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プロローグ
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折り紙で作ったカエルに火をつけた。
いくつものカエルは、火の中で静かに形を変え、ゆっくりと空に上がっていく。
――早く退院できますように
――げんきになってね
――ご健勝をお祈りしております
――おうちにかえれますように
ひとつひとつのカエルは、ひとりひとりからの、ある高齢女性に向けたメッセージだ。
私は、全てのカエルが灰とりなり、空に上がっていく煙となるのを見送る。
センチメンタルな気持ちに浸っているのはガラじゃない。
昔の不良がやるようなガニ股座りは、墓の前でするようなものではないが、そもそもやっていることが相応しくないことなので、この程度は今更だ。そもそも、貴重な昼休みをつぶして、男が二人、連れ立って他人の墓参りなんて普通はやらない。
ついでに登っていく白い煙を見送る私たちの隣に座るクロネコなんか、もっと普通じゃない。神妙な顔で火を覗き込む猫が普通なものか。
私たちは相当な変わり者だろう。
「なあ、桐生さん」
火が消えるのを待っていたかのように、強い風が吹く。赤く染まった木の葉が真っ青な空に舞い上がった。
ヒラリヒラリと風と遊ぶ木の葉はきれいで、ここが墓場であることを一瞬忘れそうになる。
目の前には小さな金たらい。
その中にはすっかり灰となった、元カエルの折り紙たち。
今の強風でも、金ダライの中の灰は飛び散ることはなかったが、クロネコの目に灰が入ったのかもしれない。煙たそうな顔で顔を洗うと、ぴょいっと墓石の横に上がった。
「この灰、どうするよ」
尋ねると、立ち上がった桐生さんがこちらを見おろしてきた。手には、入り口に置いてあった掃除用のブラシ。私も桐生さんを真似てジャケットを脱いでブラシを握った。
「管理の方がおっしゃっていました。灰入れの缶に入れて欲しいそうです」
「あー、墓の入り口んところにあった、でかい缶か」
白い墓石はあまり汚れているようには見えなかったが、磨いて水を流すと明るく輝いて見えた。鮮やかな紅葉と澄んだ空のせいで、まるでピクニックでもしているような気分だ。
「なんか――」
風情がないな、と笑おうとしたときだった。
「え……」
桐生さんの向こう側に人がいるように見える。
見つめているうちにその姿は明確になった。
皺ひとつないチャコールグレーのスーツ。丁寧に撫でつけた白髪交じりの髪。眉間の皺は彼を厳格な人物のように思わせるが、その下のまなざしは柔らかい。
私は彼を知っている。
28年前に亡くなった、初代事務局長、結城俊晴。
その人だ。
肖像画に描かれた、あるいは写真で見たそのままの姿で彼は立っていた。桐生さんが掃除をしている墓を優しいまなざしで見つめている。
だが私が見ていることに気付いたのだろう。
彼の視線がゆっくりと動く。
目が、あった。
「……桐生さん」
墓石を掃除していた桐生さんが手を止めた。
桐生さんの向こう側はまた別の墓で、そこに誰かが立つことはできない。
「桐生さん、俺と反対側……振り向いてみて」
「なにか、ありましたか?」
桐生さんが振り向く。
その時には、結城事務局長の姿はなく、ただ、行儀良く座ったクロネコがこちらを見ていた。
なるほど。
あれが、結城事務局長の幽霊か。
ずっと話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだ。
「友利さん、どうかしましたか?」
ブラシ片手に、桐生さんが不思議そうに首をかしげている。
こちらを見るクロネコは楽しそうにしっぽを揺らしていた。
「なあ、桐生さん。結城事務局長の幽霊ってさ……なんで現れたんだろうな」
私たちの勤め先には、まことしやかに語られている噂がある。
初代事務局長の幽霊が、亡くなった後もなお、自分の職場を守っていると。
桐生さんがクロネコをちらりと見た。
いや、正しくは、桐生さんはそこにいる結城事務局長の幽霊を見ていたはずだ。
私にはクロネコに見えるそれが、桐生さんには結城事務局長の幽霊に見えているのだから。
「最大の謎はそれでしょうね」
「だよなあ……」
「謎は、三つ……一つ目はカエルの折り紙は何のためにあったのか、二つ目は何故結城事務局長が現れたのか、三つめは……どうして『それ』が、わたしと友利さんで、別の姿に見えているという事です」
「『それ』なんて言い方はひどくね? 桐生さんが尊敬してる結城事務局長だろ」
「死者が幽霊となって存在するのであれば、幽霊密度が高すぎて窒息死してもおかしくはありません」
幽霊のプールで溺死してしまう様子を想像して、ぞっとしてしまった。
そんな言い方をされてしまったらこの後、職場に戻りにくい。
「なあ、桐生さん。職場に戻る前にコーヒーでも買って帰らねえ?」
少し気分転換をしてからと思ったのだが、真面目な桐生さんはあっさり却下してくれた。
「なにを言っているのですか。わたしたちの職場には、カフェもありますよね」
だよなぁ……。
分かってはいたけれど、つれない一言に肩をすくめるほかない。
桐生さんのいう通り、私たちの職場にはコーヒーを飲めるところがいくつもある。カフェはもちろんのこと、レストランも、売店もある。
ついでに理容店や保育室、広い講堂、オマケで変なクロネコもいる。
