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6.「ネルソン・スペン……契約成立だ」
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男がにっと笑うと、どこからともなく一枚の紙が現れた。
「契約だ。その内容に問題がなければ、サインをしてくれ。きちんと、フルネームでな」
「あ、はい……」
契約書には、封印の解除を依頼すると言った内容が書かれていた。破損時の賠償責任についてや追加料金が発生しないことも明記されている。隅から隅まで読んだが、特に怪しいことはなかった。
大きく息を吸って意を決し、俺は渡されたペンで名を記した。
ペンを置くと、男はそれを手にとって、自らも名前を刻む。
ラッセルオーリー・ラスト、それが彼の名前だった。
「ネルソン・スペン……契約成立だ」
冊子を持ち上げると、彼は俺でも分かる程の魔力の光を放った。
長い赤毛の三つ編みの先が、まるで尻尾のように揺れる。まるでそれは、御伽噺の中の悪魔のしっぽのようにも見え、俺は一瞬、選択を誤ったんじゃないかと不安になった。
だが、次の瞬間、全ての不安が消えた。
母さんの冊子が宙に浮き、輝く赤い魔法陣が浮かび上がる。まるで、夕日の中に納まったようだ。
赤毛の魔術師はその声を震わせ、詠唱を始めた。
「闇より深き海に帳を下ろし、乙女は祈りを唱える」
魔法陣はまるで海に夕日が沈むように赤から紫へと色を変えていった。それはまるで、凛とした彼の声に呼応しているようだ。その美しい変化を呆然と見ていると、さざ波が聞こえてきた。
ここは海から少し遠い丘の上だ。波の音が届くはずはない。
辺りを見回すも、特に、音を奏でる魔法道具らしいものも見当たらない。この音はどこから来たのか。そう考えていると──
「落ちる涙は凍える大地を癒し、眠る思いに光を灯す」
詠唱に呼応するように、ザザンッと波の弾けるような大きな音が響き渡った。
魔法陣の上にある冊子が白い光を放つと、冊子を閉ざす鍵穴の上に、まるで花の蕾のようなものが現れた。
「時は来た」
輝く蕾がふっくらと大きくなっていく。
「閉ざされた回廊を開く、我が名はラッセルオーリー・ラスト!」
高らかと唱えられた言葉を聞きながら、呆然と見ていた光景の中で、光の花がぽんっと音を立てて開いた。そして、どう頑張っても空かなかった冊子の表紙が、静かに広がる。
すると、シャンっとガラスの割れるような音が響いた。
光が弾け、広げられたページの中から、真っ白なエプロン姿の母が現れる。
「……母さん?」
見覚えのある風景が次々と現れては、シャボン玉が弾けるように消えていった。そこには俺と親父の姿ばかりで、母の姿は一つとしてない。一体、何なんだと困惑しながら繰り返される光景を見ていると、満面の笑みを浮かべた幼い俺と若い親父の顔が現れた。
これは、覚えている。母さんが作ったトマトのシチューが美味しくて、夢中になって食べた日だ。顔も服も真っ赤になって、俺だけじゃなくて親父も服を汚して、二人で怒られながら「だって美味いんだから仕方ない」て大笑いしたんだ。
「これは……母さんの、記憶?」
そんな気がして、思わず声に出していた。その直後だった。満面の笑みを浮かべた母が「ありがとう」と囁き、まるで霧が晴れるように散って消えた。
「契約だ。その内容に問題がなければ、サインをしてくれ。きちんと、フルネームでな」
「あ、はい……」
契約書には、封印の解除を依頼すると言った内容が書かれていた。破損時の賠償責任についてや追加料金が発生しないことも明記されている。隅から隅まで読んだが、特に怪しいことはなかった。
大きく息を吸って意を決し、俺は渡されたペンで名を記した。
ペンを置くと、男はそれを手にとって、自らも名前を刻む。
ラッセルオーリー・ラスト、それが彼の名前だった。
「ネルソン・スペン……契約成立だ」
冊子を持ち上げると、彼は俺でも分かる程の魔力の光を放った。
長い赤毛の三つ編みの先が、まるで尻尾のように揺れる。まるでそれは、御伽噺の中の悪魔のしっぽのようにも見え、俺は一瞬、選択を誤ったんじゃないかと不安になった。
だが、次の瞬間、全ての不安が消えた。
母さんの冊子が宙に浮き、輝く赤い魔法陣が浮かび上がる。まるで、夕日の中に納まったようだ。
赤毛の魔術師はその声を震わせ、詠唱を始めた。
「闇より深き海に帳を下ろし、乙女は祈りを唱える」
魔法陣はまるで海に夕日が沈むように赤から紫へと色を変えていった。それはまるで、凛とした彼の声に呼応しているようだ。その美しい変化を呆然と見ていると、さざ波が聞こえてきた。
ここは海から少し遠い丘の上だ。波の音が届くはずはない。
辺りを見回すも、特に、音を奏でる魔法道具らしいものも見当たらない。この音はどこから来たのか。そう考えていると──
「落ちる涙は凍える大地を癒し、眠る思いに光を灯す」
詠唱に呼応するように、ザザンッと波の弾けるような大きな音が響き渡った。
魔法陣の上にある冊子が白い光を放つと、冊子を閉ざす鍵穴の上に、まるで花の蕾のようなものが現れた。
「時は来た」
輝く蕾がふっくらと大きくなっていく。
「閉ざされた回廊を開く、我が名はラッセルオーリー・ラスト!」
高らかと唱えられた言葉を聞きながら、呆然と見ていた光景の中で、光の花がぽんっと音を立てて開いた。そして、どう頑張っても空かなかった冊子の表紙が、静かに広がる。
すると、シャンっとガラスの割れるような音が響いた。
光が弾け、広げられたページの中から、真っ白なエプロン姿の母が現れる。
「……母さん?」
見覚えのある風景が次々と現れては、シャボン玉が弾けるように消えていった。そこには俺と親父の姿ばかりで、母の姿は一つとしてない。一体、何なんだと困惑しながら繰り返される光景を見ていると、満面の笑みを浮かべた幼い俺と若い親父の顔が現れた。
これは、覚えている。母さんが作ったトマトのシチューが美味しくて、夢中になって食べた日だ。顔も服も真っ赤になって、俺だけじゃなくて親父も服を汚して、二人で怒られながら「だって美味いんだから仕方ない」て大笑いしたんだ。
「これは……母さんの、記憶?」
そんな気がして、思わず声に出していた。その直後だった。満面の笑みを浮かべた母が「ありがとう」と囁き、まるで霧が晴れるように散って消えた。
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