探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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雨の日のゲイシャにご用心ください。

5.ほのかな苦味

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 成程、と紗川は笑いだした。
 てっきり風情がないと眉をひそめていると思っていたからこの反応は意外だ。
 ひょっとしたら、先ほどの微妙な表情は笑いをこらえていたのかもしれない。

「笑ってしまってすまない」
「そんなにおかしかったですか?」
「おかしくはないが、面白いと思っただけだ。そんな古風な連絡手段を二十一世紀の高校生が使う、風流じゃないか」

 ネルドリップから。ポタポタと琥珀色の滴が落ち、深い色合いをポットに作っていく。
 それを見て三枝は椅子から立ってコーヒーカップに湯を注いで温める。普段はそんなことはしないのだが、今日は特別においしいコーヒーだから、準備は万全にしておきたい。

「その連絡手段で何かトラブルが起きたのか」
「そうなんですよ。今朝、大喧嘩したみたいなんです。何でも、彼女の両親は昨日から今日にかけて旅行だったらしくて。家に誰もいないから泊まりにきて欲しいって連絡をしていたみたいです」
「いつものように、合うための連絡をしたわけか。ネットを開いておくのだったな?」
「そうです。彼女はネットを全開にしていつもの待ち合わせ場所で待ってたそうです」
「いつもの待ち合わせの場所?」
「高坂駅にあるケンタッキーです」
「ああ、あそこならいつ来るかはっきりしない相手を待つには最適だ」
「すごく実感がこもってますね」
「経験者だからな」

 誰に待たされたのか突っ込むのはやめておくことにして――きっと女に違いない――三枝はソーサーをテーブルに置いた。

「でも、どれだけ待ってもダイキは来なかったそうです」
「それは彼女が怒っても当たり前だ」
「違うんです。これは彼女の言い分で、ダイキの言い分は違うんです。ダイキが言うには昨日は、雑巾が吊るしてあったそうなんです」
「見間違いじゃないのか?」
「ダイキは彼女の合図を見逃さないように何時も同じ車両の同じ場所に立つんです。だから見逃したりはしないと思うんですよ。それに、ダイキと一緒に帰った友達も、雑巾だったって言ってたし。それで家に帰ってから彼女の家に電話したそうです」
「どうしてケータイからかけなかったんだ?」
「電池切れだったそうです。持ってても、彼女から連絡が来るわけでもないからあんまりまめに充電してないんですよ、アイツ。それで家に帰ってから電話したのに、何度かけても出ない。心配になって会いに行こうかと思ったけど、もしも彼女の両親がいたら追い返されてしまう」
「彼女の両親は高校生らしい節度あるお付き合いをするように、と言っているわけではなく、最初から反対なのか」
「そうです。だからすごく心配なんだけど会いに行くのは……」
「躊躇われた訳か」

 三枝は頷く。

「気持ちは分からなくもないが、彼女の両親、特に母親の理解は得ておいたほうがいい。一番敵に回してはいけない相手だ」
「そうなんですか?」
「ああ、基本だ」
「へえ……」

 感心してその理由を聞こうとしたが、「面白いな」と再び紗川が呟いたので、別の質問に切り替わった。

「何が面白いんですか」

 友達の不幸をあからさまに面白がられてはさすがに不愉快だ。むっとした顔で尋ねると、紗川はそうじゃない、と手を振った。

「と、その前に確認だ。連絡がつかない彼がやきもきしているところに彼女が電話をし、その結果違いにすれ違っていて、喧嘩になった――とつまりそういう事だな?」
「そうですよ。何時間も待って、彼女はすごく心配して怒ったんです。閉店までケンタにいたそうですよ」

 閉店は十時だ。

「そんな時間まで待っていたのか……」
「昨日は土曜だったから、彼女は二時からずっと待ってたそうですよ」
「それはまたかわいそうな話だ。普通ならそんなに待たずに帰る」

 ふと紗川は「先ほどから気になっていたのだが」と、前置きして尋ねた。

「君のところには彼女からもメールが来るのか?」

 彼氏のダイキからの情報にしては彼女にひいきした部分が多々感じられたからだ。

「きました。二人から来てるから困ってるんです。ダイキの方はラインで。彼女の方は電話番号で送れるSNSのメッセージです。どっちも相手が嘘を言ってると思ってるんです」
「なるほど」
 紗川はドリッパーに湯を注いでいた手を止め、手帳を開いた。それからそこから目を離さないまま、質問をした。

「大気君が電車に乗っていた時間、何時くらいだった?」

 三枝はそれほど考えずに答える。

「すぐ分かりますよ。その時間メールしてたから……俺とメールしてて電池がなくなっちゃったから責任を感じてるんですよね。……あ、あった。『なんだよ、ゾーキン。かなシー』これだな。えっと……二時十二分です。ちなみに、彼女が言うには、彼女が家に帰ってネットを開いたのは一時半ですよ」
「問題はない」

 紗川は手帳を閉じて湯を少し注いだ。それから二十秒、きっちり計って更に注ぐ。

「二人とも嘘は言っていない。だが、ダイキ君は彼女に謝るべきだ。それも並の謝り方では許してもらえないだろうな」

 紗川はくすくすと笑う。

「何がおかしいんですか?」

 紗川は手帳を置くと、温められたカップにコーヒーを注ぎ入れた。

「その時間は電車の本数が少ないから、八両編成のといつもどおりの十両編成のが交互に走るんだ」
「そうなんですか?」

 驚いて目をむく。紗川の視線は茶色のドームからそれることはない。ここで手を抜いてはこれまでの苦労が水の泡になってしまうからだ。

「ああ。だからいつもどおりの車両に乗っても二車両分のずれが起きる。君たちの学校の最寄りの川越市駅は登りに合わせた位置に止まるが、高坂駅は下りに合わせた位置で止まる。ダイキ君は二車両分ずれた位置からマンションを見たんだ」

 それは知らなかった。三枝は自転車を使って通学している。電車には乗らないから、ぴんとこなかった。

「でも、八両だったらそこにつくまでに気がつくようんじゃないでしょうか」
「他にも友達がいたり、メールをやりながらだったりしたのが災いしたのかもしれない。外をずっと見ていたら、間違えたりはしないはずだからね。いつもの感覚で携帯から顔を上げたら雑巾が目に入った、と、いうことなんだろう」
「でも、それっておかしくないですか? おかしいですよね、雑巾が見えたんですよ?」
「ベランダに雑巾が干してあったらおかしいのか?」
「どういう風に干していたのかわからないですけど、雑巾を普通の服みたく干すってやらないと思うんですよね」
「鳩糞の被害が多いのだろう? なら、鳩避けのネットに雑巾を吊るしているうちは彼女のところだけではないはずだ。他にもあっておかしくない。新築で買ったマンションだからな。ベランダの手すりが鳩の糞で酸化したらたまったものではないだろう。どんなにネットで覆ったところで、手すりにはひっかかる」

 三枝は唖然とした。

「ゲイシャだ」

 小さな音を立てて三枝の目の前にコーヒーが置かれる。
 湯気が立ち、煎りたての香ばしい香りがした。
 外は雨。
 探偵と助手の日常は、このようにして過ぎていった。




~・~・~・~


キャラ文芸大賞、応募分はここまでです。
応援いただいた全ての方に、心から感謝しています。
本当にありがとうございました。

こちらだけでなく、エブリスタ、カクヨムにも作品を投稿しております。

更新などは、ツイッターでもお知らせしております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

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