【本編完結】異世界の結界術師はたいせつな人を守りたい

鳴海カイリ

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第2章 届かない背中と指の距離

43 急な帰宅

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 ベッドメイクはいつも朝の内にしている。
 三階に駆け上がると、夏用の薄手の毛布をめくり枕の位置を直す程度でやることも無い。他にどうすればいいのかうろうろしている内に、ジャスパーの肩を借りながら上がって来たヴァンを迎えた。
 上着を受け取ってから寝間着を用意すればよかったと、また部屋をうろつく。

「リク……」

 呼ばれて俺は、ベッドに横たわったヴァンのそばに駆け寄った。
 嬉しさと戸惑いと不安とで、言葉が喉に引っかかって出てこない。

「驚かせたね」
「あ……会えて、嬉しいよ」

 答えた声は、ひどくぎこちなかった。

「これ、寝間着。着替えを……手を……貸した方がいい?」
「たのむ……」

 上半身を起こして脱ぐシャツを取る。身体が熱い。
 受け取り、一瞬ぼーっとしていた内に、下の方も取り替えたようだ。続いてスラックスを受け取り軽くたたんで、横になるヴァンの背に手を添える。
 ヴァンは……大きく息を吐いて、瞼を閉じた。

 辛そうだ。
 いや……辛いんだ。
 なぜ、どうして、こんなに状態になっているんだ?

 そう思い、ジャスパーに振り返った。カバンから取り出した物をテーブルに並べていたジャスパーは、俺の視線に気づいて呼ぶ。

「リク、これが痛み止め……普段のお茶のようにして煎じて飲めばいい。吐き気止めの作用もあるから、本人が欲しがればこまめにあげて。水分はしっかり取ること。食事は無理に与えなくていい。こちらは熱さましの錠剤、少し強いから間隔は最低五つ置くこと」
「五時間以上……だね?」
「あぁ、リクの世界の単位ではそうだな。さっき飲ませたばかりだから、まだしばらく……夜の二つできれば四つ以降にしてくれ」

 ――夜の十時、もしくは十二時以降。
 頭の中で計算して俺は頷く。
 ジャスパーはベッドに横たわるヴァンをちらり、と見てからカバンを閉じ、おいでと合図した。そのままヴァンを置いて階段を下りて行く。
 一人残すことに不安を感じつつ、俺はジャスパーの後について一階の店まで下りた。

「リク」

 点々と明かり用の魔法石が灯るだけの薄暗い店内で、ジャスパーは振り返った。
 いつもヴァンと同様に笑顔を見せ、軽口を言う人の表情が、厳しい。

「ヴァンは大結界の術の後、休む間も取らず帰って来た」
「……なにか……病気なの?」
「ただの魔法酔いだよ。重度の、な」
「魔法……酔い」

 俺もなったとこがある。
 頭痛と吐き気、めまいに倦怠感。後に数日熱を出した。ジャスパーがいろいろ処置してくれてかなり楽になったけど、それでも辛かった。
 原因は強引に気を失わせる魔法をかけられたこと。守りの魔法石が身代わりになって砕けるぐらいに。他にも「魔法酔い」は、魔法を使いすぎてもなる……とヴァンからきいた。だから無理に魔法を使い続けてはいけないと……。
 大魔法使いですらあんな状態になる。
 それほど大変なことを……ヴァンはやってきたということだ。

「それじゃあ……ヴァンは……」
「毎年のことだ。あいつも慣れている」
「……なれ……って」
「それでも身体の負担になっているのは変わらない。わかるだろ? リクに一日でも早く会いたいと、無理に帰って来たって」

 ジャスパーの声には苛立いらだちが交じっていた。
 帰宅の予定は半月以上先だった。それは、その間ゆっくり静養してから帰ることになっていた、ということだ。それでも予定は早めていたのだと思う。
 朝の水くみで「お帰りは二ヶ月後かい?」と町の人にきかれた声が蘇る。

