゲイブ、その辺りは院と話がついている」
「強引にでしょ?」
「了承したのは向こうだ」
「事が事なのだから、あまり無理を通さない方がいいんじゃない?」
「院が何か言ってきたのか?」
苛立ちを隠さない低い声で、ヴァンさんがゲイブさんにたずねる。少し、怖い。俺の知らないところで、俺が原因で何か揉めているのだろうか。
「まだ、言ってきてはいないけれど、目はつけられているわよ」
ヴァンさんが舌打ちした。
どうしよう。
「あの……俺……」
「リクは何も心配しなくていい」
「でも……」
「約束は守るから」
ふっ、と、俺の方を向いて口元に笑みをつくる。やさしく俺の頭を撫でる。
「大丈夫。ちゃんと、元の世界に帰してあげるから心配しなくていい」
「ヴァンさん……」
「なるほどねぇ」
ゲイブさんが頷いた。
「帰すつもりでいるから引き渡さなかったと」
「密告するつもりか?」
「まさか、あたしはいつもヴァンの味方でしょう? けど、その辺りのこと、あたしたちにまで秘密にされちゃ、こっちもどう立ち回ればいいか分からないじゃない」
ふふふん、と笑いながら「本当に秘密主義なんだから」とゲイブさんが呟く。
二人のやり取りから想像するなら、俺は、「魔法院」とやらに渡さなければならない者で、けれど元の世界に帰す為に、ヴァンさんは俺の知らないところで無理をしていてくれていたのだと……。
ヴァンさんは心配しなくていいと言ってくれるけれど、迷惑をかけているんだな……って、今さらながら実感する。
「では、そういうことなら本題に入りましょう」
ゲイブさんがイスに座りながら、背筋を伸ばすようにしてヴァンさんを見据えた。
「リクくんの世界と繋がる異世界の入り口は、どの辺り?」
「七段回廊の東奥、三と四の辺りの区画とみている」
「目星はついているのね。あの辺り、最近やっかいな魔物がうろついているでしょう?」
「おそらく、クオルティ系ザギルクラス、バフモーンだ」
「まさかあなた、それ一人でやるつもりだった?」
「準備を整えて挑めば可能だよ」
ゲイブさんが「あぁあ……」と声を漏らして天井を仰ぐ。
「そうね、あなたの腕なら一人でも倒せるでしょうね。けど、失敗したら命はないわよ」
「いのち……」
血の気が引く。
ヴァンさんは一体、何をやろうとしていたんだ。
「ダメだ。命を危険にさらすようなことなんか……」
「リク……」
「大丈夫よ」
ゲイブさんが口を挟んだ。
「ヴァンはいつも自分一人で事を収めようとしたがる性格なのは知っているから、あたしたちがちゃんと見張っていてあげる」
ウィンクして俺に笑いかけた。ヴァンさんは口をへの字に曲げている。
「魔法院が動き出す前に行動しましょう。最近、ガラの悪い冒険者もうろついているし」
「髭面の四人組か?」
「あら、もう会ったの?」
「地下道で遭遇した。失礼な奴らだ」
苛立つ表情でヴァンさんが呟いた。
こうして見ていると、ゲイブさんにすごく心を許しているのがわかる。いいな、そいういう信頼できる関係……って。
「それじゃあ明日、日の出の頃に迎えに来るわ。準備して待っていて」
そうゲイブさんが言うとイスから立ち上がった。ヴァンさんも頷いて立ち上がる。気がつけば日は傾いて、窓の外は夕暮れの色になっていた。
20
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
溺愛の加速が尋常じゃない!?~味方作りに全振りしたら執着兄上たちの愛が重すぎました~
液体猫(299)
BL
毎日AM2時10分投稿
【《血の繋がりは"絶対"ではない。》この言葉を胸に、末っ子クリスは過保護な兄たちに溺愛されながら、大好きな四男と幸せに暮らす】
アルバディア王国の第五皇子クリスが目を覚ましたとき、九年前へと戻っていた。
巻き戻す前の世界とは異なるけれど同じ場所で、クリスは生き残るために知恵を振り絞る。
かわいい末っ子が過剰なまでにかわいがられて溺愛されていく──
やり直しもほどほどに。罪を着せた者への復讐はついで。そんな軽い気持ちで始まった新たな人生はコミカル&シリアス。だけどほのぼのとしたハッピーエンド確定物語。
主人公は後に18歳へと成長します(*・ω・)*_ _)ペコリ
⚠️濡れ場のサブタイトルに*のマークがついてます。冒頭のみ重い展開あり。それ以降はコミカルでほのぼの✌
⚠️本格的な塗れ場シーンは三章(18歳になって)からとなります。
⚠️若干の謎解き要素を含んでいますが、オマケ程度です!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる