探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

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「探偵、紗川清明です、初めまして」
「え?」

 爾志の気持ちはとてもよくわかる。
 三枝も驚いたのだ。

「あ、あの、俺、爾志信也(にし しんや)です。お忙しいところ時間を作っていただいて有り難うございます」
「爾志君、ですね。本日はご足労いただきありがとうございます。人手が足りない為、このような格好で失礼いたします」

 そう言って紗川は、片手を胸元に当て、優雅な仕草で軽く会釈をした。長い前髪がさらりと揺れる。

(つくづく、無駄にかっこいいんだよな……)

 思わず深くため息をついてしまった三枝の横で、爾志が目を丸くしていた。

「えっと、あ、はい。よろしくお願いします」

 爾志が椅子から立ち上がり直角に頭を下げてしまい、三枝はギョッとした。
 紗川から座るように促されるまでそのままだったのだから、相当衝撃を受けたのだろう。

「シンヤ、何やってんだよ」

 こそこそ耳打ちをすると、足を蹴られた。

「いって……」
「ばっかじゃねえのか、すげえカッコいいじゃん。なんだこの人。人間?」
「寝起き悪いしトイレも行くし、人間だよ。っていうか、なんだその人間? って感想」
「だってさ。これで探偵で金持ちでカフェのオーナーとか……マジで憧れる。で、あの天才の親友なんだろ? マジで人間かっての。すげえ……」

 いくら声を潜めていたとしても、目の前で話しているのだ、ほどんど聞こえてしまっている。
 目が合うと、紗川は肩をすくめてみせた。

「その天才というのは、僕の友人で、あだ名がニシという男のことでしょうか」
「そう、そうです!」

 爾志が身を乗り出して頷いている。こんなに興奮している友人は見た事がない。

「三枝君から聞いてます。俺、貴島創の本――貴島先生、先生です、すみません。全部持ってます。『闇に住まう神』シリーズは全部持ってて、新書版と文庫版と両方持ってるし、あとドラマCDも持ってます!」

 友人が貴島創きじまはじめのファンだということは知っていたが、ここまで強烈とは知らなかった。
 三枝も面白いと思っているが、ここまで熱烈にはなれない。
 紗川は自分のことでもないのにありがとうと答えると、ラテを勧めた。

「いただきます」

 美しいラテアートを崩してしまうのが惜しいのだろう、爾志がこわごわと口をつけている。

「あ、うまい……」

 紗川の淹れるコーヒーは事実旨いのだ。
 心の中で気持ちよく「そうだろう、そうだろう」とうなずきながら、ひょっとして、先ほど紗川が貴島創を褒められたときの気持ちはこういう感覚だったのだろうかと思っている時だった。

「褒めてくれてありがとう。もしよかったら、サイン本、いる?」

 三枝と反対側の爾志の隣に、座る人がいた。

「こんにちはー。貴島創です」

 カウンターの向こう側では、紗川が注文を復唱し、エスプレッソを落とすため、ミル機からダンパーに豆を落としていた。

「……!!」

 顔を赤くして硬直する爾志ごしに「こんにちは」と三枝は挨拶をした。作家がひらひらと手を振って挨拶を返してくれる。
 紗川の友人の中で、最も人当たりがいいのは彼のような気がする。

「いやあ、こんなに熱烈なファンと会えるなんて嬉しいなあ~。なあ、清明ぃ、きいた? もう、こんなに愛されてて俺、幸せ者だよな」
「そう思うなら、お前、もっと書け」
「ひどいなあ。久しぶりに会う親友にその発言」
「興味がないなら来るなとも言ったが?」
「あはは、でも来てよかったよ。清明がバリスタやってるなんて思ってなかったからさ」
「今日は特別だ――ほら、さくら待ちラテ」
「おお~、可愛いドリンクだなあ。この桜の花びらを演出したピンクのチョコがふわふわホイップの上に舞い散っているのはまさに春だね。ちょっと写真撮っていい?」
「構わないが、冷める前に飲めよ」
「うちの姫さんがさ、このラテが飲みたいって言ってたから、写真だけでも送ってあげようって思ってね」

