忘れられたレシピと魔法の鍵

日埜和なこ

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4.訪れた『開錠屋』にいたのは幼女だった

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 三日後、港町から少し離れた丘の上に俺はいた。
 目の前に立っている建物は少し古びた洋館だ。その入り口と思われる扉の前に、開店中と書かれた立て看板がある。
 ここは噂に名高い守銭奴魔術師の店『開錠屋』だ。対価を払えば、どんな封印も解いてくれるし、魔法に関係する仕事なら引き受けると聞いている。どんだけがめつい魔術師が出てくるのか心配ではあるが、友人にこの店を強く薦められ、今に至る訳だ。
 俺は肩にかけた鞄の紐を握りしめると、その扉をくぐる決意をした。
 扉を開けると、呼び鈴が鳴った。
 
「あの……すみません」
 
 声をかけると、カウンターの下から、ひょこっと小さな金髪頭の幼女が顔を出した。大きな赤い目が印象的な子だ。
 
「客かの?」
「あ、はい。封印の解除を頼みたくて来たんだけど、あの、店の人は──」
「封印じゃな? どれ、妾が解いてみせようぞ!」
「えっ、でも君はまだ子ども……」
「子ども扱いするでない。妾もれっきとした魔女じゃ!」
 
 幼女は胸を張ると俺の持っているかばんに視線を向けた。
 
「その中に依頼が入っているのじゃな?」
「そうだけど……やっぱり、店の人を呼んで欲しいかな」
「妾もこの店の魔女じゃ!」
 
 幼女がむっとした顔で語気を強めたと同時だった。その後ろの扉が開いた。そして、大きな手が彼女の頭をがしりと掴んだ。
 現れたのは、赤髪の男だ。二十五歳くらいだろうか。俺よりも少し若い感じがする。
 屈んで幼女の顔を覗き込んだ男の肩口から、長い三つ編みがするりと落ちた。魔術師は髪の長い人が多いと聞いたことがあるが、彼もそのようだ。
 
「誰が、この店の魔女だって?」
「ラ、ラス! もう帰って来たのかの?」
「お前は店番も出来ないのか。客が来たら、依頼の内容と連絡先を聞いておくって約束だったよな?」
「じゃ、じゃが、妾も封印の解除くらい出来るのじゃ!」
「ビオラ……何度も言うが、ここは俺の店だ。勝手なことはするな。分かったか!」
 
 唐突に目の前で繰り返される口喧嘩に、俺は唖然として立ち尽くした。もしかしたら、この子はラスと呼ばれた赤毛の男の娘なのだろうか。
 黙って立っていると、男は俺に向かって「依頼か?」と尋ねてきた。
 
「あ、はい。母が残した冊子なんですが」
 
 鞄から出したのは、ルーシーと一緒に見つけた鍵のついた冊子だ。
 
「いくら探しても鍵が見つからなくて。鍵屋さんに持って行ったら、これは魔法がかかっているから、壊して開けることも出来ないって言われました」
「……触って良いか?」
「あ、はい」
 
 客商売とは思えない程、営業スマイル一つ浮かべない男は、ジャケットから革の手袋を取り出すと、それを手に嵌めてから母の冊子を手に取った。
 表だけでなく、背表紙に裏にと、冊子をひっくり返してくまなく見る男は小さく頷くと、にっと笑った。
 
「簡単な封印だから、すぐ解けるぜ」
「本当ですか!」
 
 嬉しさに顔がほころび、大声を上げた俺に向かって、男は指を三本立てて「大銀貨ルナ三枚」と告げた。
 
「……え? ルナ三枚……」
 
 突きつけられた高額な取引に、頭の中が真っ白になった俺は、じっとりと汗で濡れた手を握りしめた。
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