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5.守銭奴魔術師
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大銀貨一枚で食事付きの宿に一泊できるほどだ。それが三枚ともなれば、かなり高級な宿に泊まることが出来るし、うちみたいな安宿なら一週間は連泊できる。なかなかの大金だ。
「安いもんだろ? 封印してでも他人に見せたくなかった秘密のレシピが書いてあるんだろうからな」
「で、でも……ルナ三枚は……」
「そうかい。それなら同業者を紹介しようか?」
カウンターの椅子にドカッと座った男は、興味がなくなったような顔をした。
「妾が解いてやるぞ!」
「お前は黙ってろ。遊びじゃない」
「むー。つまらんの」
カウンターに両腕を乗せて頬を膨らませた幼女は諦めたのだろうか。椅子に腰を下ろすと、分厚い本をカウンターに広げた。何故かそれが気になり、絵本だろうかと思って盗み見たが、何が書いてあるのか、俺にはさっぱり分からなかった。
悩みながら、ちらちらと店の様子を改めてみる。
カウンター奥には扉の他に、よく分からない薬草が入った瓶やら、謎の鉱物や道具、厚い書物が並んでいる。壁にも、俺では読めない文字で書かれたタペストリーが下げてあり、何が入っているか分からない箱も積み上げられている。
この二人は、本当の魔術師なんだろう。
そう分かっても、決断が出来ない俺に向かって、男はため息を零した。
「巷には、あこぎな商売をしてる奴らも多いぜ」
「……はい?」
「依頼料を安くして、成功報酬を高額にする奴。解除なんて出来もしないのに引き受けて、失敗しても金を返さない奴もいる。金も封印されたものも失う覚悟が、あんたにはあるか?」
「そ、そんな……」
「そんな質の悪い店に比べたら、俺のところは綺麗なもんだぜ」
カウンターに置かれた母の冊子を、俺に突き返すように押した男は不敵な笑みを浮かべた。
分厚い冊子には、母がこれまで作ってきた料理の数々が記されれているはずだ。きっと、店の看板メニューだって書かれているだろう。それに、これを見て料理をすれば、親父だってやる気を出すに違いない。だけど──俺の意識は、用意してきた金が入っている革袋に向いていた。
多めに持ってきた金を全部奪われるのか。そう思うと、躊躇してしまう自分がいた。
沈黙が続き、俺の背中を嫌な汗が伝い落ちた。
封印を解いてもらうか、持ち帰るか。悩んでいると、男は「もしもだ」と呟いた。顔を上げると、男はいつの間にか手にしていた金属の杖で、自分の肩をとんとんっと叩いていた。
「封印されたものが破損したら、ただで直してやる。まぁ、そんなことは起きやしないけどな」
「破損?」
「さっきも言っただろう。他の店では失敗しても返金はないって。失敗した場合、現物がぐしゃっといくことだってあるんだ」
「ぐ、ぐしゃっと?」
「冊子の場合は、燃えちまうかもな」
「も、燃える!?」
「だけど俺なら、そんなことにはならない」
再びにいっと笑った男は杖の先で床をとんっと叩くと、ゆっくりと立ち上がった。
「あんた、俺の通り名を知っているか?」
「あ、はい……守銭奴魔術師だと聞いています」
「ははっ! そうだ。がめついだの不名誉だのって言うやつもいるが、俺はその名に満足している。金は裏切らないからな」
堂々とした姿にぽかんとしていると、彼はもう一度、杖の先で床をコンッと叩いた。
「出来ない仕事は引き受けない。積まれた金に見合った仕事はきっちりやり通す」
はたして、この母の冊子は大銀貨ルナ三枚もの大金に見合ったものなのだろうか。
料理をする母の横顔と、美味い美味いと言って食べていた父の顔を思い浮かべて冊子を見ていると、男は静かに話しかけてきた。
「その冊子は、お前の母親のもんなんだろ?」
「あ、はい……母の遺品の中から見つけました」
「なら、そこにはあんたの母親の味が詰まっている訳だ。思い出して作るってのはなかなか骨が折れるからな」
少しだけ寂しげな表情を浮かべた男は、冊子の上に手を置いた。