死と闘う場所――県内で最も大きな病院、それが私たちの職場だ。
いくつものカエルは、火の中で静かに形を変え、ゆっくりと空に上がっていく。
――早く退院できますように
――げんきになってね
――ご健勝をお祈りしております
――おうちにかえれますように
ひとつひとつのカエルは、ひとりひとりからの、ある高齢女性に向けたメッセージだ。
私は、全てのカエルが灰とりなり、空に上がっていく煙となるのを見送る。
センチメンタルな気持ちに浸っているのはガラじゃない。
昔の不良がやるようなガニ股座りは、墓の前でするようなものではないが、そもそもやっていることが相応しくないことなので、この程度は今更だ。そもそも、貴重な昼休みをつぶして、男が二人、連れ立って他人の墓参りなんて普通はやらない。
ついでに登っていく白い煙を見送る私たちの隣に座るクロネコなんか、もっと普通じゃない。神妙な顔で火を覗き込む猫が普通なものか。
私たちは相当な変わり者だろう。
「なあ、桐生さん」
火が消えるのを待っていたかのように、強い風が吹く。赤く染まった木の葉が真っ青な空に舞い上がった。
ヒラリヒラリと風と遊ぶ木の葉はきれいで、ここが墓場であることを一瞬忘れそうになる。
目の前には小さな金たらい。
その中にはすっかり灰となった、元カエルの折り紙たち。
今の強風でも、金ダライの中の灰は飛び散ることはなかったが、クロネコの目に灰が入ったのかもしれない。煙たそうな顔で顔を洗うと、ぴょいっと墓石の横に上がった。
「この灰、どうするよ」
尋ねると、立ち上がった桐生さんがこちらを見おろしてきた。手には、入り口に置いてあった掃除用のブラシ。私も桐生さんを真似てジャケットを脱いでブラシを握った。
「管理の方がおっしゃっていました。灰入れの缶に入れて欲しいそうです」
「あー、墓の入り口んところにあった、でかい缶か」
白い墓石はあまり汚れているようには見えなかったが、磨いて水を流すと明るく輝いて見えた。鮮やかな紅葉と澄んだ空のせいで、まるでピクニックでもしているような気分だ。
「なんか――」
風情がないな、と笑おうとしたときだった。
「え……」
桐生さんの向こう側に人がいるように見える。
見つめているうちにその姿は明確になった。
皺ひとつないチャコールグレーのスーツ。丁寧に撫でつけた白髪交じりの髪。眉間の皺は彼を厳格な人物のように思わせるが、その下のまなざしは柔らかい。
私は彼を知っている。
28年前に亡くなった、初代事務局長、結城俊晴。
その人だ。
肖像画に描かれた、あるいは写真で見たそのままの姿で彼は立っていた。桐生さんが掃除をしている墓を優しいまなざしで見つめている。
だが私が見ていることに気付いたのだろう。
彼の視線がゆっくりと動く。
目が、あった。
「……桐生さん」
墓石を掃除していた桐生さんが手を止めた。
桐生さんの向こう側はまた別の墓で、そこに誰かが立つことはできない。
「桐生さん、俺と反対側……振り向いてみて」
「なにか、ありましたか?」
桐生さんが振り向く。
その時には、結城事務局長の姿はなく、ただ、行儀良く座ったクロネコがこちらを見ていた。
なるほど。
あれが、結城事務局長の幽霊か。
ずっと話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだ。
「友利さん、どうかしましたか?」
ブラシ片手に、桐生さんが不思議そうに首をかしげている。
こちらを見るクロネコは楽しそうにしっぽを揺らしていた。
「なあ、桐生さん。結城事務局長の幽霊ってさ……なんで現れたんだろうな」
私たちの勤め先には、まことしやかに語られている噂がある。
初代事務局長の幽霊が、亡くなった後もなお、自分の職場を守っていると。
桐生さんがクロネコをちらりと見た。
いや、正しくは、桐生さんはそこにいる結城事務局長の幽霊を見ていたはずだ。
私にはクロネコに見えるそれが、桐生さんには結城事務局長の幽霊に見えているのだから。
「最大の謎はそれでしょうね」
「だよなあ……」
「謎は、三つ……一つ目はカエルの折り紙は何のためにあったのか、二つ目は何故結城事務局長が現れたのか、三つめは……どうして『それ』が、わたしと友利さんで、別の姿に見えているという事です」
「『それ』なんて言い方はひどくね? 桐生さんが尊敬してる結城事務局長だろ」
「死者が幽霊となって存在するのであれば、幽霊密度が高すぎて窒息死してもおかしくはありません」
幽霊のプールで溺死してしまう様子を想像して、ぞっとしてしまった。
そんな言い方をされてしまったらこの後、職場に戻りにくい。
「なあ、桐生さん。職場に戻る前にコーヒーでも買って帰らねえ?」
少し気分転換をしてからと思ったのだが、真面目な桐生さんはあっさり却下してくれた。
「なにを言っているのですか。わたしたちの職場には、カフェもありますよね」
だよなぁ……。
分かってはいたけれど、つれない一言に肩をすくめるほかない。
桐生さんのいう通り、私たちの職場にはコーヒーを飲めるところがいくつもある。カフェはもちろんのこと、レストランも、売店もある。
ついでに理容店や保育室、広い講堂、オマケで変なクロネコもいる。
死と闘う場所――県内で最も大きな病院、それが私たちの職場だ。
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