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第3章 成人の儀
76 夢中になってよ
しおりを挟む「リク……」
微笑むヴァンの口調はあくまで優しい。
けど、違うはずだ。
「俺は、俺だけが気持ちよくなればいいんじゃない」
「これ以上続けるとリクの負担になる」
「そんなの! 俺なら大丈夫だ。ちゃんとヴァンも気持ちよくなってよ!」
これじゃ今までと同じだ。
俺ばかりが良い思いをしてヴァンに我慢をさせている。本人がそれでいいって言っても、そんなの、嫌だ。
「俺じゃ……ヴァンを満足させられない?」
「僕もたくさん、良い思いをしたよ」
「そうじゃなくて!」
あぁ……もぅ、どう言えばいいのか分からない。
「そうじゃなくて、男同士がどうするか……知っている」
絞り出すように言うと、ヴァンの顔色が変った。
「知ってる?」
「うん……だらヴァンも……」
「まさかすでに他の誰かと?」
「え……?」
一度俺から離れようとしたヴァンが、もう一度覆いかぶさり、押し倒す形で俺を見下ろす。細められた緑の瞳が、ひやり、と冷気をまとっているように見えた。
「誰?」
「だれって……」
「リクに教え込んだのは誰?」
「いや、そうじゃない」
俺がヴァン以外の人とこういうことしたと、勘違いしている?
「他の人となんて、あるわけない。俺がヴァン以外にこんな恥ずかしこと、出来るわけないじゃないか」
フリだけでもダメだった。
練習台になろうかとも言われこともあるけど、試しでも、他の人とやろうなんて思わなかった。だから俺が無知なのは知っている。あまりにも何も知らなさ過ぎて、萎えてしまったのかもしれない。
でもそれは心のどこかで、大切なことを教えてもらう相手はヴァンでありたいと……そう、願っていたからだきっと。
「だったら、知っているというのは?」
「その……話で、聞いただけ……で」
じっと、ヴァンが俺を見下ろす。
嘘をついていると思っているのか?
「話を?」
「……俺、ヴァンのこと……す、好きだ、というのすら無自覚で。それ自覚した時に、相手が男でもそんな風に思うの、すごく驚いて。で……話の流れで……」
「うん」
「好きになったらいずれ我慢できなくなるだろうから。その……男同時は……モノを口か尻に突っ込むって……」
うわぁぁああ……思い出しただけで顔から火がでそう。
ヴァンが呆れたような顔で瞳を細める。
「それから?」
「え……?」
「だから、そこから先は?」
「そこから、って?」
質問を質問で返してしまった。
「知ってるのはそれだけ?」
「他にもまだ何かあるのか?」
首を傾げるようにしてヴァンを見上げる。
そしてふと、今あったことを思い出して、そうかと納得した。
「あぁ……口でのキスの時には舌を入れる……というのもあったのか」
呟くように答えると、はぁぁ……と息を吐いてヴァンが俺の横の枕に突っ伏した。な、何が起こったんだ? 俺何か変なこと言った?
「……ヴァン?」
「なるほど」
ゆっくりと身体を起こす。
起こしてから俺の頬を撫で、声をこぼした。
「よくわかった。リクは本当に何も知らなかったということだね」
「何もって、わけじゃ……」
「リクの大切なところは誰にも触らせていない?」
「あたりまえだ!」
思わず言い返した。
「俺は……ヴァンのだから。だからなんか、他の奴に触らせるとか考えたこともないし、なんか……いやで」
身体を起こしヴァンの胸に額をつけると、息を吐く気配がした。
経験豊富な方がいいのか、それとも一人に対して一途に思っている方がいいのかすら分からない。こういうの重いっていうのかもしれない。
当たり前だと思っていたのは俺だけの常識なんじゃないかと、不安になる。
ここは異世界なんだから、もっと自由奔放なのがアタリマエだったりした?
「いろんなヤツに手解きとか、受けていた方がよかった?」
「いや」
ヴァンが困ったような顔を向ける。
「誰にも触らせたくなくて、リクの首にこんなものまでつけさせてしまった」
首元の、守りの魔法石を指先で触れる。
俺の魅了の力を抑えると同時に、俺を傷つけるモノから守るものだ。その効果のほどは良く知っている。
「……俺」
「リク、頭で分かっているのと身体で知るのは違う」
「だから、ヴァンで知りたいんだ」
そしてヴァンにも返したい。
俺だからできることないだろうかって、考えている。
「ずっとヴァンが、俺で気持ちよくなるのってどんなだろうって想像していた。でも俺は女の子みたいに柔らかくもないし、抱き心地なんかやっぱり良くないんだろうな……とか……思うし」
ずっと貰うばかりだった。
ヴァンはそれでもいいって言うだろうけれど、俺は嫌だ。
「俺なんかじゃ物足りないのは分かっている。それでも俺……ヴァンと、繋がりたい」
「リク」
「何度も言っているだろ。ヴァンの熱を感じたいって」
また胸が痛くなってくる。
ここまで来ていながら、ぎりぎりの所で手を止められて、俺はまだ切なくてどうしようもなくなっている。
「全部を受け止めて、ヴァんの気持ちいいって顔を見たいんだ。俺が持っているものは身体だけだから。俺を見つけてここまで大切にしてきたのは無駄じゃなかったって。そう……思ってもらいたい……」
ヴァンのシャツを掴んで訴える。
なんかもう、頭の中もぐちゃぐちゃだ。
俺が夢中なように、ヴァンを夢中にさせたい。ずっと欲しかったというさっきの言葉が本当なら、俺は全部をヴァンにあげたい。
俺がヴァンを欲しいから。俺のワガママなんだってことも分かっていても、あげたい。欲しい。全部渡したい。ヴァンの全部も……欲しい。
「やっぱり今の俺じゃ、まだダメなのか?」
目の奥が熱くなってくる。感情のコントロールができない。
「リク……そうじゃない」
ヴァンが俺の手を掴む。
そのまま指先を下に持っていった。触れたのはまだ服を着たままの、スラックスの中で硬く大きくなっているヴァンのそれで。俺はびっくりしてヴァンを見上げる。
苦し気にヴァンは眉を寄せる。
「何も感じないわけがない」
「……まさか、俺で……?」
「苦しいぐらいだよ」
「だったら……!」
「リク。どうやったって受け止める方は苦しい。何も知らないうえに一度も経験が無いなら、数日をかけて慣らしたいところだ。それでも傷付けるかもしれない。夢中になれば、強引になる」
俺は、首を横に振る。
「ヴァンも感じていてくれているなら夢中になってよ。最後まで……ちゃんと……」
「きっと苦しい思いをする」
「ヴァンがくれる苦しさならいい………めちゃくちゃに、されたいんだ」
シャツの襟を掴んで顔を近づけ、ヴァンの唇を奪う。
教えてもらったばかりのたどたどしい動きだ。気持ちいいなんて感じてはもらえないだろう。けれど、精一杯舌を伸ばして、駆り立てる。
「俺を……めちゃくちゃにしてよ」
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