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一瞬の邂逅
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「さ、無駄口を叩いていないで手を動かしなさい」
ススキ、と呼ばれている小穂の一言で、噂話に興じていた少女達は包帯を作る作業を再開した。
14歳でありながら一つのグループをまとめているススキは、年頃の少女らしさを表に出さない娘だった。風習通り手指と目元以外の肌を、松葉色のマントで覆っている。松葉色なのはオシャレのためではなく、行枩家の家紋を表す色だったから。
戦士の娘であるススキはほとんど時間を、屋外での作業に費やしていた。そのためか手と目元が酷く日焼けしていた。
*
肌の大部分を隠しているとは言え、年若い娘達が外で作業をしている。
その事に多くの、戦士と無関係の人々は眉をひそめていた。だが、何も言わなかった。帝生政府の命により、力ある和伝人が招集されてから早半世紀。
彼女達の両親が、兄弟が相伝隊として戦い続けているから。伝暗軍と呼ばれる集団によって、生活を脅かされる人々を守るために。
彼女達もいずれは他の戦士と結婚し、次世代の戦士を生むのだから。
*
ススキは目を上げた。
「モミヂ、コノハ、ホタル。霧が出てきているから今日はもう撤収するわよ」
この中では唯一の既婚者であるホタルは怪訝そうな表情をしながら、道具を籠に片付け始めた。
コノハは不思議そうに首を傾げた。ぽちゃぽちゃした、可愛らしい雰囲気を持つ14歳だった。
「なんで昼間から霧が出るのかしら?」
ススキは返事代わりにひょいと肩を上げ、テキパキと指示を出した。
「道具は私が片付けるから、早く撤収なさい。特にホタルはおめでただし、モミヂはまだ子どもなんだから。コノハ、2人の護衛について」
コノハは「気をつけてね」と言い残し、道具を置いたままホタルとモミヂを連れて看護営に帰って行った。
ススキは急ぎながらも、包帯についてしまった草を除去してから籠に仕舞った。散乱していた古着を回収し、マントに包むようにして仕舞い込んだ。
霧はどんどん深くなっている。
ススキは走ったが、マントから古着が飛び出してきた。拾い、土を払うとまたマントに仕舞った。今度は上手く仕舞えた。そして走ると、今度はマントに足がもつれて転んだ。急いては事を仕損じるとはよく言ったものだ。
もたもたしている間に一帯は霧に覆われ、一寸先ですら何も見通せなくなった。看護営の方角を見失った。
ススキは途方に暮れながらも、適当な方向に走り出した。
「この辺りは相伝隊の敷地だから、北に行かない限りは大丈夫」
そう呟きながら、北に向かって走っていた。短剣も持っている。
*
イニティエルは見ていた。
ハッキリした目を持ちながら、最悪な方向に走り続けている少女を。
面白そうな娘だと思い、ススキの進路を阻むように姿を現してみた。
「キャッ!」
ススキはまた転んだ。そして、キッと睨んだ。恐ろしい目だ。ススキは臨戦態勢に入ったのか、そっと右手を衿元に近づけた。
「伝暗軍?」
「おや、見えるんだ?」
「ん?」
ススキの睨んでいた目は、徐々に小皺が寄り怪訝な表情になった。グゥと子獅子のように見ていた。
静寂だ。聞こえるのは、1つだけ。ススキの落ち着いた呼吸音が響き渡っている。不思議な目を持つ娘だ。恐怖と責任感、追い詰められたような目だった。だが今では大理石のように小さな僅かな確信と希望、清さが姿を見せ始めている。
少女はふっと警戒体勢を解くように、右手を衿元から下ろした。
「神様?」
一瞬で自分を人外だと見抜いた。おまけに、神だ。
少女は小さくハッキリと首を振った。
「ううん、違う」
だから、私は言った。
「似たようなものだよ」
「いいえ、違う。あなたは神ではない」
*
ススキは塩を探すように籠を弄った。持っていた塩はさっきおにぎりに掛けた。一つまみでも残しておけばよかった。それでも、めげずに一束の包帯を投げつけた。包帯はツーとイニティエルの体を過ぎていった。
イニティエルがフッと笑った隙に、ススキとはさっきとは反対の方向に逃げた。
***
すやすやと眠っている甥と姪の横で、小穂は星を見ていた。
小穂が生まれてから来月で15年。
生まれたばかりだった甥の真孝の世話を兄夫婦から押し付けられて3年。姪の小菜が加わってから2年。
あの珍妙な出来事から3週間。
五月四日 清虎との縁談について聞いてから1時間。
小穂はふぅと息をつきながら空を見た。甥姪が寝た時ようやく休める小穂は、柱に寄り掛かりぐったりと空を見た。
