探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

文字の大きさ
68 / 89
ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

しおりを挟む
「――本来の要件、仕事の話をしましょう」

 嫌味に感じるほど格好つけると滑稽になりがちだが、紗川がやるとカッコよく見えてしまう。

(この人絶対分かってるんだよな……どの角度がいちばんカッコよくみえるかって)

 ひっそりとため息をつきながら爾志の横顔を見る。
 それまで浮き上がっていた爾志の顔が引き締まった。
 探偵は、静かに落ち着いた声で淡々と話した。

「私の仕事は、依頼に応じて調査し、事実を依頼主に伝えることです。ですが、その結果が依頼主の意向に沿えるものになるとは限りません。また、科学的捜査を私自身が行えるわけではありませんので、あくまでも、現時点における答えです。推理をするための材料が不足していた場合は回答を出せない場合もあります。それでもよろしいでしょうか」
「えと……」

 紗川は誠実そうで優しい微笑みを浮かべている。
 爾志もほっとしたのか笑って頷いていた。

 (あ……『先生』だ)

 それは三枝がよく知っている紗川の姿だった。
 いつだったか、紗川は言っていた。
 人は相談をする時に「理想的な回答」を持っている場合が少なくない。自分の「回答」が正しいことの証明や、希望が現実になることを期待して依頼に来る――と。
 それは正しいと三枝も思う。
 相談は殆どの場合、相手からの回答を求めていない。自分の持っている答えの後押しをして欲しいだけだ。
 だから客を喜ばせたいなら、客が望む答えが出るように推理すればいい。
 しかし紗川は客を喜ばせることを目的としていない。
 たとえ客の意に沿わない事であったとしても「これが事実である」と認めたものを淡々と伝える。
 依頼主――つまり顧客を喜ばせようとしない仕事は、商人の家に生まれ育った三枝にはできそうにない。
 しかし、自分の価値観を一方的に押し付けるというのも違う。
 紗川には何か覚悟のようなものがある様に感じている。何故なら、三枝が知る限り、その姿勢を崩したことはないからだ。

「そう怖がることはありません、爾志君。今ここに証拠も何もない以上、いくら話したところで机上の空論に過ぎません。ただの推理ゲームですよ」

(あれ?)

 三枝は違和感に瞬きした。紗川は探偵の仕事に誇りを持っているから、依頼として受けたならこんな軽い言い方はしないはずだ。
 紗川と爾志を見比べていると、その向こう側の河西と目があった。人当たりのいい、穏やかな、微笑みを返された。人畜無害のお人よしの笑顔だ。

「……はい。お願いします」

 三枝が河西に気を取られているうちに、爾志は頷いていた。
 今日、ここに来た理由はコーヒーを嗜むためでも、河西に会うためでもない。
 爾志からの依頼があったからだ。
 爾志は茶封筒を紗川に渡した。規定の額より少ないとはいえ高校生にとっては少額ではない。紗川は一つ頷くと、店内の奥の席を指した。

「ちょうど、店長が出勤しましたので、あちらのソファ席で話しましょうか」

 見ると、エスプレッソマシンの前に、白いシャツをパリッと着こなした女性が立っていた。紗川に「遅くなって申し訳ありません、オーナー」と耳打ちしているのが漏れ聞こえた。

「大丈夫ですよ。それよりもご両親のお加減はいかがですか?」
「お陰様で持ち直しました。それより申し訳ありませんでした。明け方なんて、非常識なお時間に電話をかけてしまって……」
「ちょうど、今日は来店を予定していましたからご心配には及びません。今日も美味しいラテを提供して下さい」
「ありがとうございます」

 相手に合わせて紗川も囁くように返している。
 こちらの女性も、他の従業員同様に年齢が高い。

(あー、つまりアレかな? 雇われ店長が、仕事遅れるって電話を明け方にしたって事か。ご両親って言ってるってことは、具合が悪くなって救急車とか、そう言う感じかな)

 紗川は相手をいたわる言葉をいくつかかけてから、三枝にトレーを渡してきた。

「これって?」
「この後は助手の出番だ。爾志君とニシのカップを運んで差し上げないとだろう?」

 どうやら、カフェに来ても事務所と同じ扱いらしい。










 カフェの一番奥のソファ席は、周りを観葉植物で覆われており、半個室の様になっていた。入り口からも死角に当たるため、ここに席があると気づくには、奥まで入ってくる必要がある。
 三枝は、言われたとおり各自の飲みかけのカップをトレーにのせ、運んだ。

「いいよ。俺のは俺が持つし」
「やれって言われたからには俺の仕事なんだよ、シンヤ。ほら、奥に座って」

 ソファーに腰を下ろしてほどなくすると、紗川が現れた。
 紗川はブラックコーヒーを手にしている。

「改めて、段取りの悪さをお詫びします」

 紗川は丁寧に頭を下げると、「では、お話をお伺いいたします」と爾志を促した。
 爾志は一つ頷くと、ゆっくりと話始めた。

「お願いしたいのは、殺人犯を推理していただきたいんです。俺の父親は動物園の園長してるんですけど……。紗川さん、知ってます? 東松山市にある動物園」
「存じております。コアラで有名な動物園ですね?」

 それまで口数の多かった河西は、黙って話を聞いている。
 三枝はひそかにそのことに驚きながら、爾志の話を漏れの内容にメモしていた。
 ここに河西の会話まで入り込んだら手に負えなかったかもしれない。

「そうです。じゃあ、どういう所かは知ってると思うんですけど、実は……殺人事件が起きたんです」
「殺人事件があったというのは初耳です」

 紗川は顔をしかめた。

「飼育員の宿舎で起きた事件で、マスコミに情報が流れないように色々気をつかってるんです。犯人が捕まってからじゃないと、客足が遠のくから公表できないでいます」

 そうして爾志の話した出来事は、とても奇妙なものだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

私の優しいお父さん

有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。 少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。 昔、私に何があったんだろう。 お母さんは、どうしちゃったんだろう。 お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。 いつか、思い出す日が来るのかな。 思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。

処理中です...