枯れない花

南都

文字の大きさ
99 / 123
第五章 「結末」

第九話

しおりを挟む

 違う、そんなものはおかしい。この世界の全員が『常識だ』と言おうとも、俺は否定してみせる。

「当たり前だ。ここは律哉りつやの理想の地、あいつが望めば全てが変わる」

 道路の中央、フードを被った男がいた。雨に打たれる一人の男が。

 灰色の瞳、脇下まで伸びた黒い長髪、そして折れてしまいそうな細身。不安になるほどにこけた頬をし、活力のない眼で俺を見ている。
 黒いローブを身にまとい、そのポケットに手を入れている。身体は全体的にローブに覆われており中の服は通常見えない、しかし微かに揺れ動くときに鼠色のシャツが目に映った。

 雨がフードを伝い首元へと零れ落ちる。男はそれでも不快な表情の一つも浮かべない。ただただ活力のない低い声を吐き捨てるだけだ。その矛先は、モノクロームに向いている。

「待ちに待ったよ、裏切り者」

 台詞に対し、威圧感はない。むしろ感じるのは、やるせなさと無気力さ。この男からは戦意など微塵も感じられない。

 風が吹き、被さっていたフードが降りる。そして首元の『入れ墨』が露になれば、モノクロームから漏れたのは驚嘆の声。振り向けば、「なんで……?」と消えるような声が耳についた。

「その入れ墨……穂瑞ほずみ? 障壁の能力者に間違いがない。けれど何故……?」

 目を見開き、モノクロームは言い放つ。言い放ってしまう。おそらく、彼女が一番問われたくなかった言葉を。

「あなたは……

 すると空を見る。肩を落とし、ぼんやりと。この世界のくだらなさを説くように、穂瑞は雨の降る空を見上げたのだ。

「『男であってくれ』、律哉がそう思ったんだろうよ。律哉が思えば全てが変わる、分かっていただろう。いや、脱退したお前には分からないか。本当に――」

――私も抜ければよかったよ。

 向けたおもちゃの銃。エアガンだ、本物の銃ではない。
 祭りの会場で見たことがある、景品として置かれている程度の安値のエアガン。小さなBB弾を装填し、それを発射するだけの機械。

 しかしここでは……常識が通じない、

 モノクロームの前へと障壁を張る、その判断は正しかった。

 聞こえたかもわからない、ぱしゅっ、という安っぽい音。それと共に撃ちだされた弾丸は、BB弾などという威力ではなかった。
 その弾は障壁をいともたやすく貫通し、その裏に備えていたモノクロームが立てた氷の壁にうずまる。

 ひび割れた氷の壁、その中心に埋まったBB弾。そのBB弾は突如として炸裂し、その氷の壁を容易に打ち砕く。

「それは……俺の能力だろう」

 ぼやく。そしてその手をスッと横へと振るえば、俺たちの周囲に形成された障壁。

 これは俺たちの身を護るためのものではない、俺たちの動きを封じるためのものだ。

「あら、優しいじゃないですか。障壁で守ってくださるなんて」

 たたいた軽口、しかしその頬には伝っているのは汗だった。
 固唾を呑む、そこから伝わる焦り。先ほどの銃をこちらに向けられれば、俺たちはもはや避けられない。この障壁に、俺たちの退路は絶たれている。

「ああ。喜べ、先輩からのご褒美だ」

 何食わぬ顔でこちらに向けた銃、要らぬ褒美をくれるつもりらしい。しかし黙っては受け取るわけにもいかない。守れないのならば、攻めるしかないのだから。

「けれど隔離ならば、こちらにもありますっ!」

 穂瑞の周囲を囲った隔離の壁だ。障壁よりも硬度は低いかもしれないが、内部環境を操作できる点優れている。
 同時に自分が生成したのは、甫突店長が設計した機関銃。機械生成の能力ありきのその銃を障壁に銃口を押し当てれば、ひたすらにその障壁へと発砲し続ける。

 早くしろ、早くしなければ強制開花が発動する。モノクロームが無効化しない状態で俺の近くにいる期間は合計すれば長いのだ。強制開花するまでの時は短い。

 徐々にひびが入っていく障壁、しかしその間にも穂瑞は隔離障壁を撃ち破っている。そして俺たちへと銃を向けているのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

一億円の花嫁

藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。 父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。 もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。 「きっと、素晴らしい旅になる」 ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが…… 幸か不幸か!? 思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。 ※エブリスタさまにも掲載

処理中です...