三日月が浮かんでいた。縁談があると聞いた晩なのに、なぜ満月でないのか。小穂には分からなかった。2歳上の五月四日家長男との縁談に気乗りがしなかった。とは言え相手が、同い年で畝光家四男である実之だったとしても、男女の垣根を越え友情を結んでいる糸繰 雄矢だったとしても、気乗りはしなかっただろう。
だが、いずれは縁談を受け入れる。
なぜなら小穂の母親は永露家出身だったから。戦闘時に相手を即死させる力を持つことと、短命で知られる永露家出身の女を母に持つ小穂は、20歳前後で死ぬ可能性がある。
だから、縁談に時間を掛けるわけには行かなかった。
小穂の兄・千真は18歳。兄嫁の永江は第3子を妊娠している。「2人はきっと焦っている」と乙女の小穂は考えていた。だからこそ兄は、自分が死ぬ前に唯一の妹の嫁ぎ先を決めておきたいのだろう。
尤も、長生きするかもしれない、というかすかな希望はある。
今まで和伝人は部族を超えての婚姻も生殖もなかった、ということだ。
だが、長寿で知られる行枩家三男と、永露家次女が結婚した。18年前、瞬間老化の松柏之寿の使い手である朔嘉と、即死の薤露蒿里を秘める夏穂との間に息子が誕生した。4年後には娘が誕生したが、数週間後に夏穂が亡くなった。更に5年経った時、調子者だった朔嘉が戦死した。
翌年、2組目の異部族同士での婚姻があった。燈家五男と楊河家三女だった。
3年後には、3組目が誕生した。火威家次男と逆巻家次女の婚姻。
***
あの邂逅から半年、イニティエルは彼女の観察を続けていた。
彼女の本名を知ったのは出会ってから3週間後のこと。小穂は15歳の誕生日を期に五月四日家に嫁いだ。翌朝、彼女が呟いだ言葉を私は忘れられるだろうか?
「これが史上初の長男長女の異部族間の婚姻になるのね」
清虎の子を妊娠した小穂の美しさも、いつかは忘れられるのだろうか?
小穂は元から綺麗だった。細いアーモンドのような形をした、澄んだ次縹の目。艶があり檳榔子染の波打つような豊かな髪。布で覆われているが、雪にように白い肌。小麦色に日焼けした目元や手先ですらも美しい。女性らしくふっくらとしており、鹿のように俊敏に動く手足も、動きのほとんどない表情も静かで美しかった。
だが、清虎の子を孕んだ小穂は、以前にも増して美しかった。
いや、あれほどにまで美しい小穂は見たことがなかった。
かつて天使だったイニティエルですら見たことがなかった。
女は心に情愛が満ちるだけで、あれほど美しくなるのだろうか?
ススキ、と呼ばれている小穂の一言で、噂話に興じていた少女達は包帯を作る作業を再開した。
14歳でありながら一つのグループをまとめているススキは、年頃の少女らしさを表に出さない娘だった。風習通り手指と目元以外の肌を、松葉色のマントで覆っている。松葉色なのはオシャレのためではなく、行枩家の家紋を表す色だったから。
戦士の娘であるススキはほとんど時間を、屋外での作業に費やしていた。そのためか手と目元が酷く日焼けしていた。
*
肌の大部分を隠しているとは言え、年若い娘達が外で作業をしている。
その事に多くの、戦士と無関係の人々は眉をひそめていた。だが、何も言わなかった。帝生政府の命により、力ある和伝人が招集されてから早半世紀。
彼女達の両親が、兄弟が相伝隊として戦い続けているから。伝暗軍と呼ばれる集団によって、生活を脅かされる人々を守るために。
彼女達もいずれは他の戦士と結婚し、次世代の戦士を生むのだから。
*
ススキは目を上げた。
「モミヂ、コノハ、ホタル。霧が出てきているから今日はもう撤収するわよ」
この中では唯一の既婚者であるホタルは怪訝そうな表情をしながら、道具を籠に片付け始めた。
コノハは不思議そうに首を傾げた。ぽちゃぽちゃした、可愛らしい雰囲気を持つ14歳だった。
「なんで昼間から霧が出るのかしら?」
ススキは返事代わりにひょいと肩を上げ、テキパキと指示を出した。
「道具は私が片付けるから、早く撤収なさい。特にホタルはおめでただし、モミヂはまだ子どもなんだから。コノハ、2人の護衛について」
コノハは「気をつけてね」と言い残し、道具を置いたままホタルとモミヂを連れて看護営に帰って行った。
ススキは急ぎながらも、包帯についてしまった草を除去してから籠に仕舞った。散乱していた古着を回収し、マントに包むようにして仕舞い込んだ。
霧はどんどん深くなっている。
ススキは走ったが、マントから古着が飛び出してきた。拾い、土を払うとまたマントに仕舞った。今度は上手く仕舞えた。そして走ると、今度はマントに足がもつれて転んだ。急いては事を仕損じるとはよく言ったものだ。
