大商人を夢見る魔術師に恋する暇はありません!

日埜和なこ

文字の大きさ
20 / 23

第20話 危機一髪!?

しおりを挟む
 うめき声をあげる男は、その場にしゃがみ込むと脂汗をかきながら荒い息を吐いた。
 もう一人の男は、仲間を一瞥いちべつすると「くそっ」と毒づきながら、私の腕を強く引いて後退した。この男、仲間を置いていく気ね。
 
「……ふざけたことしやがって」
「ふざけてるって?」

 じりじりと後退しながら、零された男の言葉に応えるように、聞き覚えのある声が降ってきた。
 
「それは、女の子に手荒な真似をする方だろう」
「アリシア、遅れてごめんね!」

 その声に振り返ると、土壁の陰から馬に乗ったキースとミシェルが姿を現した。

「……ミシェル」

 明るく勝ち気な笑顔にほっとした私は、無意識に肩の力を抜いた。とたんに足から力が抜けて、その場にへたり込みそうになった。
 私の腕を掴む男が、何か文句を言っているけど、もう、私の耳には届いていない。

「ミシェル、その嬢ちゃんを頼むぞ!」
「任せて!」

 馬上から飛び降りたキースは、私を引っ張る男の懐に飛び込むようにして拳を突き上げた。だけど、男もすぐに反応し、私を突き飛ばすとその場から飛び退いた。
 視界の端に、落ちている剣を拾い上げるキースの姿を捉えながら、私は地面に倒れ込んだ。

 重たい身体を起こすと、心臓がバクバクと鳴っているのが分かった。たまらずローブの胸元を掴んで、私は深く息を吐いた。
 本当は、怖かったんだ。
 今更ながらに気づくと、手のひらの震えを感じた。

 震えながら振り返れば、キースが男と剣を交えている。軽やかな剣捌き、彼がこういった荒事に鳴れていることがよく分かった。
 その様子を呆然と目で追っていた私は、追手がもう一人いることを、すっかり失念していた。
 突然、血まみれの手が視界に入ってきた。

「この、クソガキが──!」
 
 真っ赤な手が伸ばされる。
 捕まる!──そう思った瞬間、私は反撃することなんて思い浮かばなかった。
 反射的に硬く目を瞑った。だけど、いつになっても私を掴む手は感じられず、代わりにドサッと何かが倒れる音が耳に届いた。

「アリシア、大丈夫? ねぇ、アリシア!」

 声がかけられて仰ぎ見ると、杖を両手で持ったミシェルがいた。その足元では男が気を失っている。

「……ミシェル」
「えへへ、杖で殴っちゃった。先生に知られたら、怒られちゃうかな」

 笑って誤魔化すミシェルは、落ちている私の杖を拾い上げ、差し出しながら「もう大丈夫だよ」と言った。
 大切な杖を握りしめ、私は頷いた。

 まずは、気を失ってる男を拘束しないと。それと、キースを援護して──辺りを見回した私が、まだ少し混乱している頭を回転させようとしていると、ミシェルが呆れたように声を上げた。

「あーあ、もう! キース、遊んでる」
「え、何?……遊んでる?」
「ほら、見て! あの顔」

 ミシェルに促されて向けた視線の先には、男と剣を交えるキースがいた。
 革の胸当てくらいしか身に着けていない身軽な彼は、笑いながら男の剣戟を受け流した。純粋に楽しんでいるように見える。

「……笑ってる? 何が楽しいのかしら」
「ああいうのを、不良って言うのかな? 煙草も吸うし、お酒も飲むし!」
「そ、そうなのかな?」
「うん、きっとそうだよ!」
 
 たぶん、キースは私たちより年上だし、お酒やタバコをたしなんでいても何ら問題はないのだけど。
 私が首を傾げる横でミシェルは一人納得して、うんうんと頷いていた。

 何だか全部終わったような顔をしているミシェルの足元で、転がる男が呻き声をあげた。
 ひとまず、この男を縛り上げておかないといけないわね。
 杖の先を地面に叩きつけると、男の下に魔法陣が浮かび上がる。それを目視して「捕らえよ」と私が告げれば、黒い影が男をぐるぐる巻にして自由を奪った。

「アリシア……もしかして、あっちの男たちにも、使った?」

 それと言われたのは、私が得意とする捕縛用の魔法だ。
 影があるところであればいくらでも捉えるための縄や檻、枷を作り出せる。場合によっては柵を作って防御壁のように使うことも出来て、なかなか便利なのよね。
 ただ、イメージで形を変えるから、凄い集中力が必要なの。それが難点だわ。

「来る途中に転がっていた男たち、まるで串刺しのようだったよ」
「とっさに放つのに、道に繋ぎ止めるイメージがカカシしか出てこなくて」
「カカシ……張り付けになった罪人かと思った」
「うっ、イメージ力をもっと磨かないとね。心が乱されたり、思考が乱れると発動させるのも難しいって、今回のことでよく分かったし、実践はまだまだね」
「そっか……もう少し早く合流できたら良かったよね。ごめんね」
「ミシェルが謝ることじゃないわよ!」
 
 しょんぼりと肩を下げるミシェルの手を取って笑うと、少し離れたところから「おい!」と私たちを呼ぶ声が聞こえた。

「喋ってないで、援護しろ!」
「それが人に頼む態度!? この、不良ハーフエルフ!」

 杖をどんっと地面に叩きつけたミシェルの頭上に真っ赤な魔法陣が現れた。
 これを詠唱なしで呼ぶあたり、彼女は本当に凄いなと思いながら、私はキースと男に降り注ぐ魔法弾の雨を眺めて笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

モブの私がなぜかヒロインを押し退けて王太子殿下に選ばれました

みゅー
恋愛
その国では婚約者候補を集め、その中から王太子殿下が自分の婚約者を選ぶ。 ケイトは自分がそんな乙女ゲームの世界に、転生してしまったことを知った。 だが、ケイトはそのゲームには登場しておらず、気にせずそのままその世界で自分の身の丈にあった普通の生活をするつもりでいた。だが、ある日宮廷から使者が訪れ、婚約者候補となってしまい…… そんなお話です。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

死に戻りの元王妃なので婚約破棄して穏やかな生活を――って、なぜか帝国の第二王子に求愛されています!?

神崎 ルナ
恋愛
アレクシアはこの一国の王妃である。だが伴侶であるはずの王には執務を全て押し付けられ、王妃としてのパーティ参加もほとんど側妃のオリビアに任されていた。 (私って一体何なの) 朝から食事を摂っていないアレクシアが厨房へ向かおうとした昼下がり、その日の内に起きた革命に巻き込まれ、『王政を傾けた怠け者の王妃』として処刑されてしまう。 そして―― 「ここにいたのか」 目の前には記憶より若い伴侶の姿。 (……もしかして巻き戻った?) 今度こそ間違えません!! 私は王妃にはなりませんからっ!! だが二度目の生では不可思議なことばかりが起きる。 学生時代に戻ったが、そこにはまだ会うはずのないオリビアが生徒として在籍していた。 そして居るはずのない人物がもう一人。 ……帝国の第二王子殿下? 彼とは外交で数回顔を会わせたくらいなのになぜか親し気に話しかけて来る。 一体何が起こっているの!?

処理中です...