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2.頼りになる幼馴染ルーシー

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 手を拭きながら向かった先にいたのは、青いワンピース姿のルーシーだった。頭の高い位置でふんわりと結われている茶色の髪が揺れ、小首を傾げた彼女はにこりと笑って紙袋を突き出した。
 
「どうしたんだ、こんな時間に」
「男二人で、ろくなもの食べてないと思って」
「よく分かってんな」
「長い付き合いだもの、私も、うちのお母さんだって分かるわよ」
「親父、飲んでばかりでさ」
「そっか……いつだって、おばさんと一緒だったもんね。寂しいのよ」
 
 受け取った紙袋の中をちらりと見ると、ルーシーは上がるわよと言ってドアを閉めた。
 
「どうせ、片付けも中途半端でしょ。手伝ってあげるわよ」
「いいのか?」
「深夜割増料金でね」
「金取る気かよ」
「ふふっ、冗談よ。でも、港の近くに新しくできたカフェで、ケーキくらい奢ってもらおうかな」
 
 キッチンに入ると、ルーシーはバッグからエプロンを取り出し、手早くそれを身に着けた。
 蛇口から水が流れ始め、皿やフォーク、カトラリーがぶつかる小さな音を聞きながら、俺は紙袋の中の総菜を取り出した。
 
 花柄の可愛い保存瓶に入っているのは、カラフルな野菜のピクルスだ。人参、セロリ、キュウリにミニトマト──そういや、母さんも毎週のように作っていたな。別の保存容器に入っているのは、ハーブをきかせたフリッターのようだ。白身魚とカリフラワーだろうか。深い容器には野菜と鶏肉のトマト煮が入っていた。それからこんがり焼けたパイまである。これは、ミートパイかな。

 ありがたい差し入れを確認しながら冷蔵庫にしまっていると、ルーシーが俺をネルソンと呼んだ。
 
「こんな調子で、宿、再開できるの?」
「さっきまで俺も考えてたよ。続けたいとは思ってるけどさ……」
「お皿もまともに洗えないだなんて。今まで何やってたのよ?」
「皿くらい洗えるって! ただ、なんかやる気が出なくて積み上がっただけだし」
 
 呆れた顔をするルーシーの横に立ち、泡が流される皿を拭きながら言い訳をすると、彼女は困ったように笑った。
 
「別に、説教しに来たんじゃないんだけどな」
「説教にしか聞こえなっかたけど」
「そうじゃなくて……困ってるなら、頼ってよ。幼馴染、でしょ?」
 
 少し拗ねたように唇を尖らせたかと思えば、ルーシーは小さくため息をついて肩の力を抜いた。
 
「……じゃぁさ。明日、ちょっと探し物、手伝ってくれないか」
「探し物?」
「あぁ……ほら、料理人を雇うにしても、母さんのレシピがあった方が良いだろ」
 
 親父はあんな調子だし、任せてられないから。そう言って苦笑すると、ルーシーは後ろを振り返った。
 テーブルに突っ伏したままの親父に、起きる気配はなかった。
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