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第2章 届かない背中と指の距離
36 見守られている
しおりを挟む異世界の朝は早い。
日が昇ると同時に目覚めて身支度を整え、まずは広場へ水くみに行く。飲み水を用意するためだ。
生活用水は雨水を溜めたタンクがあるけど、それも晴れの日が続けば足りなくなる。ヴァンは時々ずるして、水魔法で追加したりしているらしいが、飲み水は基本、毎日新鮮な物を井戸からくんで来る。
両手に水桶を一つずつ。それなりの重労働。
でもおかけで、ここに来てから少し腕力がついた気がする。いや、同年代の男子と比べたら、まだまだだけど。それに何より、毎朝近所の人たちと挨拶する。これも楽しい。
「リクくん、おはよう」
「おはようございます!」
「今日も、いい笑顔だねぇ」
「旦那はまだ寝ているのかい?」
「はい……また夜遅くまで、いろいろ調べものをしていたみたいで……」
あはは、と笑って返す。
陽の光の無い夜は魔法の力が強くなる。だから入手した魔法石の手入れや、地下道とそこから続く迷宮の探索、魔物の調査、もろもろ、どうしても夜の作業が多くなる。俺が来る前は、遅い朝ご飯と昼がいっしょ、なんてことも多かったみたいだ。
いつもの世間話をしていると、水をくみ終わった角のお菓子屋、リビーさんが声をかけた。
「見てもらいたい魔法石があるんだけれど、今日はお店、やるかねぇ」
「どうでしょう。何時頃来るのか分かれば、それまでに起こしておきます」
「助かるわ。それじゃあ、昼の五つ頃にでも」
午後一時頃か、それならヴァンも起きるかな。
「わかりました。出張の準備もあると思うので、都合がつかないようならお預かりして、後日にお返事でもいいですか?」
「もちろんよ。ほんとうに、アーヴァイン様は有能なお弟子さんを見つけたものだわ」
俺のことは、そういうことになっているみたいだ。
異世界人だということを隠しているわけじゃない。でもあえて吹聴する必要はない。タチの悪い奴らに目を付けられたら面倒だし。
やっとよろよろしないで水を運べるようになって、二階のキッチンにある水瓶に入れる。
夜の間に魔力を溜めた、浄化の魔法石を入れて覚えたての呪文を唱えると、軽く水の中からパチパチと音がして清浄な気配が立ち上がった。これで常温でも、一昼夜は痛まず使える。
火の魔法はまだ全然ダメで、前の晩に残しておいた火種石を戻し、木くずや薪を入れて火を熾す。
冬の終わりや春先の薪が足りない季節は、木くずを固め直したペレットや、動物の糞を使うこともあると聞いて驚いた。田舎じゃそっちの方が普通らしい。必要以上に樹を切ることは禁じられているから、質の良い薪や炭は高級品だというのも初めて知った。
代替え燃料は匂いもほとんど無いし乾燥していて、な、慣れれば、割と平気だったけど煙がすごかった。
来年の春に向けて、風魔法を習得しようと心に誓ったぐらいに。
そんなこんなで朝の準備をしていると、三階の寝室から階段を下りてくる音が聞こえた。
「おはよう、ヴァン」
「んん……」
寝ぼけた顔のヴァンが、キッチンの音に気づいたのか起きてきた。
いつものように二度三度、俺の髪を梳いてからおでこに軽く口をつける。そのまま生あくびでイスに座った。明るいクリームイエローの、少し長めの髪が寝グセではねてる。可愛い。
「もう少ししたら、起こそうと思っていたんだ」
「まだ眠い……」
「まだ寝てていいのに。そういえば一時……昼の五つ頃に、リビーさんが魔法石を見てもらいに来るよ」
「あぁ……」
心当たりがあるらしい。
「わかった」
と短く答えて、うつらうつらする。その目の前に淹れたてのお茶を出した。
寝てていいって言っても起きてくるということは、きっと今日も何か用事があるのだろう。
年に一度の大結界再構築までもうすぐ。明日、ヴァンはジャスパーと遠くの街に発つ。
戻って来るのは二つの月が重なる来月の終わり――およそ三十日後だ。
毎年行っている国を護る大切な仕事で、高い魔法の能力を持つヴァンの義務だという。代われる人もいない。どうしても行かなければならないんだ。
それとなく連れていって欲しいと言ってみたけど、俺は留守番になった。俺の願いなら――それが危険なことでない限り、何でも叶えてくれていたヴァンが「だめだ」と判断したならそれ以上のワガママは言えない。
ヴァンは遊びに行くわけじゃない。
俺だって小さな子供じゃないし、ここで暮らす方法はこの半年の間、たくさん教えてもらった。近所の人と顔見知りなって、「アーヴァイン様のお弟子さん」として受け入れ始められている。
元の世界じゃ想像できなかったような暮らしだ。多くの人に見守られている。
それに一人の時は、聖獣ウィセルも姿を現して遊んでくれる。
大丈夫。
何でもない。
――それでも三十日。
長い、なぁ……。
「リク?」
「え、あぁ……なに?」
「朝ご飯はもう食べたのかい?」
何度か話しかけられていたのに、気づかなかったみたいだ。
空になったカップを置いて、テーブルに肘をつき手に顎をのせたヴァンが、緑のきれいな瞳を細めて俺を見つめている。
ちょっと考え込んでしまっていた。
いけない。ヴァンを心配させないようにしないと。
「ご飯はまだだよ。直ぐに準備する」
「外に食べに行こう」
「え?」
にっこり微笑む。
「今から出れば、昼の五つ前には帰って来られるだろう」
そう言って、ヴァンは着替えに立ち上がった。
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