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第2章 届かない背中と指の距離
35 夏のはじめ嵐の前 2
しおりを挟む「えっ⁉」
瞬間、リクの頬に赤が散った。
「あ……いや、そういうわけじゃなくて……というか、そういうのは、たぶんきっと特別な……恋人になんだろうと思うから。俺はただの保護した子で……そういうんじゃないというか……そんなんじゃないというか……」
うっわぁ……すごい、耳まで真っ赤だよ。
俺、今きっと、すっごい呆れたような顔をしている気がする。
これは何か言った方がいいのかなぁ……と眺めているところで、ヴァンが先程の魔法石を手に戻ってきた。奴にしては随分念入りな、長い詠唱だったな。
「リク、後ろを向いて」
「う……うん」
赤くなった顔を見られたくないのか、素直にくるりと背中を向ける。
まったく、いくら相手がヴァンだからいって、簡単に人に背中を見せるな。襲われたらどうするんだ。
こういうところでも、疑いを持たない無防備なさまが見て取れる。見守っている方としては、気が気じゃないだろうな……と思うよ。
ヴァンはリクの胸元に黒いひも状のものを渡したかと思うと、そのままうなじの辺りで留め金を嵌めた。チョーカーだ。黒い、それほど厚みのないリボンの中心に、金具で止められた先ほど魔法石が光っている。
ふっと……魅了の魔力の圧が下がった。
なるほどねぇ。
完全に魅了を消すには至らないが、無差別に人や魔物を惹きつける危険は下がったな。ヴァンはリクを出来るだけ閉じ込めくないと言っていた。今後出歩く機会が増えるなら、この防御は必須だ。
それにしても……。
こう、白い肌に映えて何と言っていいのか、色っぽい。首輪のよう、というか……似合いすぎて……やらしいよ。
これはこれで目を引くように思えるのだが……。
「ヴァン……これ?」
「守りの石だよ。今度は簡単に砕けたりしない。これを僕がいない間はずっとつけていてほしいな」
にっこり微笑んでいる。
半年前にリクが誘拐された時、身につけていた魔法石じゃ守り切れなくて、意識を失わされたうえに酷い「魔法酔い」になった。ヴァンが自責の念に駆られていたのは、今も記憶に新しい。
そんなことをリクも思い出したのか、反省しています、という顔でしょんぼりしてから「わかった……」と短く答えた。
「いい子だ」
頭を撫でて頬の辺りに口づけする。
ヴァン、そういう仕草のひとつひとつがリクを混乱させて、翻弄しているって、分かっているのかな。
「これから少しジャスパーと出かけるが夕方には帰る。留守番、お願いできるかな?」
「もちろんだよ。どこにも行かないで待ってる」
「お土産は?」
えっ……という顔をしてから「特に、無い」と答えるものだから、ヴァンが「では美味しいものを」とリクの耳元で囁いて俺と共に店を出た。
一歩、店を出ると、先ほどのニヤついた人物とは別人かと思うほど表情を引き締めて、止めた馬車に乗り込む。向かい合って座り、行先を告げて走り出すと、眇めた視線で俺を睨んだ。
「さっき、リクと何を話していた?」
「世間話だよ」
「どんな?」
リクがこれを聞いたらどう思うだろう。君が大好きなアーヴァイン君は、思う以上に嫉妬深い男なんだよ。
「いやぁ……どうしてヴァンは、リクにキスしないのかなぁ……と」
「しているだろ」
「口にはしてないだろ? あぁ……そうか、口にしたら舌を入れたくな――」
がすっ! といい音が天井の低い馬車の中に響いた。
「いってぇええ……」
本気で殴ったな。頭をさすって俺は睨む。
「リクにはまだ早い」
「そんなこと言ってると他の奴に取られるぞ。何せ好奇心旺盛な年頃だ。欲求不満になったらどーするんだよ」
「他の奴には触らせない。だから、魔法石もつけさせただろ?」
さっきのあれか。
「あのチョーカーの、つけている時にリクに触ったらどうなるんだ?」
「とりあえず腕の一本ぐらい吹っ飛ぶかな……」
「ぅえっ……⁉」
「冗談だ」
いや、ヴァンさん、今のかなりマジな顔だったよ。
腕が吹っ飛ぶのは大げさとしても、下手に手を出したらタダでは済まないと。本当に、指一本触れさせるつもりも無いよこいつ。
「危害を加えない者、下心の無い者には無効だから、心配するな」
「あーやだやだ、束縛の強い男は」
馬車のイスに座り直して、俺は天井を仰ぐ。
初夏の街並みは明るく穏やかで、こんな不穏な話をしている者たちが乗っているとは思わないだろう。
そう……不穏だ。この穏やかさは、嵐の前の静けさのように感じる。
馬車の中は二人きりだというのに、俺は声を抑え、囁くように言った。
「エイドリアン様がいろいろ探っている」
「長兄が?」
「お前がのぼせ上っている異世界の少年の正体を知らせて来いとね、報せが来たよ」
舌打ちして窓の外に視線を投げる。
あれだけ魔法院といろいろやらかして、ホール侯爵家次期領主たる人物が黙っているわけが無い。
「お前、先に手を回していなかったのか?」
「忘れていた」
「めんどくさかっただけだろ?」
「そうともいう」
「まったく……」
ため息をついて、俺も窓の外に視線を向けた。
異世界人は得てして特殊な能力を持つ。ある一点に対して、飛びぬけた才能だ。今、リクの能力で分かっていることは大きく二つ。
無尽蔵と言っていいほどの魔力。
そして、人や魔物を惹きつける魅了。
どちらも本人は無自覚でコントロールできない。魔力があっても使い方を知らなければ、宝の持ち腐れた。だが、利用のし方を知っている者たちはたくさんいる。
魔力に飢えた魔物も、リクは格別な餌として見えるだろう。
「魔法院やらご実家やら、忙しいな」
「覚悟はしている」
「ならいいさ」
生涯をかけて守ると誓ったのなら、この男はやるだろう。
「それともう一つ、エイドリアン様の御子息も来たがっている」
「クリフォードが?」
「あの甥っ子君はお前を崇拝していただろ? 何も起きなきゃいいけどな」
起きなきゃいいが無理だろうな。
あぁ……まったく……一波乱も二波乱も起こりそうな気がするよ。
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