もたもたしている間に一帯は霧に覆われ、一寸先ですら何も見通せなくなった。看護営の方角を見失った。
ススキは途方に暮れながらも、適当な方向に走り出した。
「この辺りは相伝隊の敷地だから、北に行かない限りは大丈夫」
そう呟きながら、北に向かって走っていた。短剣も持っている。
*
イニティエルは見ていた。
ハッキリした目を持ちながら、最悪な方向に走り続けている少女を。
面白そうな娘だと思い、ススキの進路を阻むように姿を現してみた。
「キャッ!」
ススキはまた転んだ。そして、キッと睨んだ。恐ろしい目だ。ススキは臨戦態勢に入ったのか、そっと右手を衿元に近づけた。
「伝暗軍?」
「おや、見えるんだ?」
「ん?」
ススキの睨んでいた目は、徐々に小皺が寄り怪訝な表情になった。グゥと子獅子のように見ていた。
静寂だ。聞こえるのは、1つだけ。ススキの落ち着いた呼吸音が響き渡っている。不思議な目を持つ娘だ。恐怖と責任感、追い詰められたような目だった。だが今では大理石のように小さな僅かな確信と希望、清さが姿を見せ始めている。
少女はふっと警戒体勢を解くように、右手を衿元から下ろした。
「神様?」
一瞬で自分を人外だと見抜いた。おまけに、神だ。
少女は小さくハッキリと首を振った。
「ううん、違う」
だから、私は言った。
「似たようなものだよ」
「いいえ、違う。あなたは神ではない」
*
ススキは塩を探すように籠を弄った。持っていた塩はさっきおにぎりに掛けた。一つまみでも残しておけばよかった。それでも、めげずに一束の包帯を投げつけた。包帯はツーとイニティエルの体を過ぎていった。
イニティエルがフッと笑った隙に、ススキとはさっきとは反対の方向に逃げた。
***
すやすやと眠っている甥と姪の横で、小穂は星を見ていた。
小穂が生まれてから来月で15年。
生まれたばかりだった甥の真孝の世話を兄夫婦から押し付けられて3年。姪の小菜が加わってから2年。
あの珍妙な出来事から3週間。
五月四日 清虎との縁談について聞いてから1時間。
小穂はふぅと息をつきながら空を見た。甥姪が寝た時ようやく休める小穂は、柱に寄り掛かりぐったりと空を見た。
三日月が浮かんでいた。縁談があると聞いた晩なのに、なぜ満月でないのか。小穂には分からなかった。2歳上の五月四日家長男との縁談に気乗りがしなかった。とは言え相手が、同い年で畝光家四男である実之だったとしても、男女の垣根を越え友情を結んでいる糸繰 雄矢だったとしても、気乗りはしなかっただろう。
だが、いずれは縁談を受け入れる。
なぜなら小穂の母親は永露家出身だったから。戦闘時に相手を即死させる力を持つことと、短命で知られる永露家出身の女を母に持つ小穂は、20歳前後で死ぬ可能性がある。
だから、縁談に時間を掛けるわけには行かなかった。
小穂の兄・千真は18歳。兄嫁の永江は第3子を妊娠している。「2人はきっと焦っている」と乙女の小穂は考えていた。だからこそ兄は、自分が死ぬ前に唯一の妹の嫁ぎ先を決めておきたいのだろう。
尤も、長生きするかもしれない、というかすかな希望はある。
今まで和伝人は部族を超えての婚姻も生殖もなかった、ということだ。
だが、長寿で知られる行枩家三男と、永露家次女が結婚した。18年前、瞬間老化の松柏之寿の使い手である朔嘉と、即死の薤露蒿里を秘める夏穂との間に息子が誕生した。4年後には娘が誕生したが、数週間後に夏穂が亡くなった。更に5年経った時、調子者だった朔嘉が戦死した。
翌年、2組目の異部族同士での婚姻があった。燈家五男と楊河家三女だった。
3年後には、3組目が誕生した。火威家次男と逆巻家次女の婚姻。
***
あの邂逅から半年、イニティエルは彼女の観察を続けていた。
彼女の本名を知ったのは出会ってから3週間後のこと。小穂は15歳の誕生日を期に五月四日家に嫁いだ。翌朝、彼女が呟いだ言葉を私は忘れられるだろうか?
「これが史上初の長男長女の異部族間の婚姻になるのね」
清虎の子を妊娠した小穂の美しさも、いつかは忘れられるのだろうか?
小穂は元から綺麗だった。細いアーモンドのような形をした、澄んだ次縹の目。艶があり檳榔子染の波打つような豊かな髪。布で覆われているが、雪にように白い肌。小麦色に日焼けした目元や手先ですらも美しい。女性らしくふっくらとしており、鹿のように俊敏に動く手足も、動きのほとんどない表情も静かで美しかった。
だが、清虎の子を孕んだ小穂は、以前にも増して美しかった。
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