 スマートフォンを取り出し、何枚も写真を撮っている。
 そのまま何か操作し始めた。

「おいニシ。それ逆効果じゃないのか?」
「そんなことないって。俺の姫さんは喜んでくれるもーん。――ほいっと。はーい、そこのキミ、俺のツイッター見て? 上がってるから」
「はい、すぐ見ます」

 爾志がスマートフォンでツイッター画面を開き、興奮気味にタップしている。

「どうしたんだよ、シンヤ」
「うおおおお、見ろよツム。ここ、これ、俺がうつってる。ほんのちょっとだけど!」

 爾志が見せてきたツイッター画面にはさくら待ちラテとその背景に制服の肘が写っていた。

「あ、うん。ちょっと写ってる。っていうか、落ち着こうぜ」
「だって、落ち着くとか無理だろ、やべえ……マジか……」

 興奮気味の爾志の向こう側で、同じような会話が繰り広げられていた。

「あー、清明、見て見てー。俺の姫さんがさっそくいいねしてくれてる。リプも来てるよ! ほら、『むききー』って喜んでる」
「……あおり行為に怒っていると思うんだがそれは」
「そうかなあ? 喜んでると思うよ?」

 三枝は頭を抱えた。
 彼は河西和樹かわにしかずきという。紗川の古くからの友人だ。河西は数年前に伝奇小説で貴島創というペンネームで一世を風靡した小説家だ。ゲーム化され、アニメ化もされた。特にゲームは原作を上回る人気で、重課金ユーザーが多いことでも有名だ。小説を知らないで、ゲームから入ってきたファンも多いという。

「あの……すみません、貴島先生。差支えがなければ、でいいんですけど」
「うん? どうしたの? 熱心なファンには大抵のことは教えるよ」
「姫ってどなたですか?」
「ああ、俺の彼女。で、清明の従妹。胸が大きくて、頭がよくて、腰がキュッとしてて、優しくて、お尻が丸くて、思いやりもある、すごくかわいい女の子」
「おい作家、もう少しまともな日本語を話せ」
「すごく美人の、将来の博士。今は博士号をとるために勉強を頑張ってる。白衣が似合う研究者だよ。写真見る? ほら、美人だし可愛いし胸大きいしお尻丸いし――」
「後半はいらないだろうが」
「だって、俺、姫のお尻大好きだし」
「それ以上言うと、本気で振られかねないぞ?」
「ん~、大丈夫。入籍して新居購入して姫そっくりの娘を溺愛する予定だから。プロポーズは毎日してるし、博士号取れたらって約束もしてるし。あ、老後の計画はまだ曖昧だけど、娘からお父さんへの感謝状を受け取る時のシミュレーションまでバッチリだから安心してよ」
「お前の愛は重すぎて、僕はいとことして彼女が心配でならない……」
「心配はいらないよ。俺の姫――緋(ひいろ)は愛で束縛されるのは嫌いじゃないからね。というより、そうされることで独占欲を満たしているんだよ。何しろ俺、有名人だから」
「全く……本当に質の悪いやつだ」

 紗川は眉間に皺を寄せ、前髪をかきあげながら、長くため息をついていた。
 三枝もつられてため息が漏れる。
 爾志のあこがれの作家に会えた興奮に付き合うのは疲れる。

「ああ、爾志君。三枝君から聞いて知っているようですが、改めて紹介しましょう。彼は貴島創、本名を河西和樹といいます。私とは長い付き合いで、あだ名はニシです。君の苗字と同じですね」

 今更の紹介だが、爾志は嬉しかったらしい。
 喜び勇んで河西に自己紹介をし、握手を求めていた。
 三枝としても、親友が嬉しそうにしているのは喜ばしいが、今日の目的はこれではない。
 どうにか本題を切り出さなければと思っていると、紗川と目が合った。

「爾志君が貴島創のファンだと聞いたのでこいつを呼んだわけですが――そろそろ、本題に移りましょうか。しかし爾志君がコーヒーを楽しみに来たというのなら、これで終わりにしてしまってもかまいません。もちろん、河西と話がしたければそうしてもかまいません」
「え……いいんですか」
「構いません。ですが、『相談』という事でお越しいただいているのであれば――」

 そこで言葉を切り、紗川は顎に手を当て頷いた。

「――本来の要件、仕事の話をしましょう」
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