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第五章 「結末」
第九話
しおりを挟む違う、そんなものはおかしい。この世界の全員が『常識だ』と言おうとも、俺は否定してみせる。
「当たり前だ。ここは律哉の理想の地、あいつが望めば全てが変わる」
道路の中央、フードを被った男がいた。雨に打たれる一人の男が。
灰色の瞳、脇下まで伸びた黒い長髪、そして折れてしまいそうな細身。不安になるほどにこけた頬をし、活力のない眼で俺を見ている。
黒いローブを身にまとい、そのポケットに手を入れている。身体は全体的にローブに覆われており中の服は通常見えない、しかし微かに揺れ動くときに鼠色のシャツが目に映った。
雨がフードを伝い首元へと零れ落ちる。男はそれでも不快な表情の一つも浮かべない。ただただ活力のない低い声を吐き捨てるだけだ。その矛先は、モノクロームに向いている。
「待ちに待ったよ、裏切り者」
台詞に対し、威圧感はない。むしろ感じるのは、やるせなさと無気力さ。この男からは戦意など微塵も感じられない。
風が吹き、被さっていたフードが降りる。そして首元の『入れ墨』が露になれば、モノクロームから漏れたのは驚嘆の声。振り向けば、「なんで……?」と消えるような声が耳についた。
「その入れ墨……穂瑞? 障壁の能力者に間違いがない。けれど何故……?」
目を見開き、モノクロームは言い放つ。言い放ってしまう。おそらく、彼女が一番問われたくなかった言葉を。
「あなたは……女性であったはずでしょう」
すると空を見る。肩を落とし、ぼんやりと。この世界のくだらなさを説くように、穂瑞は雨の降る空を見上げたのだ。
「『男であってくれ』、律哉がそう思ったんだろうよ。律哉が思えば全てが変わる、分かっていただろう。いや、脱退したお前には分からないか。本当に――」
――私も抜ければよかったよ。
向けたおもちゃの銃。エアガンだ、本物の銃ではない。
祭りの会場で見たことがある、景品として置かれている程度の安値のエアガン。小さなBB弾を装填し、それを発射するだけの機械。
しかしここでは……常識が通じない、
モノクロームの前へと障壁を張る、その判断は正しかった。
聞こえたかもわからない、ぱしゅっ、という安っぽい音。それと共に撃ちだされた弾丸は、BB弾などという威力ではなかった。
その弾は障壁をいともたやすく貫通し、その裏に備えていたモノクロームが立てた氷の壁に埋まる。
ひび割れた氷の壁、その中心に埋まったBB弾。そのBB弾は突如として炸裂し、その氷の壁を容易に打ち砕く。
「それは……俺の能力だろう」
ぼやく。そしてその手をスッと横へと振るえば、俺たちの周囲に形成された障壁。
これは俺たちの身を護るためのものではない、俺たちの動きを封じるためのものだ。
「あら、優しいじゃないですか。障壁で守ってくださるなんて」
たたいた軽口、しかしその頬には伝っているのは汗だった。
固唾を呑む、そこから伝わる焦り。先ほどの銃をこちらに向けられれば、俺たちはもはや避けられない。この障壁に、俺たちの退路は絶たれている。
「ああ。喜べ、先輩からのご褒美だ」
何食わぬ顔でこちらに向けた銃、要らぬ褒美をくれるつもりらしい。しかし黙っては受け取るわけにもいかない。守れないのならば、攻めるしかないのだから。
「けれど隔離ならば、こちらにもありますっ!」
穂瑞の周囲を囲った隔離の壁だ。障壁よりも硬度は低いかもしれないが、内部環境を操作できる点優れている。
同時に自分が生成したのは、甫突店長が設計した機関銃。機械生成の能力ありきのその銃を障壁に銃口を押し当てれば、ひたすらにその障壁へと発砲し続ける。
早くしろ、早くしなければ強制開花が発動する。モノクロームが無効化しない状態で俺の近くにいる期間は合計すれば長いのだ。強制開花するまでの時は短い。
徐々にひびが入っていく障壁、しかしその間にも穂瑞は隔離障壁を撃ち破っている。そして俺たちへと銃を向けているのだ。
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