探偵と助手の日常<短中編集>

藤島紫

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花咲く切り飴、ころころ。

1再改稿

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 週末には人の多い菓子屋横丁も、平日はそうでもない。付近の高校生がロングホームルームを利用してクラス単位で押し寄せない限りは静かなものだ。

「うー、寒っ」

 ダッフルコートの前を合わせ、三枝はぶるりと震えた。クリスマスも終わり、残るは大晦日を待つばかりの12月末、夕方ともなれば北からの風は頬を切るようにつめたい。

「そんなに寒いか?」

 紗川がハンチング帽を抑えながら尋ねてきた。長い髪をまとめるのに、ケーキ屋のリボンなど、手近にあるものを使ってしまう紗川だが、風の強い日は帽子に頼ることにしているらしい。

(だよなー。ペラペラの安物のリボンでは風で簡単に飛ばされちゃうし)

 普段は適当に結んでいるリボンのせいで、後ろから見ると非常に残念な姿なのだが、それを使っていない今は、ただの嫌味な色男でしかない。
 革の手袋とハンチング、カシミヤの長いマフラーを高級スーツに合わせた姿は、ファッション雑誌から抜け出てきたようだ。

(どうせ俺が同じかっこしても七五三にしかならないだろうけどな!)

 長身で手足が長い紗川を、通りすがりに振り向く女性を数えるのは、もう飽きた。
 背後から「今の人、モデルかな」「名前わかんないけどサインもらっとく?」などと華やいだ声をあげているのが聞こえてくる。
 だが、当の本人は全く気にしている様子がない。もしかしたら、聞こえていてもこれが日常だからどうでもいいと思っているのだろうか。
 ダッフルコートを着込んでいる三枝とは対照的に、紗川はすっきりとスリーピースのスーツを着こなしている。イギリスのハイブランド故の、品よく落ち着いた大人の色気を醸し出していた。
 自分が同じ年齢になったとき、同じように着こなせる気は全くしない三枝だった。

「寒いですよ」

 北からの容赦のない吹き付けに、三枝は再び肩を震わせた。心も体も寒い。

「今年は特に冷え込みが厳しいみたいですね。今朝の天気予報で言ってました。先生は寒くないんですか? よくコートも着ないでいられますね」
「冷えると言っても、日中だからな。氷点下でもあるまいし……。筋肉量が足りないんじゃないか?」
「……どうせ先生みたいに筋肉が育ってませんよ」
「育ち盛りだ、頑張れ」

 あっさりと言われてしまっては、返す言葉につまってしまう。
 本人は隠しているつもりのようだが、紗川が夜中にランニングや筋肉トレーニングをしているのを三枝は知っている。
 三枝製菓が納品しているカフェのオーナーによると、店の前をハイペースで走って行く紗川をみたことがあるそうだ。そのカフェは事務所から5キロほど離れた場所にある。
 他にも、夜中の公園で懸垂をしている姿を見たことがあるという話も聞いた。
 三枝は仏頂面で自分より背丈のある紗川を見上げる。

(俺にもまだ望みがあるはずだ……)

 紗川はとうに背が伸びきっているが、自分は望みがあるはずだ。例え、自分の両親、一族が平均をけして上回らない身長だったとしても、希望くらいは持っていたい。

(うう……せめて筋肉育てたらもっとましになるのかな……うわっ)

 肩ばかりを見ていたせいで、前を行く紗川の靴のかかとを踏んでしまった。

「すすすすみませんっ!」

 スーツが高級なら、靴も当然高級品だ。
 そのかかとを踏んづけてしまったことに、肝が冷える。

「大丈夫だ」

 指を入れて履きなおすと、紗川が顔を上げて笑う。
 さらりと長い髪が流れ、床に触れそうになった。

「ああもうっ! 髪が床につきそうですよ。長いんですから、結んでくださいよ」
「この帽子のときは、こちらの方が合うからな」

 何故そんなことも分からないのかと言わんばかりに落ちてきた髪を再び背に流しなおす。
 手足が長いせいだろうか、スタイルの良さが際立つ。
 三枝は再びため息をついた。

「似合うのはよくわかってます」
「そうか、なら問題はない」

 にやりと笑う紗川は、人気雑誌の表紙を飾る俳優の様だ。

(ほんと、この人は……)

 どの角度がいちばんカッコよく見えるのかを理解したうえで、さりげなくやっているのが分かるだけに、三枝は反応に困ってしまう。
 かっこいいとは思うが、影の努力とそう見えるように計算しているのが途方もなくかっこ悪い。
 さりげなくみえる動きさえ、そう見えるように装っているのだ。

「なんか……一気に疲れちゃっただけです」
「ちょうどいい。三枝君も何か欲しいか? 好きなだけ奢ってやろう」

 三枝は顔を上げ、紗川の背後にある宝石のように輝く飴の数々を眺めた。
 川越菓子屋横丁と言えば、誰もが思い浮かべるのがこの店だろう。
 菓子屋横丁の位置口付近にある飴屋だ。店先には、色とりどりの飴が並んでいる。
 花模様やビー玉の様な飴、店のオリジナルなのか精巧な小物のような飴。飽きずにいつまでも見ていたくなる。丁寧な作りで、見慣れている三枝でも、眺めているだけで楽しい。
 幼稚園の頃は、ここの飴がいつも家にあった。三枝にとっては当たり前の光景で、飴と言えばこういうものだと思っていた。
 だから小学校に入学し、この飴が珍しいのだと知った時の衝撃は大きかった。

(好きだけどさ。これ食べても筋肉育たないよね! 育つとしたらそれと逆のものだよね!)

「先生、念のために伺いますが。成長期なんだから、に続く言葉がこれだったりしませんよね?」
「ん? ああ、摂取したカロリーは君が成長するために使われる可能性がある。がんばれ」
「せっかくなんで、それ、すし屋とか焼き肉屋で言ってください」
「贅沢を言うな」

 つまりそのどちらも奢る気はないという事だ。
 これ見よがしに深い深いため息をつく。
 紗川が苦笑いした。
 これで三枝が顔を上げて不貞腐れた顔をすれば、話が終わる――はずだった。
 
「あらあら、まるで神も仏もないお顔して」

 いつの間にかすぐ隣にいた観光客がこちらを見て笑っていた。

「この近くの制服でしょ? カッコイイ先生ねえ」

 二人組の女性は、ニコニコと紗川に話しかけている。
 制服姿の三枝にスーツの紗川という組み合わせのせいで、学校の教師と生徒だと思ったのだろう。
 紗川は人目を惹く。
 観光の女性客が気軽に話しかけてくるのはよくあることだ。特に飴屋などにいれば。
 平素であれば、三枝は愛想よく笑って返した。

――まるで神も仏もないお顔して

 だがこの言葉は、だめだ。
 三枝はうつむき、自分の足元を見た。
 いつも自分が踏みしめている、薄い赤茶色のレンガ道がある。
 そのレンガが、突然揺れたような錯覚を覚えた。

(あ……ヤバイ)

 慌てて首を振り、紗川を見上げた。
 無理にでも笑った方がいい。それは、紗川と一緒にいて身につけた習慣だ。

「――……神様なんていませんよね、先生」
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