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第17話 作戦、開始よ!

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 髪を分けて頭の高い位置で結い上げる二つ結びツインテールなんて、いつぶりかしら。
 昨夜、ミシェルが魔術師だということはバレただろうが、その顔や服装までははっきり見えていなかっただろうと判断し、追っ手を誤魔化すため、髪型をおそろいにしたのだ。
 この程度で誤魔化されてくれれば良いんだけど。

「俺たちはある程度敵を引き付けたら、そいつらを叩いて、すぐそっちに向かう」

 身軽な格好になったキースは馬上でミシェルに手を差し伸べると、いとも簡単に彼女を引き上げた。

「分かったわ。こっちは攻撃力が乏しいから、早めにお願いするわね」
「そこは大丈夫だろう。この嬢ちゃんの魔法、なかなか凄いからな」
「アリシア、待っててね。すぐ合流するから!」

 やる気十分なミシェルは、私の横でパークスと共に馬に乗るお嬢様へと視線を送った。

「お嬢様、お気をつけて。パークスも!」
「ははっ、出来るだけ頑張るよ。ミシェルも気を付けて」

 苦笑するパークスはひらひらと手を振ると、深く息を吐く。

「さぁ、気張りなさい、パークス!」
「……出来れば、こんな格好したくなかったんだけどね」

 げんなりとしたパークスは、ローブのフードを目深く被ると、昨日までキースが身に着けていたドレスの裾を摘まみ上げた。
 私はローブのフードを目深く被ると、揶揄《からか》いも込めて「似合ってるわよ」と言いながら、笑いを必死にこらえた。
 実に嫌そうな、深いため息が聞こえた。

 この作戦は、お嬢様がと追っ手に考えさせるのがポイントよ。
 顔がバレたはずのを用意したのも、追手を惑わすために他ならない。
 だって、護衛対象の身代わりになろうとするなんて、腕に覚えがある強者《つわもの》でもなければ、やらないでしょ。
 女装の男とフードの男、どちらが腕の立つ護衛か存分に悩むといいわ。

 さらに全員でフードを目深く被り、顔を見せないことで、どれが誰か分からなくなるって寸法よ。
 勝負は森を出てから。
 ミシェル達は西に、私たちは東に向かう。そう遠く離れる前に、ミシェル達に追手が食いついてくれたらいいんだけど。
 森の中で別れたミシェル達を案じつつ、この先に待ち受ける顔の分からない敵に、私は身震いをした。これが俗にいう武者震いなのね。

 森の出口は、すぐに見えてきた。
 ここから神殿までは、馬で駆けて四時間程度だ。神殿に近づけば、それだけ人通りも増える。追手が仕掛けてくるなら、森を抜けてからそう遠くない場所だろう。
 もしもの時は駆け足で抜け、追手を振り切る手はずだ。その場合、追いつかれないように魔法で応戦するのが私の役目になる。

 昨夜、その役目は自分だと言って譲ろうとしなかったパークスだったが、今守るべきは護衛対象だということを忘れるなと一括して黙らせた。私を先に逃がしたかったんでしょうけど──生憎、魔法の腕は私の方が上なのよ。
 
 息を深く吸い、手綱を強く握りしめて森を抜けた。
 眩い日差しに目を凝らし、すぐにパークスの横に馬をつけて並走する。

「気配は感じないわね」
「この先しばらく麦畑が続くから、どこに隠れてるか分からないね」
「それでも、これだけ見渡しが良ければこっちとしても助かるわ。対象者を見つけやすいもの」

 パークスの言葉に頷きながら、私は周囲を確認した。
 からっとした初夏の風が吹き抜け、青々とした麦畑の穂が揺れた。あの中に伏せていれば姿を隠せるだろう。他にも、所々ある大きな木々の上に潜んでいるかもしれないし、道端に停まっている荷馬車の陰に潜んでいてもおかしくない。

「……追っ手の目的は、お嬢様の奪還あるいは抹殺だろう?」
 
 パークスがそう言った瞬間、彼の背にしがみついていた小さな肩がビクンっと震えた。
 彼を叱咤《しった》したかったが、ここで大声を上げてしまえば、作戦も何もあったものじゃない。ぐっと堪えた私は、お嬢様の方に視線を向ける。
 
「追手がなりふり構わずなら、遠慮せず、先に行ってよ」
「分かってる」

 気が進まないと言うように、パークスは小さくため息を零した。
 その直後だ。ひゅいっと風を切る音がした瞬間、私の真横でカキンッと何かが弾かれる音が響き、張り巡らせていた魔法の壁にヒビが入った。
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