「数日熱を出すが慌てなくていい。俺も毎日、顔を出す」
「ジャスパー……」
「リク、君に出来ることは不安な顔をせず、見守ることだ」

 ジャスパーの大きな手が、俺の肩にのる。

「できるか?」

 ヴァンに不安な顔を見せないこと。それが、俺のやるべきこと。

「……できる」

 としか答えられない。

「できるよ」
「ヴァンは必ず良くなる。それまではリクがしっかり支えてくれ」

 そう言うと俺の額に口づけをして、待っていた馬車に乗り込み店を後にした。
 通りの方へと小さくなっていく馬車が見えなくなってから、俺はドアを閉め、薄暗い店内で大きく息を吐く。

 俺は……バカだ。

 ヴァンがいなくて寂しいと、毎日めそめそ泣いていた。どれだけヴァンが苦しい思いをしているかも知らずに。
 遊びに行っているわけじゃないと分かっていたはずだ。
 それなのに……。
 なさけない。
 ものすごく、自分がなさけなくて腹が立つ。

「泣いてなんていられない……」

 しっかりしないと。
 不安な顔なんか、絶対に見せちゃだめだ。
 魔法だってまともに使えないんだから、出来ることをちゃんとやろう。
 俺は気合いを入れて、三階の寝室に向かう。ヴァンはベッドで瞼を閉じていたが、俺が顔を覗き込むと声をかけてきた。

「ジャスパーは……何だって?」

 眠っていなかったのかな。
 さすがに一階の声は、聞こえなかったと思う。

「熱が出るけど、大丈夫だって」
「……直ぐに良くなるから、心配しなくていい」
「うん」

 俺は頷き、声をかける。

「何か欲しいものは無い?」
「水が……飲みたいな」
「わかった。氷の魔法……は上手くできなくて冷たいのはないんだ。平気?」
「かまわないよ」

 直ぐにキッチンに行って、コップに汲んでくる。
 本当に、なんでもっと魔法の練習をしておかなかったのだろう……。
 ヴァンの背を支えながら、口元にコップを持っていって水を飲ませる。たくさんは飲まなかったけれど、ヴァンは息をついて再び横になった。

「浄化の魔法は、すっかりマスターしたみたいだ」

 口元が笑みになる。
 俺はテーブルにコップを置いて、ヴァンの枕元に戻った。

「でも、他の魔法は全然ダメだった。やっぱりヴァンと一緒に練習しないとうまくいかないや。元気になったら……また教えてよ」
「いくらでも教えてあげるよ」

 瞼を開けて、綺麗な緑色の瞳で俺を見上げる。
 そしてゆっくりと腕を開いた。

「おいで、リク……」

 一瞬、戸惑いながら……それでも、俺は誘われるままヴァンの腕に頭を乗せ、隣に横たわった。そのまま俺の肩を抱く。じわり……と熱が伝わる。

「寂しくなかった?」

 囁くように、ヴァンが呟いた。
 鼻や目の奥がツンとしてくる。

「全然……全然、平気だったよ。昼はゲイブやシャーロットさんのところにも行った。ローサさんと掃除や料理をしたり。友達も出来たんだ。夜はウィセルと遊んでた。だから平気……」

 そうだ。平気だ。俺は一人でも平気だった……そういうことにするんだ。

「ヴァンは?」
「寂しくて毎日泣いていたよ」
「ホントに?」
「本当さ……一日でも早く、会いたかった」

 そう言って、俺の額にゆっくりと、優しく、長い長い口づけをする。
 俺の肩を抱く腕に力がこもる。

「うん……」

 ヴァンだ。
 ヴァンの匂いだ。熱を、腕の強さを、この時を……ずっと待っていた。
 切なくて、苦しくて、涙が溢れそうになる。けれど泣いちゃダメただ。俺がしっかりしないと。
 きゅっとヴァンのシャツを握り、肩に瞼を押し付ける。
 嗚咽を殺すようにして、唇を噛みしめる。

「リク……」

 耳元でヴァンが囁く。

「この家で、待っていてくれて……ありがとう」


 俺はヴァンの肩に瞼を押し付けたまま、頷くのがせいいっぱいだった。





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