忘れられたレシピと魔法の鍵

日埜和なこ

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7.三か月前に流れた涙は祈りとなる

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 『開錠屋』の扉を叩いたのは、青い顔をした女だった。西の海岸沿いで宿屋をやっていて、三十路手前の息子と旦那と三人で暮らしていると言う。
 温かいハーブティーを出すと、女はありがとうと呟いて笑った。
 
「私は、夏を迎えられないと思うんです」
「……病か?」
「はい。だから、私の思い出を封印して欲しいんです」
「思い出を?」
 
 そう問い返しながら、ラスはたいして驚いた顔をしていなかった。
 日頃、封印を解くことを生業としているが、その逆を頼む客というのも少なくない。その中には、自分の記憶や手紙を封印し、死後、遺した大切な人に届けてほしいと頼まれることもある。
 今回もそう言うことかと理解していると、女は苦笑いを浮かべた。
 
「主人は、私がいないとダメな人です。息子は、海が大好きな良い子なんですけど……まだまだ頼りなくて」
「ちゃんと話し合った方が良いんじゃないか?」
「……二人とも、料理一つ出来ないんですよ……でも、宿は続けて欲しいんです。だから」
 
 頭を振った女は、カウンターに冊子を置いた。そこには、丁寧に書かれた料理のレシピが連なっていた。おそらく、彼女が長年積み重ねてきた記録であり、その一つ一つに思い出が詰まっているのだろう。
 
「これに、賭けたいんです」
「賭ける?」
「私がいなくなっても、二人がしっかりと歩めるように……大枚をはたいても、私の味を取り戻そうと思ってくれたら、私の賭けは勝ちなんです」
「俺には理解できない考えだが……」
 
 眉間にしわを寄せたラスは、厚い冊子を手に取った。
 
「積まれた金に見合った仕事はきっちりやり通す。そして、出来ない仕事は引き受けない」
「お金なら払います! ですから!」
「引き受けよう」
 
 にっと口角を上げたラスは立ち上がると、腰に挿していた折りたたみ式の杖を引き抜き、それを勢い良く振った。接合部分がカチリと合わさり、シンプルな一本の杖となる。
 
「あんたの思い、しっかり封印してやるよ」
 
 赤い三つ編みを揺らした姿を見上げ、女は何度も感謝の言葉を繰り返して大粒の涙を流した。



「オムライスランチ、三名様、出来上がったわよ!」
「オーダー、エッグベネディクトプレート二名、日替わりパスタ三名!」
「了解!」

 厨房との間にあるカウンターにはオムライスランチセットが、三つ、プレート並んでいる。
 オムライスにサラダ、野菜のスープにデザートの日替わりケーキがついてフロンス銅貨二枚だ。安くて美味いと評判で、最近は宿泊客以外も来るようになった。おかげで毎日、大盛況なのはいいが筋肉痛になりそうだ。
 
 オムライスや野菜のスープは亡き母の味をそのまま再現している。エッグベネディクトやパスタソースもだ。親父は、まだまだ母さんの味とは認めてくれてはいないけど。

「エッグベネディクト二名様!」

 厨房から声が上がり、俺はすぐさま駆け付けた。
 そこを一手に預かるのは俺の長馴染みルーシーだ。

「ほら、ぼーっとしないの!」
「分かってるって! おい、親父も手伝ってくれよ!」

 エッグベネディクトのプレートには、焼き立てのパンケーキにサラダ、カリカリのベーコンが載っている。それを手に取りながら、客とにこやかに話す父親に声をかけた。

「世代交代ってやつだ! 働け、若人!」
「飲んでるだけじゃないかよ」
「茶だけどな!」

 呆れながらも、古い知人と楽しく話す姿を見せられてしまうと、まぁ良いかと思えてしまうくらいには、俺は親父に甘いらしい。
 それもこれも──

「ネルソン! 次、上がったわよ。パスタランチ三名様!」

 ルーシーの明るい声を振り返り、俺は急いでエッグベネディクトプレートを運び、カウンターに戻った。
 マーラモードは、もうすぐ暑い夏を迎える。
 宿は、ますます忙しくなりそうだ。

────────────────────

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
これは「壊れた魔法陣と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ!金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~」のスピンオフ作品になります。
「壊れた魔法陣と暴食の魔女」は明日8月23日からの連載開始となります。

※タイトルを「守銭奴魔術師と暴食の魔女~俺が信じるのは金だけだ。金のためなら、伝説の悪女も守ってみせる~」に変えて、連載を開始しました。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/571163064/581793330

守銭奴魔術師ラスが幼女に振り回されるお話です。
ぜひ、読みにいらしてください。
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