枯れない花

南都

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第二章 「主人公」と「憧れ」

第二十三話

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「私は好きですよ、この景色」

 右隣りからそんな声が聞こえた。消えゆきそうな声だ。ぼやくような声、本来ならば誰にも聞こえないような声。

「え?」

「夜景、あなたと見たかった」

 微笑んだ。そして俺の頬へと右手を伸ばす。この前と……同じだ。

「この光の中の一つにして見せる。何度でも言ってあげます」

「ありがとうございます。例えそれがお世辞であったとしても、一時の心の移ろいから言った言葉であったとしても、俺はその言葉に救われる」

「そんなものではないですよ。一時の気の迷いではない、今はもう揺るがない」

 なぜ彼女は俺に固執してくれるのだ? 疑問で仕方がなかった。

 しかし案外、好意というものは強いほどに揺るぎやすいものだとも思っていた。かわいさ余って憎さ百倍、そんな諺もある。好意がゆえに、負の感情が際立つこともあるだろう。
 そもそも例え今、彼女が俺を好いていても、この感情はそうそう続くものではないだろう。それにこの好意が嘘でない保障などない。利用価値から来る好意なんて、社会人ならば少なくない。

 それでもモノクロームは言うのだ、俺を肯定する言葉を。

「私のこと、嫌いですか?」

「それは……」

 言い淀む。しかしモノクロームはこう言うのだ。

「私は、あなたに嫌われても好きです」

 こうもひたむきな人間がいたものだろうか? 

 やはり嘘か何かだろう、そんな疑心さえ覚えた。見返りの求めない愛というものには疎遠だった自分だ、裏を探ってしまうのだって無理はないだろう。

「関わるって怖いものです。もしかしたのなら『関わることで苦手意識が強まる』かもしれない、『相手に嫌われるかもしれない』。けれど……関わらない限り始まらない」

 瞳の奥は暗んでいる。恐れ、嫌われることへの恐怖心。
 彼女も……俺と同じだ。人に触れることによる喪失を恐れている。

 「だから言います」と照れくさそうに目を伏せたモノクローム。
 微かに紅潮した頬に、俺は再び目をそらしそうになる。赤らんだ頬、何故だか見ていられないのだ。その事実を知ってはいけない気がした。

 知らなかった、知る由もなかった。人のまっすぐ好意というものは、ここまでこそばゆいものだったとは。
 心をくすぐられているようで、胸の奥がざわざわと揺れ動く。心が同調しているようだ、互いの感情を近づけているよう。

「あなたが思っている以上に、私があなたを追っている期間は長かった。だからこそ、あなたがその能力に目覚めた時、『運命』だなんて言葉が思い浮かんだものです」

 頬に触れていた手が俺の首元をなぞる。花の入れ墨がそこにはあるのだ。
 自分には見えない入れ墨、それが彼女には見えている。俺に見えているのはモノクロームの首元にあるシロツメクサだ。白いセーターの下から頬まで伸びるその入れ墨。


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