探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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ホイップたっぷり、さくら待ちラテはいかがでしょうか。

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 三枝のカップの底には、やや形が歪んだリーフのラテアートだけが残っている。砂糖を混ぜると綺麗な模様が壊れてしまうが、何もせず静かに飲めばそのまま残る。
 食べ物はどれほど綺麗に作っても、それは一瞬の美だ。
 どんなに悲惨なことがあっても、太陽は西から登らないし、雨はいつか上がる。
 だからどんな日であっても、今日も昨日と変わらぬ日常に他ならない。
 紗川はそう言うが、悲惨なことがあった日は、失われる美を楽しむことはできないだろう。
 河西がすっかり目をぬぐい終えた後だった。

「お待たせいたしました」

 紗川が帰ってきた。
 まずは爾志に声をかけてカップを置いている。
 低い位置にあるテーブルブルにカップを置こうとすると、姿勢を低くしなければならない。
 スーツを着ていてもしっかりした筋肉がついていることがわかる肩から、サラサラと長い髪が流れた。

「注文を聞いておいて悪いが、全員、ホイップ増加のアイリッシュラテになった」
「おまえ~! 俺がさっき甘いの飲んでたの知ってるだろ」
「知らないな」
「何言ってんだ、作った本人!」

 河西の苦情を軽くいなしなす紗川の手によって、各自の前にラテが配られた。紙カップに山盛りのホイップが乗っている。そのうちの一杯だけはホイップが乗っておらず、それは紗川の分のようだった。

「途中まで作っているときにキャンセルされたドリンクがありまして。好みを伺ったのに申し訳ありません」

 最初に爾志の前にカップを置きながら紗川がわびた。

「あ、全然大丈夫です! っていうか、こんな高いのもらってしまっていいんでしょうか」
「お気になさらず。先ほど申し上げた通り、本来であれば廃棄されてしまうものですから」

 その言葉が気になってカウンター席を見ると、先ほど店長と言われていた女性が申し訳なさそうに頭を下げてきた。
 釣られて三枝も頭を下げる。
 三枝の仕草から、紗川も気づいたらしい。カウンター席に視線を送って気にするなと合図していた。

(ひょっとすると、先生は向こうからヘルプを受けて席を立ったのかな)

 依頼を受けている最中とは言え、ここは紗川のもう一つの職場でもある。オープンしたばかりということは、スタッフも仕事に慣れていない可能性が高い。部下から助けを求められて、紗川が助けに行くのは自然の流れだ。
 席を立って行ってみたら、突然のキャンセルにスタッフが慌てていたということなのだろう。
 レジではペーパーバックをいくつも抱えた女性が帰ろうとしているところだった。あちらは客側が頭を下げている。

(あの人がたくさん注文して、途中で変更したことを謝ったってところかな)

 注文数が多い時は間違いが生じやすいが、用意する方は準備に時間がかかるため、いつもは最後まで確認を取るところを途中の段階で始めてしまう。
 三枝製菓でもよくある光景だ。

(まあ、うちの場合は違うのにしたいって言われても、もとにもどせばいいけど。ここはそういうわけにいかないから大変だなあ)

 商人の家の長男としては、思うところがある。
 三枝は一人頷きながら、席に座る紗川を見て気持ちが軽くなるのを感じていた。

(そうだよな。先生は……やっぱり先生だ)

 悲しみにとらわれてはならないと言ったのは、他の誰でもない、紗川だ。

「三枝君、そんなに飲みたかったのか」
「え?」
「すまなかったな。いつもがダブルトールラテだから、先程もそちらにしてしまったんだが……甘いラテがそんなに好きだとは知らなかった。次はそちらにしよう」
「えっ」

 甘いドリンクは好きだが、紗川が作った甘くないラテも美味しかった。
 安心感のせいで無意識に笑ってしまっていたらしい。それを、誤解されたのだと気づいて三枝は慌てて身を乗り出した。

「違います違います。これはこれで美味しいと思いますけど。さっきのラテはすごかったし美味しかったです。あれよりこっちが好きとか、そういうのじゃないんです」

 河西の言葉で落ち込んでしまっていたから、その反動が大きかっただけなのだ。
 助けを求めて河西に視線を送る。
 河西は心得たとばかりに頷いた。

(あれ……一瞬、すごく苦い顔、していたような……)

 気のせいだったかと思っていると、満面の笑みを浮かべた河西が、紗川の肩に手をかけた。
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