「この本に託された、あんたの母親の思い……開いてみようじゃないか? 俺に任せておけ」
真摯な眼差しを向けられ、その菫色の瞳から視線を外せなくなった俺は「お願いします」と答えていた。
「安いもんだろ? 封印してでも他人に見せたくなかった秘密のレシピが書いてあるんだろうからな」
「で、でも……ルナ三枚は……」
「そうかい。それなら同業者を紹介しようか?」
カウンターの椅子にドカッと座った男は、興味がなくなったような顔をした。
「妾が解いてやるぞ!」
「お前は黙ってろ。遊びじゃない」
「むー。つまらんの」
カウンターに両腕を乗せて頬を膨らませた幼女は諦めたのだろうか。椅子に腰を下ろすと、分厚い本をカウンターに広げた。何故かそれが気になり、絵本だろうかと思って盗み見たが、何が書いてあるのか、俺にはさっぱり分からなかった。
悩みながら、ちらちらと店の様子を改めてみる。
カウンター奥には扉の他に、よく分からない薬草が入った瓶やら、謎の鉱物や道具、厚い書物が並んでいる。壁にも、俺では読めない文字で書かれたタペストリーが下げてあり、何が入っているか分からない箱も積み上げられている。
この二人は、本当の魔術師なんだろう。
そう分かっても、決断が出来ない俺に向かって、男はため息を零した。
「巷には、あこぎな商売をしてる奴らも多いぜ」
「……はい?」
「依頼料を安くして、成功報酬を高額にする奴。解除なんて出来もしないのに引き受けて、失敗しても金を返さない奴もいる。金も封印されたものも失う覚悟が、あんたにはあるか?」
「そ、そんな……」
「そんな質の悪い店に比べたら、俺のところは綺麗なもんだぜ」
カウンターに置かれた母の冊子を、俺に突き返すように押した男は不敵な笑みを浮かべた。
分厚い冊子には、母がこれまで作ってきた料理の数々が記されれているはずだ。きっと、店の看板メニューだって書かれているだろう。それに、これを見て料理をすれば、親父だってやる気を出すに違いない。だけど──俺の意識は、用意してきた金が入っている革袋に向いていた。
多めに持ってきた金を全部奪われるのか。そう思うと、躊躇してしまう自分がいた。
沈黙が続き、俺の背中を嫌な汗が伝い落ちた。
封印を解いてもらうか、持ち帰るか。悩んでいると、男は「もしもだ」と呟いた。顔を上げると、男はいつの間にか手にしていた金属の杖で、自分の肩をとんとんっと叩いていた。
「封印されたものが破損したら、ただで直してやる。まぁ、そんなことは起きやしないけどな」
「破損?」
「さっきも言っただろう。他の店では失敗しても返金はないって。失敗した場合、現物がぐしゃっといくことだってあるんだ」
「ぐ、ぐしゃっと?」
「冊子の場合は、燃えちまうかもな」
「も、燃える!?」
「だけど俺なら、そんなことにはならない」
再びにいっと笑った男は杖の先で床をとんっと叩くと、ゆっくりと立ち上がった。
「あんた、俺の通り名を知っているか?」
「あ、はい……守銭奴魔術師だと聞いています」
「ははっ! そうだ。がめついだの不名誉だのって言うやつもいるが、俺はその名に満足している。金は裏切らないからな」
堂々とした姿にぽかんとしていると、彼はもう一度、杖の先で床をコンッと叩いた。
「出来ない仕事は引き受けない。積まれた金に見合った仕事はきっちりやり通す」
はたして、この母の冊子は大銀貨ルナ三枚もの大金に見合ったものなのだろうか。
料理をする母の横顔と、美味い美味いと言って食べていた父の顔を思い浮かべて冊子を見ていると、男は静かに話しかけてきた。
「その冊子は、お前の母親のもんなんだろ?」
「あ、はい……母の遺品の中から見つけました」
「なら、そこにはあんたの母親の味が詰まっている訳だ。思い出して作るってのはなかなか骨が折れるからな」
少しだけ寂しげな表情を浮かべた男は、冊子の上に手を置いた。
「この本に託された、あんたの母親の思い……開いてみようじゃないか? 俺に任せておけ」
真摯な眼差しを向けられ、その菫色の瞳から視線を外せなくなった俺は「お願いします」と答えていた。
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