幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

文字の大きさ
1 / 72

プロローグ

しおりを挟む
 折り紙で作ったカエルに火をつけた。
 いくつものカエルは、火の中で静かに形を変え、ゆっくりと空に上がっていく。

――早く退院できますように
――げんきになってね
――ご健勝をお祈りしております
――おうちにかえれますように

 ひとつひとつのカエルは、ひとりひとりからの、ある高齢女性に向けたメッセージだ。
 私は、全てのカエルが灰とりなり、空に上がっていく煙となるのを見送る。
 センチメンタルな気持ちに浸っているのはガラじゃない。
 昔の不良がやるようなガニ股座りは、墓の前でするようなものではないが、そもそもやっていることが相応しくないことなので、この程度は今更だ。そもそも、貴重な昼休みをつぶして、男が二人、連れ立って他人の墓参りなんて普通はやらない。
 ついでに登っていく白い煙を見送る私たちの隣に座るクロネコなんか、もっと普通じゃない。神妙な顔で火を覗き込む猫が普通なものか。
 私たちは相当な変わり者だろう。

「なあ、桐生さん」

 火が消えるのを待っていたかのように、強い風が吹く。赤く染まった木の葉が真っ青な空に舞い上がった。
 ヒラリヒラリと風と遊ぶ木の葉はきれいで、ここが墓場であることを一瞬忘れそうになる。
 目の前には小さな金たらい。
 その中にはすっかり灰となった、元カエルの折り紙たち。
 今の強風でも、金ダライの中の灰は飛び散ることはなかったが、クロネコの目に灰が入ったのかもしれない。煙たそうな顔で顔を洗うと、ぴょいっと墓石の横に上がった。

「この灰、どうするよ」

 尋ねると、立ち上がった桐生さんがこちらを見おろしてきた。手には、入り口に置いてあった掃除用のブラシ。私も桐生さんを真似てジャケットを脱いでブラシを握った。

「管理の方がおっしゃっていました。灰入れの缶に入れて欲しいそうです」
「あー、墓の入り口んところにあった、でかい缶か」

 白い墓石はあまり汚れているようには見えなかったが、磨いて水を流すと明るく輝いて見えた。鮮やかな紅葉と澄んだ空のせいで、まるでピクニックでもしているような気分だ。

「なんか――」

 風情がないな、と笑おうとしたときだった。

「え……」

 桐生さんの向こう側に人がいるように見える。
 見つめているうちにその姿は明確になった。
 皺ひとつないチャコールグレーのスーツ。丁寧に撫でつけた白髪交じりの髪。眉間の皺は彼を厳格な人物のように思わせるが、その下のまなざしは柔らかい。
 私は彼を知っている。
 28年前に亡くなった、初代事務局長、結城俊晴。
 その人だ。
 肖像画に描かれた、あるいは写真で見たそのままの姿で彼は立っていた。桐生さんが掃除をしている墓を優しいまなざしで見つめている。
 だが私が見ていることに気付いたのだろう。
 彼の視線がゆっくりと動く。
 目が、あった。

「……桐生さん」

 墓石を掃除していた桐生さんが手を止めた。
 桐生さんの向こう側はまた別の墓で、そこに誰かが立つことはできない。

「桐生さん、俺と反対側……振り向いてみて」
「なにか、ありましたか?」

 桐生さんが振り向く。
 その時には、結城事務局長の姿はなく、ただ、行儀良く座ったクロネコがこちらを見ていた。
 なるほど。
 あれが、結城事務局長の幽霊か。
 ずっと話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだ。

「友利さん、どうかしましたか?」

 ブラシ片手に、桐生さんが不思議そうに首をかしげている。
 こちらを見るクロネコは楽しそうにしっぽを揺らしていた。

「なあ、桐生さん。結城事務局長の幽霊ってさ……なんで現れたんだろうな」

 私たちの勤め先には、まことしやかに語られている噂がある。
 初代事務局長の幽霊が、亡くなった後もなお、自分の職場を守っていると。
 桐生さんがクロネコをちらりと見た。
 いや、正しくは、桐生さんはそこにいる結城事務局長の幽霊を見ていたはずだ。
 私にはクロネコに見えるそれが、桐生さんには結城事務局長の幽霊に見えているのだから。

「最大の謎はそれでしょうね」
「だよなあ……」
「謎は、三つ……一つ目はカエルの折り紙は何のためにあったのか、二つ目は何故結城事務局長が現れたのか、三つめは……どうして『それ』が、わたしと友利さんで、別の姿に見えているという事です」
「『それ』なんて言い方はひどくね? 桐生さんが尊敬してる結城事務局長だろ」
「死者が幽霊となって存在するのであれば、幽霊密度が高すぎて窒息死してもおかしくはありません」

 幽霊のプールで溺死してしまう様子を想像して、ぞっとしてしまった。
 そんな言い方をされてしまったらこの後、職場に戻りにくい。

「なあ、桐生さん。職場に戻る前にコーヒーでも買って帰らねえ?」

 少し気分転換をしてからと思ったのだが、真面目な桐生さんはあっさり却下してくれた。

「なにを言っているのですか。わたしたちの職場には、カフェもありますよね」

 だよなぁ……。
 分かってはいたけれど、つれない一言に肩をすくめるほかない。
 桐生さんのいう通り、私たちの職場にはコーヒーを飲めるところがいくつもある。カフェはもちろんのこと、レストランも、売店もある。
 ついでに理容店や保育室、広い講堂、オマケで変なクロネコもいる。
 死と闘う場所――県内で最も大きな病院、それが私たちの職場だ。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

